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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
五章 勇者と魔王編
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16話 それは見守る側の人たち

 雲一つない青空に、見渡す限り草一本も生えていない砂漠。

 見晴らしは最高だが、それはそのまま相手に気づかれやすい立地とも言える。

 しかしその緩くウェーブがかった長い金色の髪を持つ少女は、影も落とさず上空に佇んでいた。

 今はちょうど、ティエナの大魔法によってワームの群れが殲滅されたところである。


「ふむふむ。いやーな気配も感じますが、順調に育ってくれたようですね。バッチリですっ☆」


 嫌な気配、とは魔導神の強化魔導だ。

 あんなものに頼らざるを得ない状況は癪だが、しかし自分から手を貸そうとは思わないので、ルイナとしてはこのまま傍観を貫くつもりである。


「それにしても魔天王討伐ですか。大変ですよねぇ、本来の仕事は他にあるというのに」


 同情するのはリナとリベル。

 しかし彼らがいなければやっぱり仕事はルイナに回ってくるので、是非とも二人には頑張ってもらいたい。

 そもそも、ルイナはやろうと思えば一人で全て完結してしまう人間である。

 魔天王も発生の時点から感知しているし、どの上級神がどの順番でいつ暴走するのかも粗方わかっている。

 現状の世界であれば、ここ数十年はほぼ完璧な精度での未来予知を可能としているのだから、ルイナが一つ手を差し伸べるだけで事態は一気に好転するだろう。

 だが、しない。

 それでは意味がないし、何よりつまらない。

 ルイナにとってこの世界は、何より大切であるが、同時に自分の欲求を満たすための世界でもある。

 自分から全ての原因を排除して危険を教えていては、ロールプレイとしては何一つ面白くない。


「むしろ魔王の一体くらい解き放ってみたいものですが。私からやってしまうと大ブーイングです。何かしら動くのを期待するしかないんですよね」


 自分で悪をばら撒いて、それにあたふたするのを眺めても面白い。

 だがそれは本当の悪役だ。あくまで人間の味方のルイナがやっていいことではない。

 色々面白そうなことは思いつくが、どれも実行に移すとそのあとが面倒で、とりあえず目の前の問題に対処してみることにした。


「あれはまずいですね」


 四人、今の肩書きは勇者パーティか。が出会ったのは死せる魂の総意、アストラルドラゴンとか呼ばれる魔物だった。

 あれには初見殺しとして『見たもの全てを自害させる』とか言う変則的な能力が備わっている。

 それだけは、勝手に打ち消しておく。


「ふふ、勇者が気合いを入れていますが、それはリナの管轄ですよ」


 そもそもあれは魂の集合体。

 一撃必殺を最上とする勇者の剣では、一体どれだけ攻撃を重ねればいいのやら。

 勇者が一太刀入れて死なないことに驚愕している間に、リナが対アンデッド用の装備で浄化していた。

 今頃地上ではリナが似たような説明をしていることだろう。

 勇者の剣の秘密は知らないだろうが。


「思えば今の彼らは現況における全ての特異生命に対し特効性を持っているんですね。まあ、共に行動をするのはこれまででしょうが」


 叛逆者は神に、勇者は魔王に、緋色の悪魔は悪魔に。

 そのどれかに対抗できるだけの力があるなら、多種族は基本凌駕する。

 ティエナは、まあちょっと強いくらいの人間だろう。ルイナの感覚においては、だが。


「にしても少し強すぎですよねえ。もうちょっと調整するべきだったでしょうか。いえですが叛逆者があっさり人間に殺されると言うのも……うーむ。難しいです」


 その叛逆者は、今や極天の剣なんてチート全開の代物で、ワイバーンなる飛竜の劣化版を一撃で斬り殺している。

 いくらなんでも、あれは少し強すぎるだろう。


「まあ神の力も一長一短なので別にいいですが」


 例えば極天の剣に叛逆者の力は取り付かない。

 自分の魔法をベースにしてより強い魔法を構築するような叛逆者には、ちょっとしたスパイスになることだろう。

 とはいえ強いことには変わりないので、どこかで奪い取るのもありか、とルイナは不穏なことを考える。


「それも追々考えますか。今は観察しましょう」


 ルイナは一度地上に降り立つ。

 理由は、何かを感じ取った叛逆者が上空に視線を向けていたから。


「理解力、ではないですか。察しの良さも私にとっては邪魔ですね。叛逆者の成長の方向性までは決められないので仕方ないですが」


 バレてもつまらない。叛逆者は視覚に頼り切りなので、適当に透明化でもかけておこうか。

 改めて上空に戻ると、叛逆者と情報共有しているリナがこっちを睨んでいた。

 だがよくよく見ると目の焦点は合っていないので、完璧にはバレていなさそうだ。


「ベーっ、です。リナはさっさと覚悟を決めればいいんです。あの勇者くんみたいに」


 舌をちろっと出してみようとしたが、言葉を発すれば勝手に引っ込んでしまう。

 だから結局、言うだけだった。


「それにしても遠いですねぇ。南の砂漠はそこまで広さもないというのに」


 ルイナがもっと高度を上げて、勇者パーティが向かう魔天王のいるさらに先を見据えれば、そこには普通に海が広がっている。

 気候条件的には異常だが、まあ世界は徐々に崩壊へと向かっているということだろう。


「……おや?魔王は何をやっているのでしょう?」


 勇者の接近を感知したか、砂漠に佇んでいただけの魔天王が巨大な魔法陣を描いていた。

 そこに魔力を通せば、一瞬にして頑強な城が建造される。


「魔王城、でしょうか?材質としては石なので……リナが本気を出せば簡単に瓦解しますよねえ。それはちょっとつまらないので、いい感じに補強しておきましょうか」


 そう言って、ルイナは、魔王城に破壊不能の性質を与えた。

 もうそれはいい感じではなく最高のなのだが、ルイナにとって破壊不能は結局後付けされた能力でしかない。

 つまり、破ろうと思えば破られる程度のものと認識している。

 この辺りのズレがリナに迷惑をかけるのだが、それをわかっていればルイナはもう少しマシになっている。いや、もっと悪くなっている可能性もあるが。

 とにかくその出来に満足したルイナは、大仰に頷いてその姿を消す。


「顕現しているのも面倒なので、完全な傍観者へと移らせてもらいますね。魔王討伐、頑張ってください♪」


 自分がどれほどの影響を与えたかも考えず、ルイナはその責任から逃れる。

 これが、ルイナ。

 世界最強にして誰よりも自由を愛する少女である。




 そして裏側とは、何もルイナのいる側面だけではない。

 いや所属的にはやはりルイナの存在はついて回るが、その片割れが常に隣にいる必要はない。


「……何をしにきましたの」

「あははー、ご主人サマに頼まれごとしちゃったよね。ぼくだって本当は来たくないのにさ」

「なら裏切ってしまえばいいじゃないですの。従いたくない人に従う義理はないでしょう」


 ギャイィン!と耳障りな金属音が響いた。

 水晶の腕と魔導神の杖が衝突した音だった。


「違うんだよねぇ。ルイナはあれでも気に入ってるし、別に悪い人じゃないんだよ。悪いのは、どちらかといえば君かな?」

「……それこそ彼女の思想に染まっていますわ。そもそも、わたくしか彼女のどちらかに肩入れした時点で、もう片方は明確な敵へと変化しますの」

「いつからこんなことになっちゃったんだろうねえ。君が、神になんかなっちゃったから、か、な!」


 魔導神から不可視の刃がいくつも飛んでくるので、ミアルは必死に体を捻って全て躱す。

 壁に激突した衝撃波は、しかし傷一つつけることなく消えていった。


「やだなー沸点低いよもー」

「用がないならお帰りなさいまし。あなたと話すことなんてありませんわ」

「こっちにはあるんだなそれが。っ、ちょっとまだ何も言ってないでしょ!?」


 色々飛んでくる。それはもう一つ一つを確認できないほど。

 魔導神が、四人に最大限の魔導をかけて、仕事で精神を追い詰めて、やっとまともに戦える場を設けたのにこれだ。

 ミアルが魔導神としっかりやり合いたかったら、やはり竜の姿になるしかない。


「早く言いなさいな。言わなければそちらが勝手に疲弊していくだけですわよ」

「全く守りが固いなー。要件はね、中身に言いたいんだよ」

「……それこそ受けられませんわ」

「どうして?中身にぼくを嫌う理由はないでしょ?」

「それは認めますわ。ですが、わたくしの本心は弱いからこそ狙われやすいのですわ。切り替えを阻害されて殺されては、アプリムが一番報われませんの」

「ふーん、わかってんのかあ、っと」


 最初からそれはわかっていた。

 やれたらやっちゃってください、なんてのが主人の命令ではあるが、ミアルもルイナも最初からそんな簡単に殺せるとは思っていない。

 とはいえ、だ。


「君の防壁もこの布切れ一枚。どんなに魔法で守っても、ぼくらの力には無意味だよ」


 ザグン!と魔導神を魔導神たらしめる魔女の帽子が破壊された。

 いつの間にか背後を取っていたミアルが、物理的に握りつぶしたのだ。

 こうなれば、魔導神の人格は後ろへ引っ込み、アプリムが強制的に前に出てくる。

 そのはずだった。


「うん?」


 気づけば、アプリムの横に古木の杖が浮いていた。

 それは魔導神の神核を保有し、神として十全の力を振るうための媒体。

 アプリムの、力の源と言ってもいい。


「私もな、死ぬのだけは怖いんだ」


 カッ、と古木の杖の中央、魔導神核から強烈な閃光が放たれる。

 反射的に目を瞑ってしまうミアルだが、標的は手の届く場所にいるのだ。直感的に、水晶に覆われた手刀で首を落とす。

 だが、触れた感覚は全くなく、その現象も止まらない。


「神域再構築。極彩色の世界」


 神殿の一部屋が作り替えられる。

 それは色の洪水。

 全てを見失う極彩色の中では、重力や当たり前の物理法則と言ったものが全て働かない。

 しっかりと地に足をつけているように見える魔導神も、もしかしたら壁か天井にでも立っているのかもしれない。

 そんな、見る物全てが正しく見えない世界に、ミアルは唐突に放り出された。


「……神の力は失ったはずじゃ?」

「神核がある限り神は不滅。そう言ったのはお前たちだろう」

「……魔導神ってそういうものじゃないんだけどね」

「神核があり知識があり技術がある。それが神以外のなんだと言うんだ?」

「……ほんともう厄介だよね。君って人はさ!」


 神域なんて言う神の居城に閉じ込められ、常識を奪われてもなお、ミアルは元の常識の中で動く。

 そもそも、ルイナの手でその性質から作り替えられた存在が、神域の影響を受けるはずもないのだ。

 竜の翼を生やし、肩から先を全て水晶に変えた竜人は、力しか持たぬ神の顔面を狙う。


「落ちろ」


 ガクン、とミアルの体から力が抜け、底なしの色の中へ引きずり込まれる。

 ここは空間自体が歪んだ世界。

 足場だと思った場所は、色という怪物の腹の中かもしれないのだ。


「もー!せっかくこっちが人の姿で戦ってあげてたのに!こんなことするんだったらこっちも本気だからね!」


 ブワっ!とマーブル模様の空間が押し出され、その奥から透明な竜が顔を出す。

 クリスタルドラゴン。色を持たぬ唯一の竜が、全ての色を透過して羽ばたいていた。


「その鱗、塗り直してやろうか」

「そんな時間はないよ。こっちも権能使わせてもらうし」


 竜の巨大な翼が空気を叩く。

 空気の存在自体が怪しまれる世界の中に、竜巻クラスの烈風が吹き荒れる。


「何者にも染まらぬ者。それは斯くして自己の氾濫。しかしてそこに色はなく、全てを取り込む虚無である」


 ミアルの体があらゆる色に光り輝く。

 肉体を通過した色が、その中で増幅され外へ放出されているのだ。


「我が名は水晶竜。世界でただ一人全てを受け入れた者。我のみぞ知る理を開き、世界を在るべき姿へと戻す」


 長々と口上を垂れる竜に、魔導神は容赦無く魔導を浴びせる。

 しかし光に近い性質を示すミアルは、全ての攻撃を受け付けない。


「神に彩られし世界に対し、調停竜の名を刻む。効力は異物の排除、その性質はゼロへの回帰!」


 パン!とあらゆる色が弾け、有と無を示す白一色の世界に切り替わる。

 相変わらず地面はないが、そこには確かに正常な法則が働いていた。


「……全ての神域を取り払うか。流石に増幅された基準点だな」

「どうするの。ここじゃ君は人間と変わらない。大人しく死を受け入れたら?」

「ふふ、そうかもな。だが臆病者の私はあらゆる場所に修復点を残すものなのさ」


 アプリムは無造作に古木の杖を振るう。

 それだけで、白亜の世界にヒビが入る。


「メモリアルロード。描かれる世界は」


 気づけば、元の応接室に戻っていた。

 ミアルだけは竜の姿を部屋に収まる縮尺に変更されているが、それ以外は何もかも元通り。

 それはそう、魔導神の、アイデンティティたる魔女の帽子さえ。


「……厄介だね」

「わたくしを殺したければ本人に出るように伝えなさいな。改造竜如きでは、わたくしには届きませんわよ」

「……ちぇ、言い返したいけどその通りだね」


 ミアルが人の姿を取れば、そのサイズは元に戻っていた。

 あの小さなクリスタルドラゴンさえ、世界にとっては異常。全てを元に戻されたなら、順を追って正されていく。


「今日のところは帰るよ。また遊ぼうねー」

「……次は殺しますわよ」


 本気で殺し合ったとしても、分が悪くなればすぐに退く。

 そもそも最初から敵意があったとは言えない。

 それでも主に命令されたから、ミアルは無造作に殺そうとする。

 これが、ミアル。

 究極の従者であり、世界の命運にさえ興味を持たない竜である。

ねえ待って?これから勇者と魔王が戦うんだよ?王道だけどかっこいいバトルシーンがいるじゃん?なんで神と竜が先にド派手なバトルしてんの?ただでさえ未熟な勇者が可哀想だと思わないんですか?思わないんですねわかります。

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