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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
五章 勇者と魔王編
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10話 トラップはつきもの?

 壁が人一人分の厚みほど抉り取られ、残された部分が長椅子になったその場所で、五人は一時的な休息を取る。

 とはいえ本当に休憩を必要としていたのは勇者だけで、他の四人は適当に体を伸ばしたりして暇を潰していた。


「うーん、ま、いっか」


 そんなことを呟くと、リナは虚空から丸テーブルやらペットボトルやらを取り出す。


「……なんだそれ」

「空間魔法、を生命変換で起こしただけよ。一回亜空間を作っちゃえば、あとは開け閉めに生命力使うだけでいいから、結構便利なのよ」

「……俺はできないやつ」

「そうね。てかあんたそうよ。あん時やばそうな現象生命変換で起こして、寿命は平気なわけ?」

「寿命なんて見えない」

「……そ、そうね。じゃあ死なないよう祈るしかないのね」


 あまり勇者の前で話していいことでもないので、この話題は避けておく。

 リナは冷えたお茶を紙コップに注いで全員に配るが、勇者に渡そうとしてやめた。


「ティエナちゃん、勇者があの調子だとまずいからこれだけ渡してきてくれる?」

「……ねえさまに言われたら仕方ない」


 どちらかといえば自分に言い聞かせるような調子で、紙コップを受け取ったティエナは勇者に近づいていく。


「おい勇者。ありがたいお茶」

「ティエナさん……」


 こんな時まで高圧的だが、それでもやはりティエナさん効果はあったらしく少しだけ顔色が良くなった。

 座りっぱなしは申し訳ないからと勇者が立ち上がり、そのお茶を受け取ろうとしたところで、洞窟の奥からただならぬ雄叫びが響いてきた。


「何っ!?」

「……さっき俺らが戦ったやつよりもやばそうだな」


 二人は声のした方向へ目を向けていたが、ふと別の二人の方へ目をやったエルルアがその事態に気付いた。


「っ、勇者様とティエナさんがいません!」

「はっ?ちょお、もうなんでこうも面倒ごとばっかり……!」


 二人がいた場所にはぽっかりと穴が開いており、二人ともその底へ落ちてしまったようだ。


「ティエナちゃーん!勇者ー!?聞こえるー!?」


 しかし返ってくるのは反響した自分の声だけ。

 何かを落としてその深さを測ってみてもいいが、どれほどの高さがあるかもわからない場所に物を落として、万が一にも二人に当たったら目も当てられない。


「リベル、私たちも行くわよ」

「追うのか?」

「ええ。ワイヤーは解禁する。エルルアは、外に出て魔導神に連絡取っておいて。できればルイナを呼べる準備も!」

「かしこまりました」


 あの金色は基本的に害悪だが、それでも人の死を許容するほど人外に染まっているわけではない。

 むしろ自分で人間だと宣言する分、本物の人間に対しては優しい面さえ持っている。

 あれさえ来てくれれば、たとえ地の底だろうともう死んでいようと全てを覆せる。


「後手に回ったところで、結局二人より私たちの方が強い!絶対追いつくわよ!」


 二人は背中にワイヤーを展開すると、どこへ繋がっているともわからない昏い穴へと身を踊らせる。



 では、その穴に落ちた二人はどうなったか。


「ぐっ……勇者なら、これくらい乗り越えろぉっ……!」

「……ごめん、ごめん。でも、僕には何も……」

「うるせえ死にたくないなら力込めろ!」


 暗視はないティエナだが、咄嗟に壁面に手を当てて身体強化により減速するくらいはできる。

 そして、その途中で見つけたのだ。子供一人くらいならギリギリ立てるほどのスペースを。その先へ、続く通路を。

 一瞬の浮遊感の中でここは分岐路だと判断したティエナは、その地面に手をかけて、落ちていく勇者をどうにか片手でキャッチした。ただ、勇者自身に生きる気力がないせいで自分の体を引き上げることさえままならないが。


「っ……でも、僕は、勇者なんかじゃなかった……上には上がいっぱいいて、僕なんか所詮あぶれ者だった……!」

「死にてえならそう言えッ!わたしはわたしで生き延びる!」

「……死にたくなんかない!」


 ティエナに奮い立たされた勇者は、壁に足をつけ、支えられているだけの状態から抜け出す。

 これによって余力が生まれたティエナは、勇者ごと自分の体を狭い通路の中へ引っ張り上げた。


「はぁ……っ!はぁ……、とりあえず、ねえさまが来るのを待つ。絶対、助けてくれるはず」

「そ、そうだな。何せS級ハンターだもんな」

「む、そんなもんじゃない。ねえさま、ひい、……とにかく、強い」


 緋色の悪魔と言いかけてやめた。これを言ってしまったら、ティエナはリナに怒られるし、勇者はさらに絶望するかもしれない。

 そして実際にリナとリベルは穴へと飛び込み、あのリナがこんな横穴を見逃すはずもなかった。

 そう、普通なら。


「!?」

「な、なんだ!?」


 地震のように急に洞窟自体が振動し、その足元が崩れる。

 より正確には、ほぼ感じない程度だった傾きが坂へと転じた。

 咄嗟に足に力を込めて留まろうとしたが、地面は意外と脆いのか表面が剥がれ落ちるせいで力が逃がされてしまう。


「ティエナちゃんっ!」

「ねえさま!」


 通路の入り口に、ティエナが最も尊敬する人の顔が見えた。

 どうにか身体強化を強めて踏ん張るが、少しずり落ちた場所では手が届かない。

 そして、決定的な変化があった。

 がこん!と大掛かりなレバーでも動かしたような音が響けば、元の縦穴がさらに崩れ落ちる。

 いくらワイヤーがあったところで、その支点ごと壊されてしまえば落ちるしかない。


「ティエナちゃん……っ!」


 ティエナが片手をついていた場所さえも崩れ、その坂の向こうへと引き摺り込まれていく。

 いつの間にいなくなっていた勇者と共に。


「……」


 そしてリナよりも上で留まっていたリベルは、どうにかもう一度ワイヤーを刺し直すことができた。

 ティエナがいたはずの横穴を覗き込み、一瞬だけ足元の大穴へと目を向ける。


「……ああ、わかったよ。俺だって、信じてるから」


 そしてリベルはティエナを追う。

 何より大切なリナに、そう頼まれてしまったから。



 一足早く、なんて言うとい良いことに聞こえそうだが、実際は耐える術さえなくさっさと脱落した勇者は、もう何も見えない闇の中で立ち上がる。


「こ、ここは……?」


 気づけばティエナもいなくなってしまった。

 どうしよう、と視線を彷徨わせるが、本当に彷徨うだけで何かを見つけることはできない。

 ティエナでさえ持っていない暗視を、普通の学校に通っていたようなフェントが持っているわけもないのだ。

 しかし目では何も見えなくても耳はしっかり音を拾う。

 それはなんだか怪物の嘆きのようだった。

 間延びして聞こえるそれは、何度も反響しているのか元の音からかけ離れている気がした。

 そして、次第にその声がはっきりしてくる。


「ねぇさまぁ……」


 やけに反応の早い勇者は、その声の主にピンと来た。

 そして振り返ったそこには!

 地面を求めて暴れる靴の裏が!


「わっ!?」

「……、勇者、こんなところにいた」

「……」


 顔面を蹴られ、そのまま蹴倒され、気づけばティエナが上に立っていた。

 ここで本物の幸運児だったならティエナはスカートを履いていたのだろうが、生憎動きやすさ重視の姉様のもとで育てられた戦闘特化の子供はズボンだった。


「……わるかったな」

「い、いや、それより怪我はないか!?」

「……あまりわたしを舐めるな。人をクッションにして怪我するほど弱くない」


 気まずさからさっさとティエナが降りるので、勇者もすぐに立ち上がる。

 ティエナがミスリルの剣を掲げると、剣自体が発光することで視界を確保してくれる。


「す、すごい!そんなことまで!」

「……ふん、とーぜん」


 光源を持ったティエナが周囲を確認するために剣を左右に動かせば、フェントもそれに釣られて顔を動かす。

 それから、ティエナはポツリとバツが悪そうに呟く。


「……でも、これだと片手が使えない。だから、魔物に遭遇したら戦いにくい」

「そ、そんなっ!僕が戦えたらいいんだろうけど、でも……僕に、あんな怪物たちを倒す力なんて……」


 S級ハンターのリナや、その戦闘技術を教えられているであろう二人なら軽く屠れた魔物でも、なりたての勇者では荷が重い。

 そもそも、だ。フェントは勇者になるまで剣なんて握ったことなんてなかった。

 魔法も、学校で習った簡単な物しか扱えず、唯一適正があった風魔法でさえ暑い日に団扇代わりにする程度しかできない。

 そんな程度で、守れるのか?いや無理だろう。


「諦めるな。そもそもこれは勇者への試練。わたしたちは、クリアして当たり前」

「……でも、だとしてもっ、こんな危険な洞窟じゃ……」

「だから諦めるなと言っている!お前は勇者だろ!?勇気があるんじゃないのか!?」

「っ……」


 そう、そうだ。僕は勇者だ。勇気ある者なんだ。あのお話の勇者様みたいになるって、決めたじゃないか。

 一度、ぐっと両手に力を込めると、パンっ!と自分の頬を叩いた。


「ああ、やってやる!僕は勇者だ!ティエナさんも守って、絶対ここから脱出する!」


 覚悟を決めたフェントに、ティエナは初めて微笑みかけてくれた。


「いい顔になった。今のお前なら、少しくらい話は聞く」

「……!」


 本来、それが正しい人との接し方だ、とは勇者は気づかない。

 ただあの無口で辛口なティエナさんが自分に笑いかけてくれた。その事実だけで、さっきの言葉の何千倍もやる気が湧いてくる。


「よしっ!まずは出口を探すところからだ!あの横穴を登ることはできなさそうだし、進んでみるしかない!」

「……まあ、それはそう。ねえさまも落ちて行ったから、どこかで出会えるかもしれない」


 二人は迷いを断ち切りこの暗い洞窟を歩き出す。


 そして、一瞬横穴に目を向けられて、咄嗟に息を殺したのは追えと言われたリベルだった。


「……この場合、どうするべきなんだ?」


 なんだかティエナと勇者の関係が良くなったように見えた。

 あんなに勇者を嫌がっていたティエナが、だ。

 必要に迫られた状況とはいえ、これを無駄にしてはまたスタートからになってしまいそうで、リベルは一応会話を逐一リナに報告していた。

 そして恋バナに目がない本来なら現役中学生は、


『きゃあ〜っ!これは来ちゃうんじゃない?来ちゃうんじゃないのっ!?ティエナちゃんがあんなに嫌がってた勇者に惚れちゃうパターンが!』

『……楽しそうだな』


 大興奮だった。

 もう大好きなアーティストに出会った人みたいな黄色い歓声を上げている。


『あったりまえでしょ〜?恋なんて基本ゼロから。でもこの場合マイナスからのスタートなのよ!?絶対に実らない恋。それが、二人で一緒に困難を乗り越えていくうちに嫌いは好きになっていつしかティエナちゃんも心惹かれ……みたいな展開があるかもしれないじゃんっ!!』

『……そっすか。それで、そっちは平気なのか?』


 人の恋路を聞いてめっちゃくちゃ楽しそうにしている人は実際今どうなんだ?

 そう訊かれて、リナは一気に真面目なモードに戻る。


『ああうん、こっちは全然平気。深層、って言うのかな。割とやばそうな場所に叩き込まれたけど、ワイヤー出したし、最悪レーザーあるし、今んとこ来る魔物は全部返り討ちにしてる。余力はあるんだから、こっちは心配いらないわ』

『……そうか。ならよかったよ』

『うん、で。あんた暇ならちゃんと追って。追って二人の進展を報告してっ!』

『……あいあいさー……』


 隠密行動なんてしたことないのだが、頼まれては仕方ない。

 本当のピンチも訪れるかもしれないし、リベルはしっかりと言われたことを遂行していく。




『勇者が?』

『そうらしいですの。念の為に動く用意だけはしておいてくれとのことですわ』

『……あなたが行けばいいんじゃないんですか?人間をやめ、神へと至ったあなたが』

『……それについてはもう認めたでしょう。あなたの方が上ですわ。わたくしからもお願いしますの』

『……むしろあなたの頼みの方が聞きたくないんですけどね。はぁ、わかりました。叛逆者とリナだけでなく勇者まで巻き込まれると面倒ですからね。一応、いるものはわかっていますし』

『な、何がいますの?』

『言いませんよそんなこと(笑)。気になるなら自分で調べてみたらいいんじゃないですかぁ〜?魔導の神様、最後のハーフェリオンさま♪』

『……あなたと言う人は……っ』

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