11話 奮い立て、覚悟なき勇者
松明のように剣を掲げたティエナと、必要以上に周囲を警戒するフェント。
さらにその後ろを闇魔法と光魔法の併用で隠密と暗視を両立した割と器用な男リベル、という構図で進んでいく。
フェントが気づかないのは誰だって当然だと思うだろうが、ティエナでさえ、リベルの気配に全く気が付いていなかった。
これはリベルの魔法がすごい……というよりは、基本堂々と前だけ見て歩くリナに慣れすぎたティエナが悪いのかもしれない。さっきからずっとフェントの動きが目障りのようだった。
「……勇者、戦えなくても索敵くらいできる。わたしの聴覚は、ちょっとした足音も聞き取れる」
「そ、そうか。なら、任せた」
「……上から語るな。謙れ」
「……はい、すみませんでした」
謙れってなんだよ、とリベルとリナはちょっとティエナの雑さと高慢さに呆れているが、当のフェントは従順だった。
『リベルみたい』
『……え?俺あんな感じなの?』
『うーん、もっと謙虚で無口だけど、従順さは似てるわね』
『……』
もうちょっと文句言ってやろう、とリベルは密かに決意した。
「っ、何か来る」
一瞬リベルがドキッとしたのは内緒である。
とはいえここまで来てバレたなんてことはなく、本当に正面から、どちらかといえばダチョウみたいな魔物が走ってきたようだった。
「ぼ、僕は勇者だ!」
「それ言う必要ある……?」
勇者とは都合のいい存在である。つまり、聞きたくない言葉は聞こえない。
剣を抜くのさえもたつきながらティエナの前に出れば、ダチョウはそのままこちらに突撃してくる。
フェントは剣を前に構え、構え、構え……。
「そんなんじゃどっちも死ぬっ!勇者、やっぱり使えない!」
「……」
輝きを消し、一時的に視界を奪われながらも、ティエナはどうにか剣を振るった。
たとえ見えずとも引きつけておいて負けることはなく、ダチョウはその細い首を折られて地に伏す。
もう一度光を灯せば、勇者はとても悔しげな表情を浮かべていた。
「……体が、動かなかったんだ」
「……」
「……も、もう一回!もう一回チャンスをくれ!いやください!次は、次こそは……!」
とても冷徹な目を向けるティエナだが、やりたいと言うなら勝手にすればいいと思っている。
ただし、どこまでも合理的だが。
「そんなのは魔物に言え。別にわたしが呼び寄せてるわけじゃない。光に集まってくるとしたら、どうしようもないし」
「……絶対に、次は倒します」
「……ふん」
どうだろうな、という顔をしているのがリベルからでもよく見えた。
尻に敷かれるどころか完全に下僕のようになってしまった勇者には、リナも少し同情していた。
『どっちもどっちで子供よね。自分の常識でしか測れない辺りとか』
『……それ俺も当てはまるんだが?』
『……』
ちなみに言うとリナもである。
不機嫌そうなティエナにやる気のほどを語っているフェントだが、心配しなくともそのチャンスはすぐにやってくる。
「ほら、トカゲが来た。リベルは一発。お前も、やってみればいい」
「よ、よし……僕は勇者だ、僕は勇者だ、僕は勇者だ……!」
「……自己暗示……みっともない……」
都合のいい勇者は以下略。
しかし一度見た敵とはいえ、上級神二体の力によって一撃の下に沈められてしまった敵。
その攻撃方法も、能力も、移動速度さえ、確認はできていない。
「はっ、いない!?」
「……上」
「なっ」
フェントがどうにか目視できたのは、こちらに向けて大顎を開き、その奥に火焔をちらつかせる姿だった。
たった一瞬、その一瞬だけで、ただの小学生でしかないフェントの心は恐怖に支配されてしまう。
「【生命変換:魔導障壁】」
ヴン、と二人を包み込む透明な膜が現れた。
ティエナの無限の命から成る、神の一撃さえ防ぎきる絶対の障壁だった。
目を開いたフェントが見た光景は、視界を埋め尽くすほどの赤と不自然に逸れていくその流れ。
自分はただ目を瞑って、できる限りその痛みを感じまいとするしかなかった攻撃に対して、現実としては横に並び立ち、実力としては遥か先を歩く少女は、確かな自信を持って、完璧に防ぎ切っていた。
「は、はは……」
「なんだどうした気持ち悪い」
「……いや、勝てないな、と、思ってしまった……」
これを成し得ているのはティエナ自身の力でない、と言うのが本人は気に食わない部分だが、それでも使わないわけにはいかない。
だから、フェントのそんな評価にも、ティエナが胸を張って誇ることはなかった。
そして。
「こんな程度で絶望したなら、お前はもう二回は死んでる」
「……」
「これは、ただ防いだだけ。まだ敵はいる……!」
言ってしまえば無限の火炎放射器が止んだ先で、あの巨体に柔軟さを兼ね備えるトカゲは油断なくこちらを窺っていた。
「連発はしたくなかった、けど」
ティエナはミスリルの剣から光を消す。
その力を、攻撃に転換する。
「【生命変換:強制断絶】」
それは、斬撃というよりは突き刺す方がイメージとしては近く、性質としては、斬り殺すよりも生命力を断ち切る物。
故に。暗がりの中で振るわれた一刀は、掠めただけで対象を絶対的な死へと誘う。
ほとんど外傷もないのに動かなくなった死体というのは、安らかな死のようにも見えるが奇妙な不気味さもある。なんてフェントは死について少し考えたりした。
それくらい、ティエナとの実力には隔たりがあった。
「たす、かりました……」
意気消沈、なんて軽いものじゃない。心を叩き折られ、それでも殴られ、もう痛みも感じなくなったような顔をしていた。
だと言うのにティエナの後ろはついてくるのだから、最後の最後の生きる意味だけは見失っていないのかもしれない。
「……いつ死ぬかなんてわかったもんじゃない」
「え……?」
「それでも、今を生きてる。生きたいと、明確に意識して。だったら、その生きる術を、覚悟を、自分で取りにいけ。目を瞑るなんてのは甘えだ。一瞬で死ぬならなんて思うな。怖くても立ち向かわなければ失うだけ。それは何も自分の命だけじゃない。大切なものを、自分の生きがいを、失いたくないなら目を背けるな」
「……」
ティエナにしては珍しい長文に人を奮い立たせるような言葉。
自分でも気恥ずかしくなってしまったのか、勇者からできるだけ顔を背けてさっさと歩き出す。
今の恐怖や言葉を、しっかり反芻したかった。
だが光はどんどん前に進んでしまうので、仕方なくフェントは駆け足でティエナを追いかけていく。
『……あれ、本当に七歳?実年齢は十五歳とか言ってたけど、だとしてもあの言葉は出ないでしょ……』
『自分だけ特別、なんて思ってられなくなったか?』
『……何を知ったようなことを……』
『でも俺はリナを特別だと思ってるよ。いや、どちらかといえば全員特別な中で、それでも俺にとって一番特別なのがリナなんだろうな』
『……なに、あんたまで感化されたの』
『はは、どうだろうな。でも、リナにこそ、俺は言っておこうと思ったよ』
『……』
ティエナの言葉に勇気づけられたフェントは、今度こそ剣を構えて魔物と相対する。
今度の敵は、まさしく竜。
背中に一対の翼を背負い、四本の足で歩きながら、獰猛な目を光らせる。
今までで一番の強敵。しかし、フェントは引かなかった。
それだけでない。
どんなにそれっぽく構えたところでへっぴり腰だったのが、今はどうにか素人なりの構え方をできるようになっている。
「僕は、僕は、僕は……」
ティエナは、またいつもの自己暗示か……と思っていたが、今回は、何もかも違う。
「ティエナさんを、守りたいっ!」
「……」
それは告白にも近い言葉。
そして勇者とは、人間とは、本当に守りたいものがあってこそ、その真価を発揮する。
冗談抜きに、フェントの体から覇気にも似た気合いが解き放たれた。
見た目も、できることも、心も、何もかも子供かもしれない。
それでも、剣に選ばれた、勇者なのだ。
「破魔の剣!僕に力を貸してくれ!」
勇者選定の剣が、身体強化のような光を纏う。
それが柄からフェントの手に触れると、伝播するように全身を覆う。
その時、フェントだけは不思議な感覚に包まれていた。
まるで達人が背中を押してくれるような、一から百まで戦い方を教えてくれるような、勇者としての、確かな答えを獲得していた。
「──魔剣、思想鉄槌」
極限まで集中した時、フィーリングで力を引き出すのはリベルに似ているのかもしれない。
その全てを無意識と感覚に任せ、フェントは、竜の肉を切り刻んだ。
「ぉ……?」
不意に声を漏らしていたのは、ティエナの方だった。
気づけばフェントの体は竜を追い越しており、振り抜かれた剣は、一仕事終えたとでも言いたげに光を霧散させる。
そして。
あらゆる音が飽和したような、不協和音にも似た不快な音を立てて、まともに戦えば敗北必至だったはずの竜が、その全てをぶちまけて命を散らした。
「な、何が……え、あ、うっ……」
ティエナも、少しはやるじゃないか(あれ?わたしより強い……?)とか思っていたが、弾け飛んだ血と臓物を見て口を押さえている姿に、ああちゃんとこいつは残念勇者だった、と思い直す。こんな光景に慣れている方が異常なんて思考はない。
「……勇者、なかなかやる。それが、勇者の本気?」
腹の奥から迫り上げてくる感覚を抑え込んでいた勇者は、案外立ち直りも早いもんでティエナの一言で意識がグロテスクなものから逸れる。
「た、多分、そうだ。この破魔の剣が力を貸してくれたからだ」
「……つまり剣のおかげ」
「あ……」
「ふ、自分本来の力じゃないとか思った?別に関係ない。今の勇者はお前。なら誇れるだけ誇ればいい」
わたしは貰い物で驕ったりしないけどな!とティエナは心の中でマウントを取っておく。
しかし言わなければ讃える言葉に違いはない。
今まで散々馬鹿に、というか冷たくされた分、褒められた時の喜びは尋常じゃない。
ぱあっ、と表情を輝かせると、思わずと言った調子でティエナの手を取る。
「ありがとう!借り物でも、僕が勇者でも、この強さに気付かせてくれたのは、紛れもなくティエナさんだ!本当に、ありがとうっ!」
掴まれた手をぶんぶん振られて最初は嫌そうな顔をしていたが、ちゃんとティエナの功績まで認めた上で、純粋な感謝だけを述べていたことでまあ、いっかとまでは思った。
『おおおっ!すごい!すごいわっ!あのティエナちゃんが勇者に触られることを許したのねっ!』
『……楽しそうっすね』
『これを楽しまないでどーするのよっ!ふわぁ、すごいなぁ、マイナススタートじゃなかったらさ、もうティエナちゃんも惚れてておかしくないんじゃない!?』
『……いや、そういうパラメータみたいなのわかんないし見えないし』
フェントが大喜びなら、リナは大騒ぎだった。
それはそう、友達の一人がずっと好きだった人から告白されたところを見たかのような。
リベルはもうこの通信切っていいかな、なんて思ったが、残念ながら制御管理はリナの管轄である。向こうが満足するまで、この楽しげな声が消えることはない。
「そ、そろそろ離せっ、お前強いのわかった。だったらさっさと進む!」
「あ、ああそうだな!絶対!僕が、この力でティエナさんを守り抜く!」
「……」
ティエナの本心は、光源役にさえなってなければ、わたしだって戦えるのに……ではあったが、言わないだけの優しさも身につけている。
そうして二人は辿り着く。
この洞窟の、本当の終着点に。




