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レベル1 風薫る5月の朝

 僕には、この世で怖いものが2つある。



 1つはゴキ〇リ。

 あの黒くテカテカ光る物体は、想像するだけで身の毛がよだつ。



 俊敏にして姑息。

 影で息をひそめ、勝手に繁殖する不潔で不衛生で傲慢で横暴で横柄で自己中で我がままでどうしようもない全世界の嫌われナンバー1の生き物。



 なぜ神様はあのヤロウの存在を許してるのだろうか。

 僕が神様だったら真っ先にこの世から抹殺しちゃうのに。



「………レド様」



 だいたいねえ、不衛生な場所に住み着くっていう神経が、もうありえないよね。

 なんで下水道とかにいるわけ?

 マジ、キモいんだけど。



「アルフレド様」



 まあ、きれいで清潔な場所にいたら、それはそれで怖いけどね。

 マジありえないわぁ、あの生き物。



「ア ル フ レ ド 様!!」



「は、はいっ! すびばぜんっ!」



 思わず飛び上がる。

 気が付けば、僕の部屋に執事のジェームズが入っていた。


「なんだ、ジェームズか。ノックぐらいしてよ」

「申し訳ありません」


 この白髪でオールバックに決めたスーツ姿の老紳士は、ジェームズといって僕の住むこの屋敷の執事をしている。


 ここジョージア領は、小さいながらも農業が盛んで、緑豊かな土地だ。

 僕はそのジョージア領で随一の大富豪ルドルフ財閥の跡取りである。



 毎朝こうやって執事のジェームズが起こしにやってくるんだけど、今日はやけに早い。

 どうしたんだろう。



「アルフレド様、朝早くに恐れ入ります。旦那様がお呼びでございます」

「父さんが?」



 こんなに朝早くから父さんに呼ばれるのは珍しい。

 何かあったのだろうか。



「アリスお嬢様と一緒に食堂までお越しくださいとのことです」

「………」



 ………ん、んん?



「……あ、あの、ジェームズ、もう一回言ってくれないかい?」

「旦那様がお呼びです」

「いや、そのあと…」

「『アリスお嬢様と一緒に』食堂までお越しください、とのことです」



 うっわ、出たよ……。



 僕の怖いもののもう1つ。それが姉さんだ。

 いや、正確には姉さんの寝起きだ。



 姉さんは、寝起きが超悪い。

 いや、“超”どころじゃない。悪魔レベルだ。これまで何人もの使用人が殺されそうになっている。

 姉さんの寝起き状態は、ある意味凶器に近い。



「ジェームズ、起こしてきてよ。僕、ここで待ってるから」

「いえ、アルフレド様が起こしに行っていただきませんと……」

「そう言わずにさあ」

「無理でございます。わたくしには別のお仕事を言いつけられております」

「別の仕事?」


 ジェームズが取り出したのは、ハンディカメラにマイク、そしてよくわからない「寝起きドッキリ!」の看板だった。


「はい。旦那様から、いいを撮ってきてくれと頼まれております」


 あ、あのクソ親父……。

 何を考えてるんだ。


「旦那様はアリスお嬢様を溺愛しておりますからな。どんな映像も欲しいとおっしゃられておりまして」


 自分の娘の寝起きドッキリの姿まで求めるなんて、もう変態だろ。


「今から起こしに行くの?」

「善は急げと言いますし」


 全然、善じゃないし。

 むしろ悪だし。


 でも父さんの命令なら仕方ない。


 僕はため息をつきながら姉さんの寝室へと向かうことにした。



     ※



 姉さんの寝室は危険物取扱いの厳重さで屋敷のはるか端っこにある。


 しかも通路を進むたびに

「この先、危険」

 というプラカードが増えていく。



 我が姉ながら、ちょっとかわいそうだ。



「これ、全部ジェームズがつけたの?」

「さようでございます。新しく来る使用人が殺されそうになるたびに、一つずつ増やしております」

「まるで墓標だね」



 ついには「猛獣注意」とまで書かれていた。

 この男は、僕の姉さんをどんな目で見ているんだ……。



「つきましたな」



 テープでがっしり封印された扉が見えてきた。

 外からでも恐ろしいオーラが漂ってくるようだ。



「さて、ジェームズ。どう……」



 振り向くと、ジェームズがカメラですでに自撮りを始めていた。



「お茶の間のみなさん、こんにちわ。大人気企画、寝起きドッキリのコーナーです。今日は、我らがアイドル・アリスお嬢様の寝起きドッキリを敢行しちゃいま~す。わ~お☆」



 ……お前は、それが仕事なのか?



「アリスお嬢様の寝起きドッキリに挑戦いたしますのは、弟のアルフレド様。さてさて、どんな地獄絵図が待ち構えているのやら♪」


 なんで楽しそうなんだ。


「アルフレド様、お茶の間に今の気持ちを一言」


 マイクを向けるジェームズ。

 僕は無言でカメラに中指を立ててやった。


「もういいから。開けるよ、ジェームズ」

「はい」


 テープを破り、封印を解く。

 そして、木製の扉をゆっくりと開ける。



「どうですか? アリスお嬢様は寝てますか?」



 部屋を覗き込むと、中央に大きなベッド。

 上掛けの羽毛布団がふくらんでいる。

 どうやら寝ているようだ。



「うん、寝てるみたいだ。入ろう、ゆっくりと」



 そっと足を踏み入れる。

 ゆっくりゆっくりとベッドに向かう。



 後ろでは、ジェームズがいそいそと「寝起きドッキリ」の看板の用意を始めていた。

 ベッドの横に立つと、ゆっくりと羽毛布団を下ろした。



 …………



「い、いないよ!?」

「なんと!?」


 ベッドはもぬけのからだった。

 いったい、どこにいったんだ?



 と。

 不意に、頭上から殺気を感じた。



 慌ててその場から飛び退く。



 バンッ!!



 という大きな音とともに、僕の立っていた場所に剣が突き刺さっていた。

 見上げると、天井に姉さんが張り付いていた。

 金色の髪を振り乱し、赤い目をギョロつかせ、白い息を吐き出している。



「SHAAAAAーーーー!!!!!」



 あなたは、化け物ですか……。



「アリスお嬢様、寝起きドッキリでーす☆」



 ジェームズが頭上に看板を向ける。



「SHUAAAAーーーーーー!!!!!!」



 姉さんは、天井から飛び降りると素手で看板を叩き割った。



「ひいいっ!!」



 もはやホラーだ。



「ジェームズ、カーテンを! カーテンを開けて!」

「は、はい、かしこまりました!」



 ジェームズが部屋の奥へ駆けていき、慌ててカーテンを開けた。

 窓から、朝のさわやかな日差しが差し込んでくる。



「ぎゃあああぁぁぁっ!!!!」



 その光を受けて、姉さんが目を抑えてのた打ち回りだした。



「エロイムエッサイム、悪魔よ、消え去るがよい!」



 ジェームズはカメラを構えたまま怪しげな呪文を言葉にする。

 これ、寝起きドッキリだよね?


「あ…あ……あ……」



 姉さんは、憑きものが落ちたようにおとなしくなり、ゆっくりと起き上がった。

 そして、何事もなかったかのようにあいさつをした。



「あら、おはよう。アルフレド、ジェームズ。こんなに朝早くにどうしましたの?」



 寝起きの騒動はすっかり記憶にないようだ。

 どんな脳みそを持ってるんだろう。


 困惑してる僕とは裏腹に、ジェームズが割れた看板を掲げてこう言った。



「寝起きドッキリでーす!」



 ドッキリはこっちだよ!



つづく


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