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歩み寄る気持ち

「ステラ!ステラ!」


だんだんとハッキリとしていくアルベルトの黄金の瞳は不安そうにこちらをのぞき込んでいた。

ぼんやりと思い出す過去に出会った少年と面影が重なっていき、思考が止まった。

それは自身の唇に弾力ある感触とぬくもりが伝ってくるせいもある。

アルベルトのその整った顔との距離は触れ合うかを通り越してゼロになっていた。


まさかのキス!


しかし、横たわる自身の口元に濃厚な密着をしてくるアルベルトに殺意も悪意もわいてこない。

死を覚悟したというのに、意識をなくす前と同じ場所にいる。

徐々に動き出す頭と体に感触が戻っていく。激痛を覚悟したのによく眠れた朝のように軽い。


「すまない。貴女の許可もなく口づけをしてしまった」

「はあ…。そうですか…」


間の抜けた返ししかできない。


これが恋愛物語の最後ならよくあるすごくいいシーンなのだろうけれど、ステラは恋に恋するタイプではない。安堵するように膝をつくアルベルトは笑っていた。だが、額に垂れる汗と上がる息に疑問を湧き上がる。


「私に何をしたのですか?」

「それはこっちのセリフだ。無茶にも程があるだろう」

「メイアー嬢は?彼女はどうなりました?」


辺りを見渡すと、数刻前まで牢として機能していた冷たい石の上にメイアー嬢は横たわっていた。

青白く覇気のないその姿からは生気は感じられない。

最後に生きていた彼女の額から漏れていた幻魔の気配はなかった。


「大丈夫。ステラのおかげで彼女は幻魔の糧にならなかった」

「そうですか。では、家族の元には連れ返れますね」

「本当に優しすぎるぞ。その女のために自らの命を差し出そうとするとは…」

「咄嗟だったのです」

「ステラはいつもそうだ。他人の事ばかり優先して、傷ついて…」

「アルベルトだって、同じでしょう。私を助けてくれた。今、生きてるのはそのためでしょう?」

「やはり、死ぬ気だったのか?」

「えっと、それにはどう答えていいか」


死んでも構わないと思ったのは事実だけれど…。

だからと言って、そこまで覚悟があったのかというと違う気もする。


「頼むから傷つかないでくれ…」


懇願するように覆いかぶさるアルベルトの背中は震えていた。

そして、小さくせき込む彼に不安がよぎる。


「アルベルト!どうしたのですか!」


未だ出した事のない悲鳴に似た声が漏れる。

胸のあたりが一気に冷えていく。


「心配するな。いずれよくなる」

「一体、何をしたんです?」

「それほどの事はしていない。少々、魔力を大量に使っただけだ」


魔力を大量に?


その言葉で魔力のかけらもない自身の体に微量の魔法の痕跡が残されているのに気づく。


さっきのキス…。


「私に魔力を流し込んだのですか?」

「逆だよ。君の中で暴れる幻魔のエネルギーを取り込んだんだ。今、俺の中で幻魔と俺の魔力が戦ってるってわけだな」

「どうして、そんな事を…」

「無効化の力は魔がつく者の脅威にも助けにもなる。だが、その力を使う代償も支払わなければならないんだろう?」

「そうですわね」


対象者が味わうであろう痛みを引き受けるからこそ、この力は強いのだ。


「幻魔草で強力化し、さらにほとんど、確認されてはいない人を糧として生み出される幻魔の誕生。そんな禍々しい物を貴女一人で負うなど耐えられない」

「だからって、ご自分が苦しまれては意味はないじゃない!」

「その言葉、そっくりそのまま、返す!」

「でも、そのせいで…」


思わず涙が流れるのを感じた。湧き上がる感情を抑え込む事も出来ない。

頬を伝う温かい雫をそっとぬぐい、アルベルトは優しく微笑む。


「俺は死なないよ。この程度では…」

「そんな事分からないわ」


アルベルトの背に滲む温かい血の感触を伝ってくる。


「こいつの力も借りたしな」


二人の間を割って入るようにウーラがすり寄ってきていた。


いつの間に?


「ステラの痛みは俺がもらい受ける」

「まさか、それがウーラにかけた魔法ですの?」

「名前、付けてくれたのか?」

「今はそういう場合ではないです!なんで、そんな…私には命をかけるほどの…」

「それ以上、言ったら、また口をふさぐぞ。今度は純粋な下心付きで!」

「なんですか。それは!」

「驚いた顔も可愛いな」

「ちょっと…。私は怒ってるんですけど」


再び、至近距離で射抜かれて、動けなくなる。


「俺のこの身はいつだって、ステラ。お前のためにあると決めてるんだ。助けられた時からな」

「助けられた?それって、恐ろしく昔の話ですわよね」

「おっ!もしかして、思い出したのか?」

「同じ出来事を思い出してるかどうかは分かりませんわよね」

「それはいいんだよ。俺を助けたという認識を思い出してくれたんならな」

「アバウトすぎます。第一、あれは夢だったんじゃ…」

「夢だなんて、ヒドイな。俺は現実にステラに助けられたというのに…」


明らかに気落ちするアルベルトに思わず罪悪感が湧いてくる。


どうして、私が悪いみたいになってるの。

そもそも、本当にあれは幻の中の出来事のようだったのに…。


でも、この出来事を機転にして無効化の力を手にしたのも事実だ。

だからずっと、地獄部屋とかしていたあの場所にかつて閉じ込められ息絶えた人達がくれた情念によって助けられたのだと受け入れていた。


そう。力を得た私はその日、あの部屋を出たのだ。

ずっと閉ざされていたあの扉の鍵は開けられた。

そして、すべての元凶だったおじい様がこの世を去った夜でもある。

すべてがあの瞬間から始まったのだ。


自由を手にしてほしいと願った少年の事を…。

アルベルトもその中に含まれていたのだと忘れて…。


「ごめんなさい」

「なぜ、謝る?」

「私は貴方に自由でいてほしかったのに…。この手で牢獄に縛ってしまった。王子というとてつもない重圧を…」

「選んだのは俺だ。ステラのせいではない」

「でもきっかけを作ってしまったわ」

「再び、巡り合えた事をいえば、それは幸運だ。この人生の中で最も価値のあるな」

「アルベルト…」

「それでも、自分を責めるというなら、この俺のそばで見守ってくれ。フワイトタニアとしてではなくステラ個人として…」

「私自身…」

「受け入れてくれるなら、今度こそ、その身に触れる許可をくれるか?」


アルベルトはどうしようもないほど、穏やかに笑っていた。この先、彼は私のためだけに命すら投げ出すような気がした。放っておけないと思ってしまう。


ああ、この胸を締め上げるような、それでいて、打ち鳴らす鼓動が煩わしく、ゾクゾクさせる。

後始末をするのは、この瞬間の後でもいいと思えるほどに…。


ステラは導かれるように小さく頷いた。

それを合図に再び、アルベルトはその頬を撫で、愛おしそうにステラへと歩みを進めたのだ。

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