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レオポルトという人生②

「ヒドイわ。どうして、私がこんな目に?何がそんなに目障りだって言うのよ!」


真っ白な肌に付けられた火傷の数々に目を疑った。


すべて、ステラがやったのか?


彼女はそこまで外道ではないという思いもあった。節度ある貴族令嬢だと…。

しかし、メイアーが言うのだ。愛しい彼女が泣いている。信じないわけがない。煮えくり返る。

か弱いこの少女を傷つけてただで済むと思っているのか?


僕の前では素知らぬ顔をしておきながら、格下だと認定した人間を貶める。幼いころから自分の周りにいた大人達と何も変わらない。ステラを懲らしめたかった。それでも、完璧な淑女たる彼女の悔しがらせる方法すら見つけられなかった。学院でも彼女は絶対的な女王のようにふるまっている。

ステラを守るように他の名だたる家の令嬢達が壁でも作るように立ちはだかってもきた。


こんな小さな校舎の中でも彼女の方が上だというのか?

メイアーには誰も味方がいない。その事実にさらに庇護欲が増していった。

どうすれば、ステラを追い落とせるんだ。あのすべてを見透かした顔を歪ませてやりたい。


何かいい考えを…。


「愛してるの。レオポルト。私を貴方だけの物にしてくれる?」


ただ、そばに居たいと懇願する彼女は純粋無垢だと思った。王太子妃の座すらちらつかせない。

僕自身を見てくれる。その言葉が嬉しかった。そして、ひらめきすら与えてくれた。


そうさ。ステラではなく、この愛らしいメイアーを伴侶にすればいいのだ。あの女が僕の仕打ちに耐えてきたのは王家の一員になりたいからだ。未来の王妃になるのが狙いなのだ。それが叶わないとなれば、どんな顔をするか。見物だと思った。最愛の人をそばに置く事も出来る。


名案だと確信した。ステラを怒りで震え上がらせるための見せ場も用意したというのに…。

やはりバカな僕では彼女には勝てなかった。ちっぽけな男の欲など、チリにすらならずに捨てられた。気づけば、出生の秘密を暴露され、王太子どころか王族の一員ですらなくなっていた。


それでも、しばらくはフワフワと夢の中にいるようだった。目が覚めれば、いつもの窮屈な日々に戻るのだと。だが、隣にはイライラした様子のメイアーが座っていた。


「なんでこんな事になるのよ!信じられない」

「メイアー。これからどうしようか?」


王宮を去る馬車の中だというのに、彼女との愛は本物だと信じていた。


「知らないわよ。そんな物!どこへでも好きな所に行けば?」

「どうしたんだ?なぜ、そんな冷たい事を…」

「アンタなんか、王子でなきゃ、何の魅力もないのよ!王家の血すら引いてないなんて…」


爪を噛み、ブツブツと恨み事をつぶやき続けるメイアーが浮かべるのは女神の微笑みではなかった。

欲に塗れた醜悪に歪んだ哀れな女の顔をしていた。

やっとこの時になってようやく悟ったのだ。

あの運命の出会いもメイアーが仕組んだ作られた演出だったのだと…。

結局、彼女も他の連中と同じだった。いや、もっと酷い女だ。

なぜ、分からなかったんだろう。


涙が頬を濡らす中、僕はメイアーに馬車から追い出された。

彼女の実家に連れ返る気はないらしい。

御者はメイアーの味方をした。


この短い時間の中で彼女は自分のために動く男を作ってしまうとは…。


その才能に笑うしかなかった。走り去る馬車をただ見ていた。

もうどうでもよかった。自分は王になるべき男ではなかった。今までの生活すべてが、偽りだった。


僕はなんだったんだ!


叫ぼうと誰も来なかった。ただ、冷たい雨だけが体を貫いていく。


気付けば、ネフェルトリアの街に流れ着いていた。服は泥まみれだった。


「おい。兄ちゃん。大丈夫か?」


壁に寄りかかり、さらに薄汚れ、死を待つばかりの僕に声をかけてきたのは髭もじゃの怪しい男だった。




「レオ…客が来ているぞ!」


意識が少しばかり過去へと遡りつつあったが、現実に引き戻された。控室の扉が開かれていた。

そこに立つのは酒場のオーナー。そして、生きる意味を見失っていた僕に声をかけた怪しい男。

だが、街を仕切っているというこの人に拾われなければ、今、僕はここにいなかっただろう。


「客?」


ステラは帰ったはずだ。誰だろう。

まさか、メイアーか?


最初に舞台に上がったのはちょっとした気分転換のつもりだった。過去の自分との決別もあった。

それでも、なぜだか、客は大いに笑ってくれた。おそらく、僕が偽りの王子として王宮を騒がせた張本人だと思っていないからだ。取り換えられた哀れな男は真実の愛を手にして、運命の女性と仲良くやっていると思っているからだろう。なんと滑稽な話だ。それでも、やっと素の自分でいられると歓喜した。人々が僕を見て、様々な表情を向けてくれるのが嬉しかった。

この生い立ちを受け入れた頃、かつて女神と呼んだ女が姿を見せた。


「こんな所で芸人だなんて、落ちぶれたわね」


彼女は初めてあった時のように輝いていた。だが、まるで悪魔の手先のような擦れた印象を受けた。これが本来の彼女なのかもしれない。


「なんだ。突然。僕に用はないはずだ」

「ないわよ。でも、興味あるんじゃないかと思ってね。貴方の後釜に座ったアルベルトとかいう男ととあの女に…」


あの女だと揶揄する相手がステラだと言わなくても分かる。


「復讐したいと思わない?」


ステラにか?それとも本物のレオポルト…いや、アルベルト殿下に?


メイアーは憎悪を燃えたがらせていた。恐ろしいと思った。

だから、逃げたのかもしれない。

彼女の申し出に即答できなかった。


その態度にメイアーは落胆の色と軽蔑のまなざしを向けてきた。


彼女は聞くに堪えない悪態を吐いて、帰っていったが、また戻ってきたのか?

つい先ほど、出て行ったステラと鉢合わせしていなければいいが…。


「入れてくれ」


恩人の男はうなづくと姿を消した。ステラに恨みなんてない。芸人になってから、考える時間はたっぷりあったのだ。ずっと、僕に虐げられてきた彼女なら、もっと相応しい復讐だって出来たはずだ。それでも生かしてくれたのはもしかしたら優しさだったのだと今なら分かる。


メイアーの企みを知らせるなんて、ただの口実だ。

僕の中に湧き上がった疑念を確かめたかっただけ。

それに何の意味がある。ずっと、傷つけてきたというのに…。

来なくてもいいとさえ、思っていたんだ。それでも、彼女は来た。


そして、そのぬくもりを感じてようやく、血が通っていると実感できた。なんて愚かな男なんだ。

ステラは僕を友人だと思っていてくれたのだ。それなのに、ずっと、感情のない人形だと蔑んできた。王太子ではなく、ただのレオポルトになってようやく、気づくとは…。


メイアーという偽りの美しさではなく、夜に輝く星のような優しい光がずっとそばにあったのだ…。だが、すべてが遅い。


彼女とは歩む道が違うのだ。悲しむのは後にしよう。

足音が近づいてくる。開かれた先にいたのは、


「レオポルト殿…」


目の前に立ったその人物に驚いた。メイアーでもステラでもない。

フードの下からのぞく黄金の瞳。僕の人生を引き継いだ男。


なぜ、こんな場所に?

一瞬、動けなかった。これが、本物の王の資質なのだ。

何もしなくても、威圧感を醸し出す。

僕にはなかった才能だ。


「殿下…」


思わず、その場に敬服するしかできなかった。

その行動はもはや、王太子と呼ばれた頃の面影などない。

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