9話 三人の実力
リナが少しだけ不機嫌そうではあるが、それ以外に目立った変化もなく予定通りに教会の前に集まった。
ティエナは時間ギリギリに来たが、まあ直前まで悩んでいたのだろう。
「それでは出発いたします」
道があるところまでは車で。
今回のメンバーはリベル、リナ、ティエナ、勇者、エルルアであり、運転手はエルルアである。
リベルがリナは?という顔をしているが、何もないならきちんと十四歳に見えるようになっているリナが運転するのはまずい。
「なるほど」
もう既に勇者は十四歳らしきリナを見ているのだし。
さて、『天竜洞穴』なんて危険な場所が街の近隣にあっては、安全など確保できない。
それがあるのは魔導神のあまりに広大で複雑な神域の中でも端の端。暗獄の大森林とはまた違った様相を見せるジャングルの奥地である。
地理的に見れば東端に位置し、海に面した場所は落差数百メートルの崖を形成している。
そこへ向かうまでの地形は緩やかな上り坂で、鬱蒼と生い茂る木々と崩落でできた洞窟以外には何もない土地だった。
「はっ、はっ……そ、そろそろ、休憩にしないか?み、みんなも、疲れただろう……」
「疲れてるの、勇者だけ。軟弱」
「ぼ、僕は、疲れてなんか……」
息は上がり、歩くスピードも落ち、言葉もスラスラ話せない。
これで疲れていないなんて、誰の目にも嘘だとすぐにわかる。
先頭を歩くリナは邪魔な枝や草を斬り払うのに忙しいフリをして無視しているが、場合によってはワイヤーで無理やり連れて行くことになるか、と結構非情なことを考えていた。
「リベル、こいつ面倒。前のわたしみたいに運んで」
「えぇ……、こんな場所でやりたくないな」
ティエナが言っているのはリベルが作る氷のワイヤーで引っ張れということだろうが、掲げればリナが放置した枝に衝突するだろうし、真後ろを通らせて犬かトナカイの気分を味わいたくはない。
そしてそれ以前に、リナから警告が飛ぶ。
『言ってなかったけどさ、人前でワイヤー生やすのは禁止ね。使わないと人死にが出るとかのタイミングは仕方ないけど、楽をしたいだけのワイヤーは絶対ダメ』
『それは、人の輪に混ざるためか?』
『……ええそうよ。ティエナちゃんも言ってたでしょ。普通から逸脱した存在は、どの時代でも迫害されるもんなのよ』
『……わかった』
髪の色に悩むリナと、生まれつき魔力が視えたティエナ。
二人ともわかりやすく異常なせいで、人の社会に溶け込むのは難しい。
リベルは浮いてようが石を投げられようが気にしないが、それでリナやティエナが顔を顰めるというなら、進んでやろうとは思わない。
「仕方ありません。勇者様は、私が背負っていきます」
「だ、だから、僕は疲れないと……!」
「強がりはよろしくないですよ勇者様。それにこの地を選んだのは私たち教会側。本来であれば、もっと簡単な場所から始めるはずだったのです」
『なんか、私が悪いみたいな言い方ね』
「エルルア、それじゃ」
『ストーップ!何を本当に言おうとしてるのかな!?私だってこのスピードが異常なのはわかってるし、エルルアはどっちかって言えばこっちの味方!変に軋轢を生むんじゃないわよ!』
「……悪い、なんでもない」
最初から誰だってわかっていた。
悪いのは全て魔天王なんて馬鹿げた存在で、一刻を争うからこんな事態になっている。
普通の魔王討伐なら、数年をかけたって問題はなかったのだ。
「ほら、やっとついたわよ。ここが『天竜洞穴』」
一見茶色の崖にパックリと開いた亀裂にしか見えない。
しかしその先は見通せないほど暗く深く、またただ地面の中に繋がっているだけとは思えないほど異様なオーラを漂わせていた。
「かつて天竜と呼ばれた知恵と正義に溢れた守護竜がいた場所です。その主は過去の大災厄で滅んだとされていますが、かの竜の残滓は今も洞窟内を循環し、外から流れ込んでくる魔力は強大な魔物を形成すると言われています」
「洞窟なんて密閉空間だと、魔力が外に漏れずに堆積して行くことは確認されてる。それが天竜の魔力でより強固なものに進化してんのよね」
「仰る通りです」
竜とは、本来それほどまでに強力で、人の手で殺すことなど不可能とされていたのだ。
しかしある日を境に世界から竜の姿が消え、たまに目撃されたとしてもかつての面影を一切感じさせないほど弱い竜だけになってしまった。
『リナ?』
『う、こういうのは察しなくていいのよ。いたよいたわよ天竜でしょ?覚えてるって。そこそこ強かったわよ』
『そこそこなんだ』
ある日、の確証が得られてリベルは満足した。
誰に聞かれることも気にしなくていい思念同士のやり取りというのは、どのタイミングでも質問ができて便利だった。
(こんなこと訊かれるためのもんじゃないのに……)
とはいえリナがリベルに飲ませた動機も不純なので糾弾することはできないのだ。
洞窟の中は、外から見るよりは明らかに広い。
天井までの距離はざっと二十メートルほどあり、横幅も五人が同時に歩いても余裕がある。
ゴツゴツとした岩壁は茶色をベースに黒や灰色を含んでおり、まさしく天然の洞窟という様相であった。
そして一行は、当初の目的を遂行する。
つまりは、勇者パーティの実力測定。
「まずは私がお手本見せるから、適当に離れて見ててね」
そんなことを言うと、リナは少し前に歩いて行って。
ドンッ!と足を踏み鳴らした。
最初はその意味がわからず、リベルなんかは思念で意図を確認しようとしたほどだったが、次の瞬間にその答えが猛烈な勢いでやってきた。
つまり、この洞窟内に住まう強力な魔物。
「お、ミノタウロス。しかも結構長生きしてそうね。こういうのから間引くといいって聞くし、ちょうどよかったわ」
刃と刃の間だけでリナの身長ほどあるバトルアックスを携えた、身の丈五メートルほどの牛頭の怪物が現れる。
一般道を走る車程度であれば、そのまま後ろから踏み潰して追い越していきそうな勢いのまま、ミノタウロスはその斧を振るう。
並のハンターなら胴体が分裂して風圧だけで粉々になるような攻撃。だが、リナはS級なんて枠にも収まらない本物の化け物である。
「せっかくだから首だけ取ってあげる」
適当に剣を横に薙いだだけだった。
それだけで、リナの横をすれ違っていったミノタウロスは、失った頭部があった場所から血のシャワーを吹き出しながら慣性に従って壁に激突した。
リナの方には、なんら外傷もない。
「流石はS級ハンターです。我々の護衛すらできると言った実力は本物ですね」
「ふん、まあこれくらいならリベルでもできるでしょ。首だけ、なんて舐めたことはやんない方がいいけどね」
「……本当に?俺にあんなことできる?」
「できるできる。極天の剣なんて、当てるだけで勝ちなんだから」
まあ触れただけのハンターが一刀両断された瞬間は見たが、それにしたってこれは達人の域だろう。
勇者だって、さっきから開いた口が塞がっていないし。
「これが、ねえさま。お前なんかいらない。わかったら、剣だけ置いて帰れ」
「ティエナちゃ~ん?カツアゲはダメよ〜?」
「……はぃ」
怒られしょんぼりしているティエナだが、果たしてその声が勇者に届いていたか。
エルルアにその背中を叩かれ、ようやく再起動する。
「な、なんだ今のは……いつ剣を振ったかさえも見えなかった……しかも、あれだけの体格差で、首だけ……?」
「どっちかって言えば斬撃を飛ばしてるのに近いわ。ん?いや違うか。振った斬撃の座標をズラして?まあ、そんな感じ」
「……」
本人でさえ理解していない攻撃。
そんなもの、説明されたところで誰にも真似できるわけがなかった。
『実際は?』
『……正直よくわかってない。生命変換と純粋魔力の扱い方なのは理解してるけど、これって結構事象が曖昧ってか思った通りにほとんど動いちゃうからどんな論理があるかなんて知らないのよね』
『……訊かなきゃよかった』
詳しい話を聞いたらもっとわかりにくくなった。
こんなことがあって良いのだろうか。
本当に詳しいことを言うならば、生命変換で空間魔法を擬似的に発動させ、魔法の考え方で一瞬の結果、つまり斬ったという状況だけを狙った位置に発動させる、魔法に近いがどちらかといえば裏技に近い攻撃方法である。真似ができるとしたら、ルイナくらいだろうか。
さてリナの後に続くのは中々勇気がいるが、追いつきたい人は積極的に前に出る。
身体強化を纏ったティエナが足を踏み鳴らせば、そこまで大きな音にはならなかったが確かに振動は生まれた。
「別にそこまで真似しなくていいのよ?」
「でも、魔物なんてどこにもいない」
「んー、そうねえ、じゃあまたちょっと呼んでみましょうか」
ティエナの横に並び立ったリナが、さらに洞窟の奥に剣を向ける。
何が起きたかを把握できた人はいたのだろうか。
ざあ、と空気が揺れた感覚ならリベルもわかったが、そこに何があったかまではわからない。
そして、結果として、ティラノサウルスが小さくなったらこんな感じかな、みたいな二足歩行の魔物がやってきた。
「亜竜ね。翼のないドラゴンはそれとして認められず、地を這うことしか許されなかった」
「伝承……?」
「ええそう。詳しい名前は忘れたわ。とりあえず噛まれると痛いから気をつけてね」
それだけ言うとリナは後ろへ戻ってきて、ティエナと亜竜の一騎打ちが始まる。
噛むことしか脳のなさそうな攻撃は余裕で躱して、お返しのドロップキックが炸裂する。
しかし皮膚が分厚いのか少し体が揺れただけで、特に傷らしい傷にはならない。
「……ミスリルの剣」
魔力伝導率の高い自身の肉体を剣へと変化させる。
殴打よりは、斬撃の方が強いと判断したのだろう。
二度目の攻撃はいなして、すれ違いざまに首に剣を叩きつけた。
「キエエエエエエエエエ!」
「ぐっ……硬い……」
仕留め損ねた亜竜は、苦しみの中でティエナに強烈な殺意を向ける。
耐性がない者ならそれだけで心臓が止まるような気迫。
しかし、ティエナは揺るがない。
「わたしはっ、ねえさまに追いつく!」
硬い地面を抉り取り、ティエナの体は砲弾と化す。
半ばまで切れて血を流していた首にもう一度剣をぶつければ、ようやく亜竜の首を切り落とすことに成功した。
「勝った……!ねえさま、すごい……!?」
「ええ、すごいわティエナちゃん。亜竜だって普通の人ならまず傷をつけられないのに、二回で仕留めるなんて」
「やった……!」
珍しくティエナが満面の笑みを浮かべているシーンで、これにはさぞかし勇者も胸を打たれていることだろうと思っていたが、どうやら実力差を痛感してしまったようで、どこか呆然としていた。
「……リベル、次ね」
「ああ。ちょっとやりすぎたら抑えてくれるか?」
「……どうやってよ。まあできる限りのことはするけどさ」
ティエナと入れ替わったリベルは、極天の剣ではなく真っ黒な叛逆者の剣を生み出し、それを地面に突き刺す。
「なんかこい」
適当に気配を流してみれば、何かが釣れたようだった。
ぺたぺたと巨体の割に静かな足音を鳴らしながらやってきたのは、天井を這う巨大トカゲ。
「翼のないドラゴンか。天竜の意思もあんのかしら。亜竜的なのがいっぱいいるわね」
叛逆者の剣は今回必要ない。
すぐに消し去り、リベルは極天の剣の柄に手をかける。
「分割」
それだけだった。
バシュ、といきなり血を吹き出したトカゲは、最初何が起きたかわかっていないようでその現象に驚いていたが、それが痛みに変わる前に、地面に落ちたトカゲは絶命していた。
「……リベル、頭おかしい」
「なんでだよ褒めてくれたっていいだろ」
「うん……うん、すごいよ。すごいんだけどね?触れずに殺すなんてのはさ、どっちかって言うと神の技なのよね」
「……」
まあ、これも神の剣だし。とどうにか納得させておく。
『何?私の技パクったわけ?』
『い、いや……パクったっていうか、飛ぶ斬撃?みたいなのをイメージしてやってみたんだ。そしたら、現象だけが飛んでいった』
『……あったまおっかし』
『……』
リナにまで言われてしまった。これもリナの真似をしただけだと言うのに。
気まずげに目を逸らしたリナは、最後にして本命の勇者を見る。
しかし、当の勇者は頭を抱えて蹲っていた。
「……どうやら、皆様のすごさにやられてしまったようです。少し、休憩にしませんか?」
「……ま、いいわよ。まだこの辺は入り口に近いし、襲われる危険だって少ないでしょ」
言いながら、リナは壁を適当に抉り取ってベンチを作り出してしまう。
それにまた勇者が唖然としていたが、常識が狂った人たちはもう何も気にしちゃいなかった。




