3話 ハンター試験
二人が案内されたのは小さめの教室だった。
長机が三つほど並べられ、それぞれ椅子が三つずつ置かれている。
「まずは筆記試験を行います。筆記用具は机に置かれているものを使用してください」
説明を受けながら、二人はそれぞれ少し離れた場所に座らされる。
カンニング対策らしいが、果たしてティエナに有効かは微妙なところ。
「あ、魔法の使用は禁止です。発動しようとしても阻害されますのでお気をつけください」
「……」
ティエナが真顔になっている。
カンニングはしないにしても、思考加速などはするつもりだったのかもしれない。
問題用紙と解答用紙が配られる。
「制限時間は三十分です。それでは始めてください」
紙をめくって、その問題を確認する。
レベルとしては本当に小学校卒業程度。
最初の問題は簡単な足し算引き算で、ちゃんと考えれば間違えることはなさそうだった。
チラッとティエナの方を見れば、表情には出さなくともスラスラ書いているのが見えた。
リベルもさっさと答えを書いて、次の問題へ。
今度はいるんだかいらないんだかよくわからない読解力で、その次に掛け算や割り算。
リベルもティエナもあまり詰まることなく、さらに次へ。
「……判断力?」
口の中で呟いたのは、問題の初めにそう書いてあったから。
どうやら、その状況に陥った場合、どう行動するのが正解か、ということを訊いているらしい。
『あなたは、盾を持ったタンク役一人、剣士二人、後衛に魔法職三人の六人パーティの剣士です。五十人規模の盗賊に遭遇してしまい、タンクの仲間がやられ人質になってしまいました。この場合、剣士のあなたが取るべき行動はなんですか?』
「……」
リベルの中に浮かんだ答えは、全員斬り殺す、だった。
だがそれはリベルだからできることであり、普通は多分選択肢に入らない。
しかも条件として人質が取られてしまっているので、制作側が意図している答えはもっと別のところにある。
「……面倒な」
一応普通の人間でもできそうで、リベルが取り得る行動を書いておいた。
『人質を代わり、全体攻撃魔法で自分ごと殺させる。もしくは内側から食い破る』
ティエナの答えは『人質を無視して全部殺す』だった。
さて次の問題は、これまた判断力を問うもの。
しかし今度は絶望的なピンチに対するもので、さっきの人間を相手にしたものとは違う。
つまり。
『あなたが一人で外を歩いていたところ、目の前に急に悪魔が現れました。周囲に助けを求められる人はおらず、むしろ子供を連れた母親がいます。あなたの手元には使い古した剣と収納袋。扱える魔法は初級火魔法で、収納袋の中には動物の肉と水筒、それと休憩時に食べるためのお菓子が入っています。この場合、どのような行動を起こすのが最も適していると考えますか?尚悪魔は下級悪魔のようでした』
言ってしまえば自力ではどうにもならない状況で、どうやったら生き延びられるのか、ということ。
やはりすぐに思いつくのは悪魔を殺すことなのだが、こんな問題の時点で悪魔は殺せない、勝てない相手とされている。
ではどうするか。しかも一人ではなくハンターとして守らなくてはならない一般人までいる。
きっと喜ばれる答えは、親子を逃がし、自分ができるだけ時間を稼ぐ。あわよくばその親子に増援を呼んでもらうなどなのだろうが、そんな考えはリベルの中にはない。
一応条件も踏んだ上で、自分が取り得る行動を記しておいた。
『火魔法を目にぶつける。怯んだ隙に火で壁を生み出し、親子を連れて逃げる。子供の足が遅ければ、自分が抱えていく』
尚ティエナ。
『どんな悪魔かによる。嫌な悪魔なら、殺す』
さてどうやら次が最後の問題らしい。
ページ数的にもめくってみても最後であり、内容はまた判断力。
どうもハンターには状況判断力がよく求められるらしい。
そして問題は。
『あなたは力及ばず、卑劣な魔物に最愛の人を奪われてしまいました。魔物はオーガ、鬼のような敵です。自分の持ち物は折れた槍、半分ほど水の入ったペットボトル、携行食料、着火剤、救援信号弾。使える魔法は水魔法です。あなたはどうしますか』
危うく鉛筆を折りかけた。
最愛の人、という言葉はそれだけの意味を持つ。
条件とか、向こうの意図とか何も考えない。
リベルはひたすら思ったことを書き殴った。
『殺す。魔物は殺す。勝てないとか負けたとか関係ない。目の前で奪われて、許せるわけがない。そいつらに仲間がいたなら、全部殺す。それだけの力は、俺にはある』
ティエナも大体似たようなものだった。
『死ね』
「それでは筆記試験は終了となります。次の試験は実技試験となりますので、場所を移動します」
なんだか二人とも不機嫌な顔をして移動する。
最後の問題は、例え話でも許せなかった。
「意味不明。何あの問題」
「気持ちはわかるが落ち着け。何もリナのことじゃない」
「……わかってる。けど」
頭でわかっても心が許さない。
不服そうな顔のまま、二人は次の試験会場に入る。
実技の試験会場は、足場の悪い地面にまばらに木が生えた場所だった。
ところどころ姿を隠せそうな岩場があるのを見るに、魔法の撃ち合いなども想定されているのかもしれない。
広さとしてはサッカーコートくらいで、その中央まで歩いたところで、案内をしてくれた女性が振り向く。
「実技試験を担当するエルンです。よろしくお願いします」
「「……、!?」」
さっきまで筆記試験の監督役をしていた人、つまり受付にもいた人が、実技、模擬戦の試験官だと言った。
どう見ても戦えるようには見えないのだが、周りに人の気配はない。
「女性だからと萎縮するようではハンター失格です。強盗をするのが何も男性だけとは限りませんよ」
「「……なるほど」」
意図は掴めた。要するに、相手の見た目や性別で手を抜くな、ということだろう。
ならティエナを弱いと思ったあの自称A級ハンターは?とちょっと思ったが、戦いの場でなければいいのかもしれない。
「ご理解いただけたところで、試験の説明をします。先に銃火器を扱う方は申告してください。試験内容が異なりますので」
リベルは使わない。ティエナは?と目を向ければ、首を横に振っていた。
「それでは詳しい内容説明に移ります。武器は全てこちらで用意したものを使用していただきます。魔法は自由に使用して構いませんが、殺傷力の高い攻撃は無効化されます」
リベルは極天の剣を外し、地面に置いておく。
ティエナは元々武器など持っていないのでそのままだ。
「それから、よろしければライブ中継を繋いでみませんか?」
「ライブ?」
「はい。ギルド内に設置されたテレビより、模擬戦の様子を配信致します。本来は試験の様子ではなく強者の試合を中継しますが、お二人はそれに足る強者だと思いますので、自信がおありなら許可をいただけると幸いです」
「ん!別に、構わない!」
「……まあ、俺もだ」
ティエナよ。ここで嬉しそうにしていたらあまり強く見えないぞ。
「それではカメラを起動します。準備中に、どちらが先に試験を受けるか決めてください」
青空のように見える天井で、何かが動いている気配があった。
あれがカメラなのだろうが、この空は魔導神のように空間を制御しているのだろうか。
「リベル、どっちから」
「ん?……決めていいぞ」
「じゃあ、先にやる。ちょっと、イライラする」
「……やりすぎんなよ」
きっと、あの問題を作ってきたギルドに怒りでも覚えているんだろう。
だがだからと言ってその鬱憤をぶつければ、人間でしかない受付兼試験官は死んでしまうかもしれない。
「では武器を選んでください」
「……剣でやる」
ティエナの戦い方は身体強化を纏った体術なはずだが、なぜか試験用の木剣を手に取るとそれを構える。
「それでは試験を始めます。どこからでもかかってきてください」
「……死なないでね」
ギュン!と風を切り裂いて放たれたのは、ティエナが持っていた剣。
得物を捨てる行為だが、そもそも剣を必要としていないなら、これだって立派な戦術だ。
試験官のエルンは飛んできた剣を同じく木剣で弾き落とした後、ティエナがいないことに気づき驚いたような顔をする。
その横顔を、手加減なのか身体強化を切った足が襲った。が、寸前で細い足は腕に防がれていた。
「……見えるはずない」
「さてどうでしょう。人の目に追えずとも、知覚する方法なんていくらでもありますから」
「っ、手加減、しない!」
ティエナは身体強化の光を纏い直し、明らかに何かがおかしいエルンに飛びかかる。
そんな試合の様子を、ギルド内に取り付けられた中継モニターでリナは見守っていた。
「あんたも馬鹿げた真似するわよね。素体が生身の人間でなければ私の怒りに触れない?確かにその通りだろうけど、それってもっとやばい禁忌に触れてんじゃないの?」
リナはその隣に座る黒髪の少女、に見える魔導神に話しかける。
同じくモニターを見ているのだが、どちらかと言えば試験官であるエルンの方に注目している魔導神は、どこかつまらなさそうに答えた。
「別に、命の方はどこでその技術が流用されてようが気にしませんし、死神の方は封印されていますもの。咎める人はおりませんわ」
「あんたも根っこは腐ってるわよねえ」
それは言わば、神造人間。
あらゆる戦術に対応するべく魔導神が生み出した、汎用型戦闘用魔導人形。
そのスペックは、リナをベースに置いているだけあって、反応速度、対応力、言語能力などあらゆる面において人間らしく、当然のように人間を超えていく。
そんな戦術兵器が、ギルドの受付として働いていたのだ。
「ですがまあ、彼女もプロトタイプにして欠陥品。ティエナさんには敵いませんわね」
映像の中で、ティエナは荒い息を吐きながらもエルンに勝利していた。
チカチカと体を覆う身体強化が明滅していることから、かなり追い込まれていたことはすぐにわかる。
「覚悟、勇気、負けん気、そういった人間なら誰しも持っているものが、彼女にはありませんの」
「死ななければ安い、か。確かにこっち側の考え方ね。作り手があんたってのもあるんだろうけど」
何事もなかったかのように起き上がったエルンを見てティエナがびっくりしているが、合格と告げられたようでわかりやすく安堵していた。
「さてではお次はリベルさんですね」
「連戦できるのか?」
「あまり舐めないでください」
「……まあ、できるならいいけど」
リベルは木剣を構える。
エルンも構え直し、開始を宣言する。
「それではリベルさんのハンター試験を開始します」
どこからでも来いと言わんばかりに指をくいくいするので、リベルはティエナがやったことをなぞるように剣を投げる。
「同じこと、っ!?」
弾き返そうとした剣は、触れた瞬間に陽炎のように消える。
「幻影だよ」
闇魔法による幻術。習いたてだが、リベルの魔法は事象をイメージできてしまえばなんだってできる。
横合いから木剣を振り抜けば、ギリギリ剣を滑り込ませてくるが、リベルの剣は防御の剣を透過する。
「こっちは光の像だよ」
光の神が見せたような、視覚だけならあるようにしか見えない剣。
では本当の剣はどこへ?
その答えを見せるように、上から降ってきた剣をキャッチし、その切っ先をエルンの首に突きつける。
「……お見事。合格です」
エルンは剣を手放し、降参の合図とする。
リベルも剣を置いて、極天の剣を拾い直す。
「……リベル、おかしい。もっと苦戦して」
「えぇ、そう言われてもな」
ティエナが勝手に負けた気分になって文句を言ってくるが、こっちはティエナの戦いも見ていたし、何より速度域が人間の範疇にない。
もうリベルは、神の戦いに慣れてしまっている。
「それでは手続きに移りますので、ついてきてください」
負けた悔しさとか、そんなものは微塵も感じさせず、エルンは淡々と業務をこなす。
リベルもそれについていけば、ティエナは仕方なく黙っていた。
「ね、見てこれ」
「なんですの?」
リナは先ほどの試験の答案を見せる。
特にティエナの最終問題。
自由に書けるように枠は大きくなっているのだが、それを目一杯使ってたったの二文字が書かれていた。
「……闇を感じますわ」
「まあこれは相手が悪いわよね。リベルも怒りのままに書き殴ってるし」
「狂愛とでも言うべきですの……」
確かこの最終問題はいかにして冷静さを保てるか、そして本当に失いたくない時に、どこまでやれるのかを見るものだったはずだ。
そもそもの想定が怒りを引き出そうとしているのだから怒られて当然なのだが、まあ確かに二人の回答は普通とはかけ離れている。
「それより、リベル強くない?かっこいいわあ」
「あの人、見ただけで視線誘導まで覚えましたの?ティエナさんの戦いを見て反応できる限界も見極めているようですし」
「まあ?それくらいリベルなら当然よね」
「……誇らしげですわ」
もちろん誇らしい。友達として、仲間として。
リナたち以外にも一般ハンターのギャラリーはいたが、沸き立つどころか唖然としていた。
噂によるとあのエルンは本当の強者しか相手せず、また勝てた人はいない、みたいなことを聞いた覚えがある。
基本人前に顔を出さないリナは関係ないと思っていたが、まさかこんなところで関わってくるとは。
「これ、面倒になるパターン?」
「厄介者から子供を守るのも、保護者の役目ですわ」
「……保護者じゃないけど、こういうの切り抜ける術はないわよねえ」
勧誘などされても絶対に断るだろうが、やはり守る必要はあるだろう。
面倒なことになったなあと、ハンター証を受け取って戻ってくるであろう二人を待つのだった。
ハンターは強さが全てではありますが、もちろん馬鹿では務まりません。
筆記試験をあんなので突破できたのは、多分どこぞのS級ハンターからの圧があったんじゃないでしょうか。(もちろんそれも規定違反)




