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フワイトタニアの男達

「準備はいいか?」

「はい。父上」


妹とよく似た目元なれど、視界に捉えた者を絡めとるような恐ろしい色を放つフワイトタニアの当主にヴェルナードは小さく頷いた。


「ステラはどうしている?」

「身の程知らずの女の後始末に向かっているところでしょう。大丈夫です。あの子の敵にすらならない」

「分かっている」


数百年という年月を重ねた荘厳な佇まいを見せる財務省の廊下を歩きながら、やはり、父の顔はピクリとも動かない。それでも、息子であるヴェルナードには一瞬の変化が分かるのだ。


「ご心配なら…」

「それ以上の言葉は不要だ」


何を言おうとしたのかすべてお見通しといいたいのか?

俺がなんと続けるのかこの人は本当に分かっているのだろうか?


ただ、心配なら手伝ってあげればいいと…それだけが息子として兄としての思いだというに…。

もしくは父親として娘を抱きしめてやればいいのにと常日頃から感じている。


しかし、このフワイトタニアの当主はずっと妹と距離を取っている。

その感情を理解してしまうのもヴェルナードなのだ。


「さようですか」

「なんだ。含みがある響きだな」

「いいえ。中々、難儀な方だと息子ながら思うだけです。ステラの身を誰よりも案じておられるというのに…」

「ふん。戯言を…」


フワイトタニアに生まれた者は生誕を迎えた日から個人差はあれど、魔法への耐性を身に着けている。ヴェルナードも同様だ。だが、ステラは違った。ごく普通の女の子だった。

その事実が先代は許せなかったのだ。ゆえにまだ幼い彼女を無用の存在として開かずの間へと放り込んだ。娘の身に起きた悲劇。そして、胸を痛め、衰弱する妻を前にしてもレナードルという男は表情一つ変えずに氷の面をつけ続けていた。


それでも、ある夜。その内側に隠した本音を垣間見たのだ。

雷が激しく鳴り響く夜だった。居間から漏れる唸り声と老人の嘆き。

何事かと思って、飛び出した先には剣を片手に立ち尽くす父と動かなくなった先代フワイトタニア当主がいた。


すでにあの世に去った老人を見下ろしてなお、レナードルの怒りがその目に宿っていた。


「父上…」


息子の声に我に返ったようにレナードルの静かな視線とぶつかる。

「おじい様は旅立たれたのですね。父上が?」

「ああ…」


ごく自然に、かつ冷静な息子を前にしても父はいつものように淡々と頷いた。

異様な空間だった。



本当に父上がおじい様を死に追いやったのか?


湧き上がる疑問を口に出来なかった。

それでも、理解した。


フワイトタニアに巣くっていた悪魔は葬り去られたのだと…。

ただ静かにその場に立つこの男も冷たくなった老人と同類だと思っていた。

長く続く伝統に縛られ、従順する愚か者。

しかし、この日。それを断ち切ったのだ。


「ステラをあそこから出してやれ」

「はい…」


父の背中に罪が重くのしかかっていた。そして、ヴェルナードにも同様に。

あの場所で起きた事件を黙認すると決めたのだ。


どんな真実があろうとどうでもいいじゃないか。

父上は娘を助けるために動いた。

ヴェルナードは勝手にそう結論付けた。


だが、ステラは知らない。死を待つしかなかったあの子を助けたのは父親だと…。

恐ろしかった祖父の命を奪ったのはただの病魔であり、あの部屋から抜け出せたのは奇跡のように手にした無効力のおかげだったと信じている。

しかし、ステラがフワイトタニアの証たる力に覚醒したのは父にとってもヴェルナードにとっても誤算であり、驚きだった。死んでもなお、あの老いぼれの執念めいた物に踊らされているような気にさせられる。ステラが持っていた爛漫さも子供らしい感覚も奪われてしまった。

何もできなかった自分が不甲斐なく、悔しかった。


父上もけして弁明しない。レナードル・フワイトタニアはステラに罪悪感を抱き続け、生きているのだ。妹への贖罪の方法も分からぬままにもがき続けている。

そして、俺もそんな父の共犯だ。罪はフワイトタニアとしてこの命が終わるまで続く。

けれど、ステラは違う。あの子はこの家に縛られる必要はないのだ。


しかし、俺でもフワイトタニア当主でも連れ出せない。

かつて、レオポルトにその役目を担えるかもしれないと思った事もあった。

ステラが心を許していたからだ。だが、あの男では役不足だった。

さらに、あろうことかステラを傷つけたのだ。本当なら、その首をはねてもおかしくなかったのだ。それでも、フワイトタニアが見逃したのはステラが許したからだ。

それ以外にはない。


どこまでもいっても俺も父上もあの子の邪魔ばかりしてしまう。だが、最近の妹はアルベルト殿下との出会いのおかげなのか、活き活きしているように見える。

その事は兄としては喜ばしいが、フワイトタニア当主はなんとも複雑な心情を抱いている。

誰も気づかないだろうが、ヴェルナードには手に取るように分かるのだ。

そう言うところは、娘を持つ普通の父親と変わらない。


アルベルト殿下は今後が大変かもしれないな。

このフワイトタニア当主をお義父様と呼びたいなら。


「何を笑っている。一仕事あるというに…」

「申し訳ありません」


遠い過去に想いを馳せる時間などない。かつて、フワイトタニアで起きた悲劇は表に出る事はなかったが、今回は違う。幻魔という誰が見ても分かる恐怖を国全土に広めた責任を問わねばならない。

しかも、その相手は王宮のお金を動かせる上級貴族なのだ。

こんなスキャンダル。下手をすれば、王子取り換え事件よりもたちが悪い。


財務省の上部。最高幹部の執務室の扉をヴェルナードは勢いよく開けた。

飛び込んできたのは今まさに自身の頭に銃を突きつけるセバスティアン・ガイドアーク子爵の青白い顔だ。


「待て!」


ヴェルナードは銃を握るガイドアーク子爵を抑え込んだ。


「死なせてください」


机の上には遺書と思われる殴り書きと赤い幻魔草が散らばっている。


「貿易を監督する立場にありながら、幻魔草を密輸した事を認めるのか。街にバラまいたせいで、市街地に幻魔を侵入させるという大罪を犯したのだと…」


「ああ…ああ…。それは…」


ブルブル震えるガイドアーク子爵のうつろな視線はフワイトタニアの両名のさらに後ろへと向かう。ガラス窓に財務省長官たるチャルストン・ベイルーズ公爵が立っていた。


「なんと言う事だ。副長官がまさか幻魔草を…」


大げさに身振り手振りをして、ベイルーズ公爵はレナードルに土下座した。


「財務長官としてなんと不甲斐ない限りです。どうか、彼に寛大な処罰を…。閣下!」

「ふん。迫真の演技だな」


フワイトタニア当主は愉快な物でも見たというように、長官を見下ろした。

膝をつく尊大な財務省長官の額に汗が流れていた。直感的に恐怖を抱いている。


「我々も甘く見られたものだ。このような茶番に付き合わされるなど…」

「なっ何を…」

「この反逆者を捕らえろ」

「どういうことです!なぜ、私がこのような…。閣下!」


なだれ込む騎士達に抑え込まれ、ベイルーズ公爵は呆気にとられる。


「幸い。妹は優秀でしてね」


ヴェルナードが微笑めば、ベイルーズ公爵は首を傾げるしかなかった。

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