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ステラの能力

「魔導士様!」


キャロルとの話が意外に面白く盛り上がりを見せていた。

そのため、ステラはアルベルトが戻ってきた事にしばらく気づかなかった。

キャロルの掛け声とともに振り返ればアルベルトが佇んでおり驚く。


「随分と仲良くなったんだな」

「はい。ステラ様はお優しいです」

「だが、いいのか?魔法具の世話を焼くのは構わないが、肝心の魔法の修行をおろそかにしてはいけない。さっき、お前の指導魔法使いが探していたぞ」

「ええ!先生が!それはダメです!すぐに行きます」

「その調子で行ってこい!」

「あっ!ステラ様。感想聞かせてください」


まるで飛び跳ねるウサギのように走り去ってしまうキャロル。


「元気だわ」


思わず笑みが漏れた。


「すまない。迷惑ではなかったか?」

「とっても楽しい時間でしたわ」

「うん?それはなんだ?」


アルベルトはステラの手の中で輝く宝石に目を移す。


「キャロルに貸していただいた魔法具ですわ」

「魔法具に興味があるのか?」

「魔導士様としては不服でしょうか?」

「とんでもない。魔法も進化していかなくてはいけない。俺は否定派ではない」

「知っていますわ。キャロルも同じような事を言っていましたから」

「ならいい」


なぜかアルベルトがホッとした様子を見せたのが少し気になるけれど…。


「その傷、どうされたんです?」


思わず、赤く腫れる頬が目についた。


「ああ、少し擦ったようだ。後で治す」

「後だなんて、軽い傷だからと言って消毒もしないで放っておくのは危険ですのよ」

「そういうものか?」

「ええ。それは魔法で?」

「ああ…」

「それなら…」


ステラは慣れた手つきで彼の傷に触れるか触れないかという距離を保ちつつ右手を添わす。


「ステラ!」


傷以上に赤くなり、慌てるアルベルトを不信にも思うが、能力を使うのは少しばかり集中力がいるのだ。その違和感はすぐに消えていく。


「どうです?」


再び距離を取り、アルベルトの傷を確認すれば、すっかり綺麗になっている。


良かった。上手くいったみたいね。今度はなぜだか、不満そうな彼の視線とぶつかる。

どうして。そんな顔されるのか分からない。


「無効力はこんな事もできるのか?」

「魔法のすべてをなかったことにする力ですから。魔法で作られた傷も同様です」

「やめてくれ!」

「ちょっ!」


突然、手をひかれ、引き寄せられる。腰にアルベルトのぬくもりが回ってくる。


「なっ!なんです。急に…」


いつも以上に鋭く輝く黄金の瞳が間近に迫り、鼓動が大きくなる。

その整った顔も相まって、動揺を隠せない。


「どうして貴女は自分を傷つけるような事を平気でするんだ!」

抱きしめられるぬくもりの向こうで、アルベルトの体が震えているのに気づいた。


「もしかして、無効力による痛みの授与を心配されているんですか?それなら、大丈夫です。擦り傷程度ならほとんど痛みもありませんし…。そもそも私は…」


他のフワイトタニアよりも耐性が強いと言おうとするが圧が増すアルベルトにそれ以上言葉を発せれない。変わりに微笑み返しても、彼は寂しそうでもあり、悲しみに満ちた視線を向けてくるだけだ。


折角、傷を癒したのだからありがとうだけくれればいいのに…。


「俺が守るから…」


背中の奥底に響くような重厚な低音がすぐ近くにあった。

なぜだかひどく甘く感じるのは気のせいだ。


「私を守る必要なんてありません!」


これ以上近づいてはいけないと頭が告げている。

その言葉に頷けば王家に使えるフワイトタニアとしての根底が揺るがされる。


踵を返して、出口に向かおうとした。


「送る」


耳元に伝わるアルベルトはいつものような淡々としたものに戻っていた。

その事にホッとした。


「ありがとうございます」


ステラはフワイトタニアの令嬢の顔を懸命に取り繕う。


アルベルト殿下は思っていた以上に優しいのかもしれない。

無効力は魔法の消滅。けれど、その代償として、対象者の痛みを自身に移される事になる。傷を治す以外の魔法の場合も同様。特に多くの魔力を必要とする高等魔法であればあるほど、体に移される衝撃も大きくなる。それが魔法無効の絶対原則。

過去には大陸の半分を焼土に返るような魔法の発動を止めるために奔走したフワイトタニアがいた。彼は自身の無効力によって世界を救ったらしい。けれど、その代償として自身の命を失い、その体は衝撃に耐えかねて、跡形もなく砕け散ったと伝わる。

殿下もこの話は知っているはず。だから、心配してくれたのだろう。


この身にはそんな必要はないのに。


『ステラ。お前は不要だ』


幼いころに向けられた言葉が頭を駆け巡った。まだ、この世界には様々な喜びが溢れていると感じられた頃の最悪の記憶。ステラ・フワイトタニアの誕生を運命づけた言葉でもある。

まさか、必要とされなかった私が一族で最も強い力を手にすることになるなんて…。

もはや、どうでもいい。


「ステラ?やはり、どこか悪いのか?」


気付けば、寮の寝室を繋ぐバルコニーに立っていた。魔法塔から一瞬で移動したの?

なんて、強い魔法。その力はやはり初代の血を引いているからなのかしら?

でも、それなら魔法塔へ出向く際も巨大魔道具を使わなくてもよかったんじゃないの?


少しばかりの疑問も湧き上がるが、反論はせずにアルベルトを見上げた。


「送っていただいてありがとうございます。殿下…」

「今は二人きりなんだ。アルベルトで構わない」

「やはり、使い分けるのは疲れますわ」

「なら、いつでも呼び捨てで構わないぞ」

「それとこれとは別です」


王太子相手に言うのもどうかと思うけれど、アルベルトに軽口を叩くのは正直にいって楽しい。


「結局、ほとんどお相手できなくて悪かった」

「とんでもない。アルベルトは未だ魔法塔の主。私に気を遣うのはおやめください」


ステラはアルベルトの血色のよい頬に視線を移した。綺麗な彼の素肌にホッとする。


「大丈夫だ。ステラが治してくれたからな」

「治したと言うのは語弊があります。それにアルベルトならご自分でも直せたでしょう?」

「そうだな。気が高ぶっていてそれどころではなかった」


気が高ぶる?擦ったといっていたのに。一体、戻ってくる間に何をしていたの?

魔導士というのは超人だと思っていた。でも、人間なのよね。傷ぐらい作るのは普通だ。

しかし、確かに戻ってきた時の彼の様子はどこか殺気立ってたようには思う。

けれど、その本心を探るのはおこがましい。

何より、魔法塔の主であり、次代国王が大丈夫だと言っているのだ。

なら、それを信じるだけよ。


「アルベルト」

「なんだ?」

「この後は王太宮に戻られるのですよね」

「もちろんだ。今はあそこが家だからな」

「魔法塔が大切なのは分かっているつもりです。ですが、アルベルト、いえ、殿下は王家の一員として生きると決められたのでしょう。ならば、王宮内にも味方を作っておいて損はないと思うのです。もちろん、魔法塔と距離を置け言っているわけではありません」

「つまり、補佐でもつけろといいたいのか?」

「そうです」


やっぱり、アルベルトは地頭がいい。こちらが言いたい事を瞬時に理解してくれる。


「わかった。考えておく。ほかならぬステラの提案だからな」

「ありがとうございます」


裾をつまみ上げて、深々と礼をした。


「では、おやすみなさい。アルベルト」

「ああ、いい夢をステラ」


アルベルトは月明りに照らされ輝く美しい髪先に口づけをして瞬時に姿を消した。


女性の扱いに長けているのは分かるけれど、何も私にしなくてもいいのに。

殿下ならより取り見取りでしょうにね。


ふと笑みが漏れた。今日は天気がいい。満天の星空が出迎えている。


「こんな夜でも、闇に蠢く者はいるのよね」


蠢くというにはあまりにもお粗末な連中だとも思うけれど。

とにかく、まだ眠れない。

やるべきことは残されているのだから。

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