19話 それは勇気ある者の物語
昔々、魔導神さえ生まれていないような過去のこと。
科学技術なんてものはなく、魔法技術も発展途上であった世界の話。
人々は王の下に暮らし、与えられた幸福の中で生きていた。
今となっては生きづらく感じる世界かもしれないが、それしか知らないのであれば、民はそれを幸せと認識する。
いいや、していた、と言った方が正しいか。
その位を神より賜ったと言ったところで、王とて所詮人は人。
代替わりもすれば、心変わりすることもある。
いつから、なんてものは今となってはわからない。そもそも歴史を紡ぐ人さえいない時代のことだ。誰にもその真実はわからない。
ただ、次第に王は民の負担を考えなくなり、自分勝手な圧政を敷き始めた。
もちろん誰だって反発するが、当時の権力は絶対であり、また権力者についている者は自己の利益に奔走する。
つまり、民の味方などいなかった。
苦しい生活を余儀なくされる中で、ただ一人、剣を持ち立ち上がる人がいた。
なんの変哲もない剣を持ち、僅かばかりの同士を集め、見知らぬ大勢のために死力を尽くす。
言うなれば、王に叛旗を翻す者。
すなわち、叛逆者。
勇者と魔王の伝説の大元であり、叛逆者なんて言葉の所以にもなった出来事。
「魔天王!お前が人を苦しめ、世界に悲劇を振り撒くと言うなら、僕は何度だってお前のことを殺してやる!」
フェントに、そんな昔の記憶なんてない。
剣だって、力を持たなかった時代のことは覚えていない。
それでも、何千年も続き消えることのない伝説は、今この時代にも感覚という力を貸す。
黄金の輝きを纏うその姿は、剣からのエネルギー供給を示す色。
しかし、もう今までのフェントではない。
動くままに身を任せて、直線曲線問わず一本の筋としての結果を導く斬撃だけではなく、もう自分の意思で、神をも捉えるその速度域で、フェントは確かに剣を振るう。
「わたしも、いる……!」
フェントに当ててしまわないか、なんて心配をするような状況ではない。
ティエナが魔法を乱射すれば、フェントはそれを避けながら斬撃を繰り返す。
剣と魔法。それはファンタジーの定番であり、勇者伝説そのものでもある。
魔天王を中心として極大の爆炎が巻き起こり、フェントは一度ティエナの近くに着地する。
「ありがとう、ティエナさん」
「……ん、よく立ち上がった。それに、お前、もう立派な勇者」
ティエナの、どこか気まずげで、しかしきちんと認める言葉に、フェントは思わず頬を緩める。
「ありがとう」
爆風が晴れた先には、まだまだ力を感じさせる魔天王が立っていた。
それに向かって再び走りだろうとするフェントを、ティエナは服を掴んで引き留める。
「……お前に託す。いらないかもだけど、反応速度上昇の魔法。きっと、もっとあの速度に慣れる」
「……うん、ありがとう」
今のフェントは、まさしく勇者。
ならば、ティエナだって未来を託せる。
だから魔法をかけた。少しでもその負担を減らせるように。少しでも役に立てるように。
だけど、勇者というものは、常に人の前に立ち先導する役割でありながら、その本質は絶対的な自己犠牲。
ドクン、とティエナの心臓が跳ねた。
恋の予感?いいや違う。それは勇者より与えられる力。
魔力の線で繋がれたティエナに、勇者としての力が流れ込んできたのだ。
「……すごい、なにこれ。金色の、魔力?」
「ティエナさんも、勇者になれるってことだよ。よければ、一緒に戦ってほしい。その力を、僕のために貸してほしい」
「……ん、わかった」
勇者の力とは、弱者から強者へ下剋上を果たす力。
強さ弱さは何も権力だけではない。
実力の差が大きければ大きいだけ、勇者はそれを越えようと強くなり、増幅され、それを周りに分け与える。
「真の勇者へと至ったか!だが余は神の力をも御し切る魔王!その程度で、簡単にくたばると思うでないぞ!」
「最初から一人でなんて考えちゃいない!勇者は、いつだって仲間と力を合わせるものだ!」
金の剣が魔王のステッキに防がれる。
その横っ腹へティエナの蹴りが神速で向かうが、勇者を弾いた魔王はステッキの先端でその足を食い止める。
だがインパクトの瞬間には、既に勇者が背後にいて、その純黒の翼を傷つける。
ティエナをいなした魔王がステッキを背後へ振り抜くが、勇者はもうそこにはいない。
そしてその間にティエナの蹴りが腹部へ炸裂し、吹き飛ぶ魔王を勇者が背後から刺す。
圧倒的な力。
これが仲間との連携を意識した勇者の力。
普通の魔王なら、この時点で消滅していただろう。
しかし今回は神の力も持つ。その再生力は、即時回復と同等である。
「ぬぅ……やるな勇者。だが、余を殺すには足りぬ。神としての余は告げておるぞ。これしきでは死ねぬと、勇者如きには殺せぬとな!」
「だったら……ッ!」
フェントは、その神の部分を殺せる者に目を向ける。
未だに力なく体を放り出しているが、今の勇者の力があれば、起こしてすぐに動けるだけの力を与えられるだろう。
だが、
「神域構築」
「「ッ!!」」
「果てなき悪意の渇望」
ブワッ!と。
瘴気と呪詛に溢れた魔天王の神域が口を開く。
元の魔王城を基盤とし、この玉座の間だけを隔離する。
砂漠に降り注ぐ光も消え、不気味で禍々しい世界が訪れる。
そこは悪意が形となって現れる世界。
周囲を小さな球が漂い、魔王の悪意に反応して姿形性質を変える。
「さあどうする。神域に入った時点で、余の優位は覆らぬぞ」
「くっ……ティエナさん、リベルさんを!」
「……敬称、初めて?」
フェントがリベルにさんを付けて呼んだのは初めてかもしれない。
それだけ、力を必要としている。彼の力も、認めている。
リベルを起こしに向かうティエナを守るように、勇者は神域の中で魔王の注意を引く。
「いくら神になろうと、その本質は魔王だ!だったら、勇者の攻撃も通用する!」
「くく、果たしてどうだろうな」
勇者が魔王を斬りつける。
だが今度は受け止めない。
後ろへ大きく跳ねた魔王は、勇者の剣を躱し、元いた場所に瘴気の塊を残していた。
「拡散」
真っ黒な球体からウニのように、全方位へ棘がびっしり飛び出し、剣を振り抜いた直後の顔を突き刺す。
だが、即時回復。
死の恐怖はある、痛みに泣き叫びたい。
けれど、勇者はこんなことでは止まらない!
「思想鉄槌!」
思いを乗せて、魔王を切り裂く。
袈裟斬りにされた傷口はすぐに治るが、傷がついたのもまた事実。
「憤激天衝!」
恐怖を怒りに変えて、その胴を薙ぎ払う。
二分された体は、しかしずり落ちる前に繋がれる。
「──魔剣、神威斬天」
一振りで、魔天王の体に十字を刻む。
感覚に頼るだけではない。
真に剣と同調し、そこに眠る力を解放した結果、今の勇者は、頭に円環でも乗っていないとおかしいほどの力を得ていた。
「ぬ、ぬ、ぁ……今のは効いたぞ。だが貴様も大技を連発したことで疲労が蓄積しているようだな……」
「だから、なんだ……僕が勇者である限り、決して倒れることはない!」
フェントは改めて剣を構え直す。
だがここは魔王の神域。警戒をするならば、本体だけでなくありとあらゆる空間だ。
ガッ!と。
いきなり目の前の空間が裂け、巨大な異形の顎門のようなものが、その全身を飲み込もうとする。
「分割」
それは本物の叛逆者の言葉。
上級神二体分の力を秘める剣を使い、フェントに迫る脅威を排除した。
「リベル、さん」
「リベルでいいさ。いつの間にか随分と強くなったらしいな」
「……ああ、そうだ。リベル。ここは魔天王の神域。崩すには、その力が必要だ!」
「……そうか。わかった」
一瞬、リベルはなぜフェントが叛逆者であることを知っているのか疑問になった。
だが今それを追求しても仕方がない。
極天の剣を右手に持ち、左手に叛逆者の剣を呼び出す。
「叛逆者と勇者の二段構えか……だがそれで殺せるか?魔王も神も、等しく不死性を備える存在であるぞ」
「だったら、同時に攻撃すればいい!やれるよな、リベル!?」
「……寝起きにめちゃくちゃ言ってくるな。まあいいか。合わせてやるから突撃しろ」
リベルは、まだ勇者の本当の強さをわかっていない。
適当に頷いたフェントが神速で飛び出していくのを見て、リベルは少しぎょっとする。
「なんだありゃ」
「勇者の本気。わたしも、少し力を借りている」
「あ?なに?ティエナもあの速度ってこと?」
「ん」
「……マジかよ」
気絶している間に随分な置いてけぼりを食らっていた。
リベルは何かしら剣以上の叛逆者の力を出せないかと試してみるが、そんな都合よくもいかず、やはり自分の運動性能で戦うしかないようだった。
「これじゃあ俺が合わせてもらうしかないな」
金色の軌跡を魔天王の周りに残しながらひたすら斬り合うフェントに、リベルも二刀流で加勢する。
「悪いが、こっちが合わせてもらうしかなさそうだ」
「わかった!そっちの黒い剣で斬ったところに、僕が合わせる!」
「作戦会議はいいが目の前で話していい内容かね?」
「「構わん!!」」
この場合において、極天の剣はどちらかといえば無用の長物である。
それでも強さは本物で、咄嗟に危険を排除するには十分だ。
だから、まず受け止められるであろう一撃目に極天の剣を持ってくる。
予想通りステッキで受けたので、リベルは叛逆者の剣を魔天王の首めがけて振るう。
だが、そんなリベルの足元では、不穏な闇が漂っていた。
「突貫」
ゾン!と闇が伸びるが、これは神としての代物。
叛逆者には、効果がない。
「っらあッ!」
悪意など無視して振るわれた刃は、後少しのところで魔王を捉え損ねた。
どこまで神を取り込もうと、その土台は人間であり、元の運動性能に依存するリベルは、今この状況では誰よりも遅い。
首を傾けながら退いた魔王には、リベルの攻撃は届かなかった。
「ダメか、遅すぎるな」
「未完成の叛逆者如きに負けはせぬ。せめて勇者の力を得てから来い」
ティエナのように、リベルにもその金色の力が与えられればよかった。
だが叛逆者の黒は強すぎるのか、フェントが触れたとしてもその力は渡らない。
「どうにか、どうにか一撃叩き込んでくれれば」
「……わかってる」
カチャ、と剣が音を立てて、リベルは何の気なしに叛逆者の剣を見た。
それは、自分の力を色濃く宿す剣。
「フェント、これ、使えるか」
リベルは、ほぼ自分と変わらない叛逆者の剣をフェントに投げた。
それを思わず受け取ってしまったフェントだが、同じく叛逆者と呼ばれるような存在であれ、その本質は勇者。根本的に、相容れることはない。
「……消えてしまった」
「仕方ないな。やっぱ正攻法で行くか」
勇者が叛逆者の剣を使えたなら、きっと一人でも解決できた。
もしかしたら、伝承の部分が、仲間たちと魔王を倒すという伝説が、邪魔をしているのかもしれない。
もう一度駆け出すリベルに、魔天王はステッキを前に構えて受け止めてやるとばかりに笑う。
その背後に、金色の軌跡が伸びた。
「わたしだっている」
それは簡単な足払い。
しかし人の形をしている以上、重心を崩されれば倒れるしかない。
「……行け、勇者!」
リベルは、咄嗟に叛逆者の剣を投げた。
いくら後ろへ倒れ込むところだからと言って、神の性質まで持った魔王が、遅れてやってくるリベルに対処できないとは思えなかった。
この辺りはリナを参考にするとわかりやすい。
あの手の怪物が、ただ視界をずらされただけで、体を倒されただけで、判断を誤るか?否。そんなことはあり得ない。
だから、投げた。
勇者もその着地点に対して破魔の剣を突き出していたが、やはり魔天王は神である。
「神域変性、闇より出でて闇へと帰る物」
ドッガアァッ!と、魔天王を中心に爆発が巻き起こった。
それは一種の波のようになり、近づく物全てを吹き飛ばし、押し返し、神域の壁に衝突して消えていった。
魔王と神の性質を両立した攻撃には、ティエナだけでなく、リベルや勇者であっても大打撃を被る。
「……手間をかけさせる。だが、その命もこれで終わりだ」
ダメージ自体は深刻ではない。
リベルも勇者も即時回復を持っている。
だが、やはり人の身に縛られる者たちは、脳震盪なんて超生物なら克服できそうな現象だけで、動きを止められてしまう。
「終わりだ、勇者」
魔天王が直々にステッキの先端で、その剣を砕きにかかる。
肉体が再生されてしまうのであれば、その力の源を壊そうというのだろう。
それはわかるのに、今のフェントはどこにどう力をかければ剣をずらせるのかさえはっきりしない。
「く……」
魔天王が腕を振り上げ、破魔の剣に叩きつける、まさにその瞬間。
「っしゃおらあっ!神域なんざぶち抜いてやったわよッ!」
魔天王の神域に穴を開けて、赤銅の翼を背負った悪魔が舞い降りた。
その双眸はサファイアの輝きを湛え、完璧に制御された力を示す。
「あな、たは……」
ぐらつく視界の中でその姿を見たフェントは、髪の色も相まって神か悪魔だと直感で思った。
そして本物の悪魔であるリナは、迷わず魔天王に殴りかかる。
「あんたみたいなのはねえ、私も好きじゃないのよッ!」
「緋色の悪魔、か。そんなものに好かれようなどとは、余も思っておらぬ」
リナを緋色の悪魔と認め、必然的に下級神も死んだことになるというのに、魔天王は依然余裕であった。
形勢逆転、とは言えないのかもしれない。
それでも、その増援は、間違いなく傾いた天秤を押し返す一助となる。




