レベル2 世界で大変なことが起きてるけど朝食は大事だよね
「おはようございます、お父様」
「おはようございます、父さん」
食堂につくと、奥の席にガウンを着た父さんがすでに座って待っていた。
「ズルズル……。んがんぐ、あ、おはよう二人とも」
慌てて手に持ったスプーンを食卓に戻す。
こ、このオヤジ、一人で優雅にスープをすすってやがった。
人が死にかけてたってのに……。
「ジェームズよ、例のものは?」
「は、こちらに」
「うむ、ごくろう」
こっそりとハンディカメラを受け渡すジェームズ。
この男も最低だな。
「二人とも、席についてくれ」
「はい」
とりあえず食卓につく。
いったい、何があるというんだろう。
「実はな、今、世界で大変なことが起きておるのだ」
「大変なこと?」
父さんの顔がいつになく険しかった。
どうやら、ただ事ではないようだ。
「まあ! 世界で大変なことが起きてるのですか! それは大変!」
姉さんが口に手をあてて、思ってもないことを口にする。
「お父様。そのお話、『朝食をとりながら』ゆっくりと聞きたいのですが」
姉さんの本心は、わかりやすいなあ。
「うむ、そうだな。朝食をとりながらゆっくりと話そう」
こうして、ルドルフ家のいつもと同じ朝が始まった。
───………
「もにゅ、もにゅ、もにゅ。うむ、今日の肉は柔らかいな」
「新鮮な小鹿の肉でございます」
「このサラダもおいしいですわ」
「今朝、とったばかりの野菜でございます」
食堂の大テーブに次々と料理が運ばれてくる。
僕は朝は食が細いほうなので、食パンと牛乳だけだ。
この二人は、いったいどれだけ食べれば気が済むんだろう。
「ところで、アリス。その格好はなんだ」
父さんがグラスに注がれたワインを飲みながら尋ねる。
そういえば姉さんはいつもの寝巻ではなく、赤い布でできた無地の変な着物を着ている。
「これですか? ジャージーといいますの」
「じゃーじー? じゃーじーとはなんだ?」
「庶民の普段着ですわ。もう、動きやすさが半端じゃないんです、お父様」
「ほう、動きやすさがパネエなのか」
……なんで、ネット用語使ってんの、このオヤジ。
「わたくし、寝相が悪いらしくて、毎朝、寝巻がボロボロになっているんです。なので、これを代わりに着ていますの」
そりゃ、朝からあんな動きされたらね。
「そうか。それはよかったな。ところで、そんなもの、どこに売っているのだ? いつも行くラグジュアリーショップでは見かけんが」
「最近、城下町にできました『ちまむら』というところで買いました」
「『ちまむら』?」
後ろでジェームズが補足する。
「激安のホームファッションセンターでございます」
「ほう。激安の……」
いつの間にそんなところへ行ってたんだろう。
姉さんの行動範囲はいつも謎だ。
「この前、ジェームズに連れられて行ったのですが、とても楽しく刺激的なところでしたわ」
「それはぜひ行ってみたいな」
「ええ、お父様。ぜひお一人で行ってみてくださいまし」
「わしはアリスたんと一緒に行きたいなぁ」
「うふふ、嫌ですわお父様。ご冗談ばかり」
「冗談じゃないんですけど!?」
……いつもの朝食風景だった。
やがて朝食を終え、食後のデザートを食べていると父さんは思い出したように叫んだ。
「あああ! わ、忘れてた! 世界滅亡の危機なんだった!!」
「ぶぶーーーー!!」
僕は思わず、飲んでいた牛乳を噴き出す。
な、なに言い出してんの、この人。
「まあ、お父様! 忘れてらしたの? そんな大事なこと」
「今朝、言おうとしたばかりなのに。もう歳かな?」
これはギャグなのか?
すると後ろで食器を片づけ始めていたジェームズが笑いながら言った。
「ほっほっ、旦那様、実はこのジェームズめもすっかり忘れておりました。そういえば、世界滅亡の危機でお呼びしたのでしたな」
「おお、おまえもか。お互い、歳はとりたくないな」
「まったくでございます」
「うふふふふ、いやだわ、ふたりとも。お年寄りみたい」
「はっはっはっ」
「ほっほっほっ」
「うふふふ」
3人の笑いが食堂にこだまする。
なんなんだ、こいつら……。
「………じゃなくて! はっはっはっじゃなくて!」
父さんがドンッ! とテーブルに手をたたきつけた。
「実は数週間前、魔王と名乗る者から全世界に向けて声明が流れたのだ。『この世界は余が支配する』とな」
「まあ怖い。本当ですの?」
「どうやら、本当らしい。いや、わからんが」
どっちだよ。
「それに呼応するかのように世界各地でモンスターが暴れまわっているという噂もある」
「ここは大丈夫ですの?」
「大丈夫だろう。アーメリカ王国の勇猛な騎士団がいるしな。しかし、人里離れた山や森なんかは魔物の棲家になってるかもしれん」
「まあ。ピクニックに行けなくなってしまいますわ」
姉さんは両頬に手を当てて残念がった。
ちなみに姉さんはピクニックには行ったことがない。
「そこでだ、アーメリカ国王は世界に先駆け、魔王討伐の勇者隊を募集したのだ。そして参加者には豪華景品を贈るらしい」
キラリ☆と、姉さんの目に星が輝くのを、僕は見逃さなかった。
「わかりましたわ、お父様! わたくしたちにも、魔王討伐に参加し、豪華景品をもらってきてほしいというお考えなのですね?」
姉さんの推理は、たいてい外れる。
「いや、別に豪華景品に目がくらんだわけでは……。ただ、魔王討伐に参加してほしい、というのは当たっている」
当たってるのかよ。
「アーメリカ国王はやたらと虚栄心が強くてな。魔王討伐の勇者をたくさん派遣して世界に威信を示したいらしい。我が屋敷にもそのお達しが来た」
「それは本当ですか、父さん」
「ああ、本当だ。ちなみに、豪華景品は『毛玉取り』だそうだ」
魔王討伐、関係ねえ~。
「まったく、アホすぎるな、あの国王は。そんなもので国民をだませると思っているのだから」
その時、使用人が小包を持って食卓に入ってきた。
「旦那様、アーメリカ国王様から『毛玉取り』が届いておりますが」
「………」
「どうしましょう?」
「わたしの寝室に置いといてくれたまえ」
「かしこまりました」
使用人は小包を抱えながら礼をして出て行った。
「…………と、いうわけだ」
どういうわけだ?
「すでにアーメリカ国王から景品ももらってしまったし、二人には魔王討伐に行ってもらいたい」
「うそっ!?」
なんだ、この人。ありえねえ。
「かわいい子には旅をさせろというからな」
「言うけど、なに? だから、旅に出ろって?」
「頼む、お願い。一生のお願い」
出た、父さんの口癖「一生のお願い」
たぶん、数百回輪廻転生を繰り返しても精算できないぐらい一生のお願いをしてるね。
「でも、父さん。僕らだけじゃ……」
「ジェームズにも行ってもらう。彼はこう見えて剣の達人だ」
「お任せください、旦那様」
ジェームズがやる気満々だ、どうしよう。
「姉さんからもなんか言ってやってよ。僕らで魔王討伐なんて、無理だよね?」
「そうですわね。ふわあぁ、それよりもわたくし、おなか一杯になって眠くなってしまいました……。ちょっとここで寝ます……」
「寝るなーッ!!!!」
つづく