提案返し
アルベルトの王宮入りは比較的穏やかな雰囲気の中で滞りなく行われた。
王太子の称号を得るには少し時間はかかるが、彼の初代様を彷彿とさせる容姿は人々に希望を見いだすには非常に適していたのだろう。レオポルトの純愛話もフワイトタニアの手の者達によって各地に広められている。また、寛大な王の処遇も同様に伝えられている所を見ると反発も少ない。
すべて上手くいっている。
とはいえ、レオポルトが使っていた王太宮をそのまま、アルベルトに使わせるなんて、陛下も何を考えているのか。
「ところで、殿下。魔法塔の方はいかがです?幻魔の出現は?」
「ご心配には及びませんよ。ステラ様。私が王宮に入った日から幻魔の出現は減少しています」
初対面の時よりは少しばかり、穏やかな口調のアルベルトに視線を移した。
「どうです?女性に人気だというフレーバーを用意したのですが、お口に合いましたか?」
未だレオポルトの趣味が残る下品な応接室に向かい合ったアルベルトは上品なカップを口につけるステラを眺めていた。
この状況は非常に緊張するわ。
「あの殿下…」
「なんでしょう?」
「貴方は王子として迎えられたのです。私に敬語を使うのはおやめください。それと様づけもお控えください」
「困りましたね。まだ、王子という名称にすら慣れていないのに…」
「申し訳ありません。出過ぎた真似を…。ですが、これは重要な事です。未来の国王となられるのなら、周りの者への配慮は必要です」
「王の最側近たるフワイトタニアの令嬢である貴女への態度もですか?」
「いじわるな言い方をされるのですね。当然です。フワイトタニアがアルベルト殿下を操っているとあらぬ疑いをかけられてお手を煩わせるわけにもいきませんから」
「私としてはステラ様にもてあそばれるのは面白いと思いますがね」
「殿下!」
「我々は一応、婚約者でしょう?」
「まだ、正式に決まったわけではありません。陛下のちょっとした戯言ですわ」
「でも、貴女を口説くとも宣言したはずです」
「話の論点をすり替えないでください!」
「分かっていますよ。貴女は自分の家門の役目を必死に守ろうとしているのは…。だからこそ、こうして訪ねてきてくださったのでしょう?ですが、提案を申し上げるとすれば、周囲にはこの私と良い仲だと思わせておくのも一つの手だとは思いませんか?」
「どういう事でしょう?」
「ステラ様はフワイトタニアとして、王子となった私を手助けしたいと考えている」
「そうですわ」
「先に言っておきますが、変な意味はないですよ。仮にも女性の貴女が表向き、用もないのに突然現れた王子の元を何度も訪ねるのは不自然だ」
「けれど、恋仲の男女ならそれもおかしくないとおっしゃりたいのですか?」
「そうです。私もしばらくは魔法塔の主と王子としての職務を兼任する事になる。見知った顔がそばにいると落ち着くのです。ここに来るきっかけを作ったステラ様には責任がおありでしょう?」
王子として祭り上げたのだから、最後まで面倒見ろって事かしら?
それはそうよね。
「私が表向き、殿下の寵愛を受ける令嬢を演じれば、助かるとおっしゃるのですか?」
「真実に変わってくれると嬉しいですが、当面はそれで構いませんよ」
「本当に息をするように甘い言葉がついてでられるのですね」
「嘘ではないですがね」
本当に何を考えているのか分からない。
むしろ、よくも悪くも素直すぎたレオポルトが単純すぎたのかも。
「殿下の申し出を受けるにしても適切な話し方をしてほしいという願いとはズレてますわ」
「ズレてなんていませんよ。貴女と初めてお会いした時、私は一介の魔法塔の主。深淵の令嬢たるステラ様にため口など聞けるはずもありませんでした。それをいきなり変えろと言われても戸惑ってしまいますよ」
一介の魔法塔の主と称するなんて、謙遜としては適切とは思えないわ。
「ですが、親愛のある方への呼び方ならいくらでも変えますよ。俺に適切な呼び名で語って欲しいと言うなら、ステラと声をかけても許されるのか?」
突然、丁寧な音から、より親しみのこもった口調に変わり、ドキリと胸が鳴った。
底が知れない色を宿す瞳はどこか楽しげかつ愉快にこちらを覗き込んでくる。
純粋な愛情を感じる。
どうして、会って間もない私にそんな優しげな眼差しを向けてくるのか分からない。
動揺を隠すように再び紅茶を口にした。
魔法塔で味わった時とも異なり、その香りを楽しむ余裕はなかった。
「殿下がそれをお望みなら、構いません」
「なら、俺の事もアルベルトと呼んでくれ」
「それは無理です」
「せめて、二人の時だけでも…。ステラのせいで、ここに来る事になったのだから」
それを言われてしまっては強くは出られない。
「分かりました。二人の時だけです」
期待するような視線にため息が漏れた。
「アルベルト…」
小さくつぶやくとアルベルトは嬉しそうに微笑んだ。
何がそんなに心を惹かれるのか分からない。
にしても、砕けた感じに話すアルベルトは年相応の青年の風貌を思わせる。
やっぱり、魔法塔の主という重圧が彼を大人びた雰囲気へと押し上げたのかしら。
その彼に王子という称号すら押し付けてしまった。
その罪悪感が再び押し寄せてくる。
「ステラ?」
眉間にしわを寄せたのに気づかれたのか、アルベルトは心配そうにこちらを見ている。
「なんでもありませんわ」
笑ってごまかしたが、だからこそ、彼を守る。でも、それはあくまでフワイトタニアの令嬢としてだ。彼の愛を受け入れる資格はない。彼だって、時間が立てば、他に目を移す余裕も出てくるはず。そうすれば、相応しい令嬢を見つけるだろう。
「殿下。貴方の申し出は受け入れますわ。でも、いつまでもというわけにはいきません」
「期限を設けたいと?」
「ええ。貴方様の王太子就任が決まるまでというのはどうでしょう?」
「王太子就任ですか?」
「私が見越した所によれば、おそらく三か月以内には授与されるはずです」
「早いな」
「純愛話で片が付きましたけれど、やはり、王子取り換え事件は現王にとってはスキャンダルに変わりはありません。国に張り巡らされた結界の事など知らぬバカな王室ゆかりの家の者達が虎視眈々と王座を狙いかねない事態。アルベルトの力を盤石にしなければ、再び幻魔出現どころの騒ぎではなくなってしまう」
「本当に先を見通すのが得意なんだなステラは…」
「それが私の取り柄ですから」
どこか寂しげなアルベルトに命の危険がある事を話していなかったのを思い出す。
「ご心配には及びません。殿下は私が必ずお守りします」
言い切ったステラにアルベルトは驚いた表情を向け固まった。そして、静かに笑いだす。
何か変な事を言っただろうか?
内心どぎまぎする中、
「悪い。頭脳明晰な女性だと思っていたのに、意外と抜けている所もあるのかと思って、これでも一応、魔法の分野においてはトップを極めた俺に怖いものはそれほどないんだけどな」
「何をおっしゃいます?どんな人間にだって弱点もあれば、調子の悪い時だってあるものです。一瞬の隙をつかれてお陀仏なんて日常茶飯事ですわ。だからこそ、私は…」
「私は?」
アルベルトとの会話が反れてしまった事ですっかり忘れていた。
「今日、殿下をおたずねしたのはこのような戯れをするためではありません。王太宮に関する秘密をお伝えするためですわ」
立ち上がったステラは趣味の悪い彫刻が象られた壁を手でさする。
この部屋も早急に作り変えなくては…。アルベルト殿下仕様に…。
ステラはおもむろに壁を押した。
すると、二人の前に小さな空間が広がったのであった。




