22話 何事もなかった日常
「おかえりなさいですの。ひとまずは、お疲れ様でしたわ」
疲れてるって言うのにわざわざ魔王撃滅の凱旋をして、本当に感謝してるんだかしてないんだかよくわからない人々からの、心がこもってなさそうな賞賛の拍手をいただき、元勇者フェントが一度教会へ帰って、ようやく三人は神殿で魔導神に迎えられた。
応接室には案の定一人しかいないが、あの本物の嵐はいない方がみんな幸せなのだから喜ぶべきだ。
「ほんと疲れたー。ねえ魔導神なんか良さげなクッション出して」
「あら、でしたらリベルさんに膝枕でも頼めば良いじゃないですの」
おい、なんて魔導神の胸ぐらを掴みに行ったリナは無視して、リベルとティエナはそれぞれ対面のソファに座る。
「勇者の力……楽しかった……」
「もうあれは勇者じゃないんだろ?自力で出せるように頑張るしかないんじゃないか?」
リナから後で説明があったが、魔王を討ち倒した時点で、勇者は勇者でなくなり、剣も一時的に休眠状態になるそうだ。
まああれだけの力を無尽蔵に扱えていたら、リベルや神をも超える力の塊になっているので、それくらいが妥当だろう。
それでも一年足らずの休息で、数千年に及ぶ記憶と力を放出するのだから、破魔の剣は十分馬鹿げている。
「ああそういや、勇者といえばあいつなんか俺が叛逆者って知ってたんだよな」
「え、誰か言ったの?」
「けほっ、こほっこほっ……きっと、剣からの逆流じゃありませんの?あれは何千年の時を生きる謎の多い剣ですわ。知っていても、おかしくないですの」
「今まで存在すら怪しまれてた叛逆者を?」
「……た、多分」
怪しいなあおい!なんてまた魔導神を問い詰めているリナは、いい加減にリベルがひっぺがしておく。
「疲れてるなら暴れなきゃ良いだろ」
「……言いたいことは、あったし」
「それで突っかかってこないでくださいましー」
「元はと言えばあんたがッ!」
「はいはい落ち着いて」
「……むぅ」
リベルがリナの肩をとんとん。無理やりにでも噛み付く威勢を削いでおく。
「そういえば。魔天王の力は得られましたの?」
あれも一応神に名を連ねる者。
最後まで神核は見えなかったが、確かに神の奇跡があったのも事実。
だけど。
「いや、何も。多分あれは、神である以前に魔王なんだろ。だから俺も殺すことはできなかったし、そのトドメは勇者が刺すしかなかった」
「……そうなのですわね。本当に、今回は勇者のための相手だったわけですの」
「なんかこの世界私が殺せないの多くなーい?いやまあそんなのとばっか戦ってるせいだけどさあ」
「……特別なのでしょう。何もかも」
神も魔王も、限られた人にしか殺せない。
しかもそれがたった一人と定められてしまうのだから、弾かれた人からすると文句の一つも言いたくなるというもの。
「……わたしも、何もできない。リベルといても、やることはない」
「それはなんだか旅に同行しない理由を作っているようですわね」
「……ん、実際そう」
リベルといられないのなら、それはリナといられないという意味にもなる。
ティエナとしては、やることがないならリナはこっちにいてくれたっていいじゃんという気持ちにもなるが、リナがリベルの隣にいると、いたいと言うなら、無理にわがままを通すつもりはなかった。
「まあ、何度でも帰ってくるわよ。ここは私もなんだか居心地良くなってきちゃったし」
「あらあら、昔のリナさんからは考えられないセリフですわね」
「あんたも変わったからよ。昔のあんたは、もっと殺伐としてた」
「……そんなにですの?」
なんというか、リナと似たような人を寄せ付けないオーラを持っていた。
そして、近づく人全てを拒絶する。
だからリナも不用意に近づかず、用がないなら関わらないようにしていたのだ。
「あーあなんかしんみりしてきちゃった。過ぎたことはいいでしょ?それより、次の目的地決めないと」
「次、と言いますと本来の目的ですわね」
「ん。生命か海か。空間か天空か。もしくはあんたか」
「……嫌な冗談ですわ」
「いずれ冗談じゃなくなるわよ」
とはいえ、今やる必要がないのも事実。
まずはそこまで強くない、暴走の危険性が高い神から狙っていくべきだろう。
「なら私は生命神をお勧めします」
「げ、あんたどっから湧いたし」
「ルイナはどこからでも湧くよー。そういう生き物だからね」
「ふっふっふ。否定したいですがあえて乗っかっていこうじゃないですか」
なんか来た。
呼んでもないのにやってくる嵐が。
ルイナはまたソファの後ろから腕を前に出して、リナにだる絡みしてくる。
それを適当に叩きながら、リナは先を促した。
「で?なんで生命神?」
「はい。一度お二人は会っているでしょう?そして、初めて叛逆者がその力を解放した時でもありますね」
「そっか。リベルの意思で、……なんか違う気もするけど、叛逆者らしいことしたのはあの時が初めてか」
「そして、あの後、私はミアルに頼んで生命神の神域を半分壊しました。まあ本来時間と共に修復されるはずの神域を治らないようにしたと言った方が正しいですが」
ミアルもミアルで相当異質な力を持っている。
本物の最強であるルイナに改造まで施されたその力は、神に上から目線で物を語り、目の前でその力の源にして象徴である神域を奪い取ることさえも可能にする。
よって、今の生命神は、きっと極夜の剣を取り込んだ闇の神よりは弱い。
「それでも上級です。力の本質は変わりませんので、油断してはいけませんけどね」
「……十分、じゃん?言っちゃえば後遺症があるってことでしょ?なら、まあ……」
「やれそうな気はするよな」
一度戦った時は、きっと生命神も本気ではなかった。
リナに水を差されたと言うのもあるだろうが、それにしたってリベルの力を調べるようなところがあった。
それでも、あれは弱い。
木の根を操る程度であれば、六属性を操れるリベルなら余裕な気がする。
「本当に油断は禁物ですよ?あれの嫉妬心はなかなかに面白いところがあります。だからと言ってつっつきたい相手ではないですが」
「あんた基本神には噛みつかないじゃん。ほらそこの魔女っ子のとこ行ってこいよ」
リナが指を差して、ルイナと魔導神の視線が交錯する。
その瞬間、なぜだか室内の温度が一度くらい下がった気がした。
「では、生命神ということでよろしいでしょうか」
何事もなかったようにルイナが確認してくるので、リナは適当に頷いておく。
「明日くらいには行くのかしら。ミアルがここにいるし、足には困らないとして」
「ちょっと?手伝うなんて言ってないんだけど」
「ほれルイナ」
「言わされるのは癪ですね……んんっ、次の旅は私が同行します。喜びなさい最強ですよ!お二人に完璧な不死と必勝をお届けしましょう!」
胡散臭ぁ、とリナが信用ならん顔をしていたが、そこまで言うなら頼ればいいだろう、とリベルは思っていた。
「叛逆者は素直でいいですねー。でも私男の子は好きじゃないんですよね」
「なんだよ何が言いたいんだよ」
「いいえー?ぎゅーってやることはないって話です。後それをやると怒る人がいそうなので」
ルイナがにへー、と甘ったるい笑みを向けるが、その標的の人は肝心な時にきょとんとしていた。
これはもしやぶっ飛んだ人間性を見せ過ぎて女に見られていない?とちょっとルイナは不安になる。
「ねえさま、取られるって」
「ん?あ?……こいつ何言ったって無駄じゃん。反応するだけ喜ばせるだけよ」
「えー、喜ばせてくださいよ」
ほら!もっともっと!とか催促してくる人はとりあえず殴っておく。
これでもちょっと楽しそうなんだからルイナとかいうやつの心は読めない。
「なんかごっちゃごちゃ。結局、ミアルは使えるのよね?」
「そこでぼくを道具扱いしないでもらえないかな。事実だけど」
「認めるんだ」
「叛逆者に話しかけられたの初めてかも。ていうか君ほぼ初対面でちゃんとそう認識してたの?すごいね」
それはつまり道具であることを自分で認識しているような物なのだが、この透明竜は分かっているのだろうか。
「ねえさま、わたしは、……お留守番?」
「……ええ。魔導神と、……あんまり楽しくないかもしれないけど元気でね」
「あの、空気読んで黙ってる人に喧嘩売る必要はないのではありませんこと?」
「私の主観。うん」
「……まあいいですの。今度締めてあげますわ」
ちなみにティエナは案外楽しくやっている。
だから、一応確認しただけであって、最初から期待なんてしていなかった。
「魔導神を苦しめるためならあなたも連れて行きますが」
「……なんだか、あなたの意見を聞く気にはならない。それにそんな理由じゃ、どうせ向こうで置いてけぼり」
「……逸材……」
「おい」
ルイナが変な目でティエナを見るので殴って黙らせる。
何が逸材だ。腹黒と毒舌を混同するんじゃない。
「まあ、さっきも言ったけどちゃんと帰ってくるわよ。だから、のんびり待っててね」
「……わかった。魔導神、暇なら帰る」
「か、帰りますの?ま、まあ構いませんが……」
わがままな子供に振り回される姉か母親のように、ティエナに連れられて魔導神が部屋を出ていく。
あれは空気を読んだ、のだろうか。
「逃げましたね。危険を嗅ぎ取るとは、ますます惜しい逸材です」
「やめろよ?ティエナちゃんに変なことしたらマジでぶっ殺すからな」
「おお怖い。できればもっと強い言葉にしてほしいところですが」
「バーカバーカ!ルイナのゴミクズカス間抜けあほんだらー!」
「……それは何かが違いますよね。少しお話しましょうか?」
「あ、や、ちょ、ねえ待ってよ。そんな無言で近づかないで?」
ソファの背もたれから身を乗り出して、ルイナがひたすらリナに圧をかける。
耐えきれずにリナが逃げ出せば、子供同士の追いかけっこが始まった。
「あーあぁ、まーた楽しませちゃって。だから一生付き纏われるってわからないのかなぁ」
「……お前はどのポジションなんだ?」
「ん?そーだなぁ、リナにとっての君みたいなもんで、世界を上から見てる傍観者かな。ルイナが特殊すぎるせいでぼくも特殊にならざるを得ないわけだけどさ」
リベルからすると、このミアルという少女はまだまだ謎が多い。
むしろ散々絡んできたルイナの方が分かっているくらいで、その従者のことは何も知らない。
これが本当はドラゴン、みたいなことは知っているが、その実際のところも見ていないし。
「……ルイナってのは、なんだ?」
「最強ですけど?」
「……お前には聞いてない」
「ちぇー、ミアル、いい感じの説明をお願いします」
「うん。あれはね、親しい人にこそ牙を剥く本物の最悪だよ。関わるだけ無駄で、むしろストレスを溜めるだけって言うクソ仕様。最強最強言うけど自分からは動かないし人の言うことは聞かないしおまけにその力を味方に向けるっていう、もうほんとどうやったら生まれるのか意味がわからない害悪の化身だよ」
「……本当に酷すぎる」
仲間意識があるのはいいが、それが仇となるくらいなら敵に回ったほうがマシな気がする。
今の説明だとそう思ってしまう。
「ミアル」
「何かな?」
本当に一瞬、ひりついた空気が流れる。
だがリベルが予想の斜め上を行くなら、ルイナは予想なんてものをぶっちぎってくる。
「足りてませんよ。私はですね、見つけたおもちゃは絶対に逃がさないハンターでもあります。そして私は愛着が強くってですね、お気に入りのリナはこうやって会うたび会うたび可愛がるんですよ〜」
「ぎゃあああっ!やめろ、無駄に柔らかいほっぺ擦り寄せてくんな!たまにビリってするから嫌なのよっ!!」
「ほらすっごく可愛い。えへへ〜それはですねぇ、よりリナが嫌がってくれるようにたまに静電気を流しているからですね〜♪」
「タチが悪い!ほんとにゴミっ!やめっ、ぴゃっ!?いったマジでもーやだぁ〜〜っ!!」
リナがひたすら翻弄されていた。
あれに捕まったら終わりだと、リベルの本能も告げている。
「なんかごめんね。説明不足で」
「あ、いや、てかそこ?」
ミアルが謝っていたが、多分本当に謝るべきはそこじゃないし人も違う。
ルイナをどうにかひっぺがしたリナはまたリベルの背中に隠れるが、それに対してニッコニコの揶揄いが飛んできて動けなくなっていたり。
これが、次のメンバー。
あまりよく理解していないが、生命神戦を、多分この四人、ただ説明通りだとすると結局リベル一人かリナと二人で乗り切ることになる。
上手くやっていけるとは、到底思えなかった。




