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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
五章 勇者と魔王編
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8話 勇者の強さ

 勇者フェントは、常に孤独を感じていた。

 勇者に選ばれ教会に引き取られても、周りにいるのは全員教会の関係者で、友達や、まして家族などと呼べる存在ではなかった。

 だから、こんな些細なことでも嬉しさや楽しさというものを感じてしまう。


「ティエナさんが来たって!?」


 世話係の人に告げられ、フェントは全力ダッシュで広間に向かう。

 そこには、あの儚さと美しさを両立したティエナと、その取り巻き二人がいた。


「ティエナさん!」

「……ちっ」


 舌打ちされてもお構いなし。フェントは満面の笑みをティエナに向ける。


「まぁまぁ、今は暇なんだし、遊んでてもいいんじゃない?」


 ただならぬオーラを感じるS級ハンターの……リナとか言った人。よくやった!とフェントは賞賛の目を向ける。

 リナの方は呆れというかどこか困ったような顔をしていたが、とても気分の良いフェントは気づかない。


「……(嫌なんだけど)」

「……ごめんね?でもほら、ギスギスしたままだといけないでしょ?」

「……ガキが」


 なんだか負のオーラを感じるが、聞こえなければ言ってないのと同じである。


 暇だという三人を連れて、フェントは自室へやってきた。


「ここが僕の部屋だ!」

「……わたしの部屋の方が広い」

「なっ……」


 本当は嘘である。

 教会から勇者に与えられる部屋は、かつての貴族や王族を彷彿とさせるような豪奢で煌びやかな部屋なのだ。

 たとえ貴族だったとしても、庶民の暮らしに憧れのようなものを持っていた魔導神が用意することはない。

 ちなみに今代の勇者の部屋は、広さとしてはバスケットコートほど。内装としては本人の意向もあって高級品は除外されているが、それにしても座り心地の良いソファやふかふかのベッドが用意されている。

 まあティエナは若干羨ましかったのだろう。


「わたし、魔導神の家に住んでる……!」

「め、女神様と一緒!?くっ、確かにそれでは勝ち目がない……」

「……本当は私と変わらないくらいなのにね」

「言ってやらなくていいだろ」


 魔導神、フェントは女神と呼んでいるが、この世界で最もわかりやすく最も身近な神様が、そんな一般人と同じような家に住んでいるわけがない。と考えてしまうのは当然の心理だろう。

 何せ王様なんて人間でしかない存在よりも遥かに偉く、本当に力を持っている存在だ。そんな人を普通の家に住まわせるなど無礼がすぎるというもの。

 魔導神の本性というか子供っぽさを知っている人というのは、実はとても貴重だった。


「こちらにおられましたか。調整なども完了しましたので、一先ずの目標を伝えさせていただきます」

「お、エルルア。明日にでも出発?」

「……いえ、いくら魔導神様のお言葉とはいえねじ込むことは不可能でした。まずは、勇者様の実力を測るところから始めます」

「僕か?」


 魔王の発生がつい最近なら、勇者の選定も直近で行われている。

 であれば、その実力さえ何一つ分かってはいない。


「僕なら大丈夫だ!何せ僕は勇者!魔王を倒す者!」

「いえ、そうもいきません。伝承通りであれば、勇者は個人の性質によって細かな能力が変化するようです。初代などは自己蘇生の能力を持っていたようですし、その辺りも調べなければ連携もままならないので」

「……そうか。僕にもそんな能力が……」

「む、お前に蘇生力はない。あったら、もっとわたしに殴られてる」

「……」


 実際二度も魔導神によって蘇生されているのだ。

 自己蘇生なんて能力があったなら、既に発動しているだろう。


「よろしいでしょうか。こちらでは同行者の力量も鑑みて、Sランクスポット『天竜洞穴』をお勧めいたしますがどうでしょう」

「Sランクスポット……?」


 リベルやティエナも知らないことを、フェントが知っているはずもない。

 エルルアは元の話から脱線してもちゃんと説明してくれる。


「スポットというのはハンターの皆様が利用される狩場でございます。魔力が溜まり魔物が発生しやすい場所の総称であり、定期的に間引きをしなければそこから魔物が溢れ出る場所でもあります。ハンターの階級ごとに適正が決められており、SランクスポットはそのままS級ハンターを適正とする場所です。あまりに危険であり、誰も近づかない場合魔導神様が間引かれることもある場所です」

「へえ、あいつ案外仕事してんのね」


 リナが神に対してかなり失礼なことを言っているが、フェントはまだこの三人と魔導神の関係性を理解していない。

 そして話を聞く限り、フェントが近づいていい場所ではなさそうだった。


「これはリナさんの実力を考慮しての選択ですので、危険であるなら下げることも可能ですが」

「な、なら僕は──」

「大丈夫よ。この三人?あと教会の人連れて四人?くらいなら守りながらでも戦えるわ」

「承知しました」


 承知しないで欲しかった。

 いくらS級ハンターが強かろうと、出てくる相手はそれでなければ勝てない魔物。

 とても、なりたての勇者が行ける場所には思えない。


「お前、ねえさま舐めてる?」

「い、いや、そんなことは」

「なら平然としてろ。ねえさまができるって言った。なら、わたしたちが死ぬことはない。最悪、魔導神もいるし」

「そ、そうだな!女神様がいるなら安心だ!」


 本当はリザレクションの魔法にも制限があるのだが、そんなことを説明できる人は何も言わなかった。


「ね、リベル、ティエナちゃんが勇者を安心させてるわ。これは進展の兆しじゃないかしら」

「違うだろ。単にリナが過小評価されたから怒ってるんじゃないか?舐めてる?とか言ってたし」

「……前途多難ね」


 本当に、勇者の道はいばらの道である。


「そ、それで!もう行くのか!?」

「……天竜洞穴は少し離れた場所にございます。今から出発しては、日が暮れてしまいます」

「そ、そうか。なら、明日か?」

「はい。明日の朝こちらに集合し、それから途中まで車で、そのあとは徒歩で向かう手筈となっております」


 よろしいでしょうか、と問われた三人も構わないと頷いたことで、手筈通りに進めることになった。


「じゃ、私らは帰っていいのかしら」

「はい。明日の朝九時に、こちらへ来ていただければ」

「ん、じゃあ帰りましょうか」


 本当は引き留めたかった。手は待ってくれと伸びていた。

 それでも、フェントが何も言わずに見送ったのは、帰ろうとするティエナがあまりに嬉しそうだったから。

 三人がいなくなってから、エルルアは勇者に別の話題を提供する。


「聖女の選定も進んでおります。明日の夜か明後日の朝には候補者をお教えできると思います」

「……聖女?」

「はい。主に回復役です。勇者のパーティには必要だと、勇者様が仰られておりましたので」


 もう聖女の歴史は終わっている。

 本格的に機械なんてものが人の手に渡った頃、魔王の発生も抑制され勇者はいても聖女はいなくなった。


「……そう、だったか。すまないが、それはもういい」

「と言いますと?」

「聖女なら、ティエナさんでいい。あれだけの身体強化使いだ。回復魔法くらい、使えるだろう」

「では、そのように」

「いや、ティエナさんには伝えないでくれ。選定を取りやめてくれれば、それでいい」

「かしこまりました」


 エルルアもいなくなれば、フェントは本格的に一人になる。

 感情の抜け落ちたような顔のままソファに寝転がれば、近くの棚から一冊の本を取り出す。

 それは、フェントが憧れた勇者伝説の本。

 勇者と呼ばれる人が、魔王を討伐し真の平和を手に入れる御伽噺おとぎばなし


「……僕は、勇者だ……」


 このお話のようにはいかなくても、勇者は勇者であり、選ばれたのは、フェントなのだ。


「僕は、僕は……」


 なれるだろうか。本当に。

 不安を抱えたまま、幼い勇者は目を閉じる。




「何読んでるの?」


 リベルが分厚い本を広げていたら、横からリナに話しかけらた。

 今はもう家まで帰ってきており、ティエナはいない。


「勇者と魔王についてだな。この『神話大全』とかってのには初代が載ってたから」

「ふぅん、そっか。蘇生能力持ちの初代勇者ねえ」


 当時の勇者は随分と弱かったようで、何度も仲間を失い、自分も幾度となく殺され、それでもなお立ち上がり、最終的に魔王を討ち倒した、と書かれている。


「私が寝てる六百年の出来事か。知らない話ね」

「リナが本当に生きてた時代に勇者は?」

「さあ。でもこれが初代ならいなかったんじゃないかしら」

「そうか。……てかなんか近くない?」

「ええ?そうかしら」


 リビングの机で読んでいたのだが、リナは隣の椅子に座ってリベルの肩に頭を預けていた。


「まーほら、帰ったらちょっと甘えるって言ったし?いいじゃん」

「……なんかなぁ、今のリナを甘やかす気にはならないんだよな」

「なんでぇっ!?」


 そりゃあ平然としているからである。

 リベルがリナを抱きしめるのなど、本当にリナが弱っている時だけだから。


「じゃあ……こんな雰囲気だったらいい?」

「……表情変えただけ?」

「んーん、気持ちもちょっと変わってる。ねぇリベル、私が生きた時代に勇者がいたらどうなってたかな」

「……」


 リナは、儚さを演出するのが得意なのかもしれない。

 額を預けて、体重をかけてくるその姿は、まさしく弱った時のリナと同じ。

 仕方なくその頭を抱えて撫でれば、リナも何も言わなくなった。


「……多分、何も変わらないんじゃないか?」

「……そう?」

「だって、今の勇者を見ても、初代の話を見ても、勇者って、そこまで強そうには見えないし」

「ふふ、そうね。死なない存在を殺した私には、勝てなかったかもね」

「かも?」

「勇者って、私らみたいな単純な暴力で語れる存在じゃないのよ、本当はね。最近じゃもう形だけみたいなとこ大きいけどさ」


 昔話が語り継がれるのは、単にその伝説を広めたいという理由もあるだろう。

 だけど、大概の物語には、教訓となるようなものがある。

 勇者の伝説に残る教訓は。


「……やっぱり自分で考えて」

「なんだよ」

「だって、教えられて知るのと、自分で考えて気づくのじゃ、意味合いが全く違うから。こういうのは、実感が大切なのよ」

「……実感ねえ」


 ならこの抱きしめられて幸せ、なんてリナが思ったり表情に出すのも、幸福を実感しているからか。


「ん……なぁに?」

「いや、リナは今、幸せを実感してるのかなって」

「……そうだけど、人に言われたくはない」

「……ごめん」

「ふふっ、別に責めてるわけじゃないわよ。ただまぁ……あんたに幸せ?なんて訊かれると、無性に否定したくなっちゃうわよね」

「なんでだよ」

「だってあんた、幸せとか思ったことないでしょ」

「……確かに」


 幸せとはなんだ?多分人によるだろう。

 ならリベルにとっての幸せは?リナがここにいること、だろうか。

 そんなあやふやで固まらない考えしかリベルにはない。


「じゃあほら、ぎゅ〜っ!」

「……何これ」


 顔を上げたリナに、今度はリベルが抱きしめられる。

 どこまでも人間らしい温もりや匂いに包まれるが、幸せ、とは思えなかった。


「もぅ、女の子に抱きしめられてんのよ?もうちょっとデレた顔してもいいんじゃない?」

「デレた顔……、よくわからんな」

「まあ、あんたはそうよね。それでこそリベルって感じ」


 優しく、そっとリベルの頭を撫でる。

 心地良い、という感覚はわかる気がしたが、幸せかどうかは、そしてデレた顔というのは、全くわからない。


「……いつか絶対おとしてあげる」

「え?」

「ふふ、な〜んでもないっ♪じゃあ私は夕食の準備でもしてくるわ」

「あ、ああ?」


 耳元で囁かれた言葉の意味は、リベルにはわからなかった。



 翌朝。


『リベルー、朝よー』


 いつも通りリナの声に目を覚ますが、どこに視線を巡らせてもその姿はない。


「……リナ?」

『ぎゃっ!?なに、なにこれ、ちょ、あんた私が見えないだけで怖がりすぎ!』


 さっきから声は聞こえるのに、リナはどこにもいない。

 それがリベルにとっては何より不安で、その不安は次第に恐怖へと変わっていく。


『ひっ、ぁ、ちょ……ほんと……今行くからぁ……』


 そんな声の後に、心臓の辺りを押さえたリナが部屋に入ってきた。


「リナ」

「お、おぉう……見ただけで全部消えんのね……」

「大丈夫か?」

「う、うん。それよりさ、頭の中に私の声聞こえた?」

「あ、あれがそうなのか。聞こえた、けど、声しか聞こえないのも怖いな」

「うん。それめっちゃ伝わってきた」

「そうなのか?」


 思念を飛ばすとはいえ、どうやってただの思考と会話を切り替えるのか。

 その方法は、相手を意識することだ。

 だから、こちらから声をかけて、リベルがどんな反応をするのか確かめてみようと思った。

 そうしたら、思念なんて曖昧な物の中に、リナがいないことへの不安や恐怖を大量に詰めて送り込まれた。

 結果として人の感情でリナの心が潰れかけていたのだ。


「なんかごめん?」

「いや、いや、いいのよ。ちょっと、こっちも受信制限したから。もう大丈夫」

「……負担になるなら、あまりリナのこと考えないようにしないとな」

「え、ずっと私のこと考えてるわけ?」

「まあ、戦闘中以外は?」

「……なによ、それ。私のこと大好きじゃん」

「? 俺はずっとリナが好きだって言ってるけどな」

「……それ、ちがう」


 だけど本当のところが気になって、リナは狭めていたリベルの思考との道を広げてみた。

 そこには。


『……何よ、なんもないじゃない』

「?」

「なっ、なんでもないっ!」


 ついこっちの思考も伝わってしまったことでリナは逃げ出したが、そこに愛なんて呼べるものはなかった。


(本当はどう思ってるんだろ……)


 人の本当の本音なんてものは、本人でさえも気付けないものなのかもしれない。

 二人でさえ気づいてはいないが、一つだけ言えるとしたなら、人はあまりに大きく目立つものは、一周回って見逃してしまうこともあるということだろうか。

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