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メイアー信者への対処方

主人がいなくなったその場所はひっそりとしていると思っていた。

月明りに照らされるメイアー嬢の城となるべきだった棟は怪しく、ひんやりとした感覚にさせられる。しかし、どこまでも続く黄金色の内装は派手好きだった彼女を彷彿ともさせる。


フードを被り、足音を立てずに先へと進んだ。冷たい壁を通り抜ければ人の声が漏れてきた。

ステラは服のわずかな、ずれも許さないように気を引き締めて音のする方へと近づく。

誰もいないはずの応接間に人が集まっていた。


「メイアー!メイアー!」

「今日もなぜ、貴女はそんなに美しい」

「どうか、その麗しい声を聞かせてくれ!」


学院に在籍するであろう男子学生の半分がひしめき合っていた。その視線の先には巨大な女神像の映像。ここ最近、一般的になってきている撮影した写真を立体化させる魔法具技術の結晶。

どうせ、レオポルト辺りが彼女のために用意した仕様だったのだろう。女神の顔はメイアー嬢を模している。突如、姿を現した巨大な彼女は女神のように佇む。


「なんて凄まじい女性なのかしらね」


手すりにつかまり、彼らを見下ろす形でその女神を観察するステラはメイアーという少女の影響力の高さに素直に驚いた。王都を追い出された彼女が今、どうしているのかは分からないが、その幻影を求めて男達が群がってくる。


私には到底無理な芸当。彼女の何が魅力だというのかしら?

理解できる日は一生来ないだろう。

何より、問題なのはこの状況だ。

ただ、人知れず集まり彼らが傷を慰めるだけならば容認も出来るけれど、どんな活動も予期せぬ形で力を増してしまう。


この先ずっと、私の自室に落書きや嫌味を言う程度に留まっていてくれればいいと思うけれど…。

早めに手をうっておくに越した事もない。


「さて、どうしたものかしら?」


思案を巡らせている間、思わず壁に寄りかかる。

背中に冷たい感触と小さな物音が耳をかすめていく。その違和感に思わず手をついた。

薄暗い視界の中で壁の色が一部違っているのに気づく。奥に空間がある証拠だ。

おもむろに力をかければ、重い壁はステラを受け入れてくれた。幸い、集っている彼らはメイアー像に夢中でステラの動きに気づいていない。


「これは!」


広がる空間内には金貨の山と宝石が飛び込んでくる。


「メイアー嬢の隠し財産?」


いや、ドレスや靴なら分かるけれど、この国では珍しい植物や魔法技術の品物も収められている。

この手の物は厳重に管理され、許可なく持ち込むのは容易ではない。

王太子に愛されていたからとは言っても男爵令嬢の彼女に出来る芸当とは思えない。

それにこの悪臭は一体…。


「メイアー!メイアー!」


まだ、外では盛り上がっている。この件は後回しにしましょう。

まずは彼らのこの茶番を終わらせるのが先だわ。


幸い、良い手を思いついた。

ステラは悪だくみでもするように笑みをたたえた。


「なぜ、語りかけてはくれない!愛らしい君の声を…」

「あの日、姿を現したのは我々のためではなかったのか?幻想の中の君ではなくて、本物の姿を現してくれたのではないのか?それなのに、やはり、一向に言葉をくれないのはなぜだ!」

「それもこれもすべてはあの薄汚いフワイトタニアの女のせいだ」


口々に男達は叫んだ。


全く、責任転嫁にしては乱暴すぎるわ。たまたま、備え付けられた魔法具が発動して、メイアー嬢の被写体が映し出されただけじゃないの。それを、まるで女神が降り立ったとばかりに騒ぎ立てるなんて、バカを通り越して呆れてしまう。

でもその技術と同じ物で見たい物を見せてあげる。


ステラは静かに女神像の後ろに隠れ、キャロルから受け取った魔法具を握りしめた。


お願いね。息を吸って思いっきり叫ぶ。


「そんな風に言わないで!」


魔法具を通して発したステラの声はメイアー嬢の甲高い声色に変わり、広間に響き渡った。


辺りは騒然となった。それと同時に映し出されたメイアーの映像はさらに神々しく輝きを増し、彼らを照らす。


「女神だ!メイアー。やっとそのお声を…」


涙を流す彼らに少しばかり申し訳なさも湧き上がってくるのは、まだ、自分にも人を思いやる気持ちが残されているのかと苦笑いを浮かべてしまう。


キャロルが説明してくれたこの魔法具はスクリーン型だ。任意の映像を映し、そして、彼女が発見した魔法具の作用…。それは声を変換して映像に付随できるという物。


今、ステラはメイアー嬢の声を借りている。でも、だからと言って、彼女が持つ一種のカリスマ性まで再現できるわけではない。上手くひっかかってくれるといいんだけれど…。


「我々は貴女のためになんでもします。あの女を殺せと言うなら…」

「いいえ。私は血に訴えかける事など望みませんわ」

「なんと慈悲深いお方だ。ヒドイ目にあわされたあの女を庇われるとは。でもそれではメイアー。君が可哀そうでならない」

「そのお心だけで十分ですわ。私はすでに人を超越した存在になったのです。ですが、彼女はまだ、地べたで這いつくばっている。むしろ、哀れに思うべきなのです」


下手に出てみたけれど、正解だったかしら?


どこから、ともなくすすり泣く音が響き渡る。感動場面には程遠いはずだと思うけれど?

彼らの感性がよく分からない。


「ああ、メイアー。君はやはり、女神となったのか?」

「そっそうよ。だから。嘆き悲しむ必要はないのです。よくお聞きなさい。フワイトタニア令嬢とのいざこざもすべては私が女神になるために必要だったのです。だから、これ以上、彼女を…いえ、新しい王太子の邪魔をしてはなりません。それは女神からの願いです」

「おおおおおっ!」


今度は歓声が響き渡る。


上手くいったようね。


「聞きなさい。私は今日を持ってここに現れるのはやめます。だから皆もそれぞれの場所に戻り人生を歩むのです。私への想いは胸に秘めて…。よろしいですね」

「それがメイアー。いや、女神のお告げだというならば。謹んでお受けいたします」

「さようなら。我が、愛しき者達よ」


最後の一押しをやり遂げて、ステラは魔法具を解除した。彼らにとってのメイアー嬢は偶像崇拝の対象でしかない。王太子に愛され、王妃になる野心家の少女とは完全に切り離された存在を求めている。これで落ち着いてくれるといいのだけれど…。


消えた女神を想う青年達はまだ天を仰いでいる。しばらくはそっとしておくのが得策だろう。

茶番に付き合わせたのも事実なのだから。ステラは彼らに気づかれないように応接間を後にした。




ああ、疲れたわ。


寮に戻ったらすぐに眠ろう。そう思っていたのに、開かれた自室の扉の前を勢いよく通り抜けてゆくのは伝書鳩。目の前で宙を舞う手紙は計算されたようにテーブルへと降りていく。


ステラはただ驚いていた。

なぜなら、その送り主の名は“レオポルト”と記されていたから。

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