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人生を取り換えられた男達

ステラの様子がおかしいのはすぐにわかった。

それが、不穏な噂として出回っている幻魔草のせいではないともやはり気づく。

彼女は他人に関しての事なら顔色一つ変えず、闇の中でいとも簡単に解決へと導くと知っているからだ。だが、植物園でのステラは明らかに動揺していた。


しかし、その心の内をけして見せてはくれない。

心配事があるなら、解決してやりたいのに手を伸ばすのも許してはくれない。


それが寂しく今、自分達の間にある距離なのだと思い知らさせる。

彼女にはプライバシーは守ると宣言しておきながら、その贈り物として差し出した使い魔の気配を手繰り寄せて、後を追いかけてしまうとは…。


こんなつもりで身を裂いて創造したわけではないんだがな…。


使い魔は自身の魔力によって、作られる分身。だからこそ、愛を語り合う者同士の契りの儀式として魔法使いの間で広まった。永遠の愛と共にお互いの使い魔を送り合う。


そこに任意の魔法を込めて…。


大抵は永遠の愛を約束させる。もし、裏切ればその命は永遠に失われる。それほどの強い魔力によって創造される。だから、通常は魔力のある者同士でしか行わない。両者の間に拮抗した魔力がなければ意味をなさないからだ。

片方だけに施される魔法は時に自身に跳ね返る。特にステラのように魔法を粉砕する力を持つ相手ならなおさらだ。


それでも、彼女を守る魔法を渡しておきたかった。

ステラとの絆が欲しかったからだ。遠い昔に一瞬、相まみえただけの自分ではつなぎ留められないと分かっている。彼女は覚えていないのだからなおさら。

だからこそ、レオポルトとして生きた男に興味と少しばかりの嫉妬を覚える。


彼女が会いに来たとなれば、特に…。


「殿下。このような場所にお越しになるとは…」

「俺が分かるのか?」

「当然です。あの日、ご自身でその出自を明かされたではありませんか?」


平服するその男はステラへ結ばれてもいない婚約を破棄した男と同じ人物だとは思えなかった。


幾分か痩せ、引き締まった肉体で彼女を抱きしめたというのか?


ステラを長年傷つけた男。それでも幼少期を共にした男。

自身が名乗るはずだったレオポルトの名で生き、今なお、彼女の心に居続ける。

その身に刻んだ業とでもいうようにステラの心には彼がいる。それがとても憎らしくも思った。


「そのような顔を私に向けるまでもありません。ステラ…。公爵令嬢とは何もありませんから」

「なぜ、俺に弁明する。その必要などないはずだ」

「本当ですか?」


井の中の蛙だった男はこの数か月で随分と揉まれたらしい。俺とある種の駆け引きすらするようにその心を見透かそうとしてくる。王族して生きていた頃にこの手の才能が芽生えていたら勝ち目はなかったかもしれない。

だが、今確かなのは奴の頭と俺の頭には同じ女性の顔が浮かんでいる。


「ステラを呼びつけたのは?」

「その話は彼女とケリがついています。例え、アルベルト…殿下の問いと言えど、安易に明かす事はできません」


この期に及んで、俺には立ち入らせない彼女との関係性を見せつけてくるのか。

他の女に目移りしたくせに…。出会った年だけいれば、こちらの方が先であるのに…。

こんな小さな嫉妬をするとは我ながら浅はかすぎる。


「そうか。彼女は無事に帰った。何かするつもりがあったわけではないんだろう?」

「もちろんです。殿下のお心を乱すような事は…」


本当に変わった。何も知らず、周りに呑まれて喚いていた男ではない。その瞳に悲しみが宿っているが、同時に希望を見え隠れする。まるで、自分自身を見ているようだ。

思えば、彼も俺と同じだ。運命を取り換えられた者。もしかしたら、誰よりも共感し合える仲なのかもしれない。そして、彼もまた、取り上げられた人生と折り合いをつけて生きている。


「忠告したかっただけです。彼女に…」

「何を?」

「もはや、気にするにも値しない女の悪あがきを小耳にはさんだので…」


それが誰の事なのか分かる。あの煌びやかな宮殿でこの男の体にまとわりついていた下品な女。


「愛してた女性に対して随分な言葉だな」

「もはや、過去ですよ。真実の愛には程遠い。殿下もお気を付けを…」

「お前に心配されるまでもない」

「そうでしょうね。特に相手がステラなら…」


やはり、この目の前の男は俺がここに来た理由を分かっている。


「そんなに驚く事もないでしょう。僕…いえ、私も愛に身を焦がした者です。誰かを追い求める視線に気づかぬとお思いで?特に貴方は…。失礼。過ぎた物言いでした。ここで処罰されても文句は言えませんね」

「いや、俺は…」

「分かっています。貴方様はそのようなバカはなさらない。僕とは違って…」

「殊勝な物言いだな」

「彼女が認めた方ですから…」


憂いだ物言いのレオポルトからは親愛の情が感じられる。だからこそ、腹立たしい。


「信じているんだな。ならば、なぜ、裏切った?ずっとそばにいたあの人を…」


感情を止められなかった。この心はもはや、ステラただ一人を望んでいる。

あの日、魔法塔に現れた彼女を見た瞬間から、押し込めていた想いが溢れてくる。


どうしてもつなぎ留めたいのだ。それでも、レオポルトと呼ばれた男がせめて、もう少し賢ければ、彼女は別の道を模索して二人で国を盛り立てていたかもしれない。俺の出自など明かされぬまま、魔法塔の主として生を終えたのかも…。彼女にとってはその方が幸せだったのかもしれない。

そんな風に考えてしまう。


「すべてはなる様にしかならないと思っています。僕には過ぎた女性だったのです。ステラ・フワイトタニアは…」

「それこそ出過ぎた真似だ」

「そうでしょうね。大変ですよ。彼女の心を奪うのは…」

「肝に銘じておく。何より、ステラを傷つけるぐらいなら、この身が裂かれても構わない」

「随分と情熱的な…。友としは中々複雑ですが…」

「友?」

「そうです。僕は彼女の友人だそうですよ。ずっと忘れていましたが…」

「そうか。なら、彼女の友をここで斬り捨てるわけにはいかないな」

「私を切り捨てるつもりでこちらにいらしたのですか?」

「ステラに害を及ぼすなら、それも覚悟していた」

「やれやれ。やはり、王族でなくなってよかったと心底思います」


安堵した様子のレオポルトはおもむろに、隅に追いやられた冷蔵ポックスからワインボトルを取り出した。


「どうです?一杯。殿下が飲むような上等なものではありませんが…」

「貰おう」


全く、あれほど心を乱した男と酒を交わすとは、人生何があるか分からないな。


男達は向かいあい、グラスを鳴らした。

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