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学院のありさま

「ねえ~。私、二人きりになれる場所に行きたいわ。またあらぬ嫌がらせを受けるのはつらいもの」


甘い吐息がレオポルトの喉をならす。愛おしい少女の囁きに頷くしかできない。


「ああ。静かな場所に行こう」


そう思うのなら、最初から人通りの多いテラスに足を踏み入れるべきではなかったでしょうに…。

とはいえ、何を言っても聞く耳を持っては頂けないのでしょうね。


「そろそろ、お前のサロンが仕上がっている頃だし、見にいってみようか?」

「本当?嬉しいわ」


飛び上がって喜ぶメイアー嬢の腰に手を伸ばし、レオポルトはさらに彼女を引き寄せた。


「他に欲しいものはあるか?」

「私はレオポルトといられればそれでいいの。でも、どうしてもって言うなら新しいドレスが欲しいわ。だって、私はただの男爵令嬢でしょう?良いものを着ないと公爵家の令嬢にまた難癖をつけられてしまうもの」


ただのね。彼女の実家であるニルフィーユ家といえば、3代前まで、王国で名をはせた豪商として知られ、金で男爵の位を手にした新参者。王宮内での勢力はそれほど強い物でもなく領地もわずかである。とはいえ、歴史を重ねたただけで、没落寸前の貴族も多い事を考えれば、明らかに裕福な暮らしを送れるだけの資金はあるはず。


「可哀そうなメイアー。ドレスぐらい、いくらでも買ってやる」

「ありがとう。王太子様…」

「なんらな、学院内にドレスルームを作ろう。お前専用のな」


また始まったわ。


「殿下。恐れながら、その資金はどこから調達しておられるのですか?」

「なんだ。まだいたのか?」


目線すら合わせずにレオポルトはステラに吐き捨てた。


「この学院は国を担う有望な若者たちの学び舎として初代国王が作られた由緒ある場所。ここの生徒であるという事はそれだけで責任が伴うのですよ」


「また、お前のお小言が始まったよ」

「まるで小姑みたい。嫌だわ」


下品に笑うメイアー嬢と殿下に頭のネジが熱さで溶けそうになる。しかし、淑女たるもの、常に冷静であらなければならない。頭に血が上った時点で勝敗は決まってしまうのだから。


「もう一度、聞きます。メイアー嬢への贈り物の数々。王太子の個人資産だけでは賄えないのでは?」


古風でそして、歴史ある建物が色濃く残る学院の校舎の至る所で工事を行う音が流れている。

そして、煌びやかかつ、斬新と呼ぶにはステラの感性に合わない建物群が建設され始めて、すでに一年以上たつ。サロンもしかり、レストラン、プール。宝石ルーム。表向きは学生達に快適な学生生活をという名目だが、その実態はレオポルトが王子の権限でメイアー嬢のために作られた彼女だけの城。


もはや、国家レベルの事業だわ。


「ふん。一介の令嬢のくせに、何が分かる。行こう」

「うん」


ベッタリとくっついた二人は彼女の城の中へと消えていく。


「あれは何です。品格のかけらもない」


憤慨する令嬢の一人が叫んだ。


「おやめなさい。聞かれてしまいますわよ」


ステラを取り囲んだ令嬢達は格式を重んじる者達ばかり。

公爵の中でも特殊な位置にいるステラに歯向かう事はない。


「陛下は何もおっしゃらないの?」

「たった一人のお子ですもの。それに王妃の件もあるでしょう?ステラ様も大変ですわね」


レオポルト王子を産んですぐ亡くなった王妃様を陛下は何よりも大切にされていたと聞く。その忘れ形見である息子に強く出られないのは陛下も人の親なのだろう。


こうして昔話を揶揄する令嬢達は友人と呼ぶには軽すぎる間柄だ。この中には婚約者がメイアー嬢に心酔して一方的に破断された令嬢達が何人もいる。つまりただ単に彼女が気に喰わないためにステラについてると考えた方がいい。そして、この場に残った令嬢達が望むのはこの異様な日常の排除。

礼節を含みながらも、向けられる視線の意味は、


『フワイトタニアはこの事態をどう考えているのか』という意味だろう。


「そうですわね。殿下には困ったものです」


突き付けられた刃を流し、何事もなかったかのように微笑み合う。


「授業の時間も近いですわ。皆さん、教室に戻りましょう」


何事もなかったかのようにドレスを翻す。

しかし、内心は令嬢の一人が漏らした言葉が蠢ているのも事実。


学院の一生徒と王太子の恋愛事情にお父様…、いえ、フワイトタニアの当主はだんまりを決め込んでいる。次期国王とはいえ、まだ若い彼の私生活に興味がないと言う事かしら…。

それとも…。




「ステラ様…。見て」


鈴の鳴くような甲高い声が廊下を通り抜けていく。勝ち誇ったようにその赤い唇をあげるメイアー嬢はその首に巻かれた真っ赤な宝石をさすった。


「レオポルトがくれたの。いいでしょう?」

「授業も受けずにお暇な事で…」

「本当に可愛げのない女なのね。レオポルトがいつも嘆いているわ。俺はあんな女を妻に迎えなくてはいけないのかとね」


ずっと、その話題を聞いている気がするわ。


「メイアー嬢。せめて、レオポルト王子の事は殿下とお呼びなさい。あの方の立場は貴女より上なのですよ」

「うざっ!レオポルトは呼び捨てでいいって言っているもの。それに私は王妃になるの」

「めっそうな事をいうものではないですわ。その責務がどれほど重いものか…」

「やめてよ。嫉妬に狂って見苦しい。公爵令嬢といえど、ただの女なのね。愛する男を奪われていい気味」


別に愛してはいないのだけれどね…。


「いいこと。愛し合う者同士が結ばれるのが一番幸せなの。邪魔する気なら、容赦しないから」


そう、宣言したメイアー嬢の瞳は恍惚にきらめている。彼女も中々野心家なようね。

でもまさか、先々布告されるとはね。思わず笑いが漏れた。


「何を笑っているの?」

「いいえ。まさか、フワイトタニアに喧嘩を売る貴族がまだいた事に驚いているだけですわ」

「フワイトタニアが何よ。古いだけの家のくせに…」

「それでも公爵家よ。そして、貴女は男爵。自分で宣言なさってたじゃないの」

「そうやって、高をくくってればいいわ。私には王太子がついているもの。怖いものなんて何もないの」

「あら、そう…。なら、頑張ってみればいいのでは?」


顔色一つ変えず、淡々と答えるステラ。逆にメイアー嬢はさらに高ぶっていた。


「何よ!その態度…」


思わずつかみかかろうとするメイアー嬢をよければ、彼女は盛大に地面へと叩きつけられた。


「大丈夫?」


差し出すステラの手を払いのけるメイアー嬢。


「ひどいわ。こんな…。私が何をしたって言うの?」


涙目で喚く彼女の声に誘導されて、生徒達が教室から顔を出す。

彼女を守るように男子生徒達が集まってきた。


「フワイトタニア令嬢!メイアーを突き飛ばしたのか?」


最も喚いている赤毛の青年がステラを睨む。確か、彼の家も公爵家に連なる者。


私に発言できるのはこの場なら彼だけね。

そうは言っても、この学院はメイアーの親衛隊だらけなのかしら?


「突き飛ばすわけはないでしょう。王太子殿下の大切な方に無礼なんて働けませんもの」


王太子の名を出せば、彼らは眉をひそめた。愛する女が別の男の寵愛を受けているだけで煮えくりかえる思いなのに、その相手はけして自分では太刀打ちできない相手。


ちょっと同情しちゃうわ。


メイアー…。愛らしい少女。男性を落とすテクニックはその手のエキスパートたる夜の女性達にもひけをとらない。入学式の祝辞を述べた王太子に目をつけ、すぐにその心を射止めるほどの才能をもっと有意義に使えれば、社交界で花開けるかもしれないのに。


残念だわ。私は宣戦布告をされて、黙っているほど、慎み深くはない。

この事は覚えておく。いつかのために…。

その日が思っていたよりも早く訪れる事をこの時のステラはまだ知らない。

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