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想定外の展開と余波

数日の間、王室最大のスキャンダルとして国民に知れ渡った王子取り換え事件であったが、男爵令嬢と王子として育てられたレオポルトの恋愛話の方が盛り上がりを見せ、美談として語られている。


そして、魔法塔の主としてその名をとどろかせたアルベルトこそ、本物の王子だったという話も巷を大いに騒が続けている。


「よく戻った。私は嬉しいぞ」


王の前に進み出たアルベルトが深々と膝をつく。


「陛下。私が育ったアルベルトの名をそのまま継承する事をお許しくださりありがとうございます」

「当然だ。わしとてレオポルトと呼ぶのは忍びない故な…」


柔和な微笑みを絶やす今世のアウストラル王の担い手であるエダリアという初老のこの人物は人のよさそうな雰囲気を醸し出している。だが目の奥はけして笑ってはない。底が読めないのも事実だ。


「レナードルも令嬢も世話をかけたな」

「いえ…」


父にならい、ステラも一礼した。


「特にステラ嬢には魔法塔まで出向きアルベルトを連れ返ったと聞く」

「勿体ないお言葉です。陛下」

「ほんによくできた娘だ」


エダリア王の瞳がさらに鋭くなった事に直感的に肌がピリつく。


「どうだ。レナードル。そなたの娘をアルベルトの妃とするのは…」

「王がそう望まれるのでしたら…」


父は顔色一つ変えずに王の言葉に同意した。

娘の気持ちなどやはりお構いなしなのだ。それが命令と言われるならば受け入れるしかないのも貴族に生まれた者の定めだとステラは諦めた。


「陛下。お待ちください。私も王宮に戻ったばかりで気が休まりません。陛下のお考えがどこにあるかは存じませんが、このようなお話は時間をおいてからでもよいでしょう」


アルベルトは淡々と述べた。


「それもそうだ。ステラ嬢。申し訳なかったな」

「いえ…」


アルベルトの助け船に思わずホッとした。

「お前達は下がっていい。レナードルだけ残ってくれ」


アルベルトとステラは一礼して、王の元を後にした。


「ありがとうございます。殿下」


隣を歩くアルベルトにお礼を述べた。


「何のことでしょう」

「婚約の件です。陛下も何をお考えなのか。アルベルト殿下にはもっとふさわしいお方が…」

「誤解があるようですが、婚約というのはやはり好いた者同士がする方がいいでしょう」

「あら、意外とロマンチックでらっしゃるのね。殿下は…」

「ええ。だから、ステラ様には私を好きになってもらってから正式に婚約を申し込みたいと思いました」


呆気にとられるステラの前にアルベルトは微笑みをたたえて、一歩、足を踏み出す。


「殿下。何を世迷言を…」

「私のそばにいると約束してくださったではありませんか?」

「ですから、それはフワイトタニアの者として殿下を支えると言う意味であって…」

「それでは満足できません。ステラ様がどうしても嫌とおっしゃるなら諦めますが、それほどまでに私が嫌いですか?」

「いえ、そういうわけでは…」

「では、せめて、貴方を口説くチャンスは頂けますか?」


流れるようなしぐさでステラの髪に口づけを交わすアルベルトの行動に思わず固まる。


どうして、この人はこう距離が近いというか…。間をつめるのがうますぎるのよ。

第一、魔法塔で顔を合わせた時と別人すぎる。正直、調子が狂うわ。


「私の愛を受け取れないと思われたらいつでも身を引くつもりです。ステラ様…」


それならまだいいか。殿下も立場が変わられて動揺されているのかもしれない。

私が支えなければ…。


「分かりましたわ」

「ありがとうございます」


心底嬉しそうなアルベルトの笑顔になぜか胸の高鳴りを覚えたるのはきっと気のせいだ。



 


 

滴る水滴と空気の悪さのせいで悪臭が立ち込める中、男は長く続く階段を静かに降りていく。

華やかさに彩られると思ったその場所はもはや、忘れられた墓場のような雰囲気に成り代わってしまった。それでも、夢見た日常、微笑み、その匂いが忘れられず、重厚な面持ちかつ、艶やかな刺繍が施されたソファーに鎮座するはずだった彼女を想っては、訪れる。


「遅かったな…」


仲間の青年が気さくに現れた男にねぎらいの言葉をかけた。


「お前も来ていたのか」

「なんとなくな…」


どことなく悲しそうな青年の気持ちを理解して男はその肩に手を置いた。慰めるように…。

その悲痛な面持ちに共感すると分からせるように。

ここにいるのは二人だけではなかった。暗闇の中にいくつもの影や気配が集まっていた。

同じように彼女の面影を求めて集った同志達だ。

ここは彼女が過ごす神聖な場所だ。そうして、作られたのだ。

だが、主はもういない。


「どうして、こんな事になってしまったんだ!」


誰かが漏らした言葉に悔しさが湧き上がってくる。

彼女に見つめられるだけで、この変わり映えのしない日常に色が付けられたような気がした。

けして、手の届かない高嶺の花だと理解した後であっても、その美しさ、可憐さを仲間達と語り合う事で彼女の幸せを願った。それなのに…。


「すべてはあの女のせいだ」

「そうだ」

「あの女が悪い!」


男の無意識の憎しみの言葉に仲間達は同調する。


「メイアーは幸せになるはずだった。王太子妃として…。そしていずれはこの国を照らす太陽となる運命だったんだ」

「ああ、そうだとも…。俺達では彼女のそばに立つことは無理だ。しかし、王の妃となった彼女を崇め祭る事は許されたはずだ。それだけで幸せになれたんだ!」


しかし、彼女はあくどい女の策略に絡めとられ、転落してしまった。今どこにいるのか?

王太子の仮面を被った貴族ですらなかった男と共に城を追い出されるなんて…。こんな事なら、俺がプロポーズしておけばよかった。そうすれば、王室のゴタゴタに巻き込まれる事もなく、平穏な人生が待っていたはずだ。可哀そうなメイアー。今、君はどこにいるんだ?


ステンドグラスのかすかな光に照らされ美しい装いを見せるのに、寂しさだけがつのっていく。

ますます怒りが込み上げてきた。


アイツのせいだ。ずっとメイアーを苦しめてきたのに、それだけでは飽き足らず、その運命をへし折った国の闇の中を暗躍する家の者らしい悪臭に塗られた悪女。


「ステラ・フワイトタニア。絶対に許さない」

「おい、大それた事言うなよ。聞かれたらマズイぞ」

「ここは俺達の秘密の場所だ。あの女がいるはずはないだろう」


ここにいる連中は皆、腰抜けだ。愛する女のピンチに誰も刃を向けない。

所詮はその程度の愛だ。

だが、俺は違う。絶対に違う!そう意気込んでも、闇を制圧するというフワイトタニアの名に震えあがっているのも事実だ。足がすくむのも…。


男は飾れる絵画に口づけをした。それでもそこに彼女の甘い声は囁いてはくれず、姿もない。

挫折感と喪失感に包まれる。俺の女神はいなくなってしまったのだ。

それでも求めずにはいられない。彼女の面影を追い求め、嘆くしかないのだ。

ここにいる者達は皆そうだ。


諦めて、ゆっくりと立ち上がったその時、視界に光が漏れた。


「ああ、メイアー。戻ってきてくれたのか!」


この日。男は…いや、この場にいたすべての者達は奇跡を見たのだ。

女神の帰還を…。

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