18話 神へと至る、魔物の王
勇者が見せる神速はない。
しかし、リベルの速度は既に音を超えている。
「分割」
極天の剣の能力を飛ばしつつ、リベルは魔天王に斬りかかる。
対して、同じく神の性質を持った魔王は、神二体分の力だと言うのに分割を無効化する。
そしてリベルが振りかざす破魔の剣には、ステッキの先端が鋭く尖ったレイピアを合わせて受け止めた。
「叛逆者……そうか、貴様が」
「何を知っている?」
一度剣を弾き数歩下がる。
ほとんど表情を変えぬまま、魔王は喉を震わせて笑い声だけを漏らす。
「いやなに、余の神としての部分が喚いておるだけだ。奴はまずい、危険だとな」
「……通用するようで何よりだよ!」
リベルはもう一度破魔の剣を振り翳す。
先ほどの二の舞ではあるが、こちらはもう一振り剣がある。
レイピアで破魔の剣を防いだ魔王の懐に、リベルは極天の剣を突き出す。
「その程度」
なんと触れただけで死にかねない極天の剣を、魔天王は素手で掴んで止めていた。
一度人が真横でぱっくり行っているところを見ているリベルとしては理解し難いが、それでもきっと魔導神やリナはこんな次元に生きている。
これくらいで、焦ったりはしない。
「灼天」
シュボッ!と炎が燃焼する音をあげ、その太陽の性質を強く押し出す。
白と黒の刀身を炎が赤く染め上げるが、魔天王が熱にやられる様子はない。
「無天」
炎の赤を割って極夜の黒が現れる。
刀身と同じようにちょうど半分が黒くなり、さらなる力が魔天王を蝕む。
性質としては呪いに近く、触れた者全てに回復不能の火傷を負わせる。
ジュ、と、確かに侵食した音はした。
それでも、魔王は離さない。
「極天!」
ズン、と剣それ自体が一回り肥大化する。
白と黒の輝きを纏う剣は、無理やりに魔王の手を引き裂きその拘束から脱出する。
「面白い剣だ。是非とも欲しいな」
「……だったらくれてやるよ」
リベルは極天の剣を魔天王に放り投げる。
切っ先は確かに魔天王に向いていたが、あれで分割することはできないだろう。
だがそれは、何もしなければの話。
「太陽神!」
カッ、と剣自体が真っ白に染まる。
それはそのまま空に浮かぶ太陽の如き輝きを放つと、圧倒的な熱量で以て魔天王を焼き焦がす。
「ぐ……流石に神か。余が触れることを拒みおる」
あの光量と熱量の中で魔天王は手を伸ばしていたようだが、リベルの意思に反して人を傷つけるような剣だ。
それ相応に自我もある。
「ある程度それの性能もわかってきた。だからこういうこともできる」
リベルが何も持たない右手を振れば、その中に極天の剣が戻ってくる。
そしてもう一度投げつける。
「闇黒神」
ゾッ、と広がったのは全てを飲み込む闇。
あらゆる光を奪い取るが、所有者であるリベルだけはその中で視界を確保できる。
空いた手に叛逆者の剣を取り出しつつ、息を殺して魔天王の懐へ。
確かに魔天王は何も見えていなかっただろう。
音は聞こえていても、強烈な閃光を浴びた直後にそれを奪われたなら、一瞬の空白くらい生まれるはずだ。
だがだったら、近寄らせなければいい。
「轢弾」
魔法としては本当に基礎の基礎。
地属性の、小石を一つ撃ち出す魔法。
だがそれが何十何百何千と増えれば。それこそ逃げ回るネズミさえ撃ち漏らさないほどの密度で射出されれば。
「ぐっ……」
二つの剣で体はガードするが、その衝撃によって後ろへ押し返されてしまう。
こうなれば向こうだって闇に慣れてくるだろうし、対策の魔法もあるかもしれない。
一度極天の剣を手元に戻す、その前に。
「白光」
闇を反転させ真っ白な光を放つ。
闇の中で少しでも光を取り込もうと開いた瞳孔を焼き尽くす、生物にとっては防ぎようのない攻撃。
さらにリベルはそこへ叛逆者の剣を滑り込ませ、魔天王の心臓を穿つ。
「やってくれるな……!だが余は魔王!これしきのことで殺せると思うでないわ!」
魔王からあまりの速度の衝撃破が飛ぶ。
一度叛逆者の剣を手放し、その手に極天の剣を戻しているところだったリベルは、体を正面から強かに叩かれ後方へ大きく吹き飛ばされてしまう。
「リベル!」
ティエナが叫ぶが、地面に倒れたリベルは返事をしない。
その手の中ではなく、主を守るように足元に突き刺さった極天の剣からも、リベルに意識がないことが窺えた。
「なかなか骨のある男であった。だがしばらくは動けまい。さあ次は誰だ?」
「チッ……おい勇者!さっさと立て!」
ティエナが勇者の体を揺さぶるが、一度粉砕された心はそう簡単に立ち直らない。
そもそも、だ。
フェントの心をズッタズタに引き裂き続けていた元凶は誰だ?その幼く発展途上の心に要らぬ悩みを抱え込ませたのは誰だ?
たとえ恋情が繋ぎ止めていたとして、そんな人を、本当に心の底から信頼することはできるのか。
「……勇者、起きる気になったらこの剣を取れ。なるべく時間は稼ぐ。それでも無理だったなら……もうわたしは、ここにいないかもしれない」
リベルが落とした破魔の剣を、ティエナはフェントの近くに放り投げた。
人の枠に収まりきらない怪物たちは、言うことを聞かないなら聞かないなりに動かすことができてしまう。
それから、ティエナは真っ白な身体強化の光を纏う。
それを全身で飲み込めば、外からでは判別不能の、しかし身体強化以上の力を得る。
「肉体強化。オーバーブースト……!」
この肉体強化自体は、すでにリベルの前でも使っていた。
しかし今回は違う。
真なる無限と魔導神の強化魔導によって軽くなった魔法で、しかしその当時と同じだけの消費をしている。
つまり、その強化倍率は今までの比ではない。
「ティ、エナさん……?」
そして。
フェントは少しだけ顔を傾け、人である以上勝ち目のない魔天王に立ち向かうティエナを、その視界に収めた。
後ろからでは、表情は見えない。
しかし握りしめられた拳や、時折怪しげに震える足は、恐怖を表しているのではないか。
いや、それで当たり前だ。
だって、魔天王はあんなにも恐ろしくて、強くて、何度も死の体験を植え付けられた。
怖くないわけがない。震えない方がおかしい。
だから、ここでみんな死んでも、きっと仕方ない。
あの国には魔導神がいて、いつも守ってくれている。
だったら、勇者なんて存在は、最初からいらなかったんだ。
そうだ、あのS級ハンターも言っていた。人間も行き着くところまで行けば、魔王さえも討伐対象になると。
じゃあ、きっと大丈夫だ。
ここで折れても、まだ後はある。魔王の脅威は、取り除かれる。
『いつ死ぬかなんてわかったもんじゃない』
一目見て可愛いと思ったあの人の、どこか弱々しい言葉が頭の中で再生された。
『それでも、今を生きてる。生きたいと、明確に意識して。だったら、その生きる術を、覚悟を、自分で取りにいけ』
いつもどこか不思議な空気を纏っている人だった。
あのS級ハンターに憧れているのは見ていればわかる。リベルといういけ好かない男を、口では嫌っていても本心では信頼していることも。
けれどどこか、その人は死のオーラのようなものがついて回る。
ここではないどこかに思いを馳せているとでも言うのか、ふとした時に痛みを堪えるような顔をするのだ。
そんな人でも、生を望む。
自分の生き死になんてまだ考えるような歳ではない、ティエナでも。
『目を瞑るなんてのは甘えだ。一瞬で死ぬならなんて思うな。怖くても立ち向かわなければ失うだけ。それは何も自分の命だけじゃない。大切なものを、自分の生きがいを、失いたくないなら目を背けるな』
大切なもの。
それはなんだろうか。
家族だとか、友達だとか、そんな風に胸を張って言えればよかった。
フェントくらいの歳なら、そんな一番身近な大切にさえ気づかないかもしれない。
だがフェントは気づいていた。
あの少女が好きだ。どこか儚く達観したような人が。強さの分だけ人を見下してしまう人が。弱さを抱えながらも、今こうして立ち向かえる人が!
「まも、りたい……」
ただそれだけで、勇者なんて生き物は立ち上がれる。
もう一度剣を手に取り、それを支えに体を起こす。
「魔天王!」
幾度となく砕かれ、それでも尚立ち上がり、世界の敵に剣を向けるその姿は、かつての勇者に通じるものがあっただろう。
「僕が相手だ……、僕がお前を殺す!もう誰も傷つけさせはしないッ!」
対して。
魔天王は実に気楽なものだった。
ようやく出てきたメインディッシュに、嬉しそうに目を細めるだけであった。
「来い、本物の勇者。その実力、確かめてくれる」
そしてリナは、いや緋色の悪魔は。
「くっふはははははははっ!逃げろ逃げろぉっ!いくら一つ一つは細いとはいえ、全力を出さなければ全滅かもしれないなぁ!?」
赤銅色の翼を広げ、片目を真っ赤に染め上げたその悪魔は、哄笑をあげながら細かなレーザーを乱射していた。
その足元を這いずり回るのは、かつて叛逆者に多大なる怒りと負荷をかけ、その激情によって滅ぼされたはずの神々、があまりに小さくなったものだった。
というのも、リベルと戦ったようなサイズ感でいれば、動きは鈍いし的はでかいしおまけに敵の破壊力は凄まじいしで、肉体を最小化して狙いづらく、そして動き回ることで被弾率を下げるしかなかったのだ。
水の神は最早最弱と噂される極小スライムに、風の神はそよ風となって広間全体に、炎の神は火の粉となってその存在をどうにか維持する。
地の神だけは地中に逃げているが、他三神を守ろうと少しでも動きを見せれば、そこから逆探知されて地表面を電磁加速された弾丸に削り取られる。
はっきり言って、叛逆者よりも神の天敵だった。
反撃の隙なんてなく、触れれば即死で、こちらの攻撃は一切通用しない。
いくら他の神が残っていれば蘇生できると言っても、命懸けで一撃をお見舞いする気にもならない。
何せそれは本当に犬死にでしかないから。
「どうしたどうした!神ってのはこんなもんかぁっ!?いやまあ知ってはいるけどさぁ、あんまり私を失望させないでほし、がはっ!?」
緋色の悪魔にも、天敵となる存在はある。
かくん、と空中で揺らぎ、一時的に攻撃の手が止まったところに、神の全力が飛んでくる。
だがそちらは赤銅の翼が全てを防ぎ、緋色の悪魔はひたすら己の内側と戦う。
「模倣しただけで出てくんな!お前は永遠に眠ってろ!」
「何を。これは本体ではない、本性だぁっ!」
「よっぽどタチが悪いッ!力は私が使う!だからあんたは眠ってろ!」
それはそう、理性と感情のぶつかり合い。
リナは本体から分離され、その理性が表に出て人間の味方を気取ってはいるが、結局それは分身でしかない。
中の本性は破壊衝動と破滅願望の塊でしかなく、中途半端に本来の力なんて与えられてしまったら、その眠れる怒りが暴走するのは、何もおかしな話ではない。
「片側か!?この青い瞳が邪魔なんだな!?だったら抉り取ってやる!お前の意思を、その理性を!」
「させるかっての!半分は私のもんだ、だったらもう半分くらい相殺できんだよぉっ!」
……泥沼である。
緋色の力に染まった右手が左目を狙えば、一瞬だけ銀色を取り戻した翼がそれを防ぐ。
その間に左手の拳が思い切り右半身を貫こうとすれば、それは膝が迎撃して相打ちに終わる。
一つしかない自分の体で、理性と感情が本気で殴り合うというのは、こうも無様に映るのか。
とはいえこれは明確な隙。
地の神が弩を射出し、それを炎の神が灼炎で彩り、風の神が空気抵抗を減らしながら追い風を与え、水の神は着弾後に大規模な爆発が起きるように細かな水を漂わせる。
だが、どれだけいがみあっていようが、悪魔は悪魔、強者は強者。
「「てめえらは黙ってろッ!」」
なぜ一つの口から二つの音声が流れるのかは疑問でしかないが、とにかく一瞬で狙いを定めた緋色の悪魔(?)は、飛んできた弩を素手で掴み握り潰し、本体を感知した場所に対して、回避不能の極大レーザーを叩きつける。
下級神がどうなったとかは知らない。
来るものは全て叩き潰し、ひたすらこの憎き相手と対面する。
魔導神がこの様子を眺めることができたなら、もう二度と緋色の悪魔の力は引き出さないと決意したことだろう。




