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戸惑い

「まだ精霊花は咲かないのね」


どうして、この植物園にまた足が向く事になったのか自分でもよく分からない。

考えをまとめたかっただけかもしれない。それでも、どこへ行っても気が休まらない。

ここは下界と遮断されたような空気が漂っている。王太宮の中だというのに…。


本当に不思議…。



『こんな手紙を君に送るなんて、バカな男だと思う…』



捨ててもよかったのに、レオポルトからの手紙を手放せない。

なんども読んでは彼の心を探ろうとしてしまう。

人の心はとうに捨てたと思っていたのに、やっぱり、それなりに彼に想いはあったのかもしれない。


結構長い付き合いだったからかしらね…。


「ステラ?」


振り返れば、身軽な格好のアルベルトが立っていた。

いつも整っている髪が、少し乱れている。


「殿下…いえ、アルベルト」

「ここに来れば、貴女に会えるような気がした…」

「てっきり、この子の気配を追いかけてきたのかと思いましたけれど?」


胸の中に抱えた使い魔のコウモリに微笑んだ。


「心配するな。いくら俺でも好いている女性のプライバシーを侵害するような真似はしないさ」

「そうですか…」


好いているという言葉をあえて無視した。

どうせ、また甘い音でやり返されてしまう。

この人の本心を探る気にはなれない。

今は特に…。


「可愛がってくれてるんだな。よかった」

「ええ。なんだか、この子を見ていると心が安らぎますわ。モフモフとした感触がそうさせてくれるのかしら?ただ、名前が分からないのでどう呼んでいいのか…」

「ステラが決めてくれればいいんだよ」

「名前はないのですか?私はてっきり…」

「貴女のために創造した子だ。ステラがつけてやってくれ。そのつもりで差し上げたしな…」

「あら、そうですの?」

「意外と天然なんだな」

「まあ、私におバカさんだとおっしゃるなんて、面白い方ですわ」

「天然はバカではないだろう。むしろ、ステラにはそのどれもが魅力となるだろうが…」

「アルベルト!」

「なんだ?」

「そういう発言はやめてもらえませんか?」

「そういうとは?」

「だから、女性を…口説くような発言です」

「俺は宣言したはずだ」

「婚約の事をおっしゃっているなら、あれは陛下の戯れでらっしゃる」

「しかし、本気で貴女の愛が欲しいともいっただろう?」

「そんな話聞いてません!」

「口説くチャンスをくれたじゃないか!」

「あれは…」


確かに言ったけれど、それは環境が変わったアルベルトの心中を思いやっての話だ。


それに可愛げがなく、冷淡な女に惚れる男なんているわけもない。

まったく、何を考えてるのよ。この人は!


「信じてないんだな」

「何をです?」

「俺はステラ令嬢。貴女が好きだと言っているんだ。もちろん、Loveの意味で…」

「ちょっ!」


幾分か、アルベルトの距離が近く、胸がざわめく。見上げる彼の黄金の瞳がさらにその輝きを増している気がする。熱く燃えるような強い光だ。


クラクラしそうになる。ウソ偽りのない、感情をぶつけられている。その事にひどく動揺している。初心な少女のように頬が赤く上昇しているのが手に取るように分かる。


やめてよ。これではただの女じゃない!

生まれて初めて、もっと鈍感でいられたらと思った。それでも、アルベルトの真意に疑問を感じているのも事実だ。

心のうちを彼に見せてなるものかと背中を向けた。


「人をからかうのはやめてください。第一、貴方にそれほど想われるほど時間を過ごしたわけでもないでしょう?」

「愛を育むのに時間は関係ないだろう?それに時間だけを言うなら、ずっと長いんだぜ。ステラを想っていたのは…」

「大げさですわ。魔法塔で会ったのが最初でしょう?」


含みのあるアルベルトの視線とぶつかる。


「まさか、以前にもどこかで?」

「さあ、どうだろう?」


意味深に人の関心を引くのがお上手ね。

なぜ、フワイトタニアの令嬢たる私の方がもてあそばれてるのよ。全く不甲斐ない。


「もう、殿下のお遊びに付き合っている暇はないんです。妙な噂も出回り出しているのですから…」


不満の意味を込めて、あえて敬称で呼ぶ。


「魔法塔が幻魔草の温床になっているというアレだな」

「ご存じでしたか?」

「実はその件なんだが、あながち嘘でもない」

「どういう事です?」

「先ごろ、ステラに突っかかった魔法使いがいただろう?」

「ええ~」

「彼の体内から幻魔草の成分が出た」

「そうですか。それで納得しました。彼の狂気はそのせいで…」

「すまない。貴女を危険な目に…」

「いいえ。彼が騒いでくれたおかげで、貴方と会えたのですから私としては感謝しています」

「魔法塔の主として、不甲斐なかったのは事実だ。まさか、幻魔草を使用している者がいたとは…」

「他にもいるのですか?」


「いいや。今のところは確認されていない。むしろ、解せないんだ。ジェマイズは幻魔草を憎んでいたはずなのに…。ああ、彼の名前だ。ローズベッタ侯爵家の長男なのだが、魔法の才に長けていたため、幼いころに魔法塔に引き抜かれたんだ。彼はいつも言っていたよ。幻魔を引き寄せる幻魔草が国内から排除できているのは嬉しいが、国外はそうではない。世界中からなくなれば魔の脅威など考えなくても済むとね。そんな奴がまさか…」

「つまり、あの魔法使いが自分で使ったとは思えないと言いたいのですね」

「ああ…」

「気になる事はまだあります」

「なんだ?」


「魔法塔が幻魔草の温床になっている。その噂の出どころです。実際に使用者がいたと分かったのは最近でしょう?このタイミングで世に出たのは偶然にしては出来すぎている」

「誰かの意図を感じると?」

「はい」

「まあ、確かに魔法塔で匿われていた真の王子というのは恰好は良いだろうが、気に喰わない奴も多いだろうからな」

「ただの嫌がらせ程度なら放っておいてもいいでしょうが…そうも言ってはいられません。幻魔の数が減少していないのは由々しき事態ですから」

「俺が王子として名乗りをあげるだけでは役不足だったという事だろう」

「違います。けして、アルベルトのせいでは…。ご心配には及びませんわ。もしもの時は…」

「やめてくれ。貴女がすべてを背負う必要はない!」


お兄様と同じことおっしゃるのね。


「いいえ。アルベルトが王位を継承するのに一点の曇りもあってはならないのです。そうですわ。広まる不穏な噂は良い知らせで上書きするのはどうでしょう。少ない時間ではありますが、真相を調べるぐらいの猶予は稼げるはず」

「具体的にどうするつもりだ?」

「私と殿下の婚約発表を大々的にするとか?私が貴方を連れてきたという話に尾ひれをつければ、大衆は食いつくはず…」


上手くいかなくたって、アルベルトへの疑念の矛先は私に向くかもしれない。先の王太子を追いやり、新しい王子にすり寄った悪女とでも呼ばれれば御の字。


「ダメだ!」

「なぜです?婚約に関してはアルベルトも乗り気だったではありませんか?」

「貴女の意にそぐわないものでは価値はない!」


何もそこまで言い切る事ないのに…。


「これはもしもの話です。頭の隅に留めおいてくださるだけで結構です」

「本当か?」

「ええ。では、私はこれで…」

「もう行くのか?なら送って…」

「結構です…」


踵を返すその腕を掴まれ、驚く。


「アルベルト?」


「ここへ来たのはなぜなんだ?」

「精霊花の様子を見に…」

「それだけなのか?」


心の奥底を見透かされそうで、足が後ろに下がる。


「考えをまとめたかったのです。噂の件もしかり…。ここは外と遮断されていますから」


ウソではない。その中身が他にもあるというだけ…。

遠い昔に友と呼んだ青年の顔がちらつく。


「本当か?」

「ええ。では、失礼します」


そっと手を放すアルベルトの表情が悲しそうだったのはきっと思い過ごしだ。

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