三人目の悪女の可能性
国内にないはずの赤い幻魔草の存在は不安材料ではあるけれど、慌てても物事がうまくいくわけではない。この件はフワイトタニアの当主も把握しているはず。
お父様とお兄様はお互いに語らずともわかり合っている空気感をいつも漂わせている。
いつだって私は蚊帳の外。
今回だって何もしなくたって、ステラ以外のフワイトタニアはいずれ動くのだろう。
お父様の手の者は王宮どころか国中に点在しているのだ。
でも、それでいいとは思わない。
アルベルトと約束したのだ。私が解決して見せる。
誰に向けるでもなくステラは決意を新たにした頃、時計の針は夜の十二時をまわっていた。
日付が変わってしまったわね。
「アルベルト殿下。私はこれで失礼いたします」
「待った。さすがにもう遅い。今日は泊ってくれ」
「王太宮にですか?」
「問題があるか?」
「いえ…」
さすがに気は引けるが、王位継承者の申し出を断るのは失礼にあたる。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「すぐに客間の準備をさせる」
なぜだか、弾んでいるアルベルトの様子に首を傾げるが、兄の友人達はとても愉快そうに頷いている。
妙な気分だわ。
「では、我々は失礼します」
「ああ…」
二人は一礼して、部屋を去っていく。
「ステラも疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
「アルベルトも…」
その足でステラは現れた侍女達に連れられて、用意された部屋へと向かった。
その部屋は懐かしい香りがした。
そこがまだ幼い頃、レオポルトとの遊び場だった場所だと気づく。
ファンシーなベッド越しの壁に小さな落書きを見つけたから。
レオポルトが庭で見つけたと言う小動物の絵。
けれど、下手すぎて、何を書いたのか未だ不明である。
「まだ残っていたのね」
何とも言えない感情が押しあがってくる。
背中に温かいものが押し当てられて、振り返れば、アルベルトから送られた使い魔が不満そうに抱き着いていた。
寮の部屋に置いてきたつもりだったのだけれど…。
「いつからついてきていたの?」
何も答えず見上げる真っ黒な使い魔の瞳はウルウルとしている。
かっ可愛い。
「そう言えば、貴方の名前を決めていなかったわね」
使い魔は嬉しそうにフワフワのボディをさらにステラに押し付けてきた。
なんだか、優しさに包まれるようでホッとする。緊張もほぐれてくるようだ。
すべてが怒涛の一日だった。ステラは頬を緩めた。
「決めた。貴方はウーラと呼ぶことにするわ」
ウーラを抱きしめる腕の力を無意識に強め、抱きかかえるようにベッドに腰掛ける。
「宇宙の中心という意味よ。心を表すともされるわね。こうして、私を癒してくれるウーラにピッタリだと思うのだけれど?」
羽を大きく広げ、部屋中を飛び回るウーラは名前を気に入ってくれたようだ。
ステラは疲れが押し寄せるように温かい布団の上に背中を預け、微睡みの中へと消えて行こうとする。
しかし、突然、頭に響き渡る通信音に現実へと引き戻される。
「寝ていたか?」
「お父様!」
浮かび上がる人影に思わず飛び起きた。
「いえ…」
魔法陣の上から現れたフワイトタニアの当主に思わず立ち上がる。
「急用でしょうか?」
「早い方がいいと思ったのでな」
「幻魔草の件でしょうか?」
「把握していたか?」
「シルヴェスト卿が幻魔出現地帯で見つけたと…」
「なるほど。赤い花については他の場所でも確認されている。ネフェルトリアでもな…」
まるで心臓を掴まれているような鋭い音に思わず身構えた。
レオポルトに会いに行ったのがバレていると直感した。
けれど、お父様はそれ以上何も言わなかった。
それはホッとするどころか、背筋に力が入るだけだ。
「同時期に現れた幻魔と同じ地区に赤い幻魔草も発見されたとおっしゃるのですか?」
ステラは何もない風を装って話を進める。
「そうだ」
「だとすると、明らかに意図的な物を感じます」
「お前に言われるまでもない。特に国外から入り込んだとなればなおさらだ。国内の幻魔草が駆逐されて数十年がたつ。その種子が持ち込まれないように誰もが最新の注意を払っている。その昔、輸入品に付着していた幻魔草を気付かぬまま、持ち込もうとしたバカがいたからな」
「輸入品ですか?」
アウストラル王国は近隣諸国との貿易は限られたものにとどめている。
それを主導しているのはもちろん王室だ。
「お父様はその話と同様の事が起こっていると言いたいのですか?知らぬ間に持ち込まれたと…」
「まさか。貿易の要である港には先代魔導士の協力の元、幻魔草並びにその種子を見つける。または元から消滅させる魔法が施されている。それを潜り抜けるとなれば、人の手によるものだと誰だって予想がつくだろう?」
当然の結論よね。
「それと、これは別件だが…」
「はい」
「アルベルト殿下の中傷記事の件は把握しているな?」
「お兄様から聞き及んでおります」
「それに加えて、お前を酷評する者もあらわれたらしい。彼女の言葉になぜだか人だかりができていると聞くぞ。ネフェルトリアの街でな」
「彼女ですか?」
「ああ。まあ、お前には取るに足らないだろうが、幻魔が市街に現れた直後だ。人々の動揺は増幅する可能性がある。撒いた種なのだ。自ら刈り取れ」
「分かりました。当主の仰せのままに…」
つまり、幻魔草の件はお父様達が処理するから動くなと言いたいらしい。
国家を揺るがす事態には干渉するなと突き付けられている。
信用されてないわね。
文句を言いたくなるけれど、肝心のお父様との通信は途絶えてしまった。
再び、部屋には沈黙が包まれる。
だけど、情報は与えて貰えたわ。
主な港における貿易を管轄しているのは子爵家ガイドアークだ。財務省副長官たるセバスティアン・ガイドアーク卿の親戚筋。そして、彼の娘はエイダ嬢だ。
ここで繋がってくるのね。
有力貴族であるガイドアーク卿ならば、幻魔草を意図を持って潜りこませるぐらいできるかもしれない。そして、国中にバラまいたとなれば、その目的はおそらく、クーデター。
大それた事をなさるわ。尊大な物言いをなさる方だとは思ったけれど、これ程とはね。
でも、エイダ嬢に関しては、私にすり寄り、情報を得ようとしたと考えれば中々策士な女性だとも言える。ひょっとしたらメイアー嬢よりも遥かに厄介かもしれない。
慎重に動かなくては…。
そのためにも厄介ごとは少ないに越したことはない。
メイアー嬢を先に処理した方がよさそうね。
でも、残念だわ。仮にも王太子妃、いえ、国母を夢見た方だと言うのに、幼稚なやり方でしか復讐できないなんて…。私をか弱い少女をイジメる悪者だとののしるぐらいしかできなかった女性だものね。その程度という事かしら?
今思えば彼女は本物の悪女を知らなかったのかもね。可愛そうに…。
平和な時なら見逃してあげてもよかったけれど、今は有事なの。
なんども言い聞かせてきた。どんな、些細な事でも致命傷になる可能性があると…。
だから、見逃してはあげない。
私は闇の中で生きるフワイトタニアだと覚悟しているから。




