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夢に溺れた者

彼女を探すのはとても簡単だった。

アルベルトとフワイトタニアを真っ向から糾弾すれば、いやでも耳に入るとどうして分からなかったのかしら?


「貴女もレオポルトのように新しい人生を歩んでくれればよかったのに」


牢の中で憎悪に滲んだメイアー嬢とこんな形で再会したくはなかった。

彼女も同じ気持ちでいるだろうけれど…。


「新しい人生?笑わせないでよ。その新生活を奪ったのはアンタでしょ!」


もの凄いスピードで牢の手すりを握りしめたメイアー嬢はさらに鬼の形相へと変わる。

だが、こちらを見上げるしかできない。


「それほどまでに王太子妃…いえ、王妃が魅力的なの?」

「何でもかんでも、持っている公爵令嬢様なんかに私の気持ちが分かるとでも!」

「何でもね?それほどではないんだけれど…」


メイアー嬢の殺気がさらに強くなる。


「下がれ。ステラ!」


アルベルトの大きな腕が目の前を遮る。


「アルベルト…ストータス…。偽りの王太子」


魔が宿ったようなメイアー嬢の瞳にアルベルトが映り込む。


どうしてここに?

悟られずに来たと思ったのに…。

やっぱり、王太宮に泊まった翌日に動いたのはまずかったかしら?


けれど、メイアー嬢の捕縛の知らせを受けたのはその日なのだから仕方がない。

でも、いくら魔導士だからと言っても、こう何度も後をつけられるような真似をされると…。

いえ、今はやめておこう。

それは問題ではない。

むしろ、驚きだけで言えばメイアー嬢の方が勝る。

でもまさか彼女がね…。


ステラは大きくため息を付いた。


「偽りだなんて。恐れ多い。そのような戯言を喚き散らすから今、その場所に閉じ込められていると気づかないの?」

「よく言う。ただの嫌がらせでしょ!私が目障りだから」


自意識過剰すぎるわ。

でも、嘘ではない。


ステラは一歩前に踏み出し、メイアー嬢と目線を合わせる。


「そうね。とても、目障りよ。この有事にちっぽけな欲望を振り回されては…」

「なっ!」

「当然でしょう?アルベルト様には絶対に王位を継いでいただかなければならないの。未来のために…」

「ふん。バカバカしい。王なんて誰がやったって同じじゃない!私を幸せにしてくれるなら!レオポルトなら叶えてくれたのに!」


なんてめちゃくちゃな言い分をほざくのかしら。


「愛していたの?レオポルトを?」

「当然よ。その彼を虫けらのように追い落としたのよ。絶対に許さない!」


それなら、どうして、レオポルトを見捨てたの。

王子でない彼は必要ないとあっさり見限った癖に!


「違うぞ!」


手が触れ合うかの距離にいるアルベルトの静かな低音が響く。


「アイツはステラに感謝していた。お前ではなくな」


どうして、アルベルトがレオポルトの心境を語れるの?


けれど、その疑問を投げかける事はしなかった。


「レオポルトは自らの足で人生を歩み出したの。貴女の事を忠告してくれたのも彼よ!」

「ウソよ。あの人が歩むべきだった栄光の道を…その地位を奪っている人間の言葉に説得力なんてあるわけないじゃない!私は王妃になるべき人間だったの。それ以外に道はないのよ。邪魔するなら…」


メイアー嬢の瞳は焦点が合っていない。


「どうするって言うのかしら?」

「決まっているわ。自ら、王を選べばいいの。私の王を…」

「自分が王になると言う選択肢はないわけね」

「いやだわ。私は蝶よ花よと愛でられたいの。王なんてものはその辺りの男にでもさせておけばいいのよ。例えば、ハーバンとかね」


ハーバン・ベイルーズを王にですって?

それこそ、お笑い草だわ。

失笑を通り越して、飽きれてしまう。

大層な事を述べたって、彼女は誰かにすがって生きるしか知恵が回らないんだわ。

メイアー嬢。貴女はフワイトタニアが相手にするまでもなかった夢見る少女だったのね。

悪女には程遠い。歴史にすら残らないだろう。

もう、終わらせてあげるわ。


「貴女がどれほどの言葉を口にしているのか理解しているの?そんなに禍々しい幻魔の香りを漂わせて…」

「何のこと?」

「自分で分からない?その肌、荒れた唇から漏れる悪臭が?」


ここ数日、何度となく嗅いだ香りが数歩の距離にあるステラの肌をピリピリさせる。


「残念だわ。まさか、幻魔草に手を出すなんて…」

「幻魔草?なあにそれ?ハーバンがくれる紅茶かしら?」

「そう。彼がくれるの?」

「ええ~。とても、気分がいいのよ。この不満だらけの世界から解放してくれる」

「哀れね…本当に。レオポルトとの愛が実らなかったとしても、領地で静かに暮らせる未来もあったでしょうに…」


強い自我すらもう感じられずに笑うメイアー嬢を見ていられなかった。


「ステラのせいではない」


自然とアルベルトの胸の中へと顔が沈みそうになる。


ダメ。最後まで見なくては…。

彼女の過ぎた夢とはいえ、砕いたのは私なのよ。

その責任は果たすわ。


「殿下。彼女には治療が必要です」

「幻魔草に手を出した者は処罰の対象だ」

「ええ。それでも彼女はおそらく知らなかった。それに殿下のお言葉を言うなら、私に突っかかってきた例の魔法使いもその例に挙げられてしまう」

「確かに…」

「一番悪いのはこの幻魔草を持ち込んだ者です。彼女は奴に比べれば、小物どころかただの少女に過ぎない。命を持って償うには重すぎます」

「どうして、そこまで彼女を庇う?ステラに的外れな恨みを募らせ続けるその女を…」

「メイアーという女性は素直なんですわ。己の心に正直に生きている。およそ、私には無理な芸当です。やり方は間違っていましたが、そこまで憎めないんですわ」

「そう言うなら、どこか適当な…例えば、修道院にでも送ろう。空気が綺麗な所なら症状も和らぐだろう」

「感謝いたします」


アルベルトの大きな手が頬を伝っていく。その暖かに思わず瞳を閉じそうになった。


だが、突然、地面が大きな振動と共に揺れる。


「私は特別よ!」


メイアー嬢には何か見えているのか。両手を大きく広げ、天高くに放り投げる。

彼女の額が真っ二つに開け、衝撃で牢として機能する鉄の壁が粉々に砕け始めた。


「これは!」


直感的にマズイと思った。幻魔草はただでさえ、不気味で得体がしれない。

しかも、彼女の周りに漂う真っ赤な花びらはカイス様が見つけた物と同じ物だ。

幻魔を引き寄せるだけではなく、自らがその種子として、幻魔を生み出す糧としてメイアーという少女を食っているような気持ち悪さが飛び込んでくる。


ある意味幻想的で、胸をえぐられるような痛み。

この瞬間は幻魔草が幻魔を生み出す過程を見せられているのだ。

なんて、おぞましい。


気付けば、動いていた。メイアーという少女を救いたいからなのか、それとも今、誕生しようとしているそれを止めたいだけなのか分からなかった。


「ステラ!」


アルベルトの叫びと同時にその手が動かなくなったメイアー嬢に触れる。

自身の中に流れるフワイトタニアとしての血を一気に解放したのをきっかけにステラの意識はそこで途絶えた。

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