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王太宮の植物園

薄暗い地下道はネズミたちの住処のようで、無数の赤い瞳がこちらを見つめていた。


「なるほど。さすがは王太宮。秘密の抜け道もしっかり確保されているわけか」

「ええ…。魔法に精通されたアルベルトに必要かどうかは分かりませんが一応お伝えしておきます」

「しかし、今伝えなくてもいいのではないのか?これからいくらでも時間は作れるだろう?」

「アルベルトは前向きですのね。時間がいつまでも続くと思っておられるなんて…」

「魔法塔での生活を思えば、王宮は天国だと思っている」

「あら、魑魅魍魎が住み着いていますわよ。王宮にだって…」

「そうだろうが…。折角の新生活なんだ。最初ぐらい期待に胸を膨らませたって罰は当たらないだろ?」

「確かにそうですわね」


二人はただ静かに続く古いレンガの連なりを眺めていく。


「しかし、隠し通路までフワイトタニアが把握しているのはさすがというべきか」

「同然ですわ。この通路を作ったのはフワイトタニアですもの」

「影の王室と呼ばれるだけの事はあるんだな」

「褒められていると思っておきますわね」


もうすぐ出口にたどり着くはず。記憶によれば、城の敷地を出た路地に繋がる。

しかし、予想に外れてステラの目の前に光輝く種子の集まりが飛び込んできた。

ほたるのような淡い光を放つそれらはとても幻想的な雰囲気を醸し出している。


「ここは…」


ステラの困惑をよそにアルベルトは種子に手を添えた。

その瞬間、さらに光が強くなる。


「魔法の結界が施された空間だな」

「こんな場所、私は知らない…」

「それは当然だろう。特定の魔力の色によってのみ、反応するように作られた場所のようだからな」


大昔、レオポルトと訪れた時は無機質な通路が続くだけだった。

それを考えれば…おそらく…。


「つまり、貴方様が受け継ぐ王家の魔力によってのみ踏み入れられる場所というわけですね」

「そのようだ。おそらく大昔、この場所でこの種子を育てていた者がいたのだろう。この種子たる植物たちは魔力が込められた希少種ばかり…」

「魔力の宿った植物ですか?精霊花と呼ばれる物ですね?この時代には珍しいですわね」


かつて、大陸中に咲いていたとされる精霊花と親しまれた植物たちはその宿った魔力によって少しばかりの奇跡や人々の傷を癒したとされる。だから、奇跡を運ぶと信じられる精霊の加護を受けていると昔の人達は考えたのだ。だが、今の外の気候ではなぜか精霊花は育たない。逆に悪しき者、幻魔を引き寄せるとされる幻魔草がはびこってる。


ゆえに精霊花はすでに絶滅したと思っていたのだけれど…。

まあ、この国じゃあ、幻魔草自体もほとんど姿を見せない。

全く、フワイトタニアとして、知らない事実もあるなんて…。不覚だわ。


「見てくれ」


アルベルトは空中を舞う胞子の一つを掴み、ステラの前に差し出した。


「これは?」

「最初に水を与えた者の心によって咲く花の形が変わる精霊花だ」

「詳しいですわね。魔法使いというのは精霊花にも詳しいのですか?」

「これらに関する本は魔法塔に沢山保管されているからな。今では研究する者も少ないが、かつては精霊花と魔法使いは切っても切れない縁を持っていた。愛用していた者も多いと聞く。だが、どちらにしてもきっと、ステラが咲かせる花は美しいんだろうな」

「やめてください。私に花なんて…」


闇に生きる者に花を愛でる余裕なんてないのよ。特にこの体には汚れた血が巡っている。


「なら、咲かせてみないか?ステラが綺麗だと証明できるだろう」

「お戯れはおやめください。精霊花は人の手で管理するにはとても難しいとされています。私では枯らしてしまうのが目に見えています。ここを作った者にも申し訳ないですから」


明らかに手の込んだ植物園のような場所だ。そして、天井であるはず上空には無数の星を思わせる魔法がかけられている。誰かの情を感じる。おそらく、何代か前の王室の誰かの…。


私が入っていい場所ではない。


「では枯らさないようにしなければならないな。ここは、特定の誰かのみが入れる魔法に満ちている。そこにステラも加える事にしようか」

「勝手に書き換えるおつもりですか?誰が施した魔法かもわかりませんのに…」

「俺が入れたのだから、受け入れたも同然。その俺が入ってもいいと言うなら許してくれるだろう。何より、貴女と共有できる秘密の場所というのはドキドキさせられる」

「楽しんでおられるでしょう?」

「ああ。とても…」

「全く…。貴方という方が理解できませんわ」

「それは嬉しい言葉だ。謎があると言うのは解き明かしたいと思ってくれてる証拠だろう?」

「そう、解釈なさるんですわね」


「ステラだって、貴重な精霊花の管理に興味がないわけではないんじゃないか。ここを作った人間が何を思ったかは知らないが、精霊花が育たなくなった理由も分かるかもしれない」

「そう言われてしまったら、付き合うしかありませんわね」

「なんなら、魔法塔に保管されている精霊花関係の本も見せようか?お望みならばだが…」

「そう容易く部外者に魔法塔の大切な資料を見せてもいいものなのですか?」

「ステラなら構わないさ」

「そこまで信頼されるほど、仲良くはないと思うのですけれど。でも確かに貴重な資料は見てみたい気持ちもあります」

「素直に認めになるんだな」

「アルベルトから言い出した事ですのに…」


微笑んだステラは真っ白な綿の中に穏やかに輝く胞子を掴み、土の中へとゆったりと降ろした。湧き水のように流れる青い水を救い上げ、それにかけるとうっすらと紫色に輝き、土と同化していく。


「きっと、醜い花が育つと思いますわ」

「ステラはもう少し自分に優しくした方がいい」

「アルベルトはお堅い方だと思っていたのですけれど、結構、遊び人なのかしら?」

「貴女にとって女性を褒める男は皆、遊び人だと思っているのか?」

「あら、違うのですか?」

「愛おしいと思うのはステラだけなんだが…」

「減らない口が何よりの証拠だと思いますわ」

「恥ずかしがって、本音すらいえない男の方が好みなのか?」

「そういう事を言っているのではありません!」


全く、余計な言葉ばかり、すらすらと音になさる方なんだから。


「ステラ…」

「なんです?」


アルベルトはごく自然にステラの腕を掴み、その手首をそっと撫でた。

ゾクリとした感覚が全身を伝わる。

思わず、手を引っ込める。なぜか、頬に血管が昇っっていく感覚に陥る。


「言ったでしょう。この場所に入る許可を与えるって…」

「もう我が物顔にここの主気取りですか?」

「ああ。ここは王太宮の敷地の中だからな」


屈託なく笑うアルベルトにもはや言い返す気力すらわかない。


「折角、植えた精霊花だ。枯らさないようにな…」


それって、定期的に王太宮…というか、ここに来いって事じゃない!


隠し通路をアルベルトに教えたのは早急だったかもしれないと思うステラであった。



「思っていた道案内とはかなりかけ離れてしまいましたわ」

「そうか?王宮、いや、王太宮も中々、秘密に溢れていて面白い」

「そのような発言をできる辺り、さすがは魔導士の称号を得る方ですわね」

「俺の魅力がそれだけだと思われては心外なんだが…」

「あら、そんなつもりはありませんわよ」


再び、元来た道筋をたどる中、二人の間に穏やかな空気が流れていく。

視界に部屋の明りがかすめる頃にはなぜだか、アルベルトとの距離も近づいた気がした。

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