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魔法具に魅せられて…

魔法使いの手を取るんじゃなかった。

浮遊感に包まれ、足元がおぼつかない。


「大丈夫か?」

「ええ…あの質問してもよろしいかしら?」

「なんだ?」

「どうして、クジラなんです?」


ステラは空の上にいた。それも巨大な黒いクジラの背にのせられている。


「移動手段としておかしいでしょう。海にいる生き物ですのに…」

「そういうの気になるタイプなのか」


感心したようなアルベルトに呆れてしまう。

一体何が面白いんだか…。


「心配しなくていい。これはクジラを模した移動魔法具の一種だ。何代か前の魔導士が海の生き物に憧れて作ったらしい」

「はあ…」


それなら、まあ、いいか。って事にはならないのだけれど…。

今はそれよりも雲に近づくほどかなり高く飛んでいるこの状況に恐怖感を抱いている。


怖い物はもうないと思っていたのに…。

まさか、私が高所恐怖症だったなんて…。不覚だわ。お父様に知られたらなんと思われるか…。

そんな事を考えていると、目の前に壁が作られる。それはまるで小さなプラネタリウムのようだ。


「これで少しは恐怖も和らぐはずだ」


申し訳なさそうにアルベルトはつぶやいた。


「お気になさらずに…」

「いや。配慮すべきだった。次からは別の移動手段を考える」


それはまた、出かけるような口ぶりね。


「そろそろつくぞ」


動かなくなったクジラの背は消え、地面に足がつく。

そこは塔の頭頂部だった。最初に訪れた時は高すぎて、上部がどうなっているのか分からなかった。

なるほど。飛行能力を有する魔法使い達の降り場として整備されているのだろう。


「アルベルト!」


出迎えた魔法使いには見覚えがあった。


確かローガンといったかしら?


嬉しそうなアルベルトとローガンの様子に彼らの親密度が伝わってくる。

それはローガンと現れた数名の魔法使い達にも言える事だ。

だからこそ、不安も募る。


なんだか、距離が近すぎる。それは別に悪い事ではないんだけれど…。


「令嬢もお久しぶりです」


頭を下げるローガンにステラは小さく頭を下げた。


「ええ。ラインへエルム卿…」

「卿だなんて、ローガンで構いませんよ」


屈託なく笑うローガンに自然と笑みを返す。

初対面の時は冷たい印象があったけれど、気さくな方なのかもしれない。


「だが、今日はどういった要件で?」

「ステラに魔法書庫を見せようと思ってだな…」

「ふ~ん」


アルベルトの返答にローガンはなんとも含みのある顔を向ける。


「さあ、行こう」


だが、その表情の意味を問う前にアルベルトはさっさとステラの手を取り、魔法陣を展開してしまう。気づけば、空中に本が綺麗に羅列してある巨大な部屋にいた。


さすが、魔法塔。すべてが奇想天外すぎる。


「あの、一つ質問してもいいかしら?」

「なんだ?」

「魔法使いはこう頻繁に魔法陣を展開するものなのですか?」

「そうでもないと思うぞ。魔法一つ使うにしても、結構疲れるとぼやく奴は多いから。俺はあまり感じた事はないが…」

「なら、移動はわりと徒歩だったりするのでしょうか?」

「そうだな。歩く者の方が大半だ」

「なら、魔法を乱用する貴方が特別なのですね。さすが、魔導士様」

「それは褒めてるんだよな?」

「もちろんですわ。常々、不思議に思っていたんです。魔法使いの方々って皆さん、痩せておいででしょう?移動手段が魔法満載なのに、おかしいと思いましたのよ」

「気になるのはそこなのか?ますますステラに興味が湧いたよ」

「どうして、そこで私と関連づけるんですの?」

「深い意味はないさ。ほら、精霊花の書物はこの辺りだ」


アルベルトが優雅に指を鳴らせば、書物達の一団が躍るようにその前に綺麗に並ぶ。


「主よ。少し来ていただいても…」


天井に現れた巨大な花のオブジェが口を開き、驚いてしまう。


「分かった。ステラ。少し外しても?」

「構いませんわ。これらの本でも読んでおきますから」


アルベルトはステラの回答に小さく頭を下げた瞬間に再び、姿を消した。

本当に面白い仕様だわ。


そんな事を考えながら、手元に戻った分厚い本に視線を戻す。開くだけでもかなりの重労働な気がする。それよりもまずは…。


「ねえ、私に何か御用かしら?」


アルベルトが消えてから、数秒。背後に気配を感じとるのにそれほど、時間はかかっていない。


「ごめんなさい!あの、のぞいてたわけじゃ…」


思ってもいなかった可愛らしい声に今度はステラが驚いた。

そこに現れたのは小柄な少女。大きなフードに見え隠れするオレンジの瞳と短い髪は太陽のような輝きをイメージさせる。


「構いませんわ。ここでは私の方が客人なのですから。小さな魔法使いさん」

「魔法使いだなんて、私はまだ未熟で…」


照れる少女は両脇に抱える小物類をギュッと握りしめた。


「あら、それは魔法具かしら?」

「あっ!」


慌てたように少女は魔法具を落としてしまう。


「あっあの…。この件は魔導士様には…。いえ、他の魔法使い達に言わないでください。お姫様!」

「お姫様?私の事を言ってらっしゃる?」

「はい!だって、すごく綺麗だから」


か細くなっていく少女に目線を合わせるようにステラは膝をついた。


「私はステラ。残念ながらお姫様ではないのよ」

「そうなんですか!でも、やっぱり、私にはお姫様です。それでいいんです!」


独特な思想感を持っているのかしら?


「貴女のお名前は?」

「キャロルです。お姫様」

「そのお姫様っていうのはちょっと…」

「じゃあ、ステラ様。私の事はキャロルでいいですよ」

「そう…。じゃあ、キャロル。どうして、魔法具の事を話してはいけないの?」

「だって、魔法使いが魔法具を使うのは力のない奴だけだって…」

「国のあらゆる場所に魔法具があるこの時代でもそんなバカな物言いをする方がいるの?」

「普通にいます。はい!魔法使いって、基本的に自分の魔力で魔法を発動させられる能力の高さが評価の基準なんです!魔法具に頼っている奴はバカにされるんですよ!大型の移動魔法具レベルになったら魔法使いだって使ってるのに!理不尽!」


悲しそうに背中が丸くなるキャロルの小さなすすり声が書庫に流れていく。


「落ち着いて。ねえ…」


まるで私が泣かせたみたいじゃない。

まいったわ。あんまり、子供の扱いって得意じゃないに…。


「ごめんなさい。ステラ様のせいじゃないのに…」

「いいのよ。魔法使いの常識は分からないけれど、一般的な人間目線で言えば、魔法具の存在はすごく助かっているわ。魔法使い達だって魔法具を使用すれば、より多彩な魔法を使えるんじゃないかしら。素人考えで申し訳ないけれど…」


100年前に発見された魔法石の登場により、魔力を持たない人間でも魔法的な力を享受できるようになった。車や長距離移動の手段となる電車や通信機だって、魔法石が組み込まれた魔法具の分類に入る。用は魔法具は人々の暮らしを豊かにしているのだ。


「魔導士様も同じような事を言っていました」

「アルベルトが?」

「はい。魔法使い達の魔力量による技術差を少しでも減らしたいって、そうすれば、戦場で無用に死ぬ者も減らせるかもしれないって…。私、感激してしまって!夢を語ったんです!」


食い気味に立ち上がるキャロルの熱量はさらにあがっていく。その興奮は最高潮へと湧き上がっていき、勢い余って移動する本に直撃した。


騒がしい子ね。でもなんだか可愛い。


「大丈夫?」


思わずキャロルの背中をさするステラ。


「はい。痛いですけど、こんなの平気です」


さっきと同じテンションだが、明らかに作っているような印象を受ける。


「私…、魔法使いもそうでない人も同じように魔法が使える時代が来てほしいって思ってるんです。だから、魔法具の研究を密に遂行しているのです。嫌な顔をする魔法使い達も多いけれど、魔導士様は許してくださっているのだからいいんです」


高らかに宣言するキャロルは自分自身に言い聞かせているようだった。


「ええ、いいわね。私も応援するわ」

「ありがとうございます。お姫様…じゃなかったステラ様!」

「その手に持っているのも魔法具?随分小さいけれど…」

「これはスクリーン用魔法具です。はい!」

「映画なんかを壁に映したりする物の事を言ってるのかしら?」


手のひらサイズの小型のレンズがついた魔法具には宝石を模したいくつものボタンがつけられている。一見すると洗練されたアクセサリーにしか見えない。


「そうです。その顔は興味ある感じですか?」

「そうね。映写機系の魔法具ってどれも大きいでしょう。これでも魔法具には詳しい方なのよ。正確には我が家がだけれど…」


フワイトタニアの一族が得意とする諜報活動にはお金がかかる。その活動資金を集めるために複数の事業に手を出しているのはあまり知られていない。その一つが魔法具販売なのだ。魔法を無効化する力を有する者が魔法を商売するなんて皮肉にも程がある。

それでも魔法を消し去れても使えないという事実が許せないと考えたフワイトタニアが過去にいた。その者は執着という底知れない闇を抱えながら魔法石を発見するに至ったのだ。その時から我が家は魔法具の開発に力を入れている。


魔法具に興味があるという点ではステラも変わらない。


「小さいだけじゃないんですよ。これは次世代型です。私もビックリしちゃったんです。偶然の産物なので…。うん!」

「へえ~。聞かせてくれる?」

「もちろんです!」


ステラは商売の匂いを嗅ぎつけていた。正直、ステラ自身は実家であるフワイトタニアが展開する事業に関わっているわけではないが、キャロルという少女はある種の天才だと頭が告げている。

ステラは早口かつ意気揚々と説明を開始した少女に耳を傾けた。

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