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エイダ嬢の真意②

エイダ嬢は一息入れてから、再び唇を動かす。


「ベイルーズ公爵は差し出されたお茶をつける事もなく、おもむろに告げました。ジェマイズが幻魔草に手を出していると…。それをおいそれと信じる父ではありませんでしたが、ジェマイズの同室であるセベスという魔法使いはベイルーズ公爵が愛人との間に生まれた息子だと言ったのです。彼からの情報だと…。だから信憑性はあるだろうと不気味に微笑んだ。さらにあの男はジェマイズを養子に出したお父様が悪いのだと畳みかけたのです。まるで、当てつけにジェマイズが自らの意思で幻魔草を使用したのだと言わんばかりの物言いです。ですが、私は知っています。共に過ごした時間は短いですが、ジェマイズとは手紙のやり取りをしていたのです。魔法塔でセバスという魔法使いと仲良くなったと…。魔法塔に骨をうずめる覚悟できたと綴っていました。お父様を許す許さないという気持ちはない。ただすべては運命なのだと…。あの子はどこか達観した所がありました。だから、自ら、幻魔草に手を出すなんて信じられなかった。絶対に裏があると思ったのです」


始めてエイダ嬢の偽りなき声を聞いた気がした。


「ベイルーズ公爵の仕業だと思ったの?」

「ええ。もちろん、確かめる手段はありません。でも、確信しています。ベイルーズ公爵の命を受けて、セバスという魔法使いが幻魔草をあの子に与えたのだと…。お父様の弱みを握るために…。出なければあんな…」

「黙っている見返りに公爵は何を望んだのですか?」

「財務省の副長官として、自分を支えて欲しいと。実質的な出世でしたが、それは悪事に加担する事でもあった」

「なるほど。財務省は王宮のお金を自由に動かせる。さらに、ガイドアーク子爵に貿易権も与えれば、密輸入は簡単でしょうね」

「ご明察通りです。公爵はお父様を盾としたのです。万が一に備えて…。ですが、それはしばらくは杞憂のものでした。レオポルト殿下はその…お金の流れには無頓着な方でしたから…」

「メイアー嬢のために使われたお金。それを用立てていたのはベイルーズ公爵でしたからね。いくらか着服しているのでしょう。あの方は…」


レオポルトに何度も訪ねた。メイアー嬢の宮殿費はどこから出ているのか?


侯爵はおそらく、この建物にかけた物以上の大金を動かしたのだ。すべて、レオポルト命令だと伝えて…。それは王家からお金を盗むのと同じ…。

大狸もいいところだわ。


「でも、問題が起きた。王子取り換え事件でレオポルトが失脚して、アルベルトがその座についたから」

「はい。アルベルト殿下は聡明な方です。レオポルト殿下のように上手くは扱えない。潮時だと考え、すべての責任をお父様になすりつけようとしていると分かりました」

「だから、貴方は手を打った」

「なりふり構ってはいられませんでした。罪を帳消しには出来ませんが、あの男を逃がしたくはない。フワイトタニアであるステラ様なら、もしかして気づいてくださるかもしれないと思ったのです。公爵が他国から秘密裡に仕入れた密輸品の数々をメイアー男爵令嬢の宮殿に隠している事は知っていましたから。浅はかではありましたが…」

「いいえ。エイダ嬢は見事に賭けに勝ったのですよ」

「ありがとうございます。ステラ様」


エイダ嬢は縋りつくようにステラの足元に膝をついた。


「おやめなさい。貴方は立派な令嬢なのですよ」

「申し訳ありません」

「ところでベイルーズ公子に想いを寄せているというのもウソだったのかしら?」

「幼馴染だったのは事実です。ですが、あれは、ステラ様に関係を問われて咄嗟についた嘘です。恋なんてとんでもない」

「そう…」


愉快そうにステラは微笑んだ。

あそこでベイルーズ公子の名を出したのはエイダ嬢にとって功をそうしたかもしれない。

ベイルーズ公爵が宮殿の建設に関わったという事実は公に記されている。だから、この隠し部屋の存在を財務省長官がこっそりと作る事ぐらい容易い。

密輸事業だけをあげるなら、公爵はうまかった。レオポルトの件がなかったとしても、悪事が暴かれるのはもう少し先になったかもしれない。しかし、そうなった場合でも幻魔草まで持ち込み、国中にばらまく大罪を犯した犯人として捕える事が出来たかどうかは分からない。


だが、天はエイダ嬢に…いえ、フワイトタニアに味方した。その痕跡を残したのはハーバンだったからだ。父親が持ち込んだ幻魔草を彼は持ち出し、勝手に使用したのだろう。さらにその幻魔草はメイアー嬢に渡った。彼女を幻魔へと作り変えようとした赤い花。すべては一本の糸で繋がったのだ。


まさか、ベイルーズ公爵も息子から足がつくとは思わなかっただろう。

その思惑がどこにあったのはいずれ、フワイトタニア当主が暴くだろう。


「それで、エイダ嬢。これからどうするおつもりかしら?」

「沙汰を待ちます。事情はどうであれ、お父様は罪を犯しました。一族の存続は望めません。命が助かればいいのですが…」

「良い覚悟ね。それでこそ、次期女当主というものだわ」

「はい?」

「貴方は私に情報を提供したの。いわば、フワイトタニアの協力者。むげには扱わないわ。特に役に立つ人間わね。事は大きいからしばらくは静かにしてもらわなければならないだろうけれど、ガイドアーク子爵が取り調べに協力的なら口添えしてあげる。弟さんには治療を受けさせてあげるわ」

「ステラ様!」

「ただし、条件がある。すべての事情が明るみになり、貴方が家門の相続を主張できる次期が来るまでフワイトタニアが預かる。飲むかはあなた次第よ」

「それはつまりどういう?」

「フワイトタニアと渡り合おうとした人間にしては察しが悪いわね。しばらく、私の侍女として仕えなさい。それが、貴方達家族が助かる道だと言っているのよ」

「もちろんです。喜んでお仕えいたします。ステラ様」


まるで、女神に傅くようにエイダ嬢はステラを見上げた。


参ったわね。これは人助けではないのだけれど。


自ら道を切り開こうとする者が好きなだけなのだ。

気まぐれで手にした力で生き残った私とは違う。

その点で言えば、メイアー嬢も嫌いではなかった。それは嘘ではない。

蹴落としたいと願った相手にそんな風に思われているなんて彼女は知らずに逝ってしまった。

知られる必要もない話だけれども…。

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