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13.デル・テスタ男爵家

 

 ルチアが開けていた口をようやく閉じようとしたとき、馬車が止まり外からドアをノックされた。


「アラルコン夫妻。到着いたしましたよ」


 声をかけたのは女性騎士のポーラ卿だった。まさか、彼女が馭者役だったのだろうかとルチアは驚く。呆然としすぎて周りが見えていなかった証拠である。


 グスタフが、なんだか鬼気迫る並々ならぬ決意を秘めた瞳でルチアを見た。


「俺、ちゃんとやるから」


(ちゃんとやるってなに? 殺る? 遣る?)


 ルチアにそう告げた彼はドアを開けると彼女を促しながら下車する。

 夫の手を借りながら馬車から降りると、そこは懐かしい実家の正門前だった。


 ルチアの実家、デル・テスタ男爵家は新興貴族だ。先祖を辿れば商人の家で、何代か前の当主が爵位を金で買った。いわゆる成金貴族である。

 今でもデル・テスタ家が運営する商会は羽振りがよく、順調に金を稼いでいる。

 領地は持たないが生活拠点は必要だ。王都の閑静な貴族街にデル・テスタ男爵家は邸を構えている。その大き過ぎず小さ過ぎない邸でルチアは学園に入る十五歳まで生活していた。


「それでは。たしかにお送りいたしましたよ」


 ポーラ卿がいい笑顔でルチアとグスタフに告げた。


「なぜ、ポーラ卿が……」


「自分は今日、妃殿下直々(じきじき)に頼まれたお使いもありましたので」


 いい笑顔のまま、ポーラ卿が馬車の後ろの荷物置き場を指し示す。そこには山と積まれた色とりどりの花が鎮座していた。


(お使いって……すごい量のお花だけど、お花屋さんへ卸にでもいくの?)


 護衛騎士の不思議な物言いに首を傾げるが、職務に忠実な彼女は笑顔のままだ。これ以上は言ってくれないらしい。


 開け広げられている門扉をくぐれば懐かしい前庭と玄関へ続くポーチ。ふと後ろを振り向くと、ポーラ卿が門番となにやら話し込んでいる。


「ルチア!」


 懐かしい声がルチアを呼んだ。


「おかあさま」


 振り向けば、母が走ってきてルチアを抱き締めた。懐かしい香りと体温がルチアを包み込む。


「あぁルチア。顔をよく見せて」


 抱擁を解いた母を見れば、ルチアによく似通った顔が涙ぐんでいる。


「まったくもう! この子はっ!」


 そして母はとんでもない力でルチアの両頬を伸ばす。


いひゃい(いたい)いひゃい(いたい)


 昔から悪さをしたりすると、こうやって母から折檻(?)を受けた。


「学園に行ったらそれきり帰ってこないし! 手紙だけで軽々しく結婚するし! あんたって子は! 親を心配させるにもほどがあるわよっ!!」


 お説ごもっとも。

 としか言えないルチアはおとなしく母からの折檻を受ける。とはいえ、痛いものは痛い。


ごえんぁはぃ(ごめんなさい)おかあはあ(おかあさま)いひゃい(いたい)


「まったくっもうっ! 相変わらずよく伸びる頬っぺたね!」


 なんだか泣き笑いの表情をしている母に、気の済むまで頬を摘まませていたが。


「あの、デル・テスタ男爵夫人……その辺で許してやってください」


 ルチアの背後からグスタフが声をかける。


「あら。わたくしとしたことが」


 母は第三者の存在に我に返ったらしい。オホホと笑うとやっとルチアから手を離してくれた。摘ままれていた頬がヒリヒリと地味に痛む。


「こちらへどうぞ。主人が今か今かと待ち構えてますわ」


「はい」


 母は身をひるがえすとルチアたちを玄関へ案内する。玄関ドアを開けた老執事が柔和な笑顔で彼らを出迎えた。


「あ、おかあさま、この人は」


「グスタフ・アラルコン卿。ルチアの愛しの旦那さま、でしょ?」


「え」


 知っているのか。

 いや、手紙で知らせている。でも外見の特徴まで教えていただろうか。

 笑顔で先を歩く母の後ろ姿を追いながら隣を歩く夫を見あげれば、彼はこれ以上ないくらい緊張しきった顔をしていた。



 ◇



 宮殿の第二王子宮のそれと比べればいっそ慎ましいといえる応接室に、ルチアの父エステバン・デル・テスタ男爵とルチアの弟がいた。


「ねえさん」


「サカリーアス! なぜいるの? 学園は?」


 ルチアの四つ下の弟もルチアと同じ学園の寮に入っていると思っていたのだが。


「僕はねえさんと違って自宅から通ってます。親元離れるとろくなことにならないって、ねえさんで学んだらしくてさ」


 やんなっちゃうよねと弟サカリーアスは肩を竦めた。

 十六歳。ルチアと同じように小柄で童顔だが面差しは父に似ている。記憶にあるより背は伸びている。(サカリーアス)のくせに姉より大きくなるなんて生意気だ!

 だが弟の現在の様子なんてちっとも知らなかった。ルチアは内心ちょっとだけ反省する。


「それにしても、授業があるんじゃ……」


 まだ長期休暇の時期ではないはずだと問えば、弟はにっこり笑顔で言った。


「ねえさんの旦那さんが来るっていうのに、呑気に学園になんて行ってらんないって!」


「サカリーアス!」


 そこへ野太い声がかかった。


「お客さまだ。ちゃんとしなさい」


 ルチアの父、エステバン・デル・テスタ男爵は、見るからに不機嫌そうな顔をしている。眉間に皺を寄せたしかめっ面でルチアをちらりと見る。


(うわぁ……怒ってる。うん、当然だよね)


 もう結婚し別の家名を名乗る身になったというのに、親の顔色を伺ってしまうとは滑稽(こっけい)だ。もう頑是(がんぜ)ない子どもではないというのに。

 そんな自分にルチアは内心で冷笑(せせらわら)う。父親に睨まれつつソファに腰を下ろしながら、ふと隣に座るグスタフを見れば彼もルチアを見ていた。

 彼はとてもやさしい穏やかな瞳をルチアに向けていた。


(なんだろう……微笑ましいものを見る目……だよね?)


 グスタフはふいにルチアの手を取ると、その手の平に口づけた。

 あまりにも自然で流れるように行われた所作のせいで、止めることができなかった。


(グスタフ! 親が見ているまえで!)


 なにをされたのか分かったとたん、顔中が真っ赤に染まっただろうことを自覚した。

 グスタフの行動を、一部始終余すことなく見ていたデル・テスタ家の面々が息を呑む音がルチアの耳に聞こえた。

 なんならこの部屋には弟もいる。

 ここまで一緒に来た老執事もいる。

 彼らが見守る中でグスタフは、口づけたルチアの手をそのまま自分の頬にぴたりと当てた。

 彼のうっとりと眇められた瞳がただただ甘いとしか形容できない。


(常日頃、無表情かしかめっ面がデフォルトの人がこんなに甘い顔するなんて……!!)



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