4話 絡まる影響
森の中を歩いて数分。
どこか暗い影を落としたパーズたち一行と”正面から”出会った。
「……どう、なってんの?」
「り、リナさん?さっき、あっちに歩いて行ったはずじゃあ……?」
「……私だってそのつもりだったわよ。だけど、これは……」
多分、本当に足手纏いや人質にならないためにも彼らは撤退していた。
なのに、その三人と正面から出会うと言うことは、二人が森の入り口から歩いてきたということになってしまう。
「くうか、」
「空間が歪んでますね。誰が何をやったのかは知りませんが、森の奥に立ち入れないようになっています」
「……」
リベルが声を被せられて嫌そうな顔をしているが、多分リベルに喋らせていたら言ってはいけない名前が出ていた気がするので、ここはルイナに感謝しておこう。
そしてそのルイナは、なんでか全身を白い布で包み、その顔に怪しげな札をつけていた。紋様などはないが、キョンシーかそれに近い何かを感じる。
「……誰、ですか?」
「存分に怪しむといいですよ。ああただ元凶は私ではないので悪しからず。とりあえず事実だけを述べますが、現在森の奥への立ち入りが不可能となっています。同時に、被害者の救出も不可能です。ただしルパシアさんは生きています。そしてすぐに死ぬこともありません」
「な、なんでそんなことがわかるんだ」
「ふむ。なんと説明するのがいいでしょう。そこのリナと同じくS級ハンターとでも言えば信じますか?それとも、植物学者で大樹の魔物の性質も知っていると言えば、少しは信憑性も上がるでしょうか」
「「「……」」」
また新しいS級ハンター……?という顔をしていた。
一応ルイナもS級ハンターの称号は持っているが、植物学者ってなんだ?
「そ、その、大樹の魔物ってのは、どんな性質なんだ。ルパシアはなんで無事なんだ。いや、なんでって言い方もないけど、どうしてそんなことがわかるんだ!?」
「ハンターの素性を詮索するのは御法度だったと思いますが」
「あ、いや」
「まあいいでしょう。性質としては、魔物よりも人に近いんです。話も多少聞かせてもらいましたがね、実力者だったんでしょう?(人にしては)主観でもいいですが、その人は見目が整っていますか?」
「ああ。俺もハンターとして色々な場所に行ったが、ルパシアほどの女性は見たことがない!」
それ言い切れるんだ、とリナが思っていれば、ルイナも似たような考えをしたのか少し黙り込んだ。
「……そうですか。となると、あれに魅入られた可能性が高いですね。大樹の魔物は強さと美しさを求めるような魔物です。そのどちらも持っているとなると、攫われる可能性も跳ね上がるでしょう」
大樹の魔物、ここではきちんと生命神と呼称しよう。生命神は、性質で言えば嫉妬心。
リベルとの邂逅でも羨ましいだの妬ましいだのと言っていたが、あれは強さや美しさに固執する。
そのどちらも持ち、自力では抵抗することもできない人間を見つけたなら……手元に置いておきたくなるのかもしれない。リナにはわからない感覚だが。
「そ、それはわかったが、それがどうして無事なことに繋がるんだ!?」
「……誰しも、お気に入りの物品は大切にするでしょう。それはもう我が子のように、毎日手入れをし、暇があれば鑑賞し、傷がつけば綺麗な状態を取り戻そうとする。同じようなものですよ。あれは」
強さと美しさを兼ね備えた人間が、自分の手の中にある。
それはつまり、その人よりも自分が優れているという証明にもなる。……まあ神の暴論ではあるが。
故に。
「気に入っているから手元に置き、誰よりもそれを大切にし、その美しさが損なわれないようにする。だから無事です。老いによって美しさが損なわれなければ」
「……なら、数十年は無事だと?」
「……まあ、そうでしょう。時間はたっぷりありますよ」
そんなに長い期間同じ美しさがキープできるとも思えないが、本当に美容に力を入れていれば長いこと若々しさは維持できるようだし、何よりあれは生命力の神。それを分け与えて無限に時間を引き伸ばすことは可能だろう。被害者からすれば拷問となんら変わらないが。
「わかったなら、一度引き返すことをお勧めします。実力があるならわかっているでしょう。この地に住まう生き物たちの危険性を」
これだけの人数と実力者であるがために、今は遠巻きに観察する程度ではあるが、確かに森の中では無数の目が光っていた。
その全てを対処することはできるが、パーズたちからすれば十分な脅威である。
「……わかった。指示に従う。だがどうやってルパシアを助ける!?いつまでも苦痛を引き延ばすなんて、俺にはできないッ!」
「どうにでもしますよ。ここにはS級ハンターが二人もいるんです。人が集まった時の戦闘力がただの足し算で測れないことくらい、A級まで上り詰めたならわかるでしょう」
「……ああ」
悔しげな声だった。
まあそれはそうだろう。言葉の節々にそのルパシアという女性への気持ちは込められていたし、大切なものを他人に託すしかないとなれば、たとえ助かったとしても、やりきれない思いが残るのは仕方のないことだ。
また暗い影を落としながら森の中を歩いていく三人のハンターを眺めながら、リナたちも少し後ろをついていく。
「あんた、その格好何?」
「あなたに私の変換器を奪われているせいです。あれ、作るのに時間がかかるというのは説明しましたよね?」
「……知らなーい」
「はあ。私の見た目は人の世界に溶け込めるので別にいいですけど。それよりどうします?彼らには言いませんでしたが、確実に空間神ですよ」
「あ、それ。言おうと思ったのに塞がれた」
「言わせるわけないでしょう。あなたが言いかけたせいで、私が前に出ることになったと言っても過言ではないんですよ?」
「……ああそっか神って言っちゃいけないんだっけ」
「「……今更?」」
「すみませんでした」
人の前で出していい神の名前など、それこそ魔導神くらいだろう。
生命神は怒れる神として恐れられてはいるが、果たしてパーズたちがそれを知っているかどうか。
そして知らなかった場合、神が人の上に立ち導く存在だけではない、という最悪の事実を提示してしまうことになる。
知識は、時に牙を剥くのだ。
「でも、空間神の割に俺も飛ばされたぞ?神の影響は受けないのに」
「入ってきた人を送り返しているわけではなく、森の奥へと続く空間が入り口付近に繋げられているんです。たとえそれが神の生命力で為されている技だとしても、捻じ曲がった空間を正常に戻せるほどあなたの力は広範囲に広がっているわけではないでしょう」
「……そういうもんなのか」
言ってしまえば、真っ直ぐ伸びている道がドーナツ状にされているようなもの。
外から見れば、その表面を千切って元に戻すことはできても、その中から表面を見ることはできないし、干渉したければ穴を開けるしかない。
とはいえ空間はドーナツではないので、その強度は遥かに高い。
「それに、問題はそれだけではないですよ。なぜか空間神が生命神に手を貸していて、そこへ通じる道を全て閉ざしているということです。このままでは、空間のねじれを戻したところですぐにまた曲げられてしまいます」
「じゃあどうすんのよ」
「それを考えようって話じゃないんですか?まあ彼らには言えないですけれど」
ふとその彼らに目を向ければ、そっちはもう森を抜けるところだった。
こちらの様子も気にしているようだし、ルイナはこの変な格好でついてくるのか?と目を向けてみると、その姿はもうどこにもなかった。
「さっきの人は?」
「どっか行ったわ。別に仲間でもないし、勝手に調査でもしてるんじゃないかしら」
「……俺たちには、何もできない……」
「まあ気持ちはわかるけどね。あまり気を病んでも仕方ないわ。空間を操るようなのが相手なら、私たちが出るしかないことはわかるでしょう」
「……S級。人智を超えた災害に対処する者」
「ええ。一度、落ち着いた場所で話し合いをしましょう。私も、少し気になることがあるし」
リナはチラッとリベルの方を見たが、一番疑問に思うべきリベルはきょとんとしていた。
まあ初めから人を超えた人たちと関わってしまえば、”普通”なんてものはまともではなくなってしまうのだろう。
どこにでも、考えるべきことは転がってるな、と遠い目をしたくなるのを我慢して、リナは目先の問題に目を向けることにしたのだった。




