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幻魔の侵入

本来なら、この手を取り、挨拶するのが通例なのだろう。


「そのような形だけの謝罪だけで済まされるおつもりなんて心外ですわ。正規のルートで魔法塔の主への謁見を申し入れましたのに、その仕打ちがまさか、何時間も放置された挙句、理由も分からぬままに魔法の餌食にされるとなれば、いくら世間知らずの貴族の令嬢たる私でも異常事態だと理解できます」

「ごもっともです。魔法塔の管理は最高位たる魔導士の称号を得る者の務め。それを果たせていないのはすべて私に責任があります。この身一つでご令嬢の気が静まるならば、この首を差し出しても構いません」


唐突に現れた剣を握りしめた魔法塔の主は自身の首にその刃を突き付けた。


「アルベルト!」


魔法塔の主の後ろに控えていた消炭色のフードを被った青年が魔法塔の主であるアルベルトの腕を掴む。


「フワイトタニア令嬢。申し訳ありません。魔法塔は先の魔導士を失ったばかりで皆、動揺しているのです。ご令嬢がお越しになるという情報も魔法塔の主は把握しておりませんでした」

「よせ!塔のすべてを管轄できていないなど、それこそ、失格だ」


声からして、この魔法塔の主はかなり若い。


もしかしたら、私とそう歳の変わらない青年なのかも。


英傑として伝説になりつつある先の魔法塔の主、ストータス・サルバトール卿の後を継ぐと言うのはよほど才能ある人物なのだろうけれど、そのプレッシャーは想像を絶するはず。先代が亡くなってまだ、半年もたっておらず、彼の王への謁見も決まっていない。魔法塔での数時間の滞在なれど、この状況を鑑みると魔法塔は一つにまとまっている所か、その綻びがかなり広がっている。王子取り換え事件というスキャンダル以上にこの国はかなり危機的状況なのかもしれない。


今まで気づかなかったのが不思議なぐらいだわ。


「もう、結構です。魔法塔の主の首を頂いた所で気は晴れませんから。こうして、塔の上部から降りてくださったという事は私の話を聞いてくださると解釈してよろしいですのよね?」

「もちろんです。おい、その礼儀知らずを地下牢に放り込んでおけ」

「そんな、主よ。どうして、魔力なしを庇うのです?奴らは知らないのです。我々の命の価値がどれほど軽んじられているのかを…」


喚くジェマイアスを抑え込む魔法使い達の様子を確認していたのだが、突如その視界は一点して明るい場所へと移された。簡素なれど、センスのいい銀細工に散りばめられた応接室。上等のソファーの上に座らされているのに気づき、転移魔法で場所を移動させられたのだと気づく。


おそらく、真ん前に紅茶を差し出す魔法塔の主の仕業だろう。

魔法陣の展開なしに高等魔法の一つをあっさりとやってのけた。恐ろしい魔力量だわ。この時代では珍しい。


「お手は大丈夫ですか?」

「えっ!」


腕を見せてくれという仕草をされ、思わず右手を彼に向けた。


「フワイトタニアの持つ無効力は確かに魔法を粉砕しますが、その衝撃や痛みは体に伝わると聞いています」


思わず、自身の腕をさすっているのにステラは気づいた。親族の中にはこの痛みを克服した者もいると聞くが、ステラはその域に達してない。未だに鈍い痛みが血液の間をいきかっている。


「よくご存じですわね。無効力以上にその事実はあまり知られていませんのに」

「以前、父上にお聞きしました」

「お父上様ですか?」

「ストータス・サルバトールの事です」

「では、貴方は先代の魔法塔の主のご子息でらっしゃるのですね。申し訳ありません。把握しておらず」

「構いません。もとより情報は隠していたのです。それが父上の言いつけだったもので…。名乗るのが遅くなりました。アルベルト・サルバトールです。フワイトタニア令嬢。ぶしつけながら、その身に触れる事をお許しください」


そう語ったアルベルトは先ほど魔法の粉砕に一役買った側の腕を優しくつかんだ。冷たい彼の指先の感触が伝わってくるが、嫌な感じはしない。むしろ、心地いい。


「もしかして、魔力を流し込んでおられます?」

「よくお分かりで。どうです?痛みは消えましたか?」

「ええ~」


確かにさっきまでそこにあった痛みが消えていた。


「不思議ですわ。魔法は効かないはずなのに…」

「これでも一応、魔法塔の主の任についている者です。貴女のような方の対処も心得ていますよ」


この男。意外とくえないかもしれない。やはり、仮面に隠れた彼の本心は見えない。

やりづらいわ。


「まあ、そうですの」


世間話の合間という雰囲気を醸しながら、出された紅茶に口をつけた。ほんのりとリンゴの香りがかすめる。


美味しい…。思わず頬が緩みそうになった。


「それで、今日お越しになった理由をお聞きしても?」

「そうですね。今からお話する事は他言無用で願います」


アルベルトからの問いかけにステラは再び身を引き締めた。


「私は…いえ、フワイトタニア家は本物の王子を探して魔法塔へ参りました」

「言っている意味が分からないのですが?」


ステラは王室スキャンダルたる王子取り換え事件について説明した。

その間、アルベルトは考え込むようなしぐさをずっと繰り返していたが、ステラは些細な事だと思い、気に留めなかった。


「つまり、本物の王子が魔法塔にいると?今も?」

「それは分かりません。ですが、私の元にもたらされた情報によれば、王子の消息は魔法塔で途切れています。魔法塔の主様。何かご存じではありませんか?」

「いいえ。先代ならともかく、未熟な私では…。先ほどもご覧になったはずです。魔法塔も一枚岩ではない。古参の魔法使い達を差し置いて、最高位となった私に反感を持つ者も多いのです。それに今は…」


歯切れの悪いアルベルトの様子に何かしらの違和感を覚えた。

しかし、それを部外者が問いただしてもいいのか。ステラは迷う。


「それでもどうか、魔力の色の特定にご協力願えませんか?」

「魔力の色ですか?それは構いませんが、そこまでする必要がおありで?取り換えられたとはいえレオポルト王太子殿下が立派に国王となられ、国を導くのも一つの道かと…」

「事情の異なる他国ならばそれでもいいかもしれません。しかし、アウストラル王国ではその限りではない。大地に張り巡らされた初代様の魔力による闇の者達の封印が解決しない限り、その力の恩恵に頼らざるおえないのが現状です。王室には、いえ、この国にはどうしてもアウストラルの血が必要なのです」


幻魔の処理に当たる魔法使い、それも魔導士であるならば、この条理も理解できるはず。それなのに、目の前の青年はどこか消極的だ。握られた拳。仮面の下から漏れる小さなため息。彼の動揺がこちらにも伝わってくる。それらの言動で気づかぬほど、ステラは鈍感ではない。

先ほど垣間見た若き魔法塔の主の力。推測するには情報は少ないけれど、一つの可能性を見いだすには十分だわ。


「あの、魔導士様、もしかして…」


ステラがその疑問を口にする前に塔中が激しく揺れた。


「何!」

「令嬢!」


座っている事も出来ず、ふらつくステラの体をアルベルトが抱きすくめる。美しい自然の風景が象られたステンドグラスが激しく割れ、明りが風で消える。

真っ暗な室内に不穏なうめき声が漏れた。

無数の赤い瞳がステラを捉える。


幻魔?なぜ、魔法で守られるはずの魔法塔に侵入しているの?


「私のそばに…」


アルベルトのフードの中へといざなわれたステラはただ、頷くしかできない。

これでも一応、公爵令嬢として魑魅魍魎が巣くう王宮に出向き、経験不足なれどそれなりに渡り合ってきた。しかし、今、起きているのは真の恐怖。

本物の幻魔に遭遇している。しかも、小さな物ではない。幻魔は下級になればなるほど、不規則な形で野に咲く花のように足で踏みつけられるほど可愛らしいものなのだ。

耳を通り抜ける唸り声は獰猛な野獣を連想する。姿が見えない分、余計不気味さが増していく。

素人のステラでもわかる。これは上級の幻魔。


足音が二人に近づいてくる。ステラは思わずアルベルトにしがみついた。

ステラの腰に回ったアルベルトの手に力が込められ、もう片方は迫る幻魔へと向けられる。

その瞬間、小さなうめき声と淡い青い光がステラの鼓膜に映し出される。


ステラとアルベルトを守るように出来上がったシールド。それに弾かれた幻魔だった物は光の粒となって散り散りになった。

思わずアルベルトを見上げれば、そこにいたのは短い黒髪と吸い込まれそうなほど美しい金色の瞳を持つ整った容姿の青年。ステラは思わず見惚れた。仮面の外れたアルベルトにうっとりしたわけではない。その姿は初代アウストラル王を語るのによく使われる様相そのままだったからだ。この国では黒髪は珍しい。金色もしかり…。

ついさっきまで身を蝕んでいた幻魔の恐怖など消えていた。ただ、ステラの中に芽生えた一つの推測が確信に変わった事だけが頭を巡っていた。


この方が本物の王位継承者…レオポルト様なんだわ。

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