底の知れない者達
「アルベルト殿下。チャルストン・ベイルーズ公爵様とセバスティアン・ガイドアーク子爵様がお見えになられました」
無事に執務室へと戻った二人の元に王太宮付きの執事がおもむろに来訪を告げた。
所作一つに無駄がない。先の王太子の頃から仕えているエキスパートである。
「財務省長官と副長官が自らおいでになられるなんて、よほどのことがおありなのかしら?」
何気ない一言のつもりだった。
「そう言えば、改装費用の件で話があるって催促があったような…」
「先のトラブルでここも慌ただしい日々が続いております」
妙齢の執事は淡々と答えているが、城に出入りする者達に動揺が広がっていないわけはない。
さらに王太宮は主すら変わったのだ。その原因を作った人間が目の前にいると言うのに執事は何もなかったかのように仕事をこなしていく。
「お呼びしてもよろしいでしょうか?」
「頼む」
執事は静かに部屋を後にした。
アルベルトのため息が漏れた。
「やはり、変えた方がいいか?この部屋…」
「先の主の趣味のままというのもいかがな物かと思いますわ」
「俺はそういうのにこだわりはない方なんだが…」
「お好きになさればよいですわよ。貴方様の持ち物なのですから」
「それもそうか。なら、全部取り払うのもいいかもしれないな」
「では、私も失礼いたします」
ステラはアルベルトに深々と頭を下げた。
「見送りすらできないのか。残念だ」
「またの機会に…」
「それは次もあると期待していいのだろうか?」
「植えた精霊花の事もあります。会わないわけにはまいりませんでしょう」
大げさに肩をすくめれば、アルベルトはなぜだかとても嬉しそうに頬を緩ませた。
静かに執務室を後にすれば、年を重ねた上品な紳士が二人、視界の隅に捉える。
「これはフワイトタニア令嬢。貴女がお越しとは…。やはり噂は本当という事かな?」
ガイドアーク子爵の穏やかな微笑みがステラを見据える。
「まあ、王宮内の財務を取り扱う庁の副長ともあろうお方が噂を鵜呑みになさるわけもありませんでしょうに?ちなみにどんな噂なのでしょう」
「ほお…。さすがはフワイトタニア公のご息女。王子取り換え事件を暴き、王室どころか国中を混乱へと導いた本人だという自覚がないとはよほどのバカか。いや、それ故にアルベルト殿下を篭絡できるのか。ほんに、先の王太子のお心を奪った女といい、そういった物とは無縁の金を数えるだけの私には理解できんよ」
ステラの父とそれほど歳の変わらないはずのガイドアーク子爵の髪は抜け落ち、その顔は覇気がなく疲れ切っているように見えるのにその口からもたらされる言葉はどれも棘がある。
「こら、やめないか。うら若き乙女たるフワイトタニア令嬢に向ける戯言でもあるまい…」
「そうですね。長官」
白髪交じりの髪を後ろで束ねたベイルーズ公爵は施された皴の数を把握できないが、精鍛な顔立ちがうかがえる。かつて、数多の女性達を虜にしたと言う逸話も事実なのだろうと思わせるような魅力がにじみ出ている。
「殿下がお会いになるそうです」
執事に促されて、両名はステラを通り越してゆく。
あの二人はレオポルト派の中心人物だったと記憶している。
その彼らが王太宮の改装という名目でアルベルトに会いに来たのは十中八九、媚びを売るため。権力の維持を図るなら、得策なのかもしれない。でもそれにしたって行動が早いというか、節操がなさ傑。むしろ、あれぐらい図太くなければ、王宮内でのし上がる事は出来ないとも言えるのかしら。どちらにしても、アルベルトに害を成すようなら手を打たなければならない。
とはいえ、新参者のアルベルトを苦々しく思っている王室ゆかりの者達も多い今、お金の管理を任される財務庁と繋がりを持つのは好都合かもしれない。
いずれにしても、しばらくは様子見ね。
ステラがその足でフワイトタニアの屋敷に戻れば、フワイトタニアの当主が待ち構えていた。
「アルベルト殿下の様子はどうだった?」
「思っていたよりも馴染んでおられます」
「さすがは魔導士の称号を得る男と言うべきか…。随分、仲良くなったようだな」
「仲がいいだなんて、めっそうもない。そもそも、今日、アルベルト殿下に会いに行け言い出したのはお父様ではありませんか?」
「何を言うか。あの方と懇意にするのは別段悪い話ではない。陛下の思い付きを現実の物とするのも一興だと思ってな」
「私を本気でアルベルト殿下の妃にするとおっしゃるのですか?フワイトタニアたる私を?その意味ぐらいお父様だって承知のはず…」
「あの出来事を言っているならもはや伝説レベルの戯言。そろそろ、我々が王室に食い込んでもいい時期だろう」
「それはまるで、身の丈に合わない野心に滅ぼされたバカな者達の物言いのようです。ご当主ともあろうお方の言葉とも思えませんわ」
「高々、十数年しか生きていないお前に言われる事ではない」
「口が過ぎました。申し訳ありません」
ステラは極力、表情を変えずにフワイトタニアの当主に頭を下げた。
「どちらにしろ、アルベルト殿下とは懇意にしておけ。長年、王太子の名を演じてきた男よりはお前を正当に扱ってくれるだろう」
あの方を何も知らないのにという思いが湧き上がってくるが、反論はしなかった。
「では、これ以上、お話がないようでしたら失礼いたします」
「ステラ」
「なんでしょう?」
「学院に戻るのか?」
「ええ~。厳密には私はまだ学生ですから」
自室の扉の前でヴェルナードが立っていた。
「私の部屋の前で何をしておられるんです。お兄様?」
「妹が再び、荒波に突っ込もうとしているんだ。ねぎらいをと思ってね」
「荒波とは大層な物言いですわね」
「当然だろ。目の上のこぶとなっていた学生が消えたとはいえ、学院内では余波は収まってはいないだろう。その矛先がお前に向く事ぐらい容易に想像できる」
「卒業して久しいお兄様がどこで学院の情報を引き出しているのか気になる所ではありますけれど、ご心配には及びませんわ。先の騒動と同様にもし脅威となる事態が懸念されれば、適切に処理いたしますわ。ですから、どいてくださいな。いくら、お兄様と言えど、女性の部屋の前にいつまでも立っているなんて下品極まりないですわよ」
からかうように微笑めば、ヴェルナードは大げさに肩をすくめて、その場を立ち去って行った。
ステラは美しい刺繍の施されたベッドカバーの上にその身を沈めた。
お父様は本気で私を王太子妃…いえ、王妃にするつもりなのだろうか。
バカバカしい。レオポルトと正式に婚約を結ぼうとはしなかったのに…。
やはり、アルベルトの容姿と初代様を思わせる魔法の才には惹かれるのだろうか。
お父様の考えなんて、分かるはずもないのに…。
それでも、重圧を与えられ、恨まれてもおかしくないアルベルトから親しみを込めて、その好意が欲しいと告げられたのはなぜだか嬉しいとも思ってしまった。
冷静でいようとつめていても、私もただの小娘というところなのだろうか。
その一瞬の心の揺らめきすら、お父様に見透かされているようで怖い。
全く、実家だというのに気が休まらないわね。




