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6.国宝級茶器を守れ!

 

「ちょっと聞いて! あの王女、どうかしてるわ!」

「なに? どうしたの?」


 給仕をしていたファナが血相を変え応接室の隣にある侍女控室へ駆け込んできた。ちょっと興奮状態(でも小声)でルチアに話しかける。


「王族のお客さまへお出しする茶器があるじゃない、あのキャトゥルグロス王国産の幻の陶磁器。あれを見て不機嫌そうな顔になって、粗雑に扱ってるのよ! 割られそうでヒヤヒヤする!」


 そう言いながら壁の向こう、ベネディクト王子夫妻が『お客さま』をもてなしているだろう応接室へ目を向ける。目を離している今現在も、国宝級茶器を粗雑に扱っているだろう王女を睨むがごとく。


「あぁ……なんかご本人の好みが派手好きっぽいもんね。真っ白なだけの陶磁器はお気に召さなかったってことかな」


 ベリンダ王女殿下が普段好まれるものはなにかと情報収集した。その中には日頃身に着ける衣装に関しても含まれていた。はっきりした原色の衣装が多いという情報だったから、たぶん派手好きな方だろうとルチアは想定していたのだが。

 ――あの金色のドレスを着て満足しているようなので、やはり派手好きなんだなぁと自分の想定を裏付けられた気分であったのだが。


「茶器好きな好事家(こうずか)には大絶賛される逸品なんだけどね……」


 ファナががっかりだと肩を落とす。


「割られそう、なの?」


 ルチアが心を込めて手入れをした国宝級の逸品を破損されるのは勘弁して欲しい。そう思ってファナに聞くと。


「もうね、所作のすべてが粗雑なの。粗野なの。乱暴なの! いちいちカチャカチャ音をたててソーサーに戻すし、ソーサーを卓上に置くときも乱暴だし。しかもご自分の所作について恥じているようにも見えないのよ。堂々とカチャカチャさせてるの。あれ見てたら生きた心地がしないよ。セレーネさまもだんだん表情が強張(こわば)ってきてたし。割らないまでも、欠けさせたり傷をつけたりはしそう」


 結婚前のセレーネ妃は、母校で女生徒向け『淑女マナー教室』の講師すら勤めたことがある。そんな彼女の目に、優雅さの欠片もない王女殿下の所業はどのように写ったのだろうか。


 ルチアは内心首を傾げる。

 たしかベリンダ王女は十八歳だと資料にあった。十八歳は成人年齢だ。十二分に『おとな』と言ってもいいはずである。

 淑女教育を始めたばかりの幼女のころならいざ知らず、いい歳をした成人女性が、それも王女として敬われる身分の女性が、粗野な振る舞いをして恥ずかしげもなくいられるものだろうか。

 王女など、本来は貴族女性の頂点にいる存在のはずだ。それが無様(ぶざま)に茶器を鳴らすなど正気を疑うレベルであり得ない。

 ……自室でくつろいでいる状態なら、あるいはあり得るのかもしれないが。


「わたし、お茶代えに行ってくるよ。同時にキャトゥルグロスの茶器は回収してくる」

「任せた!」


 軽く薄く作られた奇跡の陶磁器。少しでも損なわれたら、もう二度と元には戻せない逸品。

 そのだいじなものを傍若無人に扱う人間から遠ざけねばならない。


 急遽、茶器を交換できるよう違う茶葉を用意した。ポットに熱いお湯と茶葉を入れ、温めたミルク、それに人数分の茶器を揃えワゴンに乗せる。応接室へ静かに入室し、様子を見計らって(余り会話が弾んでいるようには見えなかったので、口を挟む隙は存分にあった)「お茶のお代わりをご用意いたしました」と告げた。


 ルチアが入室してまず感じたのは、その場の空気の重さだ。

 主にホストであるベネディクト殿下からの不機嫌オーラ。そして壁際に文官として控えているバスコ・バラデス卿を始めとする護衛官や侍女頭たちの顔色の悪さ。

 セレーネ妃だけは鉄壁の『淑女の笑み』で内心が窺えない。


(なにがあったらこんな空気になるの?)


 ルチアが(あるじ)たちのようすをそれとなく観察すると、ベネディクト殿下の前の卓も、セレーネ妃の卓のお菓子も減っていない。けれどカップの中身は空っぽだ。


(お茶のお代わり早めに持ってきて正解だったかも)


 誰よりも先に、『お客さま』であるベリンダ王女の元へと向かった。

 彼女も不機嫌そうだった。美しく長い爪先で問題の茶器を(つつ)くカツカツとした微かな音が、ルチアの心臓を締め付ける。なるほど、侍従たちの顔色も悪くなる。

 小さな声で「おさげします」と言いキャトゥルグロスの茶器を回収し、ワゴンへ避難させた。代わりに王女の前へ置いた茶器を見たセレーネ妃が眉根を寄せてルチアの顔を見上げた。


(申し訳ありませんセレーネさま。これが侍女一同の総意だと思ってください)


 (あるじ)から『お客さま』へ出す物ではないと叱責されるのは覚悟の上だ。

 ベリンダ王女へ新たに提供した茶器は、国内の一流工房が作った品である。一般庶民の家庭にはない品だ。だが特に丈夫さが売りの量産品。ルチアたち侍女が普段使っている茶器でもある。王子宮で日常的に扱っている品で、華やかな色のはっきりとした花の絵が描かれている。その場が明るい色味になり華やかになるし丈夫なので、ルチアたちは気軽に愛用しているのだ。


(たとえば王族とか国賓なんかに出せるお品じゃないわよね。でも国宝級(あれ)を割られるより、わたしが叱責される方が百倍マシだもん)


 いつも最上級品に囲まれて生活しているような人間にとっては二流品である。王女にも叱責されるかもしれないと思いながら、カップに温めたミルクを少量入れたあとポットからお茶を注いだ。高い位置から注げばスプーンを使わずとも攪拌(かくはん)される。


「ウナグロッサ産の茶葉を用いたミルクティです」


 どうぞと差し出せば、ベリンダ王女はうっとりとするような笑顔を見せた。

 どうやら彼女のお気に召したらしい。

 カップを持ち上げ……香りを楽しみ……口をつけている。


(国宝級を触ったあとだと、明らかに二流品のカップだって分かると思うんだけどな……)


 重さも、唇に当たる風合いもまるで違うはずなのだが――。


 ベリンダ王女はなにも言わなかった。むしろ、なにやら機嫌の良さそうな表情だ。


(二級品の茶器を出されたのに気がつかなかった? ……それとも解っているけどスルー? とはいえ、どんな茶器だろうとお茶の味は変わらないけど)


 なにも指摘されなかったので問題はないと判断し、ベネディクト王子のカップを代えお茶を注いだ。代えのカップは王子が普段使いしている茶器を。同じくセレーネ妃のものも。

 カップ交換のため傍によれば、セレーネ妃から軽く睨まれる。


(セレーネさま! お説教モードの気配をビシバシ感じますっ)


 とはいえ。

 (あるじ)の顔色を恐々と窺っていれば、ジト目で()めつけられたが『本日のみ不問』とも読み取れた。


 ベネディクト王子は、無言で妻とその侍女の顔色を交互に見比べていた。そして自分の前に提供されたいつもの茶器を見下ろし、だいたいの事情を察したらしい。彼はいつも驚くほど察しがいいし勘もいい。

 無言のまま、二度ほど頷くとルチアと視線を合わせ、唇の右の端だけ上げてニヤリと笑ってみせたのだった。



※こぼれ話

拙作「変人王太子(略)」の30話に、国宝級陶磁器を使用したベリンダ王女本人の感想が少々載っています。

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