見え隠れする陰謀
アルベルトの転移魔法で王都へ瞬時に移動できたまでは良かったのだけれど…。
ステラは結局、王太宮に避難させられてしまった。反論をする前にアルベルトは姿を消してしまう。
幻魔が横行する街へと向かったのだろう。それがステラは不満であった。
ご丁寧にこんな魔法までかけるなんて…。
ステラが王太子の執務室から出られないように一種の結界が施されている。
もちろん、無効の力を使えば、抜け出せない事もないけれど、魔導士がかけた魔法。
その反動がどれほどのものになるのか分からない。
何より、殿下が幻魔の討伐に向かったのなら、そこまで心配する必要はないのかもしれない。
でも、状況は知りたいわね。
幸い、こんな事もあろうかとアルベルトの懐にリアルタイムの映像を映す魔法具を忍ばせておいた。
この手の中に握られたキャロルからの贈り物のスイッチを押せば、街の状況が見渡せる。
戻ってくるまで、おとなしく待つしかないんだもの。
ソファーに腰掛ける中、目の前に現れた光景は悲惨なものであった。
それでも、魔法使いや騎士達の尽力もあって、最小限に抑えられている。
しかも、そこに現れたアルベルトは神々しいまでのオーラをまとい、蠢く幻魔を一掃してしまう。
私の出る幕はそもそもなかったわね。
ネフェルトリアの街でもそうだった。彼の魔力に底はないのかしら?
何より、その場にいた魔法使い達も騎士達も圧倒的なアルベルトの力と迫力に魅せられている。
想定外ではあるけれど、騎士達へのお披露目は出来た。誰もが直感的にアルベルトを次期王だと認めている。魔法使いに思うところのある彼らは不安材料だったけれど、これなら、問題はなさそうね。殿下の脅威にはなりそうにはない。
「ステラ。怪我は?」
数刻前に出た時とは変わらぬ様子で戻ってきたアルベルトにステラは背を向けた。
「ありませんわ。殿下が施した魔法のおかげで…」
「いや…それは…」
怒りを露わにするとアルベルトは困ったように肩をすくめる。
「約束を破るような方は嫌いです」
「すまない。だが、やはりステラを戦場には連れていけない」
「ご心配には及ばないと何度も言ったはずです。この身ぐらい自分で…」
「ステラは強いが、俺にとってはやっぱり、守りたい女性だから…」
そういう口説き文句は本命に取っておけばいいのに…。
さらに言えば、その程度の言葉で許すほどステラは寛容ではない。
「私を鳥かごに閉じ込めて起きたいのですか?」
「そうだな。知らぬ間にどこかへ消える貴女だ。このまま、俺の手が届く所に置けるならどれほどいいか」
「ちょっ!」
ソファーにもたれかかる肩越しにアルベルトの手が伸びる。
その胸板が迫り、抜け出せなくなる。
「今の話聞いてました?私は怒ってるんですよ。自由を制限する魔法をかけるなんて…」
「すまない。だが、納得してくれないだろう?」
触れるか触れないかの距離で囁かれる。
以前から強引な方だったけれど、ますます拍車がかかっている気がする。
何が原因なの?
私何かした?
さっきまで怒っていたというのに今は別の熱が上がっていると自覚する。
気を静めるために大きく息をついた。
「足手まといになるつもりはなかったんですわよ」
「だろうな。それでも、あんな血なまぐさい所はステラには似合わない」
「信用ないんですわね」
その助けになると何度も言ってきたんだけれどね。
ちょっと、残念だわ。
「人には適材適所という物があるだろう。ステラはすべてを背負い込みすぎだ。幻魔の討伐は慣れてる奴に任せればいいんだよ。頼って、頼られる関係がベストだと思わないか」
おでこをこつんとくっつけられ、ついにその肌が触れ合った。
けれど、嫌悪感はない。
「状況はどうです?けが人は?」
「幸い、死者は出ていない。けが人は随時、治療にあてている」
「よかった。アルベルトのおかげですね」
「いや、皆のおかげだ」
「そうですわね。ところで…。いい加減離れてもらえません?」
「残念。もっと、くっついておきたかったんだがな」
「調子に乗らないでください」
両手をあげ、後ろに下がるアルベルトは心底残念そうに肩をすくめる。
全く油断も隙もないんだから。
思わず、自分が笑っているのに驚いた。
含みのあるアルベルトの瞳がステラの体を貫くのを感じた。その場に妙な空気が張り詰める。
静まり返る中、沈黙を破ったのは開け放たれた扉の音だった。
「殿下!大変ですよ。大変!」
現れたのは見知った男。
「ウエスト卿!」
「おや、ステラ嬢。これはこれは、お久しぶりでございます。また一段とお美しく…」
流れるようにステラの手を取り、口づけをしようとする彼の顔を引き離すアルベルトの顔は怒りに燃えている。
「マクウェルと知り合いなのか?」
「お兄様のご友人ですわ。殿下こそ、お知り合いで?」
「俺の補佐官だ」
「まあ、それはいいですわ。ウエスト卿は優秀な方ですから」
王宮にも仲間を作れと言う忠告を聞いてくださったのね。
「だが、少し後悔し始めている」
いまだ、ステラのそばを離れないマクウェルに睨みをきかすアルベルトの様子に困惑した。
「おい。マクウェル!殿下。これは失礼しました」
後から息を切らせて現れたカイスはアルベルトの姿を確認して、慌てて、敬礼した。
「王宮騎士のカイス・シルヴェストです。お休みの所、申し訳ありません」
「そうだぞ。少しは空気を読め」
「お前が空気をよめ」
マクウェルの襟をつかみ上げ、後ろへと引き戻すカイスとマクウェルは気の知れた友だという空気が漏れる。お兄様がここに入れば、三バカトリオが出来上がる。
あら、いけない。三バカだなんて…。
優秀な方々にいう言葉ではないわね。
カイスは未だ緊張感をとかずにアルベルトに敬意を示す。
「重ね重ね失礼しました」
「構わない。どうした?急用か?」
「そうでした。殿下。こちらを…。カイスが幻魔出現地帯で見つけたものです」
マクウェルは赤く不気味な花を差し出した。
あれ、この香り…。どこかで…。
「見たとこ、幻魔草かと…」
「ですが、幻魔草は青い花を咲かせるはずでしょう?」
「さすがです。ステラ嬢。ですが、それは国内に咲くものだけです。とはいえ、それらは駆逐されたはずですが…。あはははっ」
メガネをクイッと持ち上げるマクウェル。
「続けろ」
「はい。殿下。これはおそらく、国外から持ち込まれたものです。しかも、青い花よりも遥かに強い幻魔成分を含んでいる」
「それが、街中に幻魔が現れた理由だと言いたいのか?」
なぜ、国外に咲く幻魔草が?
窓が開け放たれ、風が部屋を循環する。
「アルベルト…」
宙に浮いたローガンがテラスを通り抜けて、アルベルトのすぐ横に降り立った。
一瞬、彼がカイスに頭を下げたのに気づく。
この二人、知り合いだったの?
「どうした?」
「疲れている所悪い。早めに小耳に入れておきたくて…」
「なんだ?」
「ジェマイズの体内から出た幻魔の成分だが…。魔法塔が所有する幻魔に関する書物の情報から見ると国内では手に入らないらしい」
「それはつまり、赤い花を咲かせるものだと?」
「知っていたか?」
「今、その話をしていた所だからな」
皆の視線が枯れかかる赤い花へと向けられた。
あるはずのない幻魔草。
それが、王都で見つかった。
勝手に自生したとは思えない。
国外から勝手に舞い降りたという可能性は低い。
厳重に取り締まりが成されているからだ。
だとすると、誰かが持ち込んだ?
けれど幻魔草の所持、および使用は重い罪が伴う。
幻魔草は幻魔を引き寄せるのだ。
そんな代物をわざわざ取り寄せたとなると理由は何?
しかも、幻魔草の管理も移動も容易ではない。
だとすると持ち込んだ者はかなりの大物のはず…。
再び感じる恐ろしいスキャンダルの匂いに喉がつかえる。
「殿下。この件はフワイトタニアが引き継ぎます」
「ステラ!」
「適材適所があるとおっしゃったのは貴方様です。これは私の…我が家の専門分野ですわ」
深々と頭を下げたステラの瞳はランランと輝き、口角がゆったりと微笑む。
相手が誰であろうとも素早く対処するわ。
赤い花の幻魔草を残した時点で相手のミスなのだから。




