23話 二人の金色
夜。月明かりを遮るようにカーテンを閉めた魔導神の後ろに、もう一人金色の髪を持つ少女が現れた。
「……私でなくてはならないとのことで。直々に出てきましたよ」
「……別に呼んではいませんの。関わらずに済むのなら、それ以上のことはありませんわ」
特にあなたはそうでしょう?と付け足された言葉に、無表情だったルイナはむっと眉間に皺を寄せる。
「……ところであなた、相変わらずお子様なパジャマを着てるんですね」
「あら、悪いですの?人の趣味にあれこれ口出しするほど狭量な女ではなかったと思っていましたが」
「……」
「……」
煽り合い、馬鹿にして、目線で火花を散らす。
リナに対してあんなに楽しそうに笑みを浮かべていた人とは思えない。
まあ、それもリナにしてみれば制御不能の不幸でしかないのだが。
「はぁ、もう少し建設的な話をしましょう。私もあなたも、世界の担い手であるんですから」
「その言い方をするということは、何か問題でもありましたの?」
「問題も問題ですよ。逆になぜ感知してないんですか。堕天龍の強襲に創造神の出現。これが何を意味しているか、わからないほど頭が弱くなったわけでもないでしょう?」
「……大丈夫ですわよ。まだ平気ですの」
「その楽観にどれだけ苦しめられてきたことか……!」
ルイナは心底嫌そうに歯噛みする。
もう白い歯を剥き出しにしてしまうくらいにはストレスになっているようだ。
「まあまあ、何が出ようとあなたならどうにでもなる。そうでしょう?」
「その信頼をおいているようで馬鹿にした言葉は撤回してください。本当にぶち殺したくなります」
「あらあら、これは申し訳なかったですわ」
だが撤回はしない。この辺りにルイナと魔導神の確執が現れている。
「そうやって見て見ぬふりを続けるのであれば、その権限、返してもらいますよ」
「……それはちょっと困りますわね。これでも、向こうでしかできない魔法実験などもありますのに」
「それが世界の修復を妨げていると、なぜわからないんですか?」
「そもそも破壊神と堕天龍が残っている時点で変わりませんの。あなたこそ、なぜそんな簡単なことがわかりませんの?」
ギリッ、と奥歯を噛む音が響けば、魔導神はニヤッと口角をあげる。
「力の上では優っていても、言葉の戦いにおいてまで勝てるとは思わないでほしいですわね」
「……最初からそんなもので勝つ気なんてありませんよ。何せ言葉は感情を伝える手段でしかありません。意見を通したければ力でねじ伏せれば良いんです」
「どこまでも武闘派ですわね」
「そういうあなたはいつまでもインテリを気取ってますよね」
「……」
「……」
またも静寂。そして張り詰めた緊張が場を支配する。
ここにティエナがいたのなら、何も言えずに卒倒していたことだろう。
「やっぱり相容れませんね。リナには甘くなったように見えたのに」
「ぷふ、人の性格なんてそうそう変わることはない。あなたが一番わかっているのではなくて?」
「チッ……今ここでその言葉を持ってきますか。本当に嫌いです。あなたのような人がいるこの世界さえ恨んでしまいそうです」
「ならまた作り直せば良いのでは?わたくし一人を排除したところで、あなたのその悩みは消えないでしょうけれど」
「……クズが。わかってんなら言うんじゃねーです」
「口が悪いですわよ」
「元からですよ」
どうにか喰らいついているが、やはり言葉の上では魔導神に軍配が上がる。
ルイナはさっきから苛立ちを隠そうともせず、自分の服を握って引き千切りそうなほど力を込めていた。
対する魔導神は、ずっと嫌な笑みを浮かべてメンタル面でルイナを追い込んでいく。
女同士の喧嘩とは、時間でも解決ができないほど深く根を張っていく。
「いい加減に、殺してあげましょうか」
「こんなところでやり合いますの?ティエナさんもいますのに」
「この空間だけを隔離してあなたを殺すくらい、今の私なら造作もないですよ」
「わたくしの神域であっても?」
「ええ。何せこちらは全ての神と悪魔の力です。掛け算が得意だった私の力、あまり舐めると痛い目見ますよ」
「あなたが強いことくらい、千五百年前から知っていますわ」
魔導神は知覚する。
自分の神域が現世から切り離され、どこか別の次元に移動させられていることを。
そして馬鹿げたことを可能にする化け物は、そんなことをしているとは微塵も感じさせない落ち着きを見せている。
「中身に出てきてもらいましょうか?」
「生憎対策済みですの。神域内にいる限り、わたくしは不滅ですわ」
「簒奪」
「再展開」
「……ミアルがやりすぎましたか。半端なことはするなと言っておいたのに」
「わたくしだって毎日アップデートを重ねていますわ。あなただけが一方的に強くなるなどとは思わないように」
言葉の応酬に技の応酬。
孤独であった時の魔導神は確かに弱かったが、リナやリベルに触れ、その強さや考えを知るうちに魔導神も最適化されていく。
「反転」
「反転」
「塗り潰し」
「塗り直し」
「拒絶」
「迎合」
「……なぜ」
「ここまで反応できるようになったか、と?叛逆者は見ていて面白いですわよ。リナさんにも言っておりませんが、神の視点から見れば彼はあまりに異常ですの。日夜対策を考えるだけで、自然と力も増しますわ」
魔導神だって馬鹿ではない。
目の前に天敵がいて、そいつが何も知らずに笑って過ごしているのなら、知恵ある獣はいずれ殺せるように牙を研ぐ。
リナには悪いが、こっちだって二つ返事で命を差し出すつもりは毛頭ない。
「告げ口してやりましょうか」
「彼女は理解を示しますわよ。何をどれだけ重ねようと、根幹はこちら側ですの」
「……くふ、私の悪意、わかっていませんね?あることないこと喋りまくって、何が正しくて何がフェイクなのか、見えないように細工することだってできますよ」
「だったらやればいいですの。それを敵であるわたくしに言う時点で、今ここでわたくしをへし折りたいという浅はかな気持ちが見え透いていますわ」
「……チッ、どこまでも。本当に大っ嫌いです」
「あなたに嫌われたところで何も悲しくありませんわ」
「……」
そこで、ようやく。
嫌悪や怒りしか見せなかったルイナの表情が、少しだけ寂しそうに歪んだ。
「話を、しませんか」
「……いいでしょう」
魔導神がその象徴たる帽子を外す、その瞬間に。
「強制破壊」
「修復点」
「……」
「見え透いていますわ。あなたのやることは」
古木の杖が、暗い暗い部屋の中に浮かんでいた。
これがあれば、神域にいれば、アプリムは神と同等であり、人格がどうあれ魔導神を扱える。
「……なんで」
「生まれた時から決まっていますわ」
「……くっ」
ルイナの顔が、本当に泣きそうに歪んでいく。
目元には涙が溜まり、今にも決壊してしまいそうだった。
「あなたが嫌いです。私から全てを奪ったあなたが」
「奪ってなどいませんわ。これも一つの人格。ずっとそう言っているでしょう」
「……嫌いです。大嫌いです。なぜあなたのようなものがいるんですか。なんで、あなたは、奪われてしまったんですか……!」
それはどちらに対しての言葉だっただろう。
理解はするが、しかし答える義理もないと、魔導神はあえてその帽子を深く被る。
それだけで察してしまうルイナは、本当に憎いと言いたげに奥歯を噛み鳴らす。
「今日は、もういいです。殺す気力も削がれてしまいました」
「……そうですの。あなたとの戦いはわたくしも望むところではありませんわ。引くと言うなら、見逃してあげましょう」
「どこまでも……っ!いえ、もういいんです。帰ります」
ルイナの姿が一瞬で消える。
あの子は、何をどこまで思っただろうか。
今更推し量ることもできないが、少なくない傷を負わせてしまった気がする。
「……難儀なものだ。誰も、こんなことは望んでいないと言うのに」
魔女の帽子を眺め、心を固く閉ざした少女はベッドの中に入る。
神に睡眠は必要ないが、人間性を維持したいなら重要なことだ。
すー、と大きく息を吸って、アプリムはゆっくりと目を閉じた。
そしてそれから、自分の体の上に何か重さを感じた。
「……何をしにきた。今日はもういいんじゃないのか?」
「……さっきは二十三時五十九分です。もう日付は変わりました。今日じゃないです」
「……お前ってやつは。全く……」
アプリムの胸に額を擦り付ける誰かを、同じ色の髪の毛を、優しく優しく撫で付ける。
「そんなに憎いか?」
「……憎いです。嫌いです。同じ髪色、同じ目の色、同じ道を辿って、同じ時を過ごした……、なのに、なのにどうして……!」
「そうだな。私たちは道を違えた。私は、未だにお前があれほど激怒した理由がわからないよ」
「だって、だって叛逆者がそこにいるじゃないですか……。わかるでしょう?自分で言うのもなんですが、あなたはなんのために永遠を求めたと言うんです」
「……そう、か。お前は、優しい子だったものな」
その力を行使すれば、すぐにでも殺せる距離。
日付が変わったから、なんて理由で止まる者たちでもないのに、そこにさっきまでの殺伐とした空気はない。
「……ずっと一緒にいたかったです」
「ああ」
「それであれば、ミアルさえも必要なかったのに」
「そうだな」
「……なんで、そんな平然としているんですか」
「割り切ったからだろう。もう、引き返すことはできない。力を手に入れた代償だよ」
「……あの時、私がもっと理解していれば」
「過ぎたことだ。もう考えるな」
「っ……、」
否応なく突きつけられる、残酷な現実。
ルイナは、その時何を思っていたのか。
「魔導の、神。あなたは……リナをどう思っていますか」
「私が答えていいのか?」
「あれと話はしたくないです。所詮あれも心の仮面。答えは変わらないでしょう」
「……そうだな。大切にしたいと、思っているよ。何せあいつは、誰よりも苦しんでいるからな」
酷い環境、酷い境遇。そして、変えられぬ罪。
世界で誰より心の底で泣いているのは、彼女だろう。
「そうですか。一応、信じておきます」
「一応ってなんだ。なら聞いた意味さえないじゃないか」
「……ふふ、そうかもしれません」
何がおかしいのか、ルイナは体を震わせて全身で笑う。
昔はよく見たそんな自然な仕草さえ、今となっては懐かしいと思ってしまう。
「あなたは、最後の最後で首の皮を繋げる算段をつけていますね?」
「っ、おい、まさかそれさえ許さないとは言わないよな?」
「言いませんよ。と言うよりそれさえ完璧ではないでしょう」
「……まあ、な。防げるとは、思っていない」
「ふふっ、変わらないようで何よりです」
ぐりぐりと本当に愛おしそうにその温もりを噛み締める。
ここだけ切り取ったらただの甘えん坊の女の子でしかないのに、魔導神は心の底から憎んでいるし、それ以外の人には害悪となる。
だが、今だけは、見た目通りの子供なのだ。
「魔導の全てを寄り集めても届かない奇跡、私だったら、起こせますよ?」
「……頼りはしない。そこまで弱ったつもりもないからな」
「強がらないでくださいよ。私からしたらまだまだ弱いですよ?」
「お前からしたら創造神でさえ弱く見えるだろうに。だがだからこそ頼るわけにはいかない。ただでさえ言うこと聞かないお前を、私一人が独占するわけにもいかないだろう」
「むぅ、でもそうですね。それでこそ、です」
ルイナは一度顔をあげ、帽子がないだけの少女に対して親愛の笑みを向ける。
「それでは、本当に帰りますね」
「帰ってしまうのか。久しぶりに一緒に寝るものだと思っていたのに」
「ふふ、それをしてしまうと揺らいでしまいそうなので」
最後にもう一度だけ額を落とすと、惜しむような目を向けて、ルイナは大切な温もりから離れる。
「また、話しましょうね。お姉様」
「……ああ、そうだな。ルイナリア」
消えていく妹を、せめて今日だけは忘れまいと、アプリムは体を丸めて主なき温もりを包み込む。
五章はここで終わりたいと思います。前回で言っておくべきだった気もしますが、こちらの人たちも無視できないので、ナンバリングさせてもらいました。
今回は勇者が主役の章でしたが、どうでしょうか。少しでも勇者かっこいいと思っていただけたなら、フェント君も頑張った甲斐があったんじゃないでしょうか。
主人公は離れてしまいますが、ティエナや魔導神は好きなので、追ってそちらの日常も描いてみれたらと思っています。一応、次の話は勇者周りでの幕間になると思いますのでね。
それでは、また明日。
全然やってないこと思い出した。
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特に感想!一言でもいいので!よろしくお願いします!この作者基本喋りたがりなので、ネタバレにならない範囲なら裏話とか全部します!なんかください!(?)お願いします!




