顛末
「むしろ知らないわけはないでしょう。もう一度言いますが、私は王の最側近たるフワイトタニアの娘。その最も得意とするのが諜報活動というのはお二人だってご存じでしょう」
「だっだからって…」
メイアー嬢の唇は震えている。
そりゃあ、そうよね。
やっと物にした王子がまさかニセモノだと言われてしまって正気でいられるはずがない。
「殿下だってずっと不思議だったのではありませんか?王家の者だけに受け継がれる強い魔力もなく、その象徴たる黄金の瞳すら与えられずに生誕した事を…」
「そっそれは…」
「殿下の容姿を揶揄する者も数多いたことでしょう。そのたびに傷つけられるお心を思うと胸が締め付けられます。ですが、それは殿下のせいではない。浅ましい思いにとらわれ翻弄されたにすぎないのですから」
やっと、状況が飲み込めてきたのかレオポルトは暴れるのをやめた。
「本来ならばこのような形で真実を突き付けるつもりはありませんでした。もっと穏便にレオポルト様には王太子の座から退いてもらう手筈でしたの。ですが、身に覚えのない婚約破棄をこのような形でされてしまって黙っていられるほど、私、優しくはないんですわ」
メイアー嬢の煮えくり返るような恐ろしい形相がステラに刺さる。
「私達の当てつけにしては、大胆すぎるんじゃない?これほどの王室スキャンダルをこんな形で暴露して、王が黙っているとでも?」
まだ言い返す力があるなんて…。本当に敵として現れたのがもったいないわ。
「この件は王から一任されていますからご安心を…。それに情報操作も得意ですのよ。何より、この場には主要な貴族方が集まっておられます。ご紹介するには適していると思いません。本物のレオポルト殿下を…」
ウソだ。この件は王に進言はしていない。私の独断。
この先にある自身への罰はどうなるのか考えている暇はない。そして、こんな形で本物の王子のお披露目をする事になるなんて…。自分はどこまでも残酷な女だ。それでもこの茶番をまだ終わらせられない。
ステラはアルベルトに一礼した。それだけで、彼が何者なのか一目瞭然である。
その前に彼の容姿を見て、勘繰る人間はいただろうが…。
「まっまさか…。魔法塔の主が!」
「我々の調査ですでにその素性ははっきりしています。類まれなる魔力と王家の証たるこの瞳、容姿がすべての証拠。誰も文句はつけられません」
「魔法塔の主が王家に迎えられたら確かに国はより発展するのでは?」
「言われてみれば、殿下に似てるわ」
「いやいや、それよりもそのお姿は初代様と生き写しだろう!」
などの言葉が会場中から流れてくる。
全く、変わり身の早い方々ですわね。
「元殿下。私はその身が心配でなりませんでした。ですが杞憂でしたわね。王として生きる道は閉ざされましたが、変わりに愛を手にしたのですから」
「えっ!」
顔色を変えたのはメイアー嬢だ。
「陛下もこの件には胸を痛めておられます。十数年、自分の子として育ててこられたのですから。王宮を追い出す形にはなりますが、何も持たさないと言うほど冷酷にはなれなかったのでしょう。メイアー嬢の婚姻を認め、正式に夫婦として認めると約束してくださいました。彼女には貴族の位を捨てていただく事になりますが、別に構いませんわよね」
「いえ…私は…」
メイアー嬢が口を開く前にアルベルトが進み出る。
「このように素敵なご令嬢となら、幸せな人生が待っているはず。私からも祝福しよう」
まさか、アルベルトがこの劇に参加するとは思わずステラは一瞬、驚いた。
彼の発言にメイアー嬢はその場に崩れ去った。レオポルトとして人生を生きてきた男は涙とも笑いともつかない声をひたすらあげていた。
幕は降ろされようとしている。ステラはやってしまった。心の中に少しだけ残っていた彼への思いは断ち切られてしまったのだ。
放心状態のまま連れていかれるレオポルトとメイアー嬢に背を向け、ステラは静かに会場を後にした。残された貴族達にも動揺が広がっている。
「本当にやるとはな…」
「お兄様、会場にいないと思ったらどこで油を売っていたんです?」
「失敬だな。ちゃんと一部始終は見ていたさ」
「なら、私への罰は?」
「罰?」
「このような事態を引き起こしてしまったんですもの。何もないとは思っていませんわ」
「王の許しなしに王室スキャンダルを高らかに宣言した事を言っているなら何もないはずだ。お前だってそれを分かっていたからカイル達、騎士を巻き込んだんだろ?」
「そこまで知恵の回る女とお思いですか?」
「違うのか?」
「すべてはお父様の手の上で踊って見せただけです。この件だってどうせ、お父様から王に伝えられているはずでしょう?」
「そうだとしても、この瞬間にもあの会場にいた貴族達や騎士によって国中に王子の取り換え事件の噂は広がっている。誰もが血がつながらない事実を知らずに育ててきた息子を王がどういう処置をするのか気になる所をお前のアドリブによって純愛物語にすり替えてしまった。街の人々も貴族も王の寛大さに心打たれる事だろう。よくやったよ。全く妹ながら恐ろしい」
「それは褒めているのですか?」
「もちろんだよ」
そうステラの肩を叩いたヴェルナードは去っていった。思わずため息が漏れた。
風に当たりたくて、テラスに出た。大きな月の光が立ち込めていた。
「ステラ様…」
ふいに声をかけられ、振り返ればアルベルトが立っていた。
「アルベルト殿下!」
膝をつこうとしたステラをアルベルトは停止した。
「やめてください。もう少し気楽に…」
「そうおっしゃるなら…」
立ち上がったステラに騒がしい怒鳴り声が漏れた。
今いる場所はテラスにほど近い。そして裏出口がかすかに見えるのだ。
無感情で騎士たちに連れられるレオポルトと不満げなメイアー嬢が見て取れた。
一国の王太子として育てられた彼にしてはわびしい。静かに馬車に乗せられ、人知れずどこかの街の中へと消えていくのだろう。
「彼らはあのまま黙っているのでしょうか?」
「メイアー嬢は分かりませんが、レオポルト…様は何もしませんわ。本来、あの方は小心者なんですから」
「少し嫉妬してしまいますね?」
「えっ!」
「彼に不満を募らせている素振りを見せているのに理解しているようにも思う。今回の件だって貴女からレオポルトという男にあてた最後の優しさともとれる」
「考えすぎですわ」
「そうですか?ただ、レオポルト殿下…いえ、もう違いますけれど彼だって被害者なんですわ。この国の事情で無残にその命を奪わせるなんてあんまりだと思ったまでです」
そういう風に私が考えるとお父様は見越していたのだろう。だから、あえて聞こえるようにレオポルトを消す話をしていたのだ。だけど、知っている。お父様にとってはどちらでもよかったという事を…。だから、少しばかり不満なのだ。結局、私は一人で何も解決していないと突き付けてくるから。
「できれば、メイアー嬢の実家であるニルフィーユ家の所領で二人で静かに余生を過ごしてほしいと勝手ながら思っています」
非公式なれど、平民となったメイアー嬢を…娘である彼女をニルフィーユ家の当主が助けるかもしれない。そんな期待を胸に秘める。
「恐れながら、あの令嬢にそこまでの器量がおありとは思えませんでしたが…」
「痛烈ですわね。でも、彼女は宣言したんですわ。レオポルトを愛していると。その言葉が真実だと思いたいでしょう?」
メイアー嬢はどこまでも打算的な女性だ。だけど、もしかしたら、過ぎた夢から覚めて、しがらみのなくなったレオポルトを愛するかもしれない。
未来は誰にも分からない。この先の二人の物語に関わらずにいられた良いとバカな思いすらわいてくる。もはや、突き落とした私が言うべきではない。
冷酷無比なフワイトタニアとして王家を守るのが務めなのだから。




