17話 四体の神と統べる王
それは王の住まう城。
一度はティエナが魔導神の家という単語に抱いたイメージに近い、本物の大豪邸。
庭園などはなく、城門もなく、砂漠の中にポツリと佇むせいでどこか空虚にも感じられるが、しかし確かにそれは城だった。
「なんかあからさまだけど、中で魔王がお待ちかしら」
「剣が言っている……この先に、魔王がいる……!」
「そ、じゃあぱぱっと終わらせましょ」
リナは一息にその門扉を開く。
無駄に縦に長い扉の先には、高すぎる天井と、贅の限りを尽くした豪奢な品々が配置された大広間が待っていた。
目の前には二階へと続く階段があり、その中央にはレッドカーペットまで敷かれている。
舞踏会でも開けそうな広間の壁にはいくつも他の部屋へ通じるドアがあるが、リナやティエナが先を透視しても魔王や下級神の姿はない。
「やっぱ上みたいね」
わざわざ階段のど真ん中を悠々と歩き、四人は上層階へ。
途中で階段が左右に分かれていたが、完全なシンメトリーにできた王城では違いなんてない。
結局、通路を少し歩かされて、城のさらに奥へ。
一度天井がなくなり砂漠の太陽が降り注ぐ道を抜ければ、いかにもな装飾と大きさを誇る金色の扉が待ち構えていた。
「なんか、城なのになんもなかったな」
「そもそもお城に入られた時点でその機能はなくなったも同然なのよ。それに今は眷属だって少ないんでしょ。だったら、これくらいで普通だわ」
王族を守るのは住まう建物だけではない。
本来その周りに配置されるべき城壁や迎撃機構であり、王の城とは本当に最後の砦。
人間の規模で考えるなら、城に入られた時点でほとんどその国は滅亡しているのだ。
だがここにいる相手は魔王。
非力な人間とは違い、賊を正面から迎え撃つ。
「来たか、勇者とその仲間たち」
最初の大広間よりも広いスペースの、一番奥に一番目立つように配置された玉座に座るのは、頭上に黒い円環を浮かばせた魔物の王。
側頭部からは山羊の角、背中にある漆黒のマントを突き抜けて、純白と純黒の羽を片翼ずつ生やしていた。
顔はどこか痩せこけて見えるが、強靭な意志を感じさせる黒と銀の瞳に、玉座にて悠然と構える姿には、確かに王の威厳とでも言うべき覇気が備わっている。
勇者の物語らしくリナが魔王に対し口上を述べようと一歩前に出たが、それより先に本物の勇者が剣を抜き放ち、その力で以て肉薄する。
「あ、待ちなさい!」
突撃する勇者にリナの声など聞こえない。
そして足を組み替えた魔王は、心底呆れたように呟く。
「風の神」
ドッパァア!と上から叩きつけられた風によって、勇者は後方、元いた場所へと吹き戻される。
地面を転がる勇者を見る目は、ティエナも魔王もほとんど同じようなものだった。
「炎の神」
無様な勇者と戯れる意味はないと、四人の周囲を熱気だけで焼き殺す死の炎が囲む。
これはティエナがすぐに魔導障壁で防ぐが、魔王城とはそのまま魔王の領域。
そして今回の魔王は神の性質も持ち合わせる。
つまり。
「地の神」
ドーム状に張られた結界の内側、より正確に言うならばその足元から鋭い槍が突き出してくる。
四人を確実に貫き殺す必殺の槍ではあったが、ここにいる者は全員肉体強度かその再生力が異常値を示している。
リナとティエナはそもそも槍の方が折れ、リベルに至っては魔導神の加護を抜かれたが自前の再生力で治癒。勇者は、魔導神より与えられた即時再生の力で攻撃を受けたことさえ知らないままとなった。
これには魔天王も多少驚いたようだが、神域内であればどこにでも攻撃の起点を作れることは変わらない。
最後の神の攻撃が飛んでくる。
「水の神」
ティエナの魔導障壁を逆に利用した攻撃だった。
結界内が全て水に満たされ、その呼吸を強制的に奪われる。
やはりこれで死ぬような者たちではないが、水という抵抗の大きい世界では動きが妨害されてしまう。
「断絶」
いつの間にか地面に刺さっていたのは、叛逆者を示す黒い剣。
そこに神核がなくとも、性質としてはやはり神で、その攻撃が神の奇跡である以上、この一手で全てが覆る。
身を焦がす炎も、空気を奪う水も、肉体を貫こうとした槍も、魔王の前に吹き荒れる風も、リベルの一言で、全てが無へと帰される。
「よくやったわリベル。あの神どもは任せてちょうだい」
適当に剣を振り抜いたリナは堂々と歩み出る。
攻撃が阻害されてしまう以上、神本体が王を守りにやってくる。
最初に来たのは硬質な肉体を持つ地の神だったが、それをするりと躱し歩き続ける。
次に少しでも足を鈍らせようと炎の神が灼炎の体で立ち塞がるが、リナは熱さなど無視してさらに進む。
その炎を増幅させ、さらに足を重くしようと風の神が現れるが、その程度で止まるリナではない。
最後に莫大な水圧でその華奢な体を砕こうと水の神が出てきたが、この時点で、リナの役目はほぼ終わっている。
「遊びに行きましょ。強制転移」
魔天王の神域など無視して、リナは四体の神を引き連れてワープする。
三人の目にはどこへ行ったかわからないが、とにかく四属性の神の影響からは解放された。
「余の影響を嫌ったか……まあ良い。小娘一人くらい、すぐにでも殺して戻ってくるであろう」
魔物の王とは言えその性質には確かに神の力が混ざっているし、そもそも魔王とは傲岸不遜なるものである。
自分の配下がどうなろうと、自分がたった一人敵の前に取り残されようと、さほど気にせず相手の出方を窺う。
対して、リベルは極天の剣を右手に持ち、左手で地面に刺さった叛逆者の剣を握る。
ティエナは魔導障壁を一度解除し、攻勢に出られるように準備をする、が。
「魔王を倒すのは勇者の役目だ!お前を倒して、本物の勇者になってやるっ!」
気の早い勇者が単独で突撃していく。
「「あ、待て!」」
仲間の制止なんて関係ない。
たった一人飛び出した勇者は、金色の光を纏って神速に到達する。だが、
「甘い」
魔王が突き出した手刀に、勇者は腹部を刺し貫かれる。
思い切り魔王がその手を引き抜けば、勇者は真っ赤な血を撒き散らしながら地面に落ちた。
しかしリベルの再生のように、開いた穴はすぐに塞がり、その出血を抑える。
傍目にはわからないが、失われた血もすぐに補充されていた。
これが、魔導神の力。
人を一人不死へと昇華させる程度、造作もない。
ただし、
「即時回復か。面白い能力を持っているな」
ゴグシュ、といっそ瑞々しい果実でも噛んだような、水っぽい音が響いた。
魔天王の足に、勇者の頭が踏み潰されたようだった。
ようだ、と言うのは、魔天王の足が首の上にあり、その下には既に頭が綺麗に再生されていたからだ。
即時回復は、不死者を簡単に生み出す。
しかし、それで反撃などできれば良い方で、一瞬痛いだけだから傷は気にしない、なんて発言ができるのは、叛逆者なんて化け物だからなのだ。
普通の人間がそんなことをされれば、それはただの拷問と変わらない。
「どうした勇者。こんなものか?神の力を与えられし余の前に現れるのは、この程度の勇者なのか?」
失望した、と言わんばかりに、魔天王は勇者の頭を何度も踏みつけにする。
流石に見ていられず、リベルとティエナが魔天王に接近すれば、魔天王は勇者を蹴り飛ばしてリベルにぶつけつつ、身体強化を纏ったティエナの蹴りを片手で受け止めた。
「ぬるい」
ぐるん、と一回転してティエナを投げ捨てる。
傷はないが、攻撃も与えられていない。
「おい、勇者。いやフェント、大丈夫か?」
「あ……ぅ……」
「目が死んでる。……分からなくもないけど、これはリベルも悪い気がする」
「は、おい。言葉足りないって」
基本ティエナは長文を喋らない。
言わんとしていたところは、死なない体だろうと痛みはあるし、死への恐怖は付き纏う。魔導神は相当惨いことをしていたが、再生力が高ければ攻撃転用もできると考えてしまった根幹にはリベルの存在がある。だから、一番の原因はリベル、ということだ。
「弱いな。この程度か?」
「……ティエナ、勇者を頼む。フェント、お前の剣、借りていくぞ」
「……リベル、勇者に成り変わるつもり?」
「一回持った時に抵抗はなかった。少なくとも、使えないことはないはずだ」
叛逆者の剣は消し、左手に破魔の剣を握る。
フェントが見せるあの剣からのエネルギー供給はないが、それでも魔王を貫く性質があるなら、十分役に立つだろう。
「本物の勇者は貴様か?」
「……違うな。あいつからその称号を奪うわけにはいかない」
「ふむ、まあ良い。かかってこい」
そしてもう一つの戦場。
大広間に転移してきたリナは、四属性の神に四方を囲まれながらも楽しげな笑みを浮かべていた。
「ずっと勇者がいたせいで制限ついてたけど、これでやっと思う存分戦えるわ」
本体の力は既にリナの中に眠っている。
出力できるのは二割までとのことだが、とりあえず久しぶりの充足感にリナはさっさと戦いたくてうずうずしていたのだ。
対するは、魔天王の統率によって連携もある程度見せる下級神が四体。
それぞれ叛逆者が苦労してまで倒した敵は、さらなる成長を伴って帰ってきた。
「どっから崩すかねー」
無造作に破壊の権化と化した緋色のワイヤーを振るえば、物理攻撃の効かない神どもはなんてことはなさそうに通り抜け、唯一物体である地の神は、一度肉体を崩し地面に逃げることで無効化する。
ただこのまま何もしなければ破壊の嵐は吹き続けるので、風の神がまず上昇気流を生みワイヤーの軌道を逸らす。
その上で、風の流れに炎の神が灼炎を乗せ、リナを直接火炙りにする。
「うーん、さっきも浴びたわよねぇ、もうちょっと捻って?ほらほら」
リナに煽られ、今度は水の神がその熱せられた肌を冷やす。
最後に地の神が脆くなっているであろう肉体を破壊しにかかるが、温度変化を無効化するとは、何も感覚の話だけではないのだ。
「ただでさえあんたら下級神なら私でも勝てるのに、今の状態の私にそんな小手先の攻撃は通用しないわよ」
元のリナと、下級神一体で五分。
四体も並ばれては逃げるしかできないが、今のリナはオリジナルに限りなく近い。
出力の問題を突破すれば一撃の下に全てをねじ伏せられるし、たとえそれができなくとも、肉体強度はオリジナルと変わらない。
「どうにか突破口見つけないとー、どんどん死んじゃうぞ☆」
砲塔の形に変化した腕を、真後ろに立つ水の神に向ける。
そこから飛び出した茜色のレーザーは、全身真水のその神を、一撃で蒸発させる。
だが次の瞬間。
「っ!?」
広間全体を軋ませて、大規模な水蒸気爆発が起きる。
確実に、炎の神の仕業だった。
爆炎の中で、しかしリナはワイヤーを振るって煙を晴らす。
「あーびっくりしたー。仲間意識はあってもやられた瞬間武器にするのか」
リベルであっても体を粉々にされそうな爆発も、リナであれば無傷で終わる。
本物の悪魔とは、下級神が何体集まったところで殺せるような相手ではないのだ。
「次はどうする?何もないなら、また一体消し飛ばすわよ」
風の神が、腕を前に突き出し竜巻を発生させる。
ただ巻き込まれた程度じゃ自由に動けるな、と思っていたリナだが、その風の渦が近づくにつれて、中に異物が混ざっていくがわかる。
「……地と風。雷属性か」
細かな砂塵は暴風の中でぶつかり合い、火花を散らし、電気を生む。
バリバリと音を立てるプラズマの塊に、リナは片手の砲を向けただけだった。
「ルビア」
その名を呼び、力を解放する。
一直線に放たれた光線が、凶悪なプラズマの嵐を引き裂き吹き散らしていった。
おまけに、その奥にいた風の神の胴体も貫いて。
「うーん、やっちゃった☆」
さほど気にしていなさそうな調子で、リナは敵がまた減ったことを嘆いてみる。
終われば終わったでリベルの加勢に行くし、終わらないならそれもまた楽しい。
そんな風に考えているが、四属性の神はこんなものでは止まらない。
炎の神が空気の一部を温めれば、大気に流れが生まれ風の神が回復する。
その風の神が温められた空気を囲い込み、一気に冷やせば、そこから小さめだが水の神が復活した。
「……いいんだけどさ、やったやつを蘇生されるとちょっと複雑よね」
楽しめる時間が増えるのは結構だが、あまり時間を食って三人が死んでいても嫌だ。
だけど、やっぱりリナの中に眠る本性は自分本位。
「こんな時こそ、楽しまなくっちゃ人生損よね♪」
下級神がなかなかしぶといことはわかった。
だったら、思う存分暴れるだけだ。




