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迫る危機!!

まさか、レオポルトにお礼を言われる日が来るなんて…。


人生とは不思議なものね。まだ、夢を見ているみたい。

ステラは思わず、その場にしゃがみ込んだ。行きかう人々の視線が突き刺さるけれど知った事ではない。


ああ、会ってよかった。けれど、少しばかり期待したメイアー嬢との恋が偽物だったは気の毒だわ。でもすぐに思い直す。

あの女が恋物語のヒロインには程遠い事ぐらい分かっていたはず。

私への復讐を考えているという話は気になるけれど…。


“ドドッン!”


突然、耳にこだました騒音に顔をあげる。人々の歓声と視線が一つの方向へと向いている。

だが、その表情はどれも喜びと輝きに満ちていて安堵する。


空に大きな花火が打ち上がっていた。

日が沈んだ夜の街は明かりに照らされ、踊る者達であふれている。


「お祭り?」


露店が取り囲む中央にいくつもの水の輪と巨大な剣を振りまわす精霊に扮した青い服のダンサー達が宙を舞っていた。


「そうか。もうそんな季節だったのね」


ネフェルトリアは海と共に生きる街。水の精霊を信仰している事で知られている。

だから、年に一度、海の平和を願って精霊を祝福する祭事が行われる。地域に根付いた小さなものだけれど、近隣だけではなく国のあらゆる場所から催しものを目指して人々は集まってくる。


笑顔の人々を見て、何だか自分が場違いな気がした。


「早く帰ろう…」


小さくつぶやくと同時に足は彼らから遠ざかろうとする。


「そこの人。折角のお祭りなんだから、もっと楽しそうにしなきゃ…」


後ろから、押し寄せる人々の波にのまれるように、輪の中へと連れ込まれる。


「ちょっ!」


困ったわ。こんな日にこの街に来るんじゃなかった。最近、たるんでいるのかもしれない。

頭を抱えて、なんとかこの集団から逃れる方法を模索する。


「お嬢さん。折角ですから、一緒にどうだろう?」


聞き覚えのある声に振り返れば、目元を仮面で隠した長身の男が立っていた。

顔の輪郭ははっきりしない。髪の色も周りの人々に馴染むようなブラウンだ。

けれど、一目で分かる。その匂いも雰囲気もよく知っている。


「なぜ、こんな場所に?」

「貴女がいる所ならどこへでも…」


つまり、つけてきたって事?


咎める視線を向ければ、分かりやすく肩を落とす彼に思わずため息が漏れる。


「嫌わないでくれ。貴女には会わないつもりだったんだ。その…」


仮面の向こうで口ごもる彼はいつもの威厳ある魔法塔の主でも王子の称号を得た男と同一人物とは思えない。


なんだ。動揺する事もあるのね。


思わず、笑みが漏れた。その反応に仮面の男はホッと頬を緩ませる。


「いいわ。仮面の方。リードしてくださる?」


優雅に一礼して、手袋に手を添えた。程よいぬくもりが伝わり、やがて、それは背中へと回っていく。王宮のまばゆいばかりの会場には程遠いけれど、淡い明りの中で弾むステップはますます、幻想の世界へと引き込まれそうになる。


「まさか、水祭がお好きだったとはね」

「実は忘れていたんだ。今日がそういう日だったとは…」

「私も同じですわ」


温かい腰の感触はさらに力が込められ、目の前の男との距離が縮まった。

その息遣いが間近に迫り、思わず動揺する。思いのほか、体温も数段上がっている。

ステラは理解していた。思いの他、頭がボッともする。


「そんな顔を彼にも見せたのか?」


仮面の下の黄金の瞳が熱っぽい色を宿していると気づき、胸のあたりがゾワゾワする。

ステラは思わず目を逸らした。


まさか、レオポルトに会ったのを知っている?

いえ、たとえそうだとしても、別に構う事はないわよね?

なぜ、私が言い訳を並べたてているの?これではまるで…。


以前、お兄様に言われた言葉が思い起こされる。


ダメね。これでは本当に恋をする少女のようだわ。


「友人に会いに来ただけですわ」

「だが、友人なら俺にも一言あってもいいと思うのだが…」


今度は子供のようにすねている。人の顔色を窺うのはうまい方なのだろうけれど、どうにも彼の真意はつかめない。


「それこそ、貴方様に報告する理由なんて…」

「寂しい事を言う。好きな女性の一挙手一投足は気になるものだ。ましてや他の男と会うとなるとなおさら…」

「また、そのように」

「だから、俺は本気だと言っているだろう?」

「なぜ、そこまで私を?」

「恩人とだけ言っておこう」

「えっ!」


片方の手は離さぬままに器用に回転させられたステラは呆然と立ち尽くした。

仮面の青年は先ほどまでの熱情とは異なり、穏やかに微笑んでいる。

その意味するところが分からずに困惑する。


恩人?王太子だと告げた事を言っているの?

でも、あれは恩人と呼ばれるには程遠い。


「あの…それはどういう…」


「「キャアアッ!」」


質問を投げかけようとしたその瞬間、今度はあらゆる場所から悲鳴が漏れた。

上空に巨大な羽を生やした数匹の幻魔が見下ろしていた。


街中にこれほどの数の幻魔がなぜ?


しかも、飛行の術を持つ個体は上級幻魔だ。


マズイ。これだけの人が集まっている場所に幻魔が現れたとなれば、怪我人どころか死者だって…。


思わず、自身の手をさすった。幻魔が放つ力は魔力に近い波動を持つ。

私の無効の力も効くはず。


「その力を使うまでもない!」

「はい?」


仮面の青年に声をかけると同時に浮遊感が体を通り抜ける。

気づけば、空を蹂躙する幻魔よりも高い位置に視線が移っていた。自分が上空にいるという事実に数秒たってから理解した。


「あっ!えっ!」


不甲斐ない言葉を発する中、見上げれば、間際に黒髪と仮面の取れたアルベルトの顔があった。

抱きかかえられている状態に驚きと共に背筋が伸びる感覚にも苛まれる。

腕を伝い、彼の魔力が高まったのが分かったからだ。


眼光は鋭くなり、幻魔の周囲に無数の魔法陣が出現し、雷鳴と共に確実に仕留めていく。

その体は地面に叩きつけられる前に焼ききれ、灰へと変わっていく。

魔法塔に現れた幻魔と同じだ。


私を腕に収めたまま、印も踏まずに大量の魔法陣を展開して、さらに数秒で幻魔を討伐してしまった。なんて力なの。


だが、安堵は訪れない。

危機は去ったと思いたかった。けれど、まだ神経を研ぎ澄ますアルベルトの様子に不安が募る。


「どうやら、他の街にも幻魔が同時出現しているようだ」


ステラの目の前に複数の映像が出現した。そして、立ち向かう魔法使い達の様子も見て取れる。


「特にひどいのは王都だ。ネフェルトリアの街に出現したものの比ではない幻魔が闊歩している」

「すぐに戻らなくては…」

「貴女を安全な場所にお送りしてから…」

「いいえ。私も行かねば…。この力も幾分か役に立つでしょう」


一瞬、アルベルトの瞳に影ができるが、それ以上、反論はしてこなかった。


「俺が言ったところで聞かないんだろうな。まあ、我々がつく前に片付いているかもしれないが…」


アルベルトの独り言のような小さなつぶやきと共に二人の姿は一瞬でネフェルトリアの街から消えたのだった。

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