11.モンスター王女ベリンダ③
「だっておまえまだ成人前でしょ? 成人前に結婚なんて……身売り? お金に困っているの?」
(やっぱりというか、誤解されてる……)
どうやらルチアは、ベリンダ王女に成人前の子どもだと誤解されていたらしい。ちなみに、グランデヌエベ王国で成人といえば十八歳である。隣国のウナグロッサ王国ではどうか知らない。
子どもっぽいと自覚し、とくにここ最近はそんな自分にうんざりしているというのに、ずけずけと指摘され情けないやら腹立たしいやら。
しかも身売りとまで言われるとは。
(まさか、わたしのあの『暴言』に気がついてて、その意趣返しってこと?)
「お金のことなら心配いらないわよ。わたしがなんとかしてあげるから」
「……え?」
「借金なんてわたしが返してあげるって言ってるの。おまえは自由になれるわ」
どうやら暴言に対する意趣返しではなく、本当に心配されているようだ。
ベリンダ王女の中で、ルチアは身売りした可哀想な子どもになっているらしい。
今現在、ルチアは二十歳だというのに。
大好きな人と結婚したというのに。
(うえぇぇぇぇぇええ? 勘弁して……)
「お心遣い、まことに、えぇ本当にありがたく思います。ですがっ」
「気にしなくてもいいのよ。言ったでしょ、わたしはおまえが気に入ったって」
「はい、ですから」
「お礼なんていらないわ。おまえがわたしに誠心誠意仕えればいいだけの話よ」
訂正したいのに、聞く耳をもってくれない。
王女はしたり顔で一方的な善意を押し付けるばかりだ。
(いやいや、わたしの話を聞いて?)
「勝手に人の嫁を身売り扱いしないでいただきたい」
ルチアが困り果てたとき、ふいに背後からバリトンボイスが響いた。振り返れば、いつの間にかグスタフがルチアのすぐ後ろに立っている。
「聞き捨てならない話でしたので」
そういってグスタフは一礼するとルチアの肩を抱いた。
「私がルチアの夫です。決して身売りなどではないし無理矢理婚姻したわけでもありません」
「あらやだ。どこにでもいるのね。幼女趣味って」
(こっちの話、聞いて? っていうかロリコンってひどいっ!)
ベリンダ王女はじろじろと舐め回すような目でグスタフを見る。
「おまえ、そんなこと言ってわたしに取り入ろうとしても無駄よ。おまえのような男は信用ならないもの」
もう、本当にわけがわからない。
どこをどうしたら『取り入ろう』としたことになったのだろう。それに『信用ならない』と言われても、「はあ、そうですか。ありがとうございます」としか言えない。
グスタフの眉間の皺が深くなった。
そばにいるルチアにも解るくらい殺気が溢れ出している。
(?!?!なんで急に?)
こんな殺気、久しぶりだ。
剣術の稽古のとき本気になると、たまに漏れてくるのは知っている。だが武術に精通していない者を相手にここまでの殺気をみせるとは驚いた。
グスタフは殺気を駄々洩れにしたまま、ベリンダ王女を睨み続けている。
(普段は気配すら消している人が……もしかしてベリンダ王女を敵認定した、ということ?)
さすがのベリンダ王女にも彼の発する剣呑な空気は分かったらしい。
「なんなの、おまえ。気に入らないわ。下がりなさいっ!」
王女は美しい顔を歪ませてヒステリックに叫ぶ。
グスタフは暫くそのまま王女を睨んでいたが、やがて殺気を鎮めた。一礼するとルチアの背中を押し、一緒に退出しようとする。
背中に置かれたグスタフの手が温かくてホッとした。
(どさくさに紛れて失礼しまーすって感じ?)
「え、ちょっと! その子は置いていきなさいよっ」
グスタフと一緒に何食わぬ顔で逃げようと思ったが、ルチアには待ったが掛かってしまった。グスタフが小さく舌打ちしたのが聞こえルチアは薄く笑ってしまう。
仕方がないと足を止め振り返り、ベリンダ王女をまっすぐ見つめた。
「王女殿下。わたし、こう見えても二十歳なんです」
「え?」
「自分の意思で結婚しました。身売りなんてしていません」
「なにそれ。おまえ、わたしより年上なのっ?」
「はい。こんな顔ですが王女殿下より年上ですし既婚者です。わたしは夫を深く愛しております。彼以外の人間なら結婚なんてしていません。たとえ生まれ変わっても彼と添い遂げたいと思っております」
ルチアが一息に言い切ると、ベリンダ王女はぽかんと口を開けて呆れたような顔をルチアへ向けた。
(そんなに意外なのかなぁ、わたしが二十歳ってのが)
「では、失礼いたします」
なぜかは分からないが、侍女としてのお辞儀ではなく淑女としての礼をしてみせた。この礼の取り方も、在りし日のセレーネ妃に教わったものだ。筋肉痛になりながら覚えたしセレーネ妃からの及第点をいただいている。恥ずかしくない出来だと自負もしている。
(働く立場でも人としても、この王女には関わりたくないわ)
踵を返し退出したようとしたところ、応接室のドアが開きベネディクト王子が姿を現した。
ルチアはグスタフと共にさっと脇へ控える。
「話は聞かせて貰ったよ。うちのアラルコン夫妻は相思相愛でね。身売りだなんてとんでもない。……私の目の届く範囲でそんな不届きなマネが許されていると思われたなら心外だな……それは、私に対しての侮辱と捉えてよろしいですか」
王子はそう言うと冴え冴えと光るシトリンの瞳でベリンダ王女を睥睨した。不機嫌そうに眉間に皺を寄せたその顔は、なんだかコワイとルチアは思う。
(顔の怖さだけならグスタフの方が断然勝ってるのに、この圧というか醸し出す王族パワーというか、これがひれ伏したくなるのよねぇ)
「侮辱だなんて、そんなこと……」
王子殿下に睨まれたせいか、ベリンダ王女は慌てたように手を振る。
「そうでしょうそうでしょう。ただの勘違いですよね。あぁバスコ。王女殿下をそろそろ迎賓館へ送り届ける時間だろう。迷子にならないよう丁重にお送りしなさい」
王子の背後にいたバスコ・バラデスは優雅に一礼した。
「畏まりました」
有無を言わせぬ態度のバスコ・バラデスから退室を促されたベリンダ王女は、すがるような瞳をベネディクト王子へ向けていたが、王子は不機嫌そうな顔のまま“お帰りはあちらです”とばかりにドアへ手を向けた。
「もう、なんなのいったい……」
ベリンダ王女はぶつぶつと愚痴を溢しながら第二王子宮をあとにした。
ルチアは走り去る馬車の後ろ姿を見送りながら安堵のため息をつく。
(あーよかった。やっと帰った)
正しくは宿泊している迎賓館へ戻っただけだが、王子宮からいなくなっただけで解放感を覚える。気のせいか空気が綺麗になったようにも感じる。
いつもの接客より100倍は疲れたように思えた。
「いやはや。とんでもないお姫さまもいたものね」
「最後まで、ルチアとグスタフさまに謝らなかったわね。あんな暴言吐いといてさ。“誤解して悪かった”くらい言っても然るべきだと思うけど」
一緒にお見送りをした侍女頭とファナが首を竦めた。
「いやー。暴言はわたしも吐いちゃったからおあいこって感じ?」
「あぁ! そうですルチア! あなたお客さまに対して失礼にも程がありますよっ」
謹厳実直な侍女頭さまが目くじら立てている。これはお説教コースかぁとルチアは遠い目になる。
たとえ相手に対して腹を立てていたとしても。
たとえ相手にはことばの意味が解っていなくとも。
ルチアが格上の相手(それも王族)に暴言を吐いたのは紛れもない事実である。これを見過ごしては示しがつかないのだ。
「なになに? アラルコン夫人はなにを言ったんだい?」
ベネディクト王子が面白いものを見つけたと言いたげな顔で侍女頭に説明を求めた。
侍女頭は一部始終を過不足なく正確に王子殿下へ報告する。
ルチアとしては、せめて執務室辺りで報告して貰いたかった。
なぜなら、場所がお客さまのお見送りをした玄関ホールだったから。
朗々と説明する侍女頭の声が大きく響き渡り、宮に勤める人間がなんだなんだと押し寄せる結果になってしまった。ぶちゃけ見世物状態だ。
事の次第を聞いた王子は大笑いして、ルチアの労をねぎらってくれたばかりか侍女頭からのお説教も免除にしてくれた。
だがルチアは二週間の謹慎を申し付けられた。
※こぼれ話※
このお話の世界観として、精霊があちこちウヨウヨいます。
おとなの目には見えません。見えて話しができるのはウィルフレード王太子だけです。
が、例外が赤ん坊です。
赤ん坊には精霊が視えています。大きくなると視えなくなっちゃうのですが。
10話でルイ殿下が泣き止まなかった理由がこれです。
『うちに悪霊連れてきた人がいるー! いーやーだー!』と、彼は泣いて訴えているのです。
……という解説をどこかに入れたかったのですが、それができる人が王太子殿下だけで、その彼の出番をどうしても作れなくて……未熟ゆえ、誠に申し訳ありません。
悪霊を連れてきた人が誰なのかは……『変人王太子(略)』でご確認くださいませ。




