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幻魔草の気配

ステラが寮の自室に入るのを見届けて、アルベルトは大空へと飛び立った。

今日は一段と月が明るい。彼女と再会できたのは喜ばしいが、目まぐるしい日常なのも事実だ。


「アルベルト!」


自身に向かって空を飛んでくる小さな金魚をその手の中に収めた。

本来、水の中を泳ぐであろうそれはローガンの使い魔だ。


「どうした?」

「ジェマイズが…」


金魚のつぶらな瞳のむこうから友の声が漏れる。


「奴がどうした?」


命までは取らなかったが、かなり痛めつけた。そう簡単に動けるとは思えないが…。

最後に見下ろした時、ジェマイズは身動き一つできずに、牢へと引き戻された。

それでもその口は魔法使い主義を唱え続けていた。


「お前の睨んだ通り、ジェマイズの体内から幻魔草の成分が検出された」

「そうか…」


百年ほど前までは魔力を高めてくれるという理由で魔法使いの間で流行っていた青い色を放つ幻魔草だが、その生息地は幻魔が多く出現し、草自体に彼らを引き寄せる香りを放っていると知られている。そのせいなのか、使用者は精神に異常をきたし、狂暴性が増すと聞く。そして、依存性も高い。だからこそ、国内では取り締まりが厳しく、所持だけでもかなりの罰則が設けられている。しかし、それも過去だ。今は幻魔草自体、駆逐され、絶滅したとされている。だから、国内でこの魔の草が見つかる事はないはずなのだ。


「ジェマイズの処遇はどうする?」

「本来なら幻魔草使用で治安部に報告するべきなんだろうが…」

「だが、幻魔草の探索と処理は魔法塔の管轄だ。その大元である魔法使いが使用していたと広まれば、魔法塔の権威は失墜する」

「なんだ。ローガン。それはまるで、もみ消せと言っているように聞こえるが?」

「そうは言っていない。しかし、すでに幻とされ、現物を見た者も少ない時代だ。慎重にならざる負えないのは分かっているはずだ」

「幻魔が強力化しているのも関連があると思うか?」

「このタイミングで露見した事実だ。無関係とはいえないだろうな」

「すぐに魔法使い達に通達しろ。幻魔草が自生していないか捜索するんだ」


領土としてはそれほど広くないとはいえ、一国の土地に咲いているかもしれない幻魔草を見つけだせというのは無理な話かもしれない。だが、何かしないわけにはいかないのも本音だ。


「事と次第によっては幻魔草使用だけでは済まなくなるかもしれないな」


幻魔草を所持しているだけでも反逆罪に等しい。しかも、先の魔導士時代に幻魔草は全滅したと大々的に発表している。にもかかわらず、見つかったとなれば、管轄すべき魔法塔の非難は避けられない。下手をすれば、魔法塔の半分以上の魔法使い達の首も飛ぶかもしれない。いや、そうなれば、もっと恐ろしい事態になる可能性も出てくる。ただでさえ、魔法使いの間で王室、国への不信感が高まっている今、その怒りが爆発すれば内戦に突入する可能性の方が高い。


そうなった場合、俺はどちらにつけばいい。

やめよう。なんとしても、最悪の事態だけは避けなければ…。


「こうなったら、表に出る前にジェマイズを処理するのが賢明じゃないか?」


金魚から漏れるローガンの声は震えあがっている。


「焦るな。ジェマイズ一人が幻魔草を使用していると思っているのか?」

「違うと?」

「分からないが、アイツはどう言ってる?」

「ずっと、ブツブツと説明のつかない事を繰り返すだけだ」

「典型的な幻魔草の症状だな。クソっ!もっと早く気づくべきだった」


ジェマイズは特質した魔力も才もあるわけではないが、勤勉な青年だった。

最近は思い詰めている素振りもあったが、まさか、幻魔草に手を出していたとは…。


「自分を責めるな。お前はよくやっているよ」

「慰めるのは後でいい。ジェマイズ以外にも幻魔草を使用してる者がいないか確認してくれ。いや、俺が自ら…」

「魔法塔の主で、今は王太子のお前が表立って出れば、塔の中にも動揺が広がる。心配するな。こっちで調べみる。秘密裏にな」

「分かった。助かるよ」

「水臭い。長い付き合いだろ」


ローガンの屈託ない笑いと同時に金魚は姿を消した。

ほんと良い友を持った。だが、甘えてばかりもいられない。いくら、神秘に彩られる魔法使いであっても幻魔草が放つ魅惑の力を見極める術は国中に張り巡らされている。その発案者は先代の魔法塔の主。ジェマイズの能力だけでそれらを掻い潜るのは難しいはず。だとすると、もしかしたら、一人の魔法使いが幻魔草を使用したというだけにとどまらない大事かもしれない。


ここで考えても仕方がない。結局、魔導士の称号を得ようとも俺一人では何もできない。

ローガンや他の仲間達の手を借りるはめになる。


アルベルトは思わず苦笑いを浮かべた。友として、思い浮かぶのは魔法塔の連中ばかりだ。

ステラのいう通り、王宮内にも仲間を作るべきだな。

そんな風に思いながら、王太宮の敷地内に降り立った。


「殿下!!このような時間までどちらに?」


短い銀髪に大きな眼鏡をかけた男が屋根の上に布団を引いて寝ていた。アルベルトの登場に心底驚いたのか腕に抱いていた大量の本をばら撒いてしまう。


「申し訳ありません!首は取らないでください!」

「とるか!」

「なんと慈悲深いお方。レオポルト様とは違う…。いえ。これは失言でした。重ね重ね申し訳ありません」


地面に頭をこすりつける男にアルベルトは困惑した。

なぜだか、既視感を覚える。


どことなく、キャロルに似ている気がする。


「頭をあげてくれ」


丸い眼鏡の向こうに青い瞳が見上げてくる。


「お前、名前は?見た事ないが?」

「これは失礼しました。王太宮の美術管理を任されておりますマクウェル・ウエストです。お見知りおきを…」

「美術品を管理するのにわざわざ役職を設けているのか?」

「何をおっしゃる。未来の国王の住む場所です。身の回りに置く物も厳選しなければ…」


なぜからマクウェルの背後がキラキラと輝いてるのは気のせいだろう。


「というのは冗談で、ほんとは王太子補佐だったんですけどね。でも、レオポルト様には嫌われてましたので、やる事なかっただけなんですよ。ははっ!」

「なら、なぜ今も王太宮に?」

「自分で言うのもあれですけど、マクウェル家って結構名家なんですよ。あっ!公爵ではないですよ。伯爵ですけど、初代王から仕えている一族ですし…。だから、うるさくって…いらないって言われたって母親に知られたらどんな雷が落ちるか。だから、美術管理って勝手に言って、屋根裏に住んでたんです。それはもう、息を殺すようにね」


仮にも王太宮だぞ。警備、ガバガバすぎないか?

説明にも説得力があるのかないのか分からん…。だが、伯爵家の子息か…。

これも何かの縁かもな。


「じゃあ、今から俺の補佐役につけ」

「ええ~。折角、屋根裏ライフ謳歌してましたのに…」

「本来の役職だろう?」

「そんな…でも、まあいいか?了解しました!殿下の仰せのままに…」

「それでいい」


コイツが役に立つかは分からないが、いないよりはマシだろう。


今日は一段と星が綺麗だ。ステラはもう眠っただろうか。

彼女に似た優しい輝きに微笑み、アルベルトは静かに自室へと足を延ばそうとした。

その後ろで光るメガネをクイッと持ち上げるマクウェルの気配を感じながら…。

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