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ステラとレオポルト

繰り返すがアウストラル王国の領土は周辺諸国と比較すると必ずしも大国ではない。

しかし、王政が何度も変わった歴史を持つ国々の中で、唯一といっていいほど長い期間、一つの王朝が続いている事は知られている。初代アウストラル王から数えてその年月は2000年を有に超える。


その中で王室と共に歩んできた一族。それが、フワイトタニアだ。

王家の次ぎに続く公爵の名を有する彼らを国民はごく一般的な貴族だと認識している。

しかし、王のそばにいるにも関わらず、明確な役職が何であるのか知る者は少ない。

されど、それなりに頭が回る貴族は口をそろえて言うだろう。


『フワイトタニアを敵に回すな』


建国当初から与えられる唯一の役目は王国の治安と維持だと分かっているからだ。そのためならば、どのような手段も問わないと秘密裏なれど、正式書類として認可された彼らを一部の人間は裏の王家と呼ぶ。


家訓は簡潔に『アウストラルの盾として生き、そして、終えよ』である。


その一族の長の娘として生まれたステラも例外なく、影の中で国を動かす術を求められた。

フワイトタニアに性別は関係ない。有能な者が生き残り、能力が伴わない者は捨て去られる。

優雅な貴族からは想像すらできない身を削る生活の中で、ステラは柔軟に適用した。

感情は表に出さず、しかし、表向きはごく一般的な令嬢としてふるまう。

それでも幼いころは人間らしい心にわずらわされた。


「俺はレオポルトだ!よろしく!」


レオポルト王子に初めて出会ったのもその頃だ。差し出された手を素直に握る事は出来なかった。天真爛漫な彼とは違い、王室を守るのが生きる意味。生がある限りすべてがその任務にあたるのだと何度も叩きこまれたステラにとって彼は友ではなく主だったから…。


「ステラ・フワイトタニアです。殿下。初めまして…」


10歳という歳にしては大人びた仕草で丁寧に挨拶すれば、不満そうな、しかし、どこか寂しげな王子の視線が重なって胸がざわついた。その理由に気づく事はできなかったし、問いただしもしない。しかし、当の王子はというとすぐに切り替えたのか、自らステラにその手を添えた。暖かな感触が肌に心地よい刺激を与えた。思わず、頬が緩み、笑いあった。


冷たい表情でおじい様やお父様から与えられた「いずれ、国王となるレオポルトのために動き、その治世を繁栄させること…。そのために必要ならば、彼の女になる事もいとうな」という言葉は溶けていきそうになった。

全く幼い娘に堂々と宣言する話でもあるまいそれに、ステラはすべて理解せずに了承した。

ただ漠然と主となるレオポルト王子の願いを叶えるために動くのが自分の役割だと思って…。


彼がステラに望んだのは友人関係でいる事だった。王子はステラより3つ上だったが、同年代のような幼さ特有の純粋さを持つ少年だった。出会った頃の二人は彼が望んだとおり、一緒に遊んだり、虫を愛でたり、食事を楽しんだりした。散歩もしたし、友好な関係を築いたはずだ。


ステラだっていつも監視されているようなフワイトタニアの屋敷にいるよりもレオポルトといた方が楽しかった。

しかし、それも少しずつ変化していく。


「お二人は本当にお似合いですわ。婚約発表も近いんじゃないかしら?」


誰かが口走った一言が始まりだったのかもしれない。

だが、ようやく、この時になって自覚したのだ。いずれ、王となる者の側近を望むならお兄様でもよかったはずだ。しかし、おじい様…いやお父様はステラを選んだ。ならばその意味はレオポルトの妃となり、彼を裏から盛り立てろという事だろう。

レオポルトは次期国王としてはあまりにも平凡だと思ったのかもしれない。


この国を維持するには役不足だと…。

なんと傲慢な…。


しかし、ステラに言い返せるわけもない。フワイトタニアである以上、その身は国とその象徴たる王家の物だと分かっているから。

それも運命だと受けいれた。何より、幼いながらに大人の負の感情に触れてきた自分とは違い、無垢で穢れを知らないレオポルトが好きだった。自然を愛し、自ら取った魚や果物で料理を作るような親しみやすさを持った人。様々な人の思惑が絡む王宮には似合わないと思った。それでも彼はアウストラルだ。だから、国王になっていただかなければならない。

身が引きちぎられる想いだった。王子に抱く感情は恋愛小説に語られるような男女の愛ではない。

しかし、親愛の情は抱いていた。紛れもなく友人だった。だから、彼にふりかかるあらゆる悪意から守ろうと決めたのだ。


それなのに…。



年齢を重ねるにつれ、王子の素行の悪さが目立つようになっていく。


「メイアー。いつ見ても美しい」

「もう、レオポルトったら。ウフフフっ!」


若い貴族の令息、令嬢が集うユアネアル学院。

そのテラスを独占するメイアー・ニルフィーユと王子の逢瀬に野次馬が出来ている事に彼らはなんとも思わないのだろうか?


「殿下。ご機嫌麗しく…」

「ステラ…お前…」


明らかに軽蔑を含んだ琥珀色の瞳がステラを捉え、その顔目掛けて、カップを投げかけられる。幸い、飲みかけの紅茶が地面に流れ出し、著名な職人が作った光沢あるその一品が粉々に砕け散るだけで済んだ。


「よくも俺の前に顔を出せたな…」

「出せたも何も、私はこの学院の生徒ですのよ。むしろ、卒業生である殿下が毎日のように出向いている方がおかしな話なのでは?」

「愛しいメイアーが意地悪い先輩にいじめられないか心配でな…」


勝ち誇ったようにねっとりとした笑いを浮かべたメイアーはレオポルトの膝の上でその体を密着させる。


「イジメだなんて…。彼女なら学院でもうまくやっているはずですよ。友人も多いようですし…」


レオポルトと彼女の戯れを苦々しく見守っている男子生徒達の視線があらゆる場所から刺さってくる。彼女とは学年が違うため、それほど会う機会はないが、いつも男子生徒に囲まれ、蝶よ花よと愛でられている姿を目撃している。


「見てよ。これ、フワイトタニア令嬢にやられたの!」


涙目で差し出すメイアーの真っ白な腕には虫にでも刺されたような小さな赤みがあった。


「私が何を?」

「どこまも不愛想な女だ。いたいけな後輩を叩いて、平然としているとは…。そんな奴には…」

「殴るおつもりですか?そのご覚悟がおありなのですね?」


拳を作り、ステラの鼻筋へと振り下ろそうとするレオポルトの手が止まる。


「文句があるのか?俺は王太子だぞ。次期国王だ。なんでもできるんだ!」

「自らを王の継承者だとおっしゃるなら、それ相応の振る舞いをなさってください!でなければ、誰もついては来ませんわ」


ステラを守るように集まった令嬢達の咎める眼差しにレオポルトは拳をおろし、唇を噛んだ。


「何様だ。婚約者かなんだか知らないが、俺に指図するな」


もう何百回とついたため息が漏れる。確かにフワイトタニアが王室に娘を送り込む気だと勘繰る人間はここ数年でさらに増えた。とはいえ、正式に発表はされていない。

フワイトタニア当主の思惑がどうであれ、まだ公的に婚約した仲ではないのだ。


何せ彼には嫌わているのだし…だとしても、、もう少しやり方という物があるのではないの?

せめて、敬意ぐらいは見せてくれたって罰は当たらないと思うのは望みすぎかしら。

こうして、案じているのは長年の友人としてなのに…。

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