エイダ嬢の真意①
お父様達に必要な情報は届けた。今頃、財務省は悪い意味でお祭り騒ぎとなっている事だろう。
メイアー嬢の件を処理してから、それほど時間は立っていない。
命に別状はないだろうけれど、アルベルトは体力を消耗していた。
それも私のせいで…。
だというのに、ある意味元気と言わざるを得ないのは彼も年相応の男性だと言う事なのかしら?
まだ、腕や胸のあたりにアルベルトの残り香が駆け巡っているようだ。
思わず恥ずかしさで溶けそうになる。
こんな思いを抱く日が来るなんて…。
それでも、誰に対する罪悪感なのかもはや分からない痛みもかすめていく。
アルベルトと気持ちを分かち合った今でさえ…。
思わず、唇をギュッと噛みしめた。
「そんな悲しそうな顔をしないでくれ…」
「私は殿下を守ると決めたというのに…」
逆に守られるなんて…。
「貴女が元気に生きているだけで、俺は幸せになれるんだ」
疲れているというのに、こんな時まで私を気遣ってくれるのね。この人は…。
「まだ仕事が残っているんだろ?」
「えっ!」
「そういう顔をしているから」
「殿下には何でもお見通しですのね」
「だから、アルベルトで良いといっているだろう」
「ごめんなさい。気を抜くとつい…」
「つい…か」
「行ってこい。だが、すぐに俺の元に帰ってきてくれよ」
懇願するように手に唇をそわされ、ゾクリとする。
思わず手を引っ込めて、微笑み返した。
アルベルトは寂しそうにするが、気に留める余裕はない。
「分かりました。心配しないでください。彼女は害ではありませんから。おやすみなさい。行ってきます」
せめて、短い間だけでも静かに眠っていてほしい。
最後にアルベルトを見たのは王太宮の自室で休まれる時だった。
「ステラ様…」
名を呼ばれ、意識が現在に引き戻される。
「エイダ嬢。来ると思っていましたわ」
メイアー嬢が残した大広間にエイダ嬢は現れた。
二人の視線の先には、もはや女神ともてはやされた少女の遺物はほとんど残っていない。
女神像以外は…。
「私が来ると分かっておられたようですね」
「それはこちらのセリフですわ。私がいると思ったからこそ来られたのでしょう?」
真っすぐに立つエイダ嬢の瞳には揺らめき一つない。
「今頃、貴方のお父様は捕縛されているのでしょうね」
「そうですか」
エイダ嬢は何事もなかったかのように淡々と返す。
「驚かないのね。知っていたのかしら?」
「予想をしていただけです」
自身のスカートを掴み、エイダ嬢はステラの次の言葉を待っているようだ。
ある意味、腹の探り合い。
さすがと言わざる追えない。
ステラは思わず笑みをこぼした。
その事に目の前の女性は初めて同様の色を見せる。
「でも愉快だわ。まさか、駒にされるとは思いませんでしたから」
「そのような、大それた事は…」
ステラの含みのある声と研ぎ澄まされたような瞳にエイダ嬢の背筋は無意識に伸びる。
覚悟があるとはいえ、場数はこちらの方が上かしらね。
「していないと?エイダ嬢。この期に及んでそれはあんまりですわ。メイアー嬢の神殿に夜な夜な集まっている信奉者の件を伝えたのはただの偶然だとでも?しかも、その場所には図ったように隠し部屋まで用意してあった。価値ある物が収められたね」
ステラが壁を押せば、メイアー嬢を求める青年達で溢れかえった日に見つけた空間が姿を現す。
あの時と同様に色とりどりの品物が並んでいる。
そして、メイアー嬢が漂わせていた赤い幻魔草の香りもかすかにする。
「確実にこの場所に足を運ばせるために私の部屋の前に落書きを残したのも貴方でしょう?」
「何を証拠に…」
「証拠というほどでもないわ。落書きに関してはただの勘ね。仮にも女子寮の最上階にある私の部屋まで男子生徒が来るのは至難の業ですから。いくら、嫌っている相手であってもメイアー嬢を偲ぶしか脳のない彼らには無理だと思ったの。その点、エイダ嬢は同性ですもの。アルベルト…殿下の不穏な噂をいち早く伝えたのも貴方だったわね。まだ、新聞に載る前の情報だったにも関わらず…。魔法塔における幻魔草使用も知っていたという事も理由よ。本当に恐ろしい方だわ」
過ぎた夢に溺れ、浅はかな知恵しか浮かばなかったメイアー嬢とは違う。
フワイトタニアであるステラを駆け引きの相手にしようとしているのだ。
強敵ね。
淡々と事実を語っても、エイダ嬢は自身の手をギュッと掴みながら、口を閉ざす。
何かを待っているような態度だ。
でも長引かせるつもりはない。
「安心して。首謀者はベイルーズ公爵でしょう?」
大きく目を見開くエイダ嬢はその瞬間、ホッとしたように肩をついた。
「やっぱり、それが狙いだったのね。財務長官の悪事の告発といった所かしら?」
「ステラ様のご心眼には感服いたします」
エイダ嬢は美しい所作で頭を下げた。
「すべて、話してもらいましょうか?」
「はい。ガイドアーク子爵は…わが父は本来、出世には無縁の武骨なだけの男です。その上、とても優しいのです。優柔不断とも言いますが、とにかく人がいいのです。長らく子供に恵まれなかった友人のローズベッタ子爵夫妻に泣きつかれ、息子を養子に出すほどに…」
「ローズベッタと言えば、魔法塔で幻魔草に手を出した魔法使いの実家かしら?」
「そうです。ジェマイズは私の弟です」
物凄い形相で突っかかってきた魔法使いの顔が浮かんでくる。
言われてみれば、目の前の少女と似ているかもしれない。
目元などが特に…。
「養子に出したのはいいのですが、その後、ローズベッタ夫妻に子供が出来てジェマイズの立場は微妙な物となりました。しかし、あの子には魔法の才があった。だから、追い出す形で魔法塔に送られたのです。その点はジェマイズにとっては幸運だったと思っています。本当に…。ですが、それがすべての悪夢の始まりでした。あれはちょうど、レオポルト殿下とメイアー嬢が出会われた頃です。ベイルーズ公爵がお父様の元に内密に訪問に来たのです」
エイダ嬢は過去を思い出すように遠い目をした。
苦々しい表情も浮かべながら…。




