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16.母は語る

 

「じゃあ! 難しいお話は終わりね! ルチア、こちらへいらっしゃい。エステバン。サカリーアス。あとはよろしくね」


 明るい声で母が言ったかと思うと、ルチアはあっという間に部屋を連れ出された。

 あれよあれよという間に通された部屋はゲストルーム。隣接した浴室に問答無用で連れていかれたかと思えば、母親と懐かしいこの家の使用人たちに身ぐるみはがされ、身体中磨かれた。


 そして。


「これが宮殿侍女のお仕着せですかー」


「あ! わたしの侍女服……!」


「ルチア! よそ見をしない!」


「流石に良い布地を使用していますねぇ。これは……! 王妃様お抱えリーキオッタ商会で作られたものですね!」


「ちょっ……」


「はいっ1、2、3でコルセット締めますからね。1、2、3!」


「……んぐっ!」


「ほら、こうやって背中からお肉を寄せて上げればお胸もきちんと作れるのよ!」


「おかあさま、くるしぃ……」


「さぁ、お嬢さま。こちらのドレスに袖をとおしてくださいな」


「はい、お顔はこちらに向けて。紅がはみ出てしまいますよー」


 ルチアが目を白黒させているうちに、磨かれ髪を結い上げられ化粧まで施され身支度を完璧に整えられてしまった。

 ここ二年ほどは人の世話をみるばかりで、自分が人手を借りなければ着られないドレスなんて無縁の生活だったのだが。


「はーい、完成しました! さすがルチアお嬢さまですねぇ。お綺麗です!」


 使用人(+母)三人がかりでされた着付けは完璧。

 レースをふんだんに使われた白いドレスと髪に飾られた生花。ルチアのイメージを損なうことなく、可憐で美しく決まっている。

 メイクも派手過ぎず地味過ぎず、ちょうどいい。

 ルチアの良さを全面に押し出している。

 鏡を覗き込むルチアの姿は侍女の目(じぶん)で見ても合格点で、どこに出しても恥ずかしくない貴族令嬢にちゃんと化けているではないか!


「すごいわ、おかあさま! このメイク法教えて!」


「はいはい、職業意識を出さない。今日のあなたは飾られる方。主役なんだから」


「へ?」


 そういえば。突然の嵐のようなお着替えに翻弄されているうちに、そうしなければならない理由を聞きそびれた。

 朝は朝で、いつもどおりに出勤しようとして侍女服に着替えたところで侍女頭さまの訪問で謹慎を告げられ、呆然としているうちに実家まで連れ出された。

 なんだか今日は無理矢理連れ出され事後承諾で内容を告げられる日のようだ。


「いまさらだけど、なぜお着替えが必要なの?」


 使用人らが退室するのを横目に母に問い質せば、彼女はなにを当たり前のことをと言いたげな表情で答えた。


「立食形式でガーデンパーティーをするからよ」


「パーティ? へぇ。どういった趣旨の集まりなの?」


「我が家のひとり娘の結婚披露パーティよ」


「へぇ……え?」


 我が家のひとり娘といえば、もしかしてもしかしなくとも自分(ルチア)のことではなかろうか。


「初耳なんだけど」


「あら。グスタフさまから伺っていないの?」


「へ? グスタフが、なんて?」


「きちんと結婚披露をしたいって相談を受けてたの」


「グスタフが? おかあさまに?」


 母は云々と首肯(うなず)くと、にっこりと微笑んだ。


「グスタフさまって、もう()()()()()()うちの商会のお得意さまなのよ」


「へ?」


 話を聞けば、グスタフは結婚以前から個人的な商品購入はすべてルチアの実家のデル・テスタ商会に依頼していたらしい。

 彼は店舗にまで足を運び、ルチアへの贈り物等母に相談していたのだとか。


「知らなかった……」


「わたくしも最初は知らなかったわよ? でも王城出入り商会でもないうちに、わざわざ近衛騎士の制服を着た騎士さまが頻繁に来てご贔屓にしてくださるって店員から聞けば、どんな人か気になるじゃない? 注文伝票を見ればルチアの最愛の旦那さまと同じ名前でしょう? これは話しかけないわけにはいかないじゃない!」


 ここ一年ほどで、母はそうやってグスタフと顔見知りになり何度も話しをしていたそうで。


「実は彼からルチアの近況とか聞いていたから、そんなに心配もしていなかったのよ」


「知らなかった……」


 道理で、帰宅を促す手紙も少なかったわけだ。父からは年一でその主旨の手紙が来ていたが。


「グスタフ……」


 グスタフはルチアの知らないところで母親と知り合い、ルチアの近況を報告し親に心配かけないよう手配していたのか。

 彼が結婚するまえからデル・テスタ商会に足を運んでいたなんて聞いてない。


「でも、おとうさまとは正真正銘、今日が初対面よ。なんだか恐れ多いって言って、会おうとしなくてねぇ」


 仕方のない婿殿だことと母が笑ったとき、部屋のドアがノックされる。

 母が返事をすると、現れたのは噂の婿殿、グスタフ・アラルコンだった。

 彼は一歩入室したと同時に、すべての動きを止めた。ルチアに視線を釘付けにしたまま。


「グスタフさま。どうです? 着飾ったルチアは」


 母が彼の返事を促すが微動だにしない。

 グスタフは表情を変えなかったが、唯一、瞳だけがカッと見開かれたのをルチアは見た。

 グスタフ・アラルコンという男は無表情なのがデフォルトであるが、無表情にしていても見る人に威圧や不機嫌そうとかマイナスイメージを与えてしまう顔の造りをしている。

 ルチアにとってはカッコいいとしか思えない鋭い目付きは三白眼だし、薄い唇が酷薄そうで口角も下がり気味なのが要因だとルチアは思っている。


 しかしそのグスタフが。

 徐々に顔色を変えた。

 ピタリとルチアに視線を合わせたまま、じわじわと耳から色づき、口元がうにょうにょと歪み始め。

 へにょんと眉尻が下がった。


 いつまで待っても近寄ってくれないグスタフに焦れ、ルチアは自分から彼の元へ歩を進めた。

 近くに寄れば、顔を見上げなければならない。


「グスタフ」


 近くで彼の顔を覗き込めば、なんだか涙ぐんでいる。


(これは……喜んでくれているのかな)


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