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15.父は語る


「王子宮で勤め始めたころのルチアは、いつもの新人……つまり婚活目的で宮殿にあがった未婚女性として周囲からは認識されました。

 第二王子宮で働く人間は既婚者が多いのですが、独身男性もそれなりにいます。彼らが可憐で愛らしいルチアを口説こうとしているのは業腹でした。

 ルチアがアラルコン姓を名乗っていても、アラルコン伯爵の縁戚かと思われていたようで……なんなら、自分の妹だと認識されていて……非常に不愉快でした。

 そんなルチアに懸想するような愚かな存在にはちゃんと……えぇ、きちんと話し合って、自分の妻なのだと理解させましたが」


 なぜか剣呑な瞳になったグスタフ。口の端も微妙に笑っている。

 父はそんなグスタフを見て、ひとつ首肯(うなず)いた。

 ルチアはグスタフが言うところの『愚かな存在』なんて、本当にいたのだろうかと首を傾げる。


「どうしても欲しい宝に目がくらみ、手に入れたくて焦り順番を間違えました。自分の不徳の致すところです」


 ルチアの手を包み込んでいたグスタフのそれが、彼女の手を握り直した。


「デル・テスタ男爵。自分はこんなにも不甲斐なく姑息な男ではありますが、一生涯ルチア嬢を愛し続けることを誓います。どうか、大切なお嬢さまとの結婚をお認めください」


 グスタフは、今度は頭を下げなかった。

 強い瞳で一心に父エステバンを見つめ続ける。

 どうかすると睨まれていると誤解されるような視線だが、父はその視線から目を逸らさなかった。

 目を逸らさないまま、グスタフへ問う。


「ルチアのどこがそんなにいいかね」


 問われたグスタフの瞳が我が意を得たり! とばかりに輝いた。

 そして立て板に水とはこのことかと思わせるほど、滔々と話しはじめる。


「ルチア嬢はこの世にふたりといない奇特なお嬢さまです。可憐で愛らしいだけではなく、物事の本質を見抜く慧眼を持っていらっしゃる。先ほども申し上げましたが潔く芯の通った素晴らしくかっこいい女性です。勤勉で真面目そのうえ向上心もあるし機転もききます。得難い女性です。尊敬しています。彼女の側にいたい。他のだれにも奪われたくありません」


(え? この人、だれぇ?)


 ルチアは遠い目になった。

 グスタフはプライベートなことには口下手な人だと思っていた。

 そのルチアの常識を打ち崩した、妻のいいところをなんだか嬉しそうに朗々と訴え続けるこの人は、本当に自分の知っているグスタフなのだろうかと目と耳を疑う気持ちである。


 とはいえ、グスタフの自分に対する評価が嬉しいのも本当だ。

 嬉しいやら恥ずかしいやら、つまりどんな顔をしたらいいのか分からないだけで。


「すげぇ……ベタ惚れなんですね……」


 思わずといった調子で弟がぽつりと溢す。

 その余りにも呆れかえった呟きに、ルチアの羞恥はさらに増した。


 グスタフの『ルチア礼賛(らいさん)』を云々(うんうん)首肯(うなず)きながら聞き終えた父は愁眉を開くと明るい声をだした。


「いまさら反対などしないよ」


「え? じゃあおとうさま、どうして不機嫌な顔だったの?」


 ルチアの問いに、父はしたり顔で娘を見やった。


「そりゃあ、愛娘を奪う男に良い顔する必要なんてないだろう」


 母がその隣でクスクスと笑っている。思えば彼女は最初からずっといい笑顔でそこに座っていた。

 父は自分の妻の膝に置かれた手の上にそっと己の手を重ねた。

 彼は娘を見ながら――でもどこか遠いところを見るような目で――語る。


「ルチアは我が娘ながら、間違ったことが嫌いな正義感の強い子でね。まっすぐ過ぎるゆえに貴族夫人になるのも商人になるのも難しいと思っていたのだが」


 だからこそ、学園でいろいろな人と出逢い学んでくれればと思っていたと父は語り。


「昔から誰かの庇護を必要とするような(なり)でいて自立心が旺盛だったからなぁ。自分で婿を見つけたかと思えば、とっとと就職先を決めおって……おまえはしっかり者だよ」


 そして父はグスタフへ視線を向けた。


「いまさらですが。もっと早く来て欲しかったですよ。男爵家とはいえ、我が家も爵位を金で買ったような新興貴族です。むしろ意識は平民に近いですよ。王子殿下の信任篤いアラルコン卿がお訪ねくだされば誉れにこそすれ、反対などしなかったものを」


「デル・テスタ男爵……」


 呆然とするグスタフへ向け、父は先ほどとは違う穏やかな声で告げた。


「これからは義父(ちち)とお呼び下さって構いませんよ」


義父上(ちちうえ)……」


「それになにより、私は自分の娘の目利きを信じていますからね。私などより男を見る目は確かなようだ。その娘が己の目で見て選んだ伴侶なのですから……信じます。

 ルチアを、よろしくお願いします」


 そう言った父エステバンは信頼の籠った瞳でグスタフを見つめた。


 エステバンも商人として人を見る目は鍛えている。彼はスカラッティ伯爵と業務提携したとき伯爵のひととなりを見た。伯爵に信頼を置いたからこそ、業務提携したし彼の提案だった子ども同士の結婚も受け入れた。

 だが伯爵令息も父親と同等だと判断したのは軽率だった。

 大事な愛娘と婚約などさせるべきではなかった。


「私もルチアに謝らねばならんな。ルチア、済まなかった。良かれと思って組んだ縁組だったが、スカラッティの息子があんなに馬鹿だったとは思わなかった」


 スカラッティの息子。

 ルチアの元婚約者で、スカラッティ伯爵家の嫡男である。スカラッティ伯爵家が新しく興す事業へ資金協定の一環として結ばれた縁組で、あちら側からの希望だったはずなのに息子本人が(親の了承を得ず)あっさりと反故にしやがった。

 婚約解消にいたるその顛末を聞いたのはなぜか王家からで、王太子殿下じきじきの命でルチアの婚約は円満に解消された。その際、賠償金に加え慰謝料も受け取っている。当然だ。婚約話の申し込みも解消も、すべてあちら側(スカラッティ)からだったのだから。

 こちら(デル・テスタ)は一方的に振り回されたのだ。


「というわけで、この書類はルチアが持っていなさい。スカラッティ伯爵家からの慰謝料だ。ルチアの信託口座に移してある。もう二十歳になったのだから自由に引き落とせるし、名義もルチア・アラルコンに書き換えてある」


 本当はもっと前に渡すはずが、ルチアが帰省しないせいで渡すのが遅れたではないかと父は愚痴った。

 恐縮しながら書類を受け取り中身を確認すれば、そのとんでもない金額に目を剝いた。


「おとうさまっこれ……っ」


「先方からおまえへの婚約解消にともなう慰謝料だ。受け取っておきなさい」


 エステバン・デル・テスタ男爵は、商人の顔でにっこり微笑んだ。

 ルチアは本人の与り知らぬところで、かなりの資産家になっていたのだった。




ルチアとスカラッティの息子との婚約破棄騒動は、

『王子殿下がその婚約破棄を裁定しますが、ご自分の恋模様には四苦八苦しているようです』(N3909HM)をご高覧くださいませ。

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