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懇願

「ご令嬢…、お怪我はございませんか?」

「はい…」


ステラはアルベルトにしがみついていた事に気づき、とっさに体を離す。

彼が少し残念そうにしたのはきっと気のせいだろう。

彼が指を鳴らすと、周囲が明るく照らされる。

部屋中に無数の小さな明りの粒が散りばめられていた。

壁に叩きつけられたのか幻魔だった物のシミがこべりついていた。


「なぜ、魔法で彩られた魔法塔の内部に幻魔が?」


ステラの問いにアルベルトが答える前にその側近と思われる魔法使いが転移魔法で入室した。

オレンジ色の髪をなびかせた彼は先ほど、ステラの怒りに際して、アルベルトをフォローした者だ。


「ローガン。被害はどうなっている?」

「無数の幻魔が魔法塔周辺の森に発生し、その一部が魔法塔に侵入した。複数のけが人が出ているが、制圧したさ。お前が出る幕はないから安心しろ!」


お互いの顔は確認せずとも、アルベルトとローガンと呼ばれた魔法使いの間には確かな絆が感じ取れる。穏やかな空気だ。


「おい、アルベルト、仮面が…」


外れていると言いたげなローガンは慌てていた。


「構わない。令嬢はおそらく、この顔を見る前から感づいていただろうから」


すべてを見透かしたような美しい魔法塔の主の瞳は笑っていた。

確かにその件は重要だ。しかし、今気になるのは…。


「このような事は多いのですか?」

幻魔の件だと察したアルベルトはうなづく。


「ここ数年で幻魔の数も強さも格段に上がっています。それは令嬢…ステラ様もご存じでしょう」

「もちろんですわ。そして、魔法塔は幻魔の侵入を阻む魔法がかけられているのも知っています」

「ええ、それすら効果が半減しつつあるのが現状なのです。魔法塔がここに作られたのは国境にほど近く、かつて幻魔の住処となっていた魔の洞窟の跡地だからです。それも承知でしょうが…」


伝説のアウストラル王への忠義と友としての心を示すために初代魔法塔の主がこぼれ落ちる幻魔の力に対抗するために強力な幻魔の寝床を力の糧として王宮と目と鼻の先…なれど、その目に触れにくいこの場所に引きこもったという話はよく聞く。その場所こそが魔法塔。そして、現在の魔法使い達もその精神を受け継ぎ、幻魔の処理に当たっていると思っていた。


しかし、この状況は…。何か言いたげなローガンの表情も気にかかる。


「私が目撃した幻魔は素人の目で見ても、かなり強力でした。貴方様の口ぶりからすると、これが最初ではないのでしょう?ならば、魔法使い側に相当な被害が出ているのでは?」

「フワイトタニア令嬢。それ以上は踏み込んでほしくはないな。これは魔法塔の問題。ここで何が起ころうと王宮は他言無用。それが通例のはずだろ?」


ローガンが声を荒げるが、それでも疑問を飲み込むつもりはない。


「いいえ。それは違います。幻魔の数の増加が叫ばれる昨今ではありますが、市街への侵入はほぼわずかです。それはあなた方魔法使いが食い止めてくださっているおかげではないのですか?その身を削って国を守っているあなた方が傷ついているのなら王家は…いえ、私を含めた治世を司る貴族が見過ごせすわけもありません!」

「失礼だとは思うが、公爵とはいえただの学生の令嬢にこの状況が打破できると本気で思っているのか?先代魔法塔の主もアルベルトも王宮には何度も魔法使い達の惨状を送り続てきたんだ」


ローガンはステラの前に魔法陣を展開した。その瞬間、様々な映像が浮かび上がる。それらはどれも惨劇と嘆きに包まれている。無数の墓標と血に塗れた魔法使い達の光景だ。


「ローガン!何を考えている!」

アルベルトがローガンをどついた事で映像は途切れた。


「イッテッ!少しは加減しろよ!」

「ステラ様になんてものを見せるんだ」

「真実を見せただけだろ!お前は手ぬるすぎるんだよ。だから王にも舐められるんだ。まともな返事もなく…。それでも俺達の魔導士様は戦いを辞めないんだよ。ご令嬢。たとえ、多くの仲間が死に絶えても、魔法塔の精神たる幻魔の討伐をし続けているんだ」


ローガンの言葉が重くのしかかる。私は何も知らなかった。水面下で行われる貴族達の牽制も、レオポルトとメイアーの扱いに困る日々も魔法使い達が置かれている状況を思えば、なんとも小さな事のように感じる。


私に魔法をぶっ放した彼の常軌を逸した行動も今では理解できてしまう。だからこそ、この言葉を口にしなくてはならない。例え、恨まれたとしても…。


ステラは最大限の敬意と尊敬の意味を込めて、ドレスの裾を地面につけ、アルベルトに敬服した。


「ステラ様?」

「魔法塔の最上位魔導士であるアルベルト様。いえ、レオポルト王子。私は貴方を王宮に連れ返らねばなりません。この国とそして、魔法使い達のこれまでの戦いに報いるためにも…」

「やめてくれ。俺はずっとアルベルトとして生きてきた。レオポルトの名で呼ばないでくれ」


始めて、魔法塔の主と呼ばれる青年の素の部分を垣間見た気がする。


「申し訳ありません。アルベルト王子」


怒りに燃えるローガンがステラに喰って掛かろうとするが、寸前の所でその拳をとどめているようだった。


「ご令嬢。俺の話を聞いていなかったのか?なぜ、アルベルトが王子と呼ばれなければならない。自分の息子かどうかも区別もつかぬ男のために、どうして、翻弄されなければならないんだ!」

「それは彼女にあたる問題ではないだろう」

「アルベルトはどうしてそう優しいんだよ。俺にはこの女もお前を無下にしたババアとそう変わらねえよ。身勝手で…」

「ローガン!」


ステラはすべての非難を全身で受けるつもりだった。それだけ、非道な事をしている自覚があったから。アルベルトとして過ごしてきた彼にこれから続くであろう日常を壊せと告げているのだ。自分勝手な理由で王子を取り換えた侍女と何が違うのかと胸が締め付けられる。


それなのに、なぜ、アルベルトは誰よりもローガンに怒っているのだろう。彼の友人は正論を述べているのに…。


「大体、アルベルトが王子という前提で話しているが、コイツが王宮と繋がりのある人間だってなぜ分かるんだ?」


アルベルトに怒鳴られてもローガンはケロッとした表情で言葉を続ける。さすがは魔法塔の主に次ぐ色を有する魔法使いというべきだろうか。しかし、ここに来てその物言いはさすがに無理がある。ローガンもアルベルトも王子だとほぼ認めているようなものなのに…。


「今更ではありませんか?その黒髪も黄金を思わせる瞳も初代アウストラル王そのままではありませんか?何より稀に見る魔力の強さ。おそらく、先代サルバトール卿が魔法塔にお連れになったのでしょう。かの者は英傑でいらした。その出自にも気づいたはず…」

「ああ、そうだ。母に見捨てられ、居場所のない俺を親父が魔法塔に誘ってくれた。この容姿を見せても親父…いや、先代の魔導士は顔色一つ変えなかった」


先代魔導士たるサルバトール卿が何を考えていたのかは分からない。王宮への切り札にしようとしたのかもしれない。もはや今となっては推測するしかできない。


「では、魔導士様はご自身の出自に心当たりがあったのですね」

「なんとなくはな…。だが、まさか、取り換えられた王子とは思わなかったよ。貴女の話を聞くまでは…」

「そうですか。では…」

「だが、だからといって、ローガンの言った通り、俺が王宮に入る理由にはならない。常に俺と…いや、魔法塔の魔法使い達に背を向け続けてきた王のためになぜ、動かなければならないんだ?」

「ごもっともですわ。陛下が何を考えているのか分かるはずもありません。ですが、魔法塔にすら侵入する幻魔が出現しているのは異常事態。それらはすべて、王宮にいるべき王家の血族が不在だからです。貴方様は類まれなる魔力をお持ちです。それこそが、この不毛な事態を打破するために初代アウストラル王がもたらした奇跡だとも思ってしまう」


「俺を奇跡と呼ぶか?他力本願的な思考だな。呆れるよ」

「なんと言われても構いません。それに魔法塔の主の名を持つアルベルト様です。ご自分の力で魔法使い達の命を守れると思えれば、安いものではないのですか?」

「ご令嬢はさっきから、俺を諭すような言葉しか言わない。ならば、貴女は何をしてくれるという。王子という肩書を押し付ける代わりに…」

「なんでも差し上げます」

「何?」

「命が欲しいと言うならこの首でも…私を女として扱いたいというならそれでもかまいません」

「ステラ様!気品ある貴族の令嬢とは思えない口ぶりだ。それならば私が望めばそばにいるというのか?家も交友関係もすべて捨てて…」

「ええ~。それがアルベルト様の望みだというならば…。なにより私は今、国の命運をかけた懇願をしているのです。今さら気品を気にしてどうするのです?」

「なぜ、そこまで…」

「私がフワイトタニアだからです。私は国の安泰のために動くと定めた者の一人なのです…というのは建前で、要は血を見たくないだけです。街の人達には笑っていて欲しい。そのためならば、この命などいくらでも捨てて見せる。アルベルト様方、魔法使いが幻魔との戦いを辞めないのとそう違いはないはずです」


彼らはただ、真っすぐにステラを見降ろしていた。


私もまた、彼らと同様に覚悟を持ってここに立っているのよ。引けないの。絶対に!


悪女とののしられようとも現状、この青年だけが目の前に迫る危険を回避できる術なのだ。

なぜなら、時を刻みすぎた王家もそのゆかりの一族達の中でもアルベルト・サルバトールほど強い魔力を有する者はいないからだ。

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