6話 経歴
馴染みの部屋に戻ってきたのはいいのだが、ティエナが完全にだらけてしまっている。
ソファを一人で陣取って寝転がっているせいで、魔導神は自分用の椅子に座ることになった。
「さてでは先ほどの続きを……」
「あ、ちょい待った。ねえリベル、あんたさ、私と繋がりたい?」
「!? あなた、いきなり何をしようとっ」
「おい馬鹿勘違いしてんじゃないわよ。私が言ってんのは、頭の中で会話できるようにしたいか、ってこと」
リナはとんとん自分の頭を叩く。
早とちりではあったので魔導神も座り直すが、それにしたって言い方って物があるだろう。
そしてきょとんとしているリベルは、いつも通りの返事をする。
「リナがやれって言うなら」
「……強制はしてない。ただ便利ではあると思うわ。(多少お互いの気持ちが漏れ聞こえる可能性はあるけど……!)」
「?」
小声でごにょごにょよく聞こえなかったが、リベルとしてはリナが自分に害のあるもの、危険な物を渡してくることはないと思っているので、二つ返事で受け入れる。
「そ、それじゃあ、いいならこの薬飲んでね」
「怪しさ満点ですわ」
「しょうがないでしょ。直で頭開けるわけにいかないんだから」
「……あれ、もしかしてこれって結構やばい?」
「う、ううん?ただ腸で吸収されて血管から脳に入るってだけよ?それで、その中の機械が勝手に外の電波、ってか私の波長を拾って音としてあんたにフィードバックするだけ」
「……ますますヤバそうだな……」
それでも飲むんだからリベルもリナのことを相当信用している。
魔導神だけでなくティエナまで引いているが、そんなものは気にしない。
「え、えっと、吸収されるのに大体半日くらいかかるかしら。だから、明日くらいに確認するわね」
「ああ、わかった」
これでやっと話を進められる。
魔導神はこれみよがしにため息を吐いて、本来の道へ戻す。
「それで、勇者の環境についてでしたわね」
「あ、うん。そうそう。学校も行ってんのかわかんないし、親も放任主義なのかしら。とにかく、恵まれてはいなさそうよね」
「……ざまあみろ」
「ティエナちゃん、いくら嫌な人だからって不幸を笑っちゃダメよ」
「……ごめんなさい」
ティエナも恵まれてはいなかっただけに、その辛さはわかるだろう。
だからかすぐに頭を下げるが、それはできれば勇者に向けてやってほしい。
「ふーむこのままではわからないですわね。少し、教会の者を呼びますの」
「え、今?」
魔導神がどこかに電話を繋げると、その背後が煌めいたかと思えばお堅いスーツを纏った女性が現れた。
「勇者の管理、及び魔導神様の補佐を務めております、エルルアと申します」
「……ねえ、名前が」
「お察しの通りですわよ」
「……」
つまりこの女性も魔道人形。
ティエナやリベルは知らないが、案外人の街にも人ならざるものが紛れているものだ。
「エルルア、子供たちの件では感謝していますわ」
「最大限のことを果たしたまでです」
魔導神がひーひー言いながら目を通していた書類も、今となっては無くなっている。
それもこれも教会側が問題を引き継いでくれたのと、行き場のない子供たちを保護してくれたからだ。
魔導神は、たとえ自分が生み出した存在だろうと感謝するべきところはしっかりと謝辞を述べる。
「それでは、よろしいでしょうか」
「ええ。勇者の境遇となった経緯、あと魔王の現在地なども分かれば教えてくださいまし」
「はい」
勇者、ではなくただの子供であったフェント。
ごく一般的な学校に通う小学生で、歳はティエナと同じく七歳。
ただ性格故か幼い子供の輪にも混ざれず、一人で遊んでいることが多かった。
父親はフェントがお腹の中にいるとわかった時点で消え、残された母親もそのショックから酒や他の男に逃げていく。
一応ここまで育てるだけの覚悟はあったが、幼い心を満たすほど、遊んであげることはなかった。
「……この時点で相当えげつないわね」
「む?まだマシな方。ねえさま、ぬるい」
「おいティエナ」
「待った待った。ティエナちゃん、どんな生活を送ってたの?」
「よゆーで体罰。放置監禁は当たり前。三食なんてない」
「「「……」」」
なんだかもっと触れてはいけない箱があるが、これ以上中を覗くのはやめておきたい。
「知らなくていい。同情はいらないし、今は幸せ」
「そ、そう?ならよかったわ」
願わくば、この先の未来が明るい世界でありますように。
さてなんでかフェントの境遇が軽く見えてしまうが、勇者の話の続きである。
ともすればリナよりも人を憎みかねない子供は、ある日教会へ足を運んだ。
本人は気づけばそこにいたと言っていたらしいが、多分剣に呼び寄せられたのだろう。
そして万人に門戸を開いている勇者の証、破魔の剣に触れ、フェントは晴れて勇者となった。
「勇者って、選ばれないとなれないのか?」
「そうですわね。剣の方が任命権のような物を持ち、触れた相手が相応しければ、自由に振るうことを許可しますの。相応しくない人なら、剣はどんな力自慢の人でも持ち上がらないほど重くなるらしいですわ。わたくしは、移動程度ならさせられますが」
「あ、ちなみに私も」
「……」
人の常識?ここで通用するわけがないだろうお帰りください。
ティエナが剣だけ欲しい……試したい……などと呟いているが、くれぐれも奪い取るようなことだけはやめていただきたい。
「それと魔王の現在地ですが、それらしき反応は暗獄の大森林に確認されています」
「!?」
なぜかリナがビクッと跳ね、いつかの状況を再現するようにリベルの背中に必死に体を隠している。
「や、ね、ねえ、勇者、ってさ、強いん、でしょ?だったらさ、私たち、いらないんじゃない?私が出なくても、いいんじゃない、かな〜?あは、あはははは……」
「勇者が出てった後に散々ボロクソ言ってたろ」
「……リベル、お黙り」
どうしてこういう時だけ余計なことを言うのか。
盾にしてるくせに後ろから口を塞がれて、リベルは強制的に喋ることを禁止された。
「ねえさまが行かないならわたしも行かない……♪」
「喜んでるところ申し訳ないですが、リナさんが嫌がる物を想定するなら行くしかありませんの。むしろ行かないと勇者が死にますの」
「……できれば」
「むぐご(ティエナ)」
「……それでもなお止めようとする姿勢は評価してあげますの」
まだ口は塞がれていたが、それでもリベルはティエナを止めた。
と言うより、リナが止めてくれれば、いや離してくれればいいのに。
「お二人のために説明しておきますと、暗獄の大森林は『暗獄の悪魔』と呼ばれる、わたくしでさえ退けることしかできない悪魔の棲家ですの。その強さの底は未知数であり、たとえそういったものに対処するのが仕事のリナさんでさえ、仲間に頼らざるを得ない相手ですわ」
「……認めたくないけどね。あれだけは、ルイナくらいじゃないとどうにもならないわ」
だから、行きたくない。
だがリナでさえ対処不可能なものに、あの子供勇者が対抗できるわけもない。
結局は行くことになるだろう。
「……もしかして、危険?」
「そうですわよ。仮にあの場所に行くのであれば、ティエナさんとリベルさんはお留守番ですの」
「むごごっごごむぐあごごご」
「リナさん、いい加減になさい」
「だったら魔導神が抑えてる間に魔王をさっさと倒せばいいんじゃないか?」
口を塞がれたまま喋ろうとするものだから、誰にもその意味が伝わらない。
魔導神に怒られて手だけ離したリナはよりリベルの背中に隠れようとするが、リベルは気にせずに続けた。
「はぁ、簡単に言ってくれますが、向こうから来たのならまだしもこちらから行くのは話が違いますの。あれはかなり子供っぽい気質もあるために、帰る場所さえあるなら分が悪くなれば退きますが、家に攻め入られたら全力で追い出そうとしますわ。そしてあの闇の中では、わたくしの本気もどこまで発動できることか」
「ね。だからやめとこ。あんなとこ行ってもいいことないって。どうせ魔王は人間を殺すために出てくるんだから、そこを狙いましょ」
「そんなもの待っていれば眷属の数がおかしなことになりますわよ」
「……」
ここでも知らない人のために説明。
魔王は生まれたては単体だが、時間と共に力をつけ、眷属と呼ばれる魔物を召喚し始める。
その眷属たちも人間からしたら相当な脅威であり、また魔王が侵攻を開始するのは、その大陸に住まう全人類を滅ぼせるだけの戦力を蓄えたと判断した時。
つまり、リナやら魔導神やらが出なければ、絶対に大陸は滅ぶのだ。
「ま、出ればいいのよ出れば」
「そう簡単な話でもありませんわよ。いくらわたくしたちが広域殲滅力を持っていたとしても、地上、地下、低空、上空など全てをカバーすることは不可能ですの。さらに魔王の強化まで入れば、死人が出ることは避けられませんの」
「……ああもうっ!なんでこんな面倒なことばっか起きんのよっ!!」
今までの魔王なんて人里離れたところに発生するか、焦土や消滅などどうでもいい場所に現れるだけだった。
だから秘密裏に消して何もなかったですよーという顔ができたのに、ここにきて勇者の選定と不可侵領域での魔王発生。もうこの世界はどうにかなってるんじゃないかと思えるほどの厄介さである。
「嘆いていても始まりませんの。どうにかして対策を考えなければ」
「て言ってもねえ」
相手は誰の話も聞かない暗獄の悪魔、そしてそのテリトリー。
魔導神が挑発しておびき出している間にひっそり殺すことも考えられるが、神域にも似た性質を持つ悪魔のテリトリーでは侵入をすぐに検知される。
それが本当に迷い込んでしまったような人間なら、目の前にもっと面白いことがあれば見逃されるだろうが、リナやリベルクラスになるとそうも言ってられない。
はぁ、とリナと魔導神がもう何度目かになるため息を吐いている中で、ティエナだけはブレない。
「結局、行くの行かないの。わたしは、ねえさまが行かないなら絶対に嫌」
「……多分ね、行くと思うわ。じゃないとどうにもならないもの。でもティエナちゃんは置いていくことになるかも。それくらい、あそこは危険だからね」
最悪、自爆特攻の覚悟も決めておくべきだろう。
上空から魔王を探知して、そこへ向かって急降下。暗獄が気づいたとしても、攻撃される頃に自爆していれば問題ない。
「……ねえさま、危険ならわたしも」
「ティエナ、無理は言ったらダメだ」
「むぅ……」
リベルだってついていけるなら行きたい。
だが、お前は足手纏いだからここにいろ、と言われたならそれを遵守する。
それくらいの聞き分けはある。
「暗獄の動向もルイナの位置もわからない状態では、対策の手立てを考えることすらできませんわね。本当にわたくしが全力を解放するしかないのでしょうか」
「うーん、それでもいいでしょうけど、なかなか厳しいですよねえ。何せそれをしてしまったら叛逆者の暴走の恐れすらあるわけですし」
「そうですわよねえ。……ん?」
なんかいた。
それはもう平然と、リベルに隠れるリナの後ろに。
ソファの背もたれに肘をかけて、誰にも見えてないことをいいことにちょっとリベルに甘えているリナを眺める格好で。
「「……ルイナっ!?」」
「ああどうもこんにちは。いつでもどこでも神出鬼没のルイナちゃんでっす☆」
「ぼくもいるよー」
金色の髪の少女と、透明な髪の少女。
知らずとも見覚えがある人は、いる。
「「お、お前は」」
「おっ、覚えててくれましたか。散々記憶に残るよういろんなタイミングで仕掛けただけありましたね」
「そっちの子は被験体回収の時にあったよねー。元気してた?」
なんとも軽ーい再会だが、こっちは言いたことなんて山ほどある。
「お前、結局なんなんだよ。邪魔なタイミングで来たり、よくわからんこと言ったり、人の話聞かないってかなんも教えてくれないし、なんなんだよ」
「ルイナちゃんですけど?」
「……」
リベルよ、知らないことをみんながみんなしっかり教えてくれるなんて、思わない方がいい。
特にこのルイナなんてやつを相手にしたら。
「超デカいドラゴン。その人がルイナ?」
「うんそうだよー。ぼくのご主人サマにしてこき使ってくる人類どころか神とか機械にとっても害悪の人」
「……ミアル、初対面の人にそんな説明ないじゃないですか」
「はっ、大体そんなもんでしょ。わかったら帰んなさい」
「……今、私はあなたの何より大切なものに手が届く状況ですよ?」
「あんたにとっても叛逆者は消せない。こっちだってねえ、ある程度わかってんのよ」
「……」
むぅ、とティエナみたいに膨れているが、色々知っている人からすると拗ねたフリだとすぐにわかる。
「帰らないなら、こっちに協力してもらうわよ」
「えー、嫌ですねえ面倒なんですもん。ミアルもそう思うでしょう?」
そう言いながらリナの隣に座ってくるんだから話を聞く気はある。
「うんまあ君が人の思惑に乗せられているところを見られるなら、ぼくとしては十分だからリナにはもっとやってほしいところかな」
「……あなたは本当に私の不幸を笑いますよね」
ルイナの不幸は蜜の味ー!なんて笑いながらミアルと呼ばれるドラゴン(?)はティエナの隣に座る。
むっ?と視線を向けられて、頭を撫で返すくらいには子供が好きなのかもしれない。
「あれは気に入られたいだけですよ。ミアル本来の気質は私とそう変わりません」
「嫌だなー、全然違うよ。ぼくの黒さはルイナにだけフィードバックされる。そんなのご主人サマが一番よくわかってるでしょ?」
「……これですよこの黒さです。しかも天然モノというのが素晴らしい!」
「お前マジなんなんだよ」
酷い扱いを受けて、なお恍惚とした表情を返す少女は、もう変態と呼ぶしかないのだろう。
これが、ルイナと言う混沌。
関わったもの全てに不快感と嫌悪感を与え、そこから返ってくる憎悪に笑みを浮かべる、生粋の変人。
「……なんだか最悪な説明がされています?」
「事実でしょ」
「……くふっ、これでこそ歪んだ世界です!」
「もうこいつダメよ。その辺の海に捨てましょ」
「そんなもんじゃ死なないよー。もっとちゃんとやんないと」
「あの、いい加減本筋に戻りたいのですけれど」
「なんでですかっ!もっとどうやったら私を殺せるかという会議に花を咲かせましょう!?」
「「なんでそれを望むかなあ」」
もう本当に、収拾がつかなくなってきた。
本物の爆弾投下。まあ軽いジャブみたいなもんですよ。




