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騎士カイスの心情

「ウアッオオオオォッ!」


抜かれた剣は次々と獰猛な牙と鋼の胴体へ振り下ろされ、その動きを止めていく。

王都に突如、襲来した幻魔の大群の対処のため、カイスは街へと駆り出されていた。

空は無数の幻魔がひしめき合い、地獄絵図を描いている。情報によれば、各地に出現していると聞く。そちらは魔法使い達が応戦してくれているらしい。彼らに後れをとるわけにはいかない。

もはや脅威ではなくなった幻魔の屍の道を進めば、その悪臭が鼻を突き抜けていく。


なぜ、こんなことに?


建国から何千年もたつというのに、いまだかつて、王都に幻魔が侵入した例は数えるほどしかない。しかも、これほどの大群など。滅亡が近いと噂する連中も多い。

王子取り換え事件もしかり、王家の信頼は失墜しつつある。

カイルもその片棒を担いだ事になるのだが、あのまま、レオポルト殿下の好き勝手にさせていれば、暴動が起きたかもしれないし、もっとひどい事態になった可能性もある。この国に張り巡らされている結界についてはヴェルナードから聞かされていた。王家とフワイトタニアが長年守ってきた秘密。その一部をアイツは話したのだ。


「お前は信頼できる」


学院からの同級生であるヴェルナードは以前、そう言い放った。奴とは違い、由緒ある家の出でもなければ、貴族ですらない。剣一本だけで生きると決めた俺には眩しすぎる男。

何のしがらみもない自分とは違い、生まれた時からその身に宿命を背負わされたアイツが憎らしくもあり、その助けとなりたいとも思わせる。カイスにとって、ヴェルナードとはそう印象を持つ友だ。


そして、レオポルトはそんな親友の妹を蔑ろにしたのだ。許せるわけもない。

だから、突然送られてきた手紙にもすぐに協力を申し出た。フワイトタニアが動くのは常に国の維持、平和のためだと分かっているからだ。


特にヴェルナードに関しては…。


だと言うのに、状況は悪くなるばかりだ。本物の王位継承者として現れたアルベルト殿下への不満もちらほら上がっている。魔法塔の主という肩書をもってしても、そもそも、魔法使いとの間に軋轢のある王宮内においては彼の立場は危うい。

それはカイスが所属する王宮騎士団でも同様だ。以前ならともかく幻魔に対抗すべき力を持つのは魔法使いだけではなくなった今、さらに騎士達の士気は良くも悪くも上がっている。


魔法石による剣の誕生によって…。


カイスは一旦立ち止まり、息を整えた。列から少し外れすぎた。早く仲間と合流しなくては…。

再び、足を動かそうとしたその時、かすかに胸につかえるような甘ったるい香りが漂ってくる。

思わず、その匂いの先へと視線を移せば、下品な真っ赤な花が地面に食い込んでいた。怪しいオーラを放つその形には見覚えがある。だが、色が違う。幻魔の巣窟となっているこの状況と無関係とは思えない。カイスはその花をひっそりと摘み取った。


「魔法使いは立ち去れ!幻魔の処理は我々がする!」


仲間の騎士の怒号が響き渡り、思わずその一団の中へとカイスは走り出す。

複数の魔法使い達と騎士たちが今にも戦いを始めようする状況に困惑した。


まだ、幻魔がうろついているというのに、こいつらは一体何をやっているんだ?


「やめろ!」

「お前は黙っていろ!…うっ!小団長でしたか…申し訳ありません」


声を荒げる騎士はまだ、新人だ。カイスの姿を捉え、思わず謝罪を述べる。

騎士としてのランクは明らかにカイスの方が上なのだ。肩をすくめ、マズったという顔をしている。


「お前達は何をしている?」

「ですが、小団長…。王都における幻魔の処理は我々の管轄のはずです。魔法使い風情に…」


その発言に魔法使い達の殺気が上がる。


「今はそんなバカを言っている場合か!この非常事態に!魔法使いも我々も目的はただ一つのはずだ。それを忘れてしまえば、騎士とは名ばかりのならず者となるとなぜ分からない!魔法使い方も申し訳ない。奴らの発言は私の監督不行き届きです」


深々と頭を下げれば、一人の魔法使いが進み出る。フードの色は黒に近い。上級の魔法使いだろう。


「頭をあげてください。我らも頭に血が上った。同罪でしょう」

「では、一緒に戦ってくださると?」

「もちろんです。我らとて幻魔を倒すためにここにいるのですから」


よかった。話の分かる者がこの場にいて。

それでも、魔法使い達と騎士たちの間の微妙な雰囲気は変わらないままだ。


「我々が先陣を切るとしましょう」


なるほど。他の連中に協力されるにはまず、自分が動くしかないというわけだ。


「ローガン様!」


魔法使いの一団から声が上がる中、カイスは出会ったばかりの魔法使いと背を合わせて、襲い掛かる幻魔の襲来に応戦する。

その様子に他の奴らも後に続く。


どうやら、共闘できそうだ。


カイスはひたすら、幻魔を斬っていく。それでも、先は見えない。

仲間達の中にも魔法使い達にも疲れの色が見え隠れする。


クソ!


これほどの幻魔が今までどこに隠れていたんだ?

頭から血が滴る中、一瞬の隙をついて、幻魔が襲い掛かってくる。


マズイ!


動きが鈍くなるのが自身で分かる。反応できない。


当たる!


衝撃を覚悟した。だが、突然、空から降り注ぐ雷鳴と共に幻魔の大群が一層される。


何事かと思い、空を見上げると漆黒のマントになびく人影が降りてきた。

それはまるで、神話に登場するような英雄を連想させた。


初代様?


「皆、よく耐えてくれた。我が友たる魔法使い達。そして、王宮の…いや、国の守護者たる騎士たちよ。アウストラルの名に連なる者として感謝する」


神々しく輝くその姿に真の王を見る。

やはり、ヴェルナード…いや、フワイトタニアが連れてきた次代の王は本物だ。


「アルベルト様!」


どこからともなく、声が上がり、歓喜した。あれほど、疲れていたというのに、気力が満ち足りていく。これが、王の資質。そこにいるだけで、人々を圧倒する。


まだ、戦える。


カイスは再び、剣を握り直した。





「ああ、疲れた」


アルベルト殿下の劇的な登場で、王都の幻魔はあっさりと鎮圧、討伐された。

カイスは仕事を終え、一息入れる仲間達と共に飲み明かす中、懐に入れたままとなっていた赤い花の事を思い出す。


団長に報告するべきか、いや、ヴェルナードに?


だが、事は重大だ。慎重にやらなければ、上げ足をとられかねない。

いくら騎士として天才と言われているとはいえ、平民の俺を快く思っていない者は多い。


そうだ。アイツなら…。


「俺、抜けるわ」

「小団長殿!ノリが悪いですよ」

「お前達はほどほどにしておけ」


すでに出来上がっている仲間達に忠告を残して、酒場を後にする。

その向かった先はと言えば、墓場だ。

いつもなら、この辺りにいるはずだ。


暗闇の中、並ぶ墓石の間に倒れる人影を見つけた。


「マクウェル…」


まるで死人かのようにピクリとも動かなかったマクウェルのまぶたが開く。


「おや、カイス。どうしました?こんな所に来るとは珍しい」

「墓場で死体ごっこしているお前の方がヤバいだろ」


もう一人の親友にして、ヴェルナードを抑えて首席を守り続けたこの男は文字通りの変わり者だ。


「ライフワークを貶さないでくれるか」

「分かった。わかった。もう、お前の行動をいちいち詮索する気はないさ。これについてどう思うか聞きたいだけだ」


寝そべるマクウェルの前に戦場で摘み取った赤い花を差し出した。


「これは珍しい」

「幻魔草に似てないか」

「幻魔草だからな」

「だが、幻魔草は青いだろ?赤いものは聞いた事がない」

「そりゃあ、お前…。おっと、こうしちゃいられない」


素早く起き上がったマクウェルは花を手に墓石の間を全力疾走で駆け抜けていった。


「おい!説明しろよ!」


置いてけぼりを喰らうカイスの叫びは暗闇の中に消えていった。

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