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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
五章 勇者と魔王編
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13話 天竜洞穴、その深奥

 ボロボロのティエナは、最早転移に近い速度で戦う勇者を見ながら少しずつ後退していた。

 横顔にだけついていた亀裂は時間と共に増え、今では指先なども不自然に剥がれてきてしまっている。

 じりじりと後ろ向きに下がって行き、ようやく入ってきた扉にまで行き着いた。そしてそれは、その奥で何やら騒いでいる人たちがいる場所でもある。


「ルイナ呼んだのに開かないんですけどー!?」

「あれを信じる方が悪い」

「あ、それはそう」

「で、どうするんだよ」

「……大丈夫だと思いたいけど……」


 なんというか、平常運転だった。

 勇者も気になりはするが、こっちもこっちで無事(?)は伝えておくべきだろう。


「ねえさま」

「!! ティエナちゃん!?」

「わたしは……多分、大丈夫。今は、勇者が破天竜ってドラゴンと戦ってる」

「勇者が、って、堕天龍!?」

「違う。破天。天を破る」

「ああそっち……そっちもだいぶやばいけど……」


 リナ的に聞き間違えてしまうほどの敵がいるようだ。

 まあ今はいいとして。


「ねえティエナちゃん、そっちから開けられたりしない?」

「……開かない。ビクともしない」

「そっか……ねえルイナ!?どうせどっかで聞いてんでしょ!?ってかいなくたって聞こえてんでしょ!?どうにかしなさいよ!!」


 リナがどこかに向けて叫んでいるようだが、変化は訪れない。

 ピシリ、とまた音がして、ティエナは新しい傷に目を向ける。

 今度は脛の辺りだったが、そろそろ致命的な部分に傷が及びそうだ。


「……今の音は?」

「……勇者が、戦ってるから」

「……そう?」


 きっと、こんな傷はリナでもどうにもならない。

 そもそもこれは生命力という寿命の枯渇によって起きる現象だ。人の手で治せるものではない。

 そして、リベルにも共通して言えることだが、リナのことが好きな人とは、肝心な場面でその本人に助けを求めないものである。

 もしも本当に死んでしまうなら、気づかれないように離脱して、誰にも見えない場所で消える。


「……勇者、応援、してくる」

「あ、う、うん。勝てたら、きっと開くんじゃないかしら」

「かもしれない」


 これ以上ここにいていいことはない。

 ティエナは、扉から壁沿いに部屋の中を移動する。



 そして本当にピンチの勇者と言えば、もうほとんど無意識の中で戦っていた。


『戦いの中で速度が上がっておる……これは、当時の勇者に追いつけるやもしれんなぁ……?』


 成長を認めるが、しかし負けるとは思えない。

 そんな考えが、破天竜からひしひしと伝わってくる。


「かもじゃない。僕は、勇者だ!本物の、勇者なんだッ!」

『その威勢もどこまで保つかのう……』


 ゴオア!と大気がビリビリと震える。

 部屋の隅にいたティエナでさえその損傷を早めるほどの影響を受けたが、金色の軌跡となった勇者は無効化していた。


「僕だって、戦える……!勇者は、こんなもんじゃない!」


 もう何度も邪竜の肉体を切り刻んでいた。

 けれど、世界に邪竜として認められ、天を破るなんて大仰な名前をつけられた存在は、神に並び立つと言っても過言ではない。

 傷口が毒々しい色に光ると、与えた傷は全て消え去ってしまう。


『いい加減に付き合うのも飽きたな。そろそろ死んでもらおうか』

「っ……!?」


 光というより転移に近い速度にも関わらず、破天竜が適当に弾いた指にぶつかり、固く閉じられた大扉まで吹き飛ばされる。

 その奥で急な衝突音に不安げな会話をしている人たちがいたが、そんな声にも気づかないほど、勇者は消耗し、また目の前の敵に集中していた。

 もうもうと土煙を上げる中で、フェントは未だ勢いを衰えさせない剣を杖にして立ち上がる。


「まだ、だ……」

『ほう、肉体強度さえも強化されておるか。これは噛み応えもありそうだ』

「勇者の力は、こんなもんじゃないっ!」


 斬!と邪竜を真っ二つに、金色の線が引かれる。

 しかしその残光が消えた時には、傷も同時に消えている。

 それでも斬って、斬って斬って斬って……、破天竜の動作の一つ一つに注意をしながらも、攻撃を加えて。

 気づいた時には、ティエナの近くの壁に激突していた。


「……え?」

「勇者……どうした……?」

「わ、わからない……気がついたら、飛ばされて……」


 そしてフェントはティエナの現状を知る。

 横顔だけだった亀裂は全身に広がり、今となっては指の数本は砕けて落ちていた。

 思わず叫び声を上げて、ティエナの心配だけをしたかったが、最悪の敵は忘れることを許さない。


『ワシは何もしておらぬ。わかっておらぬのか、自分の状況を』

「は……?」

『急激な力に体が耐えられておらぬのであろう……たとえ剣の意思で適切なタイミングに振るえたとて、自分では何一つわかっておらぬ。それに見てみよ。膝は笑い、指先は痙攣しておるではないか……。そんな調子では、剣を握ることすらままならぬであろう』


 事実、フェントの全身は、無理やり動かされたことで悲鳴を上げており、腕の骨なんかは動かすだけで嫌な音を立てている。

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 どこに行ったかもわからない剣は、構える動作をするだけで手元に瞬間移動してくる。

 小刻みに震えようが、思い通りに動かなくなろうが、ここで諦めては何もかも失うだけだ。


「たとえ僕が死んだとしても……、ティエナさんだけは無事に帰すッ!」

「勇者……」

「大丈夫だよ、ティエナさん。僕が、絶対に倒して見せるから……!」


 フェントはふっと微笑みかける。

 キザったい笑顔ではあるが、こういう状況なら様になる。

 一世一代の見せ場。勝てなくて結構。相打ちなら上々。敗北だけは避けなければならない。

 そんな気持ちで、勇者は一歩を踏み出し、


「出るならこの辺ですかねぇ」


 そんな声が、突如聞こえた。


『部外者が入ってきおったか……?勇者だけを呼び寄せたというのに……』

「本当にそういうことするのやめてほしいんですよねぇ。主に私の仕事増やすの」

『ッ!?誰だ貴様ッ!』

「誰でしょう。強いていうなら最強を語る人間ですよ」


 何やら、破天竜が慌てたように首を振り回している。

 フェントの目には何も映っていないのだが、そこには確かに何かが存在しているようだ。


「ルイナ……」

「お、偉いですよー。よく覚えててくれました。それと、頑張って生きてますね。偉いです♪」

「……何をする」


 どちらかといえば柔軟さを失ってきているティエナの頬を、楽しげにこねくり回す人がいた。

 それは長い金色の髪を持ち、破天竜を前にしてもそれを無視するだけの胆力があり、そんな態度を取れるだけの実力を誇る人であった。

 その人はフェントの方へ視線をやり、


「見せ場を奪ったことは謝りますが、あのままでは全員死んでいるので許してくださいねっ☆」


 なんてことをのたまってきやがった。


 そして救援に応じて個人的ベストタイミングで出てきたルイナは、本当に適当に破天竜の前に立つ。


「ふーむ。性質は過去のままですが、やはり手は加えられてますね。封印が解けるだけのことはあります」

『何を言って……』

「気にしないでくださいよ。世界は時と共に移り変わり、永劫を語ったところで所詮は千年がいいとこという話です。まあこれに関しては私のミスでもありますね」

『わけのわからんことをごちゃごちゃと……、勇者諸共、消し飛ばしてくれるわぁっ!』


 あらゆる命に破滅を齎す死の咆哮が響き渡る、が。


「拒絶」


 たったそれだけで、音という目に見えない振動は打ち消される。


「封絶。遮断、縮小、剥奪」


 ルイナが言葉を重ねるごとに、破天竜の力は阻害され掻き消され弱められ、奪われる。


『ぬ、ぬぅ……貴様、一体何者だ……』

「あー、そういうお約束みたいなの面倒なんでいいです。冥土の土産に〜とかニッコニコ笑顔で言う理由も見当たりませんし、何よりあなたは、私にとっても痛い記憶なんですよ」


 リナが封印されていた時代には、既にルイナは最強として君臨していた。

 ではなぜ史実に残るような大虐殺があった?

 なぜ蘇生能力持ちの勇者が、幾度となく全てを失いながら魔王を倒す必要があった?


「私にとって初めての経験で観察しようなんて思ったのが間違いでした。魔王が悪の性質を持ち、勇者が蘇生なんて力を得ていた時点で危惧すべきだったんですよ」


 そう。ルイナも興味があったのだ。

 勇者という存在に。魔王との間にある因縁に。

 そして観察を続けていれば、あれよあれよと犠牲が重なる。

 あんな悲劇は、もう二度と起こすべきではない。


「まあそれも今日でおさらばです。わかったのなら放置する必要もないですしね」


 力を剥ぎ取る封印の中でもがく破天竜に、撫でるような優しい手つきでルイナは手を触れる。


「それではさようなら。私の失敗。世界の感傷」


 きゅっと力を込める。


「消去」


 パッと、最初からそこには何もなかったと言うように、破天竜の巨体が世界から喪失する。

 そして、ルイナの背後ではカランと金属質の何かが落ちる音がした。

 どうやら、勇者が気を失って剣を手放した音のようだ。


「こんな子供が勇者に選ばれてしまうなんて……あなたもなかなか酷なことをしますね?」


 剣に語りかけてみるが、無機物は無機物らしく声を発することはない。


「さて、勇者には適当に回復をかけておきましょう。問題はあなたですよ」


 ルイナは少し身を屈めてティエナと目の高さを合わせる。


「……最初から、こうしてくれればよかったのに」

「ふふ、ええまあそう思うでしょう。ですがこちらにも事情があったんですよ。全部丸く収めたので、許してくれませんか?」

「……丸くない。わたしはもう、死んでしまう……」

「まさにそのことなんですけれど、あなたはどうしたいですか?」

「……どうしたいとは?」

「んー、私、最強を名乗るくらいにはなんでもできちゃうんですよ。ですから……」


 ルイナは指を一本ずつ立てていく。


「一つ、全てを忘れて、人として生きていく。この場合あなたが望むならリナや叛逆者の記憶は残してあげます。向こうは色々思うでしょうが、あなたは本当に幸せだと思いますよ。

 そして二つ。傷を癒やし、元の通り生きていく。辛い記憶はありますが、現状満足しているなら変化はありません。それも幸せだと思います。

 最後に三つ。その傷を”克服”し、さらに上の存在を目指す。これは可能性が多すぎて私もある程度流すくらいしかできませんが、最上は本体のリナとほぼ同質の力を得ます。ちなみに最低は痛みだけ受けてほぼ変化しないですね。これは痛いですよー?古今東西禁忌とされてきた拷問を一気に受けるくらい痛いです」


 さあ、どうしますか?とルイナは選択肢を並べ立てた。

 長々と聞かされ、色々もう限界なティエナは、それでも自分の願いに結びつけていく。


「……そんなの、強くなりたいに決まってる。今以上を目指せるなら、私は、どんな苦しみも耐えてみせる」

「ふふっ、流石に改造されてなお生きる希望を諦めなかった逸材です。いいでしょう。あなたの存在を、昇華させてあげます」


 ルイナは本当に気軽にティエナの小さい体を抱きしめる。

 それは姉が可愛い妹を抱擁するような気軽さだが、その先に起こることは何もかも普通ではない。

 まず、ルイナはティエナの額に口付けをした。

 ティエナはきょとんとしていたが、変化というものは、突然、急激に現れる。


「がっ!?……あぐ、うあぁ……」


 メキリ、とこれまでとは比べ物にならない損傷の音が鳴る。

 全身が燃えるように熱く、また極地に送り込まれたような寒さを感じる。

 体を端から中央にかけてゆっくりと切り刻まれるような痛みが走り、切られたとこから治される。

 もう、訳がわからなかった。

 目からは光が消え、立っていることすらできずにその場に倒れ込む。

 それでも、そんな声だけが確かに聞こえる。


「願ってください。あなたはどんな姿になりたいですか?どんな人に憧れますか?心の底の渇望を、己が形として思い浮かべてください」


 それは道を決めるための質問。

 ここでティエナが何を思うかによって、その行く末が決まる。


「わた、しは……」


 あの人のように。笑って怒って泣いてそれでも毎日を楽しそうに過ごす、あの人みたいになりたい。

 だが困っている人に手を差し伸べるのが人間なら、魔が差して悪魔の囁きをするのも人間である。


「同じでいいんですか?それでは個性が消えてしまいませんか?」

「……」


 耳を貸す必要はなかっただろう。

 しかし、ティエナはある程度ルイナの思い通りに、そして希望を残した状態に成長する。


「……ふむ。子供の可能性とは恐ろしいですね」


 あれだけ痛みに悶え苦しんでいたティエナは、新しい力に慣れるために休眠に入っていた。

 ルイナの予想では体が実年齢に合わせて成長し、リナのような完全な機械に変質するかと思っていた。

 それがティエナは、元の体のままに、新しい力を全て受け止め、子供の可能性とリナのような強さを両立している。


「無限の生命力……私やリナと同じ存在ですが、その小さな器に押し留めるのは至難の技でしょうに」


 ルイナがやったことは、失われた生命力を補完し、さらに本物の永遠を与えただけである。

 ただ莫大なエネルギーを受け止めるために、ティエナはあれだけの痛みを受け、今は眠りについている。

 生命変換で消費しすぎた力を補ったのだから、必然的に亀裂は消えているわけだ。


「まあ、あとのことは彼女たちに任せましょうか」


 パチンと指を鳴らせば、何をしても開かなかった大扉がゆっくりと開く。


「……、ティエナちゃん!!」

「勇者も忘れてやるなよ」


 中の様子を確認し、大切な妹分に駆け寄るリナを眺めてから、ルイナは本当の最奥へと向かう。


「あの扉は開くはずもないんですよね。特にあの二人では」


 そこは天竜の寝床。

 知恵と正義の守護竜が眠る、絡繰洞窟の果ての果て。

 奥まった部屋には墓石のように立てられた骨があり、それ以外には何もない。


「失われた義憤。見失ったのは夢か希望か。……まだ早いですね」


 主なき最奥の部屋に、ルイナは一言金色の文字を刻む。

 とはいえ象形文字を使っていては、たった一言でも相当な量になる。


「ふう、これで触れたとしても真実には辿り着かないでしょう。とはいえ、世界の方が侵入を拒むとは思いますが」


 後ろを振り返り、誰もいないことを確認してから、ルイナは元の世界へと帰還する。

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