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ローガンの憂い

突如、国のあちらこちらに出現した幻魔の処理に魔法使い達は追われていた。

地方に出現した幻魔の多くは近くにいる魔法使い達が適切に対応している。

だが、王都はそうもいかない。何せ、他の場所に出た幻魔よりも遥かに強く、数が甚大ではない。

動ける魔法使いは限られている。


「魔導士様はどこです?」

「我々だけでは!」


幻魔と対峙する魔法使い達の不満も分かる。だが、


「お前達はこんなザコ相手にもアルベ…魔法塔の主をあてにするのか?情けない」

「ですが、ローガン様!」


どいつもこいつも魔導士…魔導士。その言葉ばかり口にする。

仲間達の不満へのはけ口とするように、その刃は襲い掛かる幻魔へと向ける。

得意とする氷の柱が奴らを叩き潰していく。それでも、ローガンの心が落ち着く事はない。


アルベルトの助けとなりたい。アイツが傷つかずに済むなら、俺は…。


路地で震える少年が目に入った。その姿がかつての自分と重なる。



『お前には魔法の才がある。これで救われる!』



そう、歓喜したあの人の面影は朧気だ。


両親の顔は知らない。年老いた祖母と二人。

貧民街でひっそりと生きていた。しかし、その運命の悪戯は些細ないざこざから始まった。


「なんだ。坊主!物欲しそうに?邪魔なんだよ!」


よくいるチンピラだった。

小さな体の俺では、太刀打ちできない。無力だった。それにひどく腹が減っていた。

そこまでは覚えている。だが、気づいた時には目の前で殴っていた男は氷漬けになっていた。


「お前がやったんだね…」


そばに駆け寄ってきた祖母の瞳が輝きだしていた。何が起きたのか分からなかった。

ただずっと、救われると言うばかり…。

そして、どこからともなく初老の男性を迎え入れた。

フードを被って賢者といういで立ちの男。祖母とどんな関係があるのか分からなかった。

それでも二人は親しそうだったのは確かだ。


「魔導士様。この子には魔力があります。どうか、魔法塔へお連れください」


せき込む祖母は懇願と同時に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。


「ローガン。私と来るかね」


優しく微笑んだその人は高名な魔導士。ストータス・サルバトール卿であった。

どこにも行くところのなくなった俺は小さく頷いた。祖母の葬式も墓もすべて、彼が用意してくれた。そのしわくちゃの手を握り、魔法使いとしての道を歩み出した。


アルベルトと出会ったのはそれから一年経った頃だ。

初対面のアイツになぜだか腹が立った。

恩人ともいうべき、ストータス様の養子となったからかもしれない。

それだけ、魔導士様が目にかけていると分かるからだ。要は嫉妬したのだ。

だから、辛く当たった。今にして思えば、かなりひどい。それでもアイツは何も言わずやり過ごすだけだった。ずっとつけ続けていた仮面も気味が悪かった。

それでも、気に喰わないと言う悪意が向けられる対象はアイツだけではなかった。


「お前、平民なんだろ?ここに居ていいのか?」


貴族出身の魔法使いの一言が刺さった。しかも、当時のローガンよりもはるかに強い先輩魔法使いであった。その攻撃が体を貫き、地面に叩きつけられる。


「魔導士様に認められているからって、目障りだ」


その杖の先が鼻先に触れるが、瞬間、杖は真っ二つに割れ、粉々になった。


「同じ、魔法使いだろう?仲間を傷つけてそんなに楽しいか?」


見慣れた銀の仮面をつけたアルベルトが立っていた。


「やるか!」


邪魔され、逆上する先輩魔法使いだが、上昇するアルベルトの魔力に恐れおののき、尻がついた。

その場にいた者は動けなかった。直感で誰が上なのかその場にいた者には分かったはずだ。

ばつが悪そうに立ち去っていく奴らの後ろ姿を眺めていた。


「大丈夫か?」

「ああ…。でもなんで助けたんだ?」

「友だろう?」

「バカにしてる相手を友って呼ぶのかお前?」

「魔法の才能がないだとか、魔導士の息子なのに全然強くないとか言ってくる事か?そんなのバカの分類にも入らない」


いや、それだけではなかった気がするが…。

というか、俺そんな事言ったっけか?


目の前の青年の実力と真逆の言葉ばかりが連なっている。


「お前、強いだろ」

「ああ、じゃあ、別の奴に言われたのかもな」


思えば、俺に限らず、嫉妬の炎を燃やす他の魔法使い達は大勢いる。

だが、どんな相手に対しても、平然としていた。動じないだけなのかそれとも…。


むしろ、コイツ、実は苦労人なんじゃね?


そんな風に考えを巡らせていた所、仮面をつけたアルベルトの顔を間近で見たのは初めてだなと思った。細い目の先が黄金に光っていた。引き込まれそうな色だ。

魅せられたというのが正しいだろう。とにかく、動けなかった。

そんな些細な違和感にストータス様は感づいたのだろう。


「ローガン。アイツの助けとなってあげて欲しい。彼の運命は過酷になるかもしれん」


意味が分からなかった。だが、その理由はすぐに知る。


人知れず、仮面を脱ぎ、物思いにふけるアイツを目撃したから。その容姿はこの国の奴らなら大体知っている伝説の男に酷似していた。見てはいけない秘密の蓋を開けたような罪悪感に包まれた。

それからかもしれない。アルベルトをからかうのをやめ、仲間として接し始めたのは…。

本当の友と呼ばれ、呼ぶ間柄になるのに時間はかからなかった。


そして、いろんな事を話した。その中にはアルベルトの初恋も含まれていた。

生きる希望を与えられた少女の話。淡い想いで、とても重たい。


魔法塔を訪れた公爵家の令嬢は思い出の人だと直感するのは簡単だった。

仮面をつけていたとしてもアイツの鼓動が跳ね上がり、喜んでいるのが手に取るように伝わってきたからだ。その彼女がアルベルトを運命の下に引きずり出した事には少し、思うところもある。

それでも俺達の前を歩く魔導士様の大切な人だ。傷つけるつもりはないし、むしろ、アイツのそばで生きて欲しい。


ローガンはふっと微笑んだ。


「お前達、魔導士様の手を借りる間もなく、全滅するぞ!」


高らかに宣言したローガンの後に続くように魔法使い達の歓声が上がる。

幻魔退治に駆り出される魔法使い達は傷ついてきた。それでも、もっと、胸を痛め、その体に鞭を打ってきたのはアルベルトだ。例え、先代の魔導士以上の魔力があるとはいえ、過酷な戦いに何度も出て、死を間近に感じてきた。

アイツの負担を減らすためにも、幻魔の数は極力、減らしておきたい。

思わず拳に力がこもる。

生き急いできたアルベルトにやっと癒しの瞬間が訪れたのだ。それを邪魔したくもない。


そう決意を新たにしたと言うのに…。


「なんで、魔法使いが街中にいるんだ!」


腰に刺さる剣の音をなびかせて、数十人にも上る制服に身を包んだ一段が立ちふさがった。

王宮騎士の証となる赤いサーコートをなびかせた男が魔法使い達を威圧した。


「街の守護は我らの務めだ。魔法使い達の出る幕ではない!」

「なんだと!」


喧嘩に乗ったのはセバスだ。


「おい!やめろ!」


今にも突っかかりそうなセバスを抑え込むが、他の魔法使い達の怒りも頂点に上っている。


なぜか、騎士と魔法使いは折り合いが悪い。

特に王宮騎士達は魔法石を埋め込んだ剣を武器に幻魔を討伐する術を身に着けた者達。


魔法具否定者が多い魔法使いが拒否反応を示すのは分からないではない。

また、幻魔討伐という唯一無二の役目を取って代わられると危惧している者もいるのだろう。


ローガンだって、騎士達に好感は持っていない。

国境付近で強い幻魔を相手に、命の危機を晒しているのは現状、魔法使い達なのだ。


街にほとんど出現してこなかった幻魔…果たして騎士の戦闘経験がどれほど役に立つのか懐疑的だとも思う。現れた礼儀知らずの騎士に不満は募っていく。


されど、危機感にも苛まれる。ローガンは頭に血が上って我を忘れるタイプではないからだ。


まずい。このままでは、幻魔どころか魔法使いと騎士の間で戦いが始まっちまう。


一食触発の危機にローガンは身構えた。

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