12話 天を破るは畏怖の形
改めて、天竜洞穴とはどんな場所だったかをおさらいしておこう。
まず天竜はリナでもそこそこと認めるくらいには強く、かつては恐怖の対象でもあった竜の中で、唯一人間から絶対の信頼を預けられていた竜でもある。
その性質は知識と正義、つまり確かな根拠から来る正しさを貫き通す力だ。
ここまでは、いい。その後に、なんと紹介されたか。
天竜は、守護竜でもある。
では、何を守護していた?
人間か、あるいは正義か。
その真実は天竜を無造作に殺してしまったリナでさえ知らず、主なき家を管理していた魔導神さえも知らない。
その歴史は、初代勇者の時代まで遡る。
曰く、ある集落に突如大飢饉が訪れた。
畑の作物はなぜか全て腐り、保存されていた備蓄も異臭を放つ。
家畜は全て息絶え、子供さえ高熱を出して寝込む始末。
その当時に、電話などという便利な連絡手段はなく、せいぜい村の男が隣町や王都に救援を求めに行くことしかできなかった。
導入としての詳しい話はこれ以上残されておらず、次の場面ではその元凶に勇者が辿り着いていた。
冠する称号は邪竜。性質は腐食と劣化。発展を妨げるそれの名は。
「破天竜……」
「な、何それ」
「ぼ、僕だってわからない!ただ、剣がそう言ってるんだ……」
天竜洞穴の、最奥。
主であった天竜しか知らない手順で開く道の先に眠り、およそ千年の封印を施されていた怪物。
時の勇者が滅ぼし、しかし死骸から蘇ったそれは、まさしく天の理を破る竜である。
『勇者……随分と小さくなったものだな……』
強烈な思念が、二人の頭に叩きつけられる。
おつかいを頼んだは良いものの、やっぱり心配でこっそりついてきてしまった母親のようなリベルは、ここにはいない。
なぜなら、この部屋に辿り着いた時点で、勇者が認識している仲間以外は排除されてしまったから。
二人の真後ろに聳える大扉は、これ以上一切の侵入を拒む。
『んん?覚えのない顔だ……あぁそうか、人の寿命は随分と短いものだったなぁ……』
はっはっは……、とどこか疲れたように笑う姿は、年老いた竜のようにしか見えない。
体もどこか老いを感じさせるが、その金色の瞳だけは強烈な意思を宿している。
側頭部から生えるねじくれたツノや鱗の端々まで尖らせた尻尾は、かつてと変わらぬ禍々しさを放っていた。
『そちらは聖女か……?こちらも小さくなった……。昔は食いがいのある女子であったというのに……』
「煽り……?」
ティエナが喧嘩を売られたと勘違いしているが、千年前に挑発の意味で煽るという言葉が使われたことはない。
破天竜はひとまず通じない言葉は無視して、部屋の隅々まで目を向ける。
しかしすぐにフェントに向き直ると、心底残念そうにため息を吐く。
『なんだこれしかおらぬのか。現代の勇者は、なんと人望のないことだ……』
「に、人数なんて関係ない!僕とティエナさんなら、どんな相手だろうと殺してみせる!」
『ほお……よくもまあその程度の実力で騒ぎ立てるものだ。そちらの聖女はまだマシなようだが……これでは数の力に走った勇者よりも弱いかもしれんなぁ……?』
自己蘇生の能力を持っていた初代勇者。
故にだろうか。残された伝承に、明るい話、ハッピーエンドに終わる戦いはなかった。
まず間違いなく、勇者本人は死ぬ。
聖女の代替わりの回数も、最初にして最後になるほど行われた。
当時表の世界で最強と謳われた者たちも、ほぼ全員命を落とした。
そんな悲惨な伝承の中でも、破天竜戦は一、二を争うほどの犠牲者を出している。
心の支えも失った。
自分の命さえ吹き散らされた。
勇者の信頼も地位も名誉も全て地に落ちて、それでもどうにか倒した怨敵が、目の前にいる。
「っ、は、破魔の剣……!?」
『剣だけは変わらぬか。真なる神の造り物は、流石に力を持っておる……』
フェントが構えた剣が、先ほどにも増す燐光を放っていた。
怒りを示すかのように力を増幅するが、やはり剣は剣であり、それは人の手で振るわれるべき物である。
燐光はフェントにも及ぼうとしていたが、あまりに感情に差があるせいで、その力は上手く伝わらない。
「勇者、これ本格的にまずい。さっきみたいに、剣に委ねる」
「そ、そうか。よ、よしこい!破魔の剣!」
フェントが身構えるが、感情とはそういう物ではない。
いくら受け入れようと思っても、いくら覚悟を決めていても、当時の怒りを知らなければ、その力を受け取ることはできない。
『憐れな……剣と同調もできんとは……今の勇者はこんなにも落ちぶれてしまったのか?』
「け、剣と同調……?」
『ああ、嘆かわしい。そんなことさえ知らぬとは。せめて会話の中に片鱗でも見えればと思った物だが、最早ここまでとは』
「っ、来る……!」
わかりやすく大口を開けるなど、そんな動作は必要としない。
ただ少し姿勢を変えただけだった。
それだけで、幾千人を死せる化け物へと変質させる最悪の波動が放たれる。
「魔導、障壁っ!」
ティエナのそれが間に合っていなければ、今頃二人とも魔物の仲間入りを果たしていただろう。
魔導神との練習の中で身につけた力は、やはり神より与えられた力と言える。
ティエナの魔力眼に真っ黒に映る波動は、障壁を外から叩くが破壊するには至らない。
それでもビシギシと悲鳴のような音を立てるのだから、やはり破天竜はその名に劣らない力を持っている。
『ほう、これを防ぐか。流石は聖女、と言ったところか』
「小手調べ……、そんな程度じゃわたしは死ねない……!」
『よかろう。ならば真性の滅びを与えてやる』
どれだけ障壁が硬くとも、反撃できなければいずれ殺されるだけ。
わかっていても、勝ち目のない戦いが始まる。
『助けに行けないの!?』
「やってる!けど、極天の剣でも壊せない!」
リベルは固く閉じられた扉に対して、何度も斬りつけたりその能力を行使したりした。
それでも、封印の間の扉は開かず、リベルは足止めを食らっていた。
『くっ……私がいれば……すぐに戻れてれば……!』
「嘆いたってしょうがないだろ。それより、合流はできそうにないのか?」
『……あんたの反応目指してるけど、ちょっと遠い。でも……』
「でも?」
『こんな地面なんてぶち抜いてやるッ!』
「は、おい」
なぜか、足元の地面が緋く輝いたような気がした。
本能的に飛び退けば、元々リベルがいた地面に大穴が開く。
「よっし!やっぱこれが一番でしょ」
「……殺す気か?」
「い、いや?大体真上にいるなあって、ぶっぱしただけ」
「……」
「ご、ごめんって!」
謝りながらも、リナはワイヤーで這い上がってくる。
いらなさそうではあるが手を貸せば、少し視線を逸らして頬を赤らめながらその手を掴んだ。
「あ、ありがと。それで、ここが言ってた場所?」
「ああ。この扉の先にティエナたちがいる。はず」
「はずってなに?」
「いや、この先にさらに道があったなら、どこまで行ったかわからない」
「まあ確かにね」
リナは扉を見やり、そしてなんの警告も躊躇いもなく茜色のレーザーを解き放つ。
「……リナ?」
「何よ、やっぱ壊れないからいいでしょ」
「……可能性は考えようぜ」
もしもこれで簡単に突き破っていたら、その奥にいるかもしれないティエナたちを巻き込んだ可能性もある。
リナは最初から壊せないと踏んでいたようだが、だとしても、である。
「よし。諦め」
「え?」
「使えるもんはなんでも使う。それがたとえ気に食わん仲間だったとしてもね」
荒い息を吐いて膝をついたのは、何度もその命を削り魔導障壁を展開し続けたティエナだった。
「ありえない……わた、しは……これでも、無限の命を、持ってるのに……」
『無限の命とな。それにしては疲れも消耗もするようだ』
「だから、ありえないと……!」
そもそも。そもそもだ。
ティエナは確かに改造人間であり、研究の餌食となった子供はまず莫大な生命力を与えられる。
だがそれが無限である保証は?
確かにリナは永遠を持っていると自分で豪語している。
だがティエナは、その後継、クラスダウン。
模倣した魔導神には近づけず、先輩にして姉であるリナにも及ばない。
そんな少女に、本当に無限の命など与えられているのだろうか。
『少しは楽しめたぞ。小さき聖女』
「魔導、障壁……っ!」
ばきり、と決定的な音を立てて障壁が砕ける。だが次の瞬間にはティエナが張り直す。
さっきからこれの繰り返しで、攻撃側の破天竜に疲れはないが、常に全力で防ぎ続けているティエナはどんどん削られていく。
そして運命を決める時がやってきた。
ピシリ、と。今まで聞いた障壁が壊れるのとは違う音が響いた。
「ティ、エナさん……?」
「なんだ、使えない勇者……!文句があるなら、剣との同調とやらをやってみろ……!」
「文句なんか……!そうじゃなくて、顔が!」
「……?顔?」
ティエナの横顔に、凡そ人間につくとは思えない亀裂が入っていた。
左手でそれを確認したティエナも、自分の死期を悟る。
「……限界らしい。お前と一緒に死ぬとか嫌だから、わたしはさっさと先に行く」
「ま、待ってくれ!そんなこと、させるわけには……!」
「じゃあなんだ。お前があの破天竜を殺せるか」
ティエナが目を向けた破天竜は、今も余裕そうに佇むばかりではあるが、障壁の方に与えられるダメージはそんな姿からは想像もつかないほどの威力を持っている。
そして最後の障壁も、いつ壊れてもおかしくない。
次の障壁を張れば、これだけの硬度を誇る障壁を展開すれば、まず間違いなくティエナは死ぬ。
だが手を打たなければ、二人共死んで終わりだ。
二つに一つ、どころの話ではない。
「勇者」
「っ」
「わたしは、勇者自体が嫌いなわけではない。碌に力を知ろうともせず、楽な方へ逃げて、そうやって簡単に諦める、お前が嫌いなだけ。このまま何もしないと言うなら、お前に適当な後悔の時間を与えてわたしは死ぬ」
「そ、そんな……っ」
だが実際、フェントは逃げていた。
剣はずっと、その力を解き放てとフェントに訴えている。
これを受け取れないのは、フェントに覚悟がないから。その怒りを、まだ持っていなかったから。
『好きな人がこんなにも頑張っていて、尚命を散らそうとしている。そんな状況を見ても、あなたは怒りの一つも覚えないんですか?』
どこからか、挑発するような声が聞こえた。
それは知る人ぞ知る世界で最強を誇る金色の少女、なんてことはフェントが知る由もない。
ただ、心を揺さぶることには繋がる。
「嫌なわけがない、でもあんなのに勝てるわけもない……!」
『じゃあ、諦めますか?』
「そんなことが、できるはずない……っ!」
ようやく。本当にようやく。剣の輝きがフェントを包み込む。
『ほう』
破天竜が楽しげに目を細め、いずれ二人を消し飛ばすはずだった死の波動を霧散させる。
『だがどこまでやれる?所詮は剣に眠る力を借りただけ。勇者の強さとは、本人の力量であろう』
「だとしても!お前を殺すだけの力はあるッ!」
そう言い切れたのは、一度剣の力をその身に宿したからか。
フェントの体を、またも誰かが動かすような感覚を得る。
「──魔剣、憤激天衝」
金の軌跡が、破天竜の首を掻き切る。
フェントの体は動いたように見えないが、その攻撃は、確かに破天竜に届いていた。
赤黒い液体を撒き散らし、破天竜の体が揺れる。が、それは人間にとって目眩程度のものでしかない。
『ぬ……長き時の中でその力を増したか……かつての勇者であれば、これだけで首も落ちていたであろうよ……』
しかし、フェントは弱い。
半分ほど抉った首も、縫合でもするように肉が繋がれば、何事もなかったように流血を止める。
「でも、傷はつけられた……!だったら、僕だって勝てるはずだ!」
『見せてみよ。勇者の力をのぉッ!』
生まれたての勇者は強敵に挑む。
かつて全てを奪った、因縁の相手に。
堕天龍に天竜に破天竜、もうちょっと名前のレパートリーはないんですか?
……ないです。




