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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
五章 勇者と魔王編
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20話 人の形において人の枠を飛び出す者達

 さて、もう少し始まりの勇者の話をしよう。

 たとえ絶対悪の王に謀反を起こすとしても、それで振り切れるのはせいぜい罪悪感程度のもの。

 騎士なんて王直属の武闘派や、他の貴族達の圧力から逃れることはできない。むしろ企てがバレた時点で敵に回ると思った方がいい。

 では、そんな中でどうやって勇者と呼ばれた人物は王を殺すことができたのか。

 ここに一つ、疑問を残しておこう。


「三人とも無事!?」


 魔王を一度押し返したリナは、それぞれ違う場所で倒れる三人に声をかける。

 この中で一番復帰が早かったのは、やはり強者との戦いに慣れているリベルだった。いやリベルの場合リナに心配かけまいと無理している可能性も否定できないが。


「……まあ、なんとかな。とりあえず、魔王はやばい。勇者は覚醒してるけど、俺が追いつけてない」

「リベルが……?そうなってくると、私の役割は足止めなのかしら」


 散々神を殺してきたリベルではあるが、魔王の性質を持つ神には少し分が悪い。

 そもそも、あの魔天王に神核があるのかどうかも怪しいところだが、神域を使っているのだし、神に間違いはないはずだ。


「女神様……?」

「あん?違うわよ。緋色の悪魔。覚えなくていいけどね」


 勇者が足をふらつかせながらも起き上がり、何を血迷ったか悪魔に対して女神だなどと言っていた。

 リナは適当に否定しておくが、意識がはっきりしてから糾弾されても困るので、髪の色だけは少し取り繕っておく。


「悪魔め、貴様がいなければ今頃勇者は折れていたというのに」

「ふん、神が悪魔に文句言ってんじゃないわよ。神を自称するなら、最低でも私を殺しきれるだけの力を見せてみなさい!」


 まだ頭へのダメージが残る三人の時間を稼ぐため、リナはまた一人で魔天王に攻めかかる。

 翼を出している間はワイヤーが出せないという制約はあるものの、その中身は本物の大悪魔。便利な手段がないからといって、一気に弱くなるわけではない。

 地面を蹴る必要さえなく、リナは低空飛行で一気に距離を詰めると、右拳を思い切り突き出し、それがステッキにぶつかった瞬間、一回転を決めて踵落としを炸裂させる。

 常人の目にはフェイントを仕掛けて本命を通したようにしか見えないが、確かにステッキには殴られた衝撃が残り、また抉り取るような一撃を受けた顔面は潰れていた。


「……流石に全人類の魂に名を残す大悪魔だ。だが魔王という存在もまた誰もが知る脅威である!」


 魔王が、ステッキを振った。

 今まで見せなかった動き。杖を振るという、その動作が意味するところは。


「反転増幅、善意の牙」


 魔法を補助する意味合いの強い杖を通せば、その分強力な魔法を、さらに増幅して扱うことができる。

 神域を漂う悪意を反転させ、その影響力を高め、悪意の塊たる悪魔にぶつける。

 確かに対悪魔戦闘においては決定的な打撃となるだろう。


 それが、生粋の悪魔であったなら。


「効かねえよおッ!誰が種族を悪魔だと言った!誰が本当に悪魔だと名乗った!私はなあ、どこまで行っても人間なんだよッ!」


 真っ白な棘に貫かれたリナではあるが、その体に傷はなく、突き刺さった善意に翻弄されることもない。

 むしろその善意を持って、魔天王に突撃する。

 向こうが悪意を使っている以上、それが反転した善意は魔王にとっても痛手となるはずなのだ。


「反転解除」


 ズプリ、と。

 リナの手のひらを真っ黒な棘が刺し貫いていた。

 魔法によってその性質が反転しているなら、元に戻してしまえばいい。

 簡単な道理ではあるが、ただ魔法を解けばいいなんて話ではないので、これも技術としては神のものだろう。


「チッ、こんなもん」


 効かないとわかっていてもリナは悪意の塊を魔王に投げつける。

 案の定避けることすらなくその闇は消え去ったが、そのままインファイトに持ち込み、ひたすら殴る。

 明らかに押していた。だが、決定打が足りない。


「悪魔は悪魔同士で潰し合いをしていればいい。ここでは引っ込んでいろ」


 とん、と杖の先端、レイピアのようになっている部分で、体の中心を叩かれただけだった。

 それだけで、赤銅の翼が消え去り一度地に落ちてしまう。


「リナ!?」


 リベルが叫んでいるが、魔王が何をしようとしているかはわかっている。

 すぐにワイヤーを引っ張り出し無理やり迫る足から逃れる。


「……バフを切られたか。あぁ、全能感が……まあ仕方ないか」


 その体に眠っていた莫大な力が、行き場を失って霧散していく。

 それは魔法破壊の術。

 魔導神によってかけられていた強化魔導が、魔王の手によって強制的に剥奪されてしまった。

 本来魔法では魔導に敵わないはずなのだが、やはりこの辺りは神なのか。リナは自分の手元を見ていたが、諦めて顔を上げる。


「やってくれんじゃん」

「だが時間は稼がれた。お互い様だ」

「……ふん」


 リナの後ろでは、三人がしっかりと二本の足で立ち武器を構えていた。

 仕切り直し。ここから、また魔天王攻略の糸口を探していくことになるだろう。


「リベル、もう仕方ないからワイヤー使っていいわよ。あと魔法も効率的に使うように」

「……ああ」

「ティエナちゃんも、あらゆる影響は無視しちゃいなさい。私がどうにかするわ」

「……ん、本気。頑張る」


 仕切り直し、ではあるのだが、やはり統率者がいるのといないのとでは大きく違う。

 それは自分でやるしかないと思いつつも、どこかにあった不安が払拭されるからである。

 特にリナにだけ重きをおいているようなリベルやティエナなら、その変化は顕著なものとなる。


「ティエナ、俺を殴れ」

「は、リベル?」

「わかった。容赦なし」

「ちょ、ティエナちゃん!?」


 一つリミッターの外れた二人は、その力を合わせて昇華させる。


「リベルカタパルト。行ってこい!」


 轟!なんて空気を切り裂いてリベルが飛ぶ。

 今のティエナは神にも届きうる力を備えている。そんな人が生身の人間を殴りつけたら、吹き飛ぶではなく破裂するが正しいのだろうが、リベルはその威力を速度に変えて魔王に突撃する。


「ほう!考えたものだ!だが愚直に飛ぶだけでは殺してくれと言っているようなものだぞ!?」

「わかってんだよそんなこと」


 くん、とリベルの体が急に方向を変える。

 ワイヤーを一本地面に突き刺し、無理やりその速度をコントロールした結果だった。

 真っ直ぐ飛んでいるリベルにクロスカウンターを決めようとしていた魔王は、それに対応できず、叛逆者の一撃を受けてしまう。


「だが、再生力は」

「死ぬまで叩けば変わらない」


 リベルがつけた生傷に対し、ティエナは浄化の炎を纏った拳を叩きつける。

 肉が焼けるような音が響き、魔王の再生を阻害して、ようやくわかりやすい傷をつけることに成功した。

 さらにそこへティエナは連撃を加え、魔王の体を抉ろうとする。


「うっわぁ、あの子達本気だとああなるのねえ」


 リナは感心したように呟き、勇者の方に目を向ける。


「あんたは行かないの?」

「……いや、また僕の存在意義が薄れてるような気がしただけだ。あの調子なら、勝てそうだな」

「ええ。そうね」


 安心するのはまだ早いだろう。

 だが本調子を取り戻した二人であれなら、勇者まで出たらすぐに片がつく。と思ってしまうのはやはり人間の感性が強いからか。


「舐めるでないわッ!神域・拡張!」

「は!?本物の神にでもなるつもり!?」


 その意味を知るリナが、反射的に叫び返していた。

 直後、瘴気でできた神域全体が波を打つ。


「なんだ、何をやったんだ?」

「神域の拡張。神が使う魔法みたいなもんね。効果は……今回の場合あらゆる上昇効果の打ち消し。それに、これは……思考の鈍化?」

「それは、なに?」

「……揺らぐ思考の停止、意欲の喪失、それとええと……こういう、言語能力の低下って言うか……新たな思考のまとまりの阻害?」


 リナが一番影響を受け、まるで高熱があるのに無理やり動こうとしている人みたいになっていた。

 リベルやティエナはまだマシなものの、リナがフラフラしていたんじゃ動こうにも動けない。

 そもそもこの二人への影響が薄いのは、基本的にリナの言葉に従い、リナのために動く、という絶対に揺らがない意志があるからだ。その基盤が揺れていたのでは末端は動けない。

 そして本当に無事だったのは、たった一人勇者の力を持つフェントだ。

 ここが神域だろうと、一番強く働くのは魔王の力。この効果だって、魔王が持っていた能力を増幅したものにすぎない。

 で、あるならば、魔王へ立ち向かう勇者に、そんな力は通用しない。


「み、みんなやられたのか……?」

「やられたわけじゃない。だけど、魔導神の強化が消えてるなら、ちょっとまずい」

「それってどう」


 勇者の言葉が途中で飛んだ。

 理由は、全員の体を斜めに切り裂く前歯のような悪意の棘が飛び出したから。


「……あっ?待って勇者って蘇生できないんじゃ」


 魔導神の即時回復がなければ、勇者はこの中で一番脆い。

 邪魔そうに悪意の棘を壊しながらリナがそちらを見れば、見事なまでに胸と腹に穴を開けられた勇者がいた。


「勇者……?」


 ティエナが、本当に死んでしまったのかと言うように揺らぐ声をあげる。

 膝を折って上体を後ろへ逸らしながら脱力した勇者の手の中で破魔の剣が揺れ、一度はそれを取り落としかけた。が、もう一度力強く握りしめると、ガバッと勢いよく起き上がる。


「ゆう、しゃ?」

「死にかけた……いや、一回死んだ……、これが、僕の力……?」


 勇者は何かを確かめるように自分の両手の平を見るが、そこに答えが書いてあるわけでもない。


「即死攻撃の無効……しかも一回きり。それが、僕の能力みたいだ」

「じゃあ、もう終わり?勇者、次はない」

「……そういうことになる」


 勇者であれば誰しも何かしら持つ固有能力。

 フェントの場合はそれだった。

 即死攻撃、少し定義は広いが、一撃で絶命した場合に、その攻撃をなかったことにして蘇る。

 初代勇者に通じるところもあるが、圧倒的に劣っている能力と言える。

 今ここで発動したということは、ティエナに蹴り上げられた時は即死していなかったのだろう。


「拡張された神域内で蘇るのは流石の一言ではあるが、そうとわかってしまえば意味はないな」


 なんだかあまり喋らない不死者がいるが、そちらは完全に無視されていた。

 そして、もう一度同じ攻撃が全員を襲う。

 だが、


「一度見た攻撃だ。もう通用しない!」


 勇者は、なんと棘と棘の間に破魔の剣を差し込むことでその攻撃を止めていた。

 そして剣を引き抜きつつ外に出れば、悪意の棘は何もない空間を抉り取って消える。

 他の三人も各々の方法で無効化(?)しつつ抜け出して、改めて体勢を整える。


「こうなってくると特殊な人たちが羨ましいわ……」

「……たち?」

「わたしたちまで含まれてる」

「あなたたちは十分特殊よ……」


 思考がはっきりしないリナが頭を押さえながら呟いて、それになんか不服そうな人たちがいて。

 魔天王の前で、その影響下でもなおこの光景。

 フェントは、剣を握り直しながら、その日常となんら変わらない姿の三人を”外から”眺めていた。

 きっと、この人たちは強い。

 本来ならフェントよりも強くて、フェントなんかでは想像もできないようなことを成し遂げている。

 だけど、この瞬間だけは。

 魔王なんて存在を前にした時だけは。

 他の全員を押し退けてでも、勇者が一番になってしまう。

 なら、今やるべきことはなんだ?

 魔王を殺すこと?確かにそれはそうだ。だがそれは手段であって結果ではない。

 勇者が本当に成し遂げるべきこと、それは。

 この風景を、守ることだろう。


 ドッッッ!と剣から過去最大の光が迸ったのは、その時だった。


「破魔の剣……?」


 あまりに膨大な年月を重ね、あらゆる時代の勇者の力を受け継ぎ、それを次代に繋いでいく剣は、人を一人神と同等にするほどの力を持つ。

 それは、少し同調したフェントでも起こせてしまった現象。

 なら、その本領は。

 その剣が全てを解放したなら、どうなるのか。

 答えがここにある。

 覚悟を決め、死にたくないと誓い、大切な人を自覚し、死の恐怖を克服して、強大な敵に立ち向かい、そして。


 ただ一つ小さな世界を守りたいと願えた勇者にのみ、剣はその全てを開示する。

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