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4.嵐の前の、静けさならぬ不穏

 

 その晩、王家主催の舞踏会が王宮で行われていた。

 この日の舞踏会の主目的はリラジェンマ王太子妃殿下の存在を国内の貴族たちへ知らしめること。

 ルチアの(あるじ)ベネディクト第二王子夫妻も出席しているが、隣国から来てくれた姫君に対し、ヌエベ王家は諸手を挙げて歓迎していることを周知させるのだと言って、なんだかノリノリで出かけていった。


 深夜。

 ルチアは(あるじ)夫妻がそろそろ帰宮する頃合いかと、玄関ホールわきの控室で待機していたのだが。


 ぷつん、と。


 なにかが()ぎって行ったのに気がついた。

 ()()かは分からない。けれど、確かになにかに触れられたのを感じた。

 そう思ったのはルチアだけではなかったらしい。

 同じ部屋に待機していた侍女頭もなにかに気がつき怪訝な顔をして、ルチアと視線を合わせた。

 ふたりで『なにがあったのか』と口を開こうとした矢先に、宮の奥の方から赤子の泣き声が響いた。


「ルイ殿下……?」


 夜泣きにしては、玄関さきの控室にまで響く泣き声なんて珍しい。いったいどうしたことなのか。


「殿下の夜泣きにしては……怖い思いをしたような泣き声ですわね……」


 侍女頭が怪訝そうな声で言った。

 彼女は経産婦ですでに成人した子どももいる。子育ての経験値がそれなりの彼女は、赤子の泣き声でその気持ちを推し量っている。


「そう、ですね。なんか……いつもの甘えた泣き声とは違う、ような……」


 ルチアはルイ殿下の専属ではない。

 けれど毎日の生活の中で、殿下の遊び相手をしたり、彼がひとりになったりしないよう遠くからそれとなく見守ったりするのは、この宮に勤めている全員がしていることだ。いつもの泣き声と違うことはすぐにわかった。夜泣きのときの泣き声は、もう少し甘えたような雰囲気というか……。

 ルチアは静寂の中聞こえる赤子の泣き声に不安になり立ち上がった。

 とはいえ、殿下の周りには専属の乳母やメイドが控えている。ほどなくしてルイ殿下の泣き声は止んだ。


「殿下が泣く前に、なにか不穏な気配も感じませんでしたか?」


 ルチアの問いに、侍女頭は眉根を寄せた。


「……そういえば。ルチアもあのなんとも言えない嫌な気配を感じましたか」


「はい。殿下もあの妙な気配に気がついて泣かれたのでは……」


「精霊の知らせ、かもしれませんね。なにごとも無ければよいのですが」


『精霊の知らせ』とは、精霊たちが生きている人間に未来で起こるよくない出来事を知らせる事象だと、古くから言われている。

 実際、なにがあって殿下が突然泣き出したのかは分からなかった。

 けれど、この日の不穏な気配は宮にいるだれもが感じたことだった。



 ◇



 いつもの舞踏会よりも遅い時間になってから、ベネディクト王子夫妻は帰宮した。舞踏会終了間際になにやらアクシデントが発生したらしい。


「アクシデント、ですか」


 ルチアが敬愛するセレーネ妃のお着替えを手伝いながら問えば、彼女は申し訳なさそうに答えた。


「そうなの。そのせいでグスタフは舞踏会の会場に残っているわ。近衛騎士団はいま大騒ぎになっていて、大変そうだったわ」


 セレーネ妃は眉尻を下げた。


「グスタフは近衛全体を再編成するメンバーなっているから……また、ルチアから旦那さま(グスタフ)を遠ざけてしまったわね」


「いえ、セレーネさまがお気になさることではありません!」


 敬愛する(あるじ)にルチアのプライベートごときで気を揉ませるなんて、侍女として失格ではないか!

 それ以前に、彼女が自分の悩みを知っているなんて恥ずかしい。


「それより、近衛が大騒ぎとは……不審人物の侵入でもありましたか」


 ルチアから話題を避けるために口にした問いは、セレーネ妃を少し戸惑わせた。

 小首を傾げ、溜息をつきながらセレーネ妃は言う。


「どうやら、不審人物が王宮の庭園に迷い込んだらしくて……」

「逮捕されましたか?」


 不審人物が庭園に隠れ潜むなど由々しき事態である。

 そんな不届き者はちゃんと捕まっているのかと再度問えば、セレーネ妃はなんとも歯切れの悪い返答をした。


「逮捕……されたらしいんだけど……保護? と言ったほうがいいのかしら」

「保護? ……子どもが迷い込んでいたのですか?」


 子ども、あるいは森の獣でも迷い込んだのだろうか。そう思いながらルチアが問えば、セレーネ妃も戸惑いながら返答してくれた。


「隣国ウナグロッサの第二王女殿下だったらしくて」

「――は?」


 隣国の、王女殿下?

 それも第二王女?

 それはつまり、リラジェンマ妃殿下の妹姫ということではないか?

 それが我が国の王宮の庭園に隠れ潜んでいたと?


「どうも、だいぶ型破りなお姫さまらしくて」

「――」


 他国の王女殿下が訪問されているという情報はなかったが、来ているとしたら滞在場所は迎賓館になるだろう。迎賓館の裏から広がる庭園はかなりの規模だ。あそこの庭はちょっとした森と言っても過言ではなく、夜はたいそう怖い場所になると思うのだが……。

 そう思ってルチアは二の句が継げぬ状態になってしまった。


「招待してもいないのに押しかけて来たらしくて」

「はぁぁぁぁ?」


 思わず不敬になるような返しをしてしまったルチアは、慌てて自分の口を自分の手で押さえた。

 だが寛大なセレーネ妃はルチアの態度については不問に付してくれた。というか、『だいぶ型破りなお姫さま』のことを言いたいらしい。


「暴れるようなら縄の使用許可も下りたのだとか」

「――お姫さま相手に?」

「お姫さま相手よ」


 呆れ果ててもうなにも言えない。

 ルチアの知る『ウナグロッサの王女殿下』といえば、リラジェンマ妃殿下だ。あの清楚で可憐でありながら一国の王女としての品格に満ちた姿を思い出す。

 その方の妹姫が、『招待してもいないのに押しかけて来』て、夜の王宮庭園で近衛騎士団に逮捕されるような大騒ぎを起こして『暴れるようなら縄の使用許可も下り』る()()だとは。


「厳重な警戒態勢をとって迎賓館の一室にお籠りいただいているらしいわ」


 それはもはや『閉じ込められている状態』というのでは? と言いたかったが声にならなかった。

 とんでもない王女殿下が来たという認識は、たぶん正しいのだろう。


「なんだか嫌な予感がするわ」


 セレーネ妃の呟きを否定できず、力なく頷いたルチアであった。



 ◇



 彼女の「嫌な予感」は当たった。

 翌日の早い時間に王太子殿下直属の部下であるバスコ・バラデス卿から、ベネディクト王子へ『だいぶ型破りなお姫さま』こと、ウナグロッサの第二王女殿下ベリンダ・ウーナをもてなして欲しいという依頼が入ったのだ。

 具体的には午後のお茶の時間に招いて欲しい、と。

 王太子ウィルフレードの(めい)だと。


 本来ならば、舞踏会の翌日は休養日としてゆっくり家族で過ごしたかったベネディクト第二王子は、少々不機嫌になった。

 けれど、愛する兄の命に(No)と答える彼ではない。

 不承不承(ふしょうぶしょう)ではあるが了承した。


 かくして。


 第二王子宮は一気に混乱の坩堝(るつぼ)に叩き落とされた。

 急に他国の王族を招くのだ。混乱しない方がおかしい。

 とはいえ、今回招待するのは王女殿下ただひとり。ひとり分ならなんとかなる。急いで彼女に関する情報を集められるだけ集めた。


 好きなものはなにか、嫌いなものはなにか。

 アレルギー等、食してはいけないものはないか。

 日頃、王女が好む色はあるのか。

 王女が着るだろう衣装の色と、ホスト側であるセレーネ妃の衣装の色が被ってはいけない。

 それらの情報を午前中だけで集めると同時に、供す食事内容を決め、食材を集め、調理する。

 招待する部屋を決め、本来ならテーマに合わせた飾り付け等するべきなのだが、緊急事態なので仕方がない。一般的で無難な形でおさめた。


 第二王子宮の使用人一同、突然の多忙に心の中で今回の『お客さま』に対する呪詛を呟きながら作業していた。


「せめて三日前……いいえ、一日前に来るって言ってくれれば……」


 ひとりがぽつりと呟いたのを皮切りに、不穏な情報が次々と披露された。


「いやいや。迎賓館の人間からも寝耳に水の訪問だって聞いたぞ?」

「昨日の夕方に国境検問所から鷹が飛んだってさ」

「緊急時用の鷹か! ほんとに突然来たんだな」

「侍女の目を盗んで勝手に夜の庭へ出て迷子になったって聞いたわ」

「侍女の前にいるときの態度と、男性がいるときの態度が露骨に変わるんだって。ピアさまが苦笑いされてたって」


 ちなみに『ピアさま』とは、優秀な女性近衛騎士のことである。セレーネ妃の専属護衛だった(今は王太子妃専属になっている)こともあり、第二王子宮の使用人には既知の騎士だ。


「ものすごく不遜なことを言ってたらしいわよ。『ウィルフレード王太子殿下の本当の花嫁は自分だ』とかなんとか」

「「はあ? なんだそりゃ」」

「それを聞いたバスコ・バラデス卿が怒り心頭してるって」

「「そりゃ、怒るだろ」」

お国の方(ウナグロッサ)から収集した噂もすごいぞ。姉姫であるリラジェンマさまの婚約者を寝取ったって」

「「「はあ?」」」


(聞けば聞くほど、とんでもないお姫さまだなぁ)


 昨夜セレーネ妃が『型破りなお姫さま』だと評していたが、そんな枠で収まるようなお姫さまではないと思う。

 ルチアはお茶会に使うティーセットを拭きながら、皆の話に耳を傾けていた。

 ()()()()()()()()()とても良い目覚めを迎えた朝ではあったが、それとこれとは話が別だ。

 いま彼女が拭いているティーカップは、他国の王族などが来たときに使用する特別な茶器だ。

 白一色の陶磁器であるが、軽く薄く作られており国宝級だと聞いてルチアは震えあがった。聞けば、今は亡きキャトゥルグロス王国で作られた逸品だとか。生産国が滅んでいることもあり、もう二度と再現不可能だと聞けば、国宝級になるのも納得する。心を込めながら手入れしている。


(相手はとんでもないお姫さまだけど、だからと言ってわたしたちが手抜きするわけにはいかないもんね)


 いつでも最上級のおもてなしを。

 グランデヌエベ王国の代表として、恥じない態度を。

 ルチアが働いている場所は、そういう誇り高い場所なのだ。




※こぼれ話

今回出てきた『精霊の知らせ』ですが、拙作『異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。』の23話で王太子がかけた術のせいです。

第二王子宮は王城内にある建物のため、術の有効範囲内でした。


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